風の旅人 西村一広 Sailing Diary

海とセーリングだけの人生で考えたこと、悩んだこと、感動したこと、学んだこと、あれやこれや。

新たなる太平洋横断記録達成に向けて

2006年06月26日 | 風の旅人日乗
6月26日 月曜日
モノハル艇での太平洋横断最短記録達成に向けて、大リーグのサンフランシスコ・ジャイアンツのホーム・スタジアムとして有名なSBCパーク・スタジアムに隣接したサザンビーチ・マリーナからビーコムが出航しました。
2006年6月25日16時(日本時間6月26日08時)に、サンフランシスコ・ゴールデンゲート・ブリッジのスタートラインを通過する予定です。
太平洋横断記録のための公式コースは、サンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジから、日本の神奈川県三浦半島城ヶ島沖と決められています。
サンフランシスコをスタートし、三浦半島先端の城ヶ島沖の公式ゴールラインを目指して、太平洋横断チャレンジの幕開けです。

順調に行って、予定の7月20日前後に城ヶ島フィニッシュを迎えると、約25日間で太平洋を横断することになります。
仮に、サンフランシスコ~城ヶ島間のラムライン4482マイルに沿ってセーリングできたとしてみても、アベレージでで7.47ノットをキープし続けることが必要となります。
実際には、北東から吹く貿易風をブロードリーチ(クォーターリー)で受け、西に向かって流れる北赤道海流を味方につけるために、最短の大圏コースではなく、かなり南下してハワイ寄りのコースをとらなければなりません。日々刻々と変化する風向や風速、風浪やうねりなどの影響も考えれば、単純な航跡とはならず、最終的な航走距離が4482マイルを大幅に越えることは容易に想像できるかと思います。

過去のモノハル艇での太平洋横断記録を調べてみたところ、公式記録は存在しない模様です。
舵誌のバックナンバーに当たってみたところ、1981年太平洋横断シングルハンドレースでの記録が残っていました。
それは、太平洋横断シングルハンドレースで1位となった、今田福成さん、太陽による43日15時間11分48秒の記録です。
フィニッシュが洲本であったため、今回とは多少条件が異なりますが、比較対照するには、一番参考となりそうな記録です。
当時の舵誌には、以下のような記録が掲載されています。

★1981年太平洋横断シングルハンドレース
スタート:1981年6月7日午前10時(日本時間6月8日午前2時)サンフランシスコ湾
フィニッシュ:洲本サントピアマリーナ沖

順位 氏名   艇名  フィニッシュ時刻      所要時間
1位 今田福成 太陽  7月21日17時11分48秒  43日15時間11分48秒
2位 岡本頼治 レイ・ケンウッド 7月23日00時49分31秒 44日22時間49分31秒
3位 小田義彦 シャルレ 7月24日15時48日20秒 46日13時間48分20秒
4位 岡田豪三 タサキパール・オブ・ティダ 7月25日10時24分54秒 47日08時間24分58秒
5位 東山洋一 タカラブネ 7月29日17時39分10秒 51日15時間39分10秒
6位 Lind Waber Rettie スピリット・オブ・サントリー 7月30日19時11分08秒 52日17時間11分08秒
7位 畠中正人 スピリット・オブ・ハーフムーンベイ 7月31日01時33分29秒 52日23時間33分29秒

それ以外では、1975年に開催された沖縄海洋博覧会記念太平洋横断シングルハンドレースで1位となった、戸塚宏さん、WING OF YAMAHAによる41日の記録が残されています。
ただ、フィニッシュが沖縄であったため、今回とは条件が大分異なります。

いずれにしても、25日前後で太平洋横断した場合、75年と81年のシングルハンドレースと比べても所要時間を大幅に短縮することになり、これはモノハル艇での太平洋横断記録達成であることに他ならないものと思います。

ビーコムチャレンジの詳細や、今後の経過については、こちらのブログをご覧下さい。

(text by Compass3号)
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