5月22日

2008年05月22日 | 風の旅人日乗
KAZU impression ダイジェスト版 第2弾

Dehler36SQ
(撮影/矢部洋一氏 写真提供/舵社)

さて今回は、デヘラー社の主力モデル、Dehler36SQです。

今から20年以上前、IORというグランプリ・ハンディキャップ・ルールで外洋レースが盛んに行われていた頃、スリークオーター(3/4)トンという、全長32~34フィート艇のクラスで、『db2』というモデル名のプロダクション艇が一時期圧倒的な強さを誇っていました。その『db2』を造っていたのがデヘラー社です。

当時、先鋭化したIORのレースで勝つには、ロングレースに必要な船内装備をルールで許されるギリギリまで排除して重量を集中した、しかも高価なカーボンで硬く造られたワンオフ艇でなければならないと考えられていました。通常のFRP製の、ごく一般的な量産艇である『db2』の世界各地のIORレースでの活躍は、その常識を打ち破るものだったのです。

それから20年が経った現在のデヘラー社のヨットに、果たしてその血統は受け継がれているのか。それを確かめるのも、今回のデヘラー36SQに試乗する楽しみの一つでした。

 
ちょっとしたヨットマンなら、ドイツのキール市で開催される『キール・ウイーク』という、大レガッタの名前を知っていることと思う。
各オリンピッククラスから本格的な外洋ワンデザインクラスまで、様々なヨットの国際レースがキールをベースに行われるヨットレースの祭典だ。その1週間、海はレースヨットで溢れ、ヨットハーバーとその周辺はレースに参加しているセーラーとその家族でごった返す。

しかし、キール市そのものは、ドイツの他の観光都市に見られるような歴史的建築物がほとんど見当たらない殺風景な街だ。
今から60年以上前に、ある独裁者による恐怖政治に支配されていたこの国の潜水艦隊の基地があったキールは、アメリカ・英国を中心とする連合軍の攻撃で、それ以前の歴史ある町並みが残らないほど徹底的に破壊されたからだ。
キール・ウイークを見ていると、伝統的な建物がなくなったあとも、ドイツ国民の心に受け継がれている文化と矜持が、現在も脈々と生き続けていることを知ることができる。



ドイツには、世界を代表する高級・高性能車と評価されている車ブランドが5つもある。アメリカと旧ソ連の宇宙開発競争を担っていたのはドイツ人の学者たちだった。自動車や宇宙開発の部門に限らず、ドイツのシンボルは高品質の工業製品を生み出す能力だと言えるが、それはそのまま、ドイツ国民のプライドでもある。

ヨット造りの哲学にも、そのプライドが息づいているはずだと思うし、実際、直近のアメリカズカップを防衛したヨットを2度続けて設計したのも、ドイツ人設計者(ユーデル/ヴローリック)である。デヘラー社は、そんなドイツを代表するヨットビルダーのひとつだ。

試乗を前にして、デヘラー36SQの資料をあれこれ集め、じっくり読み込む。

デヘラー36がデビューしたのは2000年。この艇の開発・設計を担当したユーデル/ヴローリックがアリンギのデザイナーとしてアメリカズカップに勝ったのと同じ年だ。そして、マストメーカーとデッキ艤装品メーカーを変更し、トランサムエッジの処理や内装をマイナーチェンジしてデヘラー36SQというモデル名に変更されたのが2005年。以来このモデルは2008年1月現在で計275隻が進水しているという。36SQのSQは、スピード&クオリティーを意味している。

 

資料に載っているコクピットの写真を見ると、家族でのショートハンド・セーリングなど、イージーハンドリングを意識した艇のように思える。内装の写真を見ても、クルージングでの快適さをキッチリと押さえている艇のようだ。まあ、特別な特徴はないけれど、快適そうなクルージング・ボートではあるな、などと思いながら、さらにインターネットであれこれ見ていくうちに、興味ある資料に行き当たった。2つのレースレポートだ。

このモデルは、IMSの強豪艇が集まることで知られるスペインマヨルカ島のコッパデルレイの2006年IMS670クラス(GPH625~674.9)で、2位以下をポイントで大きく引き離して優勝している。また、昨年2007年には、ドイツ国内のORCクラスの代表的なレガッタで、並み居るXヨット艇団や名だたるプロダクション艇団を相手に圧倒的強さで優勝したらしい。スタビリティーの高い最近のXヨットに対してデヘラー36SQがORCのハンディキャップで優位に立つのはなんとなく理解できることだが、実際の着順を見ても、強風・微風のレースどちらも、長さに見合ったスピードを持っていることが分かる。



デヘラー36がデビューした年の3年前、ぼくは〈からす〉の斜森オーナーがユーデル/ヴローリックに発注した43ft純IMSレース艇の建造プロジェクト・マネージャーとスキッパー・ヘルムスマンを担当した。このときにロルフ・ヴローリックとお互い納得がいくまでじっくり話し合って設計・建造を進めたから、もしかしたらぼくはロルフの設計手法をある程度は理解しているかもしれない。

ヴローリックがデヘラー36の開発に着手したのも恐らくこの頃のことだろう。だからなのか、今回試乗したデヘラー36SQのステアリングを持ったとき、43ft艇の〈からす〉での懐かしいフィーリングが蘇ってきた。




もちろん、デヘラー36SQの内装は純レーサーに比べて圧倒的に充実しているから、ダウンウインドでは純レース艇だった〈からす〉よりも重たさを感じるし、クローズホールドで、例えばカメラマンボートの引き波の中を走るときには、ちょっと困ったような動きを見せることもある。しかし、それを除けば、デヘラー36SQの挙動は、間違いなくレース艇としての血統から来るものだった。

PumaOceanRacingの新艇、Il Mostroを見る(その3)

2008年05月22日 | 風の旅人日乗
ボルボ・オーシャンレースに参加するプーマの新艇、イル・モストロのコクピットです(写真 www.puma.com)。
第1世代のボルボ・オープン70と似てはいますが、重量軽減を目指してかなりすっきりした形になってきています。デッキアレンジメント担当のボブ・ワイリーのこだわりが伝わってきます。
それにしてもこの船体・コクピットのグラフィック、ボストンで実際に目を近づけても、カッティングシートではなくペイントだとは中々信じられませんでした。しかも、ペイント部分は盛り上がってなく、完全な平ら。「こりゃあ、ぶつけちゃったら後が大変だなあ」というのが最初に浮かんだ感想です。