おうちBAR開店

本格的なパーティー料理から手抜きお手軽料理まで、私のキッチンから発信します。毎日の出来事を含めて楽しくご紹介。

お久しぶりでございます〜

2023年04月21日 | つぶやき








ずいぶんご無沙汰しておりますが
皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか?
私はおかげさまで、すこぶる元気でございます。
画像は先日の小中山の潮干狩りで得たアサリとアサリの料理。
大盛家と柱子親子、ご一緒してくれてありがとう!
また来年行こうね!

さてさて。
毎日書きたいことが浮かんでは消え
消えては浮かびの日々を過ごしておりますが
なにぶん、本業が忙しくてかないませんでした。
フィジカル的には絶賛ブランニューing期(いわゆる更年期)ですが
オフィシャル的には人生最も繁忙期。
今まで行ってきた地道な活動が実を結び
さまざまな方面からお仕事をいただきまして
頭を抱えて「わーっ」ってなりながらも
幸せな毎日を過ごせているんではないかと思います。


先述した絶賛ブランニューing期。
私にとってはネガティブな訪れではありません。
もう、なんていうか、ラク!!!
今まで意識はしていないと言いつつ考えつつも
どこかで「女」を商売道具にしていたのが
今は本当に「ただの人間」としてシンプルに生きることができています。
チラホラ現れてきた白髪も
顔に現れてきたシミやシワも
私の歴史であり年輪と思えるようになりました。
そりゃ、あれだけ10代から太陽を燦々と浴びていれば(水泳・素潜り・スキー・釣り)
シミもシワも奥の方から現れますわ(笑)。
代謝が衰えて脂肪がつくのも自然の摂理。
若い頃より動けなくなるから事前に蓄えるのです。
もう、モノはいいよう考えよう。
図太く、晴れやかに、気高く生きていこうと思っています。


そんな風に思わせてくれた一つのきっかけは
コロナ禍に入ってずっと続けている「葬儀」の仕事。
故人様の人となりを短い文章に認めさせていただくお仕事です。

他のお仕事が忙しくなって
今は週一あるかないかになっています。
それでも続けさせていただいているのは
「そもそも人生って何だ」と常に考えるきっかけを与えていただけるから。
もちろん、きっかけをいただく前に
ご期待以上の任務を全うする必要がありますので
誠心誠意、一文字一文字入魂して書き上げます。
ご遺族のお言葉を通して
故人様の生き様や遺されたことなどなど
客観的立場から主観的に書くことで
「生きるって、すごいなー」という感動をいただくとともに
「死は、常に生と隣り合わせ」
という事実を突きつけられています。

だからと言って
急に気張って無理する必要は感じていません。

今日も人知れず思い出し笑いをした
急に腹が立って密かに吠えて反省した
嫌いな人が不幸になればいいと思ってしまった自分が嫌い
今日もご飯がおいしかった
明日こそ休肝日にしよう

そんな人間臭い行動の連続が
生きてる実感であり
明日を迎えるためのちっさな決意なんだな
と思える自分がいます。

なんか、もう余生だな(笑)


よもやま話にお付き合い、ありがとうございました!
また気が向いたら投稿しますね♪



MIYAさん、ありがとう!

2022年05月03日 | つぶやき
「なんだか、関係のない話になっちゃいましたね」

お互いに笑い合ったのは16年前のこと。
取材でお邪魔するや否や意気投合し
東へ西へ一緒に旅をさせていただいた
敬愛する人生の先輩が3月30日に旅立ちました。

その名は宮城谷好是さん。
豊橋市出身のカメラマンさんです。


名古屋で働きすぎてボロボロになって豊橋へ帰郷し
駆け出しのライターとしてポツポツお仕事をいただき始めた頃。
タウン誌のアーティスト特集の第一弾として
MIYAさんを取材させていただきました。
「朧滝」というピンホールカメラの個展をご紹介するため伺ったのですが
本題は早々に終了し、お互いに旅した先で食べたご馳走の話で大盛り上がり。
冒頭の言葉は、その時の〆の言葉です。

以来、奥三河で蛍を見る会や朧滝の展覧会から始まり
北海道や沖縄、兵庫の竹田城や香川のうどん旅などなど
いろいろなところにお供させていただきました。
人懐っこくて魅力的なMIYAさんの周りには
自然と人の輪が出来上がり、私もご縁に恵まれました。
40代は色々と苦労したというMIYAさん。
出会った時は五里霧中だった私に

「無駄なことは何もないから。
今を大切にしていたら、きっと楽しい人生になるよ」

と、言葉通りの生き様を見せてくれました。
MIYAさんの言葉に、
あらゆる場面でどんなに助けられたでしょう。

ここ数年は病と戦いながらも
クリエイターとしての活動を意欲的に続けていたMIYAさん。
去年の春に「分かち合う旅」を開催され
私は写真集セットのラストセットを購入させていただきました。
その時

「瑞恵ちゃんに最後のセットを買ってもらえてよかった」

と言っていただき、胸がジンジンしたのを覚えています。
またお会いできる日を待ち望んでいましたが
叶わぬ夢に。。。

MIYAさん、今まで本当にありがとうございました。
沖縄の伊計島で私が60度の「どなん」をガブガブ飲んで翌日ヘベレケになったこと。
竹田城の早朝撮影に際して私が牡蠣にあたり身動きが取れなくなったこと。
ダンサーの純子さんに泡盛を飲ませすぎて二人で反省したこと。
北海道のAさんの別荘で春なのに極寒バーベキューを楽しんだことなどなど

思い出話を挙げ始めたらキリがありません。
Masakoちゃんと近々ワイングラスを傾けながら
MIYAさんの思い出話を語らせていただきますね。

もう一度お話ししたい
お酒を酌み交わしたい思いは募りますが
これまで頑張ったMIYAさんを讃えて

「献杯!」


大好きなMIYAさん
あなたのことはこの先ずーっと忘れません!



鰻丼のご飯は減らすべからず

2021年05月20日 | つぶやき
身体改造を始めてから
早くもひと月が経とうとしておりますが
一向に体重が落ちません。
むしろなにげに微増している。
今までも筋トレを始めてしばらくの間は
体重が増加するのを経験しているので
今回も一過性のものと思っていたのですが
こんなに減らないもの???年のせい?
あまりにも減らないので
いろいろな文献を紐解くと
体が異変を察知して
急激に痩せないように
減量を阻止している場合もあるとな。
そうか、飢餓に備えて体が抵抗しているのか。
へー。人間の体ってすごいなー。感心感心。


って、そんな反応いらん……


体のオーナーたる私の希望は
身体を絞りたい、ただそれだけ。
毎日何かしらトレーニングしているので
確実に腹筋や背筋が締まってきているし、
体調もすこぶる良いので
トレーニングの効果は実感しています。
しかし毎朝体重計に乗るとガックリ。
数字より見た目と体調重視!と自分を励まし
もう少し頑張ることにします。



清洲の山正さんのヒレカツ3枚

先日、清洲に出かけたので
とんかつの山正さんへ寄りました。
衣が薄くて後味軽やか。
最近、外食先で豚の臭いが鼻をつき
食べられないことがしばしばあるのですが
(隣のテーブルから漂ってくる豚臭もダメ。犬かっ!)
ここの豚はクリアな香味で全然胃もたれしませんでした。
安心して食べられるとんかつ屋さんです^^


ご飯少なめ

ご飯少なめオーダー、記念すべき2回目。
カツ6切れとのバランスを考えて
あらかじめ椀の中のご飯を6分割(イメージで)。
その作戦が功を奏し
両者に過不足なく食べられました。



蟹江の尾張温泉東海センター

とんかつを食べた後は温泉で湯浴み。
巨大な岩風呂にたまげました!


別の日にはうな豊さんへ。


特上丼

お店に到着する前から
ご飯少なめでオーダーする
イメージトレーニングをしていたのですが
お店の前で換気扇から噴き出される鰻フレーバーを嗅いだら

・鰻食にダイエットを持ち込むな!
・鰻とご飯の黄金比率を崩すな!
・あとで帳尻を合わせればいい!

と鰻偏愛が自制心をいとも簡単に打ちまかし
通常通りの特上丼をいただきました。
熱々のご飯に焼き立ての鰻。
ガツガツと平らげると
味噌煮込みうどんを食べた時並の汗をかきます。
食べて汗かいて代謝上がってカロリーゼロ(笑)


漬物大(別注)

この日は漬物大がありました^^
ご用意いただける日といただけない日があります。
毎回お伺いしますが、ない時の方が多いかも。
うな豊さんの糠漬け、本当に美味しいんです。
清潔感(ここ大事)があって味わい深い。
私の目標とする糠漬けです。

今回も大変美味しゅうございました。
大将に取材のご協力についてお礼を述べ
汗を拭き拭きお店を後にしました。(取材記事はこちら



身体改造のゴールは果てしなく遠いな…



造形物として受け入れ難いビジュアルを目の当たりにし心を入れ替える・・・

2021年05月12日 | つぶやき
またまた緊急事態宣言が発出された愛知。
本日からは飲食店での酒類提供自粛が要請されました。
なんだかなぁ。。。
先日、友人ととある駅の居酒屋さんで
0次会を楽しんでいた時のこと。
3人とも低音ボイスで声が響かず
居酒屋のオーダーで聞き返されること必至です。
ボソボソ喋っていてウケる話題に差し掛かり
3人一斉に「ひゃっ!」と笑ったところ
店主が急いで駆け寄ってきました。
「お客様、もう少しお静かに食事してください。
駅から厳しく言われているので」とな。

私たちのテーブルを取り囲む席には誰も座っておらず
大きめな声はおそらくその笑い声のみ。
ボソボソから突如発出した笑い声ゆえ
際立ったのかもしれません。
にしても、周りに迷惑をかけるデシベルとも思えないし
注意されるべきは声ではなく飛沫のはず。
半径2メートル以内に誰もいない状態で
笑うことを非難されるってどうなんでしょ。
モヤモヤしながら店を後にしました。

言いたいことは山々ですが
今日はこの辺にしといて
私の心の変化について触れさせてください。

最近、ダイエットやシェイプアップなんて
どーでもええわ、と思いながら暮らしていました。
葬儀に関わる仕事をし
在りし日の故人様のお話を色々とお伺いしていると
美味しく食べることの大切さ、
食べられなくなった時の危うさが
身にしみてわかります。
食べたいものがある
そしてそれらを美味しく食べられるのであれば
欲望の赴くままに食べてやろうじゃないか!
と思って過ごしていた結果

ここ十数年で最も肥えました(汗)


洋服を着替えるときや
お風呂に入るときは
自分の裸体を見て見ぬふり。
体重計に電源入れたのいつだっけ?
現実に目を背けていた結果
なんでもない坂道で息切れはするわ
ふとした時に動悸があるわで
スタイルよりも先に
健康に自信がなくなりました。
意を決して薄目にしていた目をおっ広げ
自分の身体をマジマジと見たところ


こりゃいかん。醜すぎる!!!
造形物としてやばいレベル!

急いで体重計に乗ったら
自分が記憶している体重よりも
はるかに上を行っているではありませんか。
常に大きな荷物を背負っているようなもので
息切れ動悸が激しくなるわけです。
その日のうちにジムの会員になりました(笑)
今は炭水化物の摂取を抑え
タンパク質を積極的に取り
有酸素運動と筋トレを続けています。
おかげさまで少しずつ締まっってきましたが
脂肪化した体が筋肉質へと変化を遂げているのか
体重増加が止まりません…
そろそろ減少へと転じて欲しいものです。


先日、伊良湖岬での取材帰りに立ち寄った「みなみ」さんで
刺身定食をお願いしました。



刺身定食 ご飯少なめ

「ご飯少なめ」って初めて言った気がする!!!
言い慣れなさすぎて声が震えた(汗)



お刺身はいつもながら美味しゅうございました。
ご飯とのバランスを取るのに苦労しました。


腹筋バキバキに割るとか
ボディメイクして大会に出るとか
根性ないので絶対無理ですが
しばらくエクササイズと食事摂生を続けて
無駄な脂肪に別れを告げたいと思います。
納得のいくレベルになったらご報告しますね。


嗚呼、おにぎり食べたい…

今年も無事お誕生日を迎えることができました

2020年10月31日 | つぶやき


誕生日から1週間以上経ってしまいましたが
今年も無病息災で迎えることができました。
大変ありがたいことだと
丈夫に産んでくれた母に感謝するばかりです(不摂生を極めても尚健常な父にもちょっとw)。

私が30代の半ばごろだったかしら。
その当時43歳だったクライアントさんの言葉が
今になってジワジワきてます。
その方はエステサロンのオーナーで美容のプロ。
最新の機器や化粧品を駆使し
人一倍お肌やボディのお手入れを入念にされていました。
そのお方が「42を超えると急にくるわよ」とポツリ。
え、、、あと7年ぐらいしたら来るのか、老いが、
と多少はビクビクしたものの、所詮他人事。
幸いなことに42歳を超えてもさほど変化は見られず(と思っていましたがいかがでしょう?)
もともと老け顔だし肌はゴム並みに丈夫だし
老いを感じるのはもっともっと先かなーなんて
楽観的に考えていたんですよ。つい最近まで。

ところがどっこい!

フィフティーイヤーズオールドが目前に迫ったこの秋、急に来ました。
何を塗り重ねても肌が砂漠のように乾いてカピカピ。
笑うとマリアナ海溝のようなシワがクッキリ刻まれます。
そして真顔になっても戻らない…
カラスの濡れ羽色と言われた漆黒の髪に
白いものがポツリポツリと混じり始めました。
昼に脂っこいものを食べると夜までお腹が空かない
ビール350mlがキツくなった
ワインを飲み過ぎると翌朝残る(でも純米酒は残らない)
息をしているだけで太る(笑)
などなど、枚挙にいとまがありません。

「をを、これが俗にいう老化か」
と、特に悲しむでもなく焦るでもなく
結構冷静に受け入れつつあります。
人間は誰でも平等に歳をとります。
ピークは人それぞれでしょうけど
間違いなく老いていきます。
もちろん、進行を遅らせるために
多少の努力は致します。
でも不自然な抵抗をするつもりはありません。
どうか私の老化を生温かい目で見守ってください(笑)

ちなみに去年までの私だったら
もっと悲しんで悪あがきをしたかもしれません。
なぜに多少なりとも達観ができるようになったかというと
「死」を身近に感じる仕事をしているからでしょう。
死は本人の意思を無視して前触れもなく訪れます。
突然大切な人を失ったご遺族もさることながら
突然大切な人を置いて旅立つ故人も無念極まりないはずです。
人生は無限ではないことを念頭に置き、
老いを嘆くよりも今を大切に生きることが何より大切。
しなやかに健やかに生きられる秘訣だとも思います。

そんなことを思った2020年のバースデーでした。

とはいえ、まだまだ煩悩まみれで幼稚さの抜けぬ4●歳。
こんな私ですが、これからもよろしくお願いいたします!

ちなみに冒頭の写真はラカボットさんのオニオングラタンスープ。
今年は仕事三昧で誕生日ディナーにも行けてません・・・
誕生日の前日、取材帰りにいただいた極上の一杯です♪

お仕事のこと

2020年09月22日 | つぶやき
どうも!お久しぶりでございます。
新しい仕事について書く、
と宣言しておきながら
月日はいたずらに過ぎていき
猛暑を通り越して秋になってしまいました。
誠にありがたいことに
様々な方面で忙しくさせていただいております。

さて、なぜここまで筆が遅かったかと申しますと
新たに加わったお仕事の内容が重過ぎて
軽々に語ることができなかったからです。
その内容とは……葬儀。
故人様の人生を振り返り
文字として残すお仕事をさせていただいております。
ゴールデンウィークあたりから始めて早4ヶ月。
いろいろなご家族からお話をお伺いして参りました。
ご高齢の方から若い方もいらっしゃれば、
お亡くなりの理由も十人十色でございます。
涙脆い私に務まるのかと危惧しておりましたが
不思議と脳が仕事モードに切り替わるようで
今のところ泣き崩れるなどの失態は見せず
冷静に業務を全うしていると自己分析いたします。

故人の尊厳に関わるので
具体的なことは申し上げられません。
ただ、「生きる意味」について
考えさせられる日々だということを、
お伝えしたいと思います。

人はこの世に生を受けてから
親に守られ自活する力を身につけ
やがて親となって子孫を残し
最後は屍となって土に帰る運命です。
苦楽の差や長短はあれど結末は必ず一緒。
ただし、人の心への沁み入り方は
千差万別なのだと痛感しております。

金言をたくさん残されて人に影響を与えた方、
口数は少ないけれど情の深い方、
社交的で誰からも愛された方、
頑固じじいだったけど優しいところもあった方

お伺いするエピソードから
様々な人柄と足跡を垣間見ることができ
生きた証はきちんと残る物なのだと
いつも感慨深く耳を傾けております。
また、常にそばにいた人のことを
具体的に言い表す機会など
普通に生きていたらそうそうないこと。
改めて口にすることで浮き彫りになる人柄もあったりして
ご遺族の皆様にとっても
良い機会になっているのかもしれません。
話の途中で号泣もあれば爆笑もあったりで
それまで緊張していた心をほぐし
見送るための準備体操をなさっているのかも。
自分自身、母を見送る時に
通夜・告別式の二日間は
気持ちの整理期間であり
あきらめタイムでした。


と、このような貴重なお仕事をいただき
心の鍛錬を重ねております。
私は子孫も残していないし徳もない人間なので
きっと寂しいフィナーレになるでしょうが
少しでも周りに喜びを与えられる人生でありたいと
強く思うようになりました。


思い返せばライターを始めたのは
ブライダル雑誌がきっかけでした。
そこから「そう」で祭りの記事も書き
今は葬儀に際した文章を書いています。
冠婚葬祭、残すことろ「冠」だけか?
どなたか「冠」のお仕事ください(笑)


では、また!

時世の流れに身を任せ

2020年07月12日 | つぶやき
お久しぶりでございます!
これだけ間を開けたのは何年ぶりでしょうか…
2020年上半期は
地球上の人間それぞれに「色々あった」かと思いますが
ちっぽけな存在の私めにも色々ありました。
中国の武漢でおかしな風邪が流行り始めた…
と海の向こうからニュースが届いたのが昨年末。
いずれ自分たちの身に降りかかるなどと
誰が予想できたでしょうか?

2月くらいから日本でも「コレまずいんじゃない?」
という空気が流れ始めました。
しかし私においては3月一杯仕事への影響は特になく
順調にお仕事の発注をいただいていた次第です。
ところが4月に入ったところで
予定していた様々な取材にストップの指示が下り
飲食系広告のお仕事も一切なくなりました。
政府からは減収分を補填する制度が施行されましたけど
なにぶん、去年の同時期は新天地へ引っ越ししたばかりで
ニートのような生活を送っておりまして
どれ一つとして条件に引っかかりません。
10万円はいただいたけど
それだっていずれ納税という形で返すものですし。
収入は途絶えたのに
じっとしていてもお腹は空くしお酒は飲みたいし
お金はみるみるうちに減るばかりです。
これはどうにかせんといかん!と思いまして
新しいお仕事をさせていただくことになりました。
そのお仕事が深海のように深すぎまして
アラフィフにして人生勉強の真っ只中です。
加えて、緊急事態宣言開けで通常のお仕事も戻って来たため
今、おかげさまで本当に本当に本当ーに忙しいのです。
ということで、そのうち暇を見つけて
新しいお仕事についてはお話ししたいと思います。
楽しみにせず待っていてくださいまし。

では、また〜!

アーティスティックスイミングは未経験

2020年02月09日 | つぶやき
昨日、移動中の電車内でのこと。

「ほれ、あの…粒々して甘くて
それでいてちょっとタンニンっていうか渋みがあって
餅なんかに包まれてる、アレが食べたいのよ」

と頭の中で自分が食べたい衝動に駆られたものを
ナゾナゾ形式で自問自答。

あんこ…でした。

あんこがパッと思い出せないって
脳味噌腐ってませんかね。心配。


移動して向かった先は我が故郷・豊橋。
実はある料理店で度々助っ人を頼まれることがあり
今週はどうにも人手不足だそうで
豊橋から100キロ離れた岩倉の私に
何度かヘルプ要請が寄せられました。
ということで昨日も電車で読書とお昼寝を楽しみながら
豊橋へと向かったわけです。

そこで出会ったMちゃん。
今春大学生になる
それはそれは可愛らしい女の子。
あとは卒業を待つのみなので
時間を有効活用するために
その料理屋さんでアルバイトを始めたばかり。
初のアルバイトとあって
まだまだ緊張感が漲っておりますが
一応先輩なので緊張をほぐそうと
いろいろお話を聞いたところ
私の出身高校の後輩だということが判明。
しかも水泳部!
何を隠そう私も高校時代は水泳部でした。
私がいた頃は一部の子を除き
水泳が得意に毛が生えた程度のメンバーでしたが
現在公立高校では地区一番の成績を誇るまでになったとか。
Mちゃんも高校まで部活とスイミングスクール通いを並行し
先の夏に水泳生活を引退したそうです。
高校のプールも部室もボロボロだと聞き
私がいた当時からボロボロだったのに
全然修繕していないとは何事だ!、とか
試合ではお互いにポイント稼ぎのため
自由形800メートルを泳ぎ
プールの中で孤独な時間を過ごしていたとか
私は800メートル泳ぎながら「ゾウさん」を歌っていたとか
飛び込み時にゴーグルが外れなければ
なんとか泳ぎ切れるよね、とか
水泳部の話題で盛り上がりました。
するとMちゃんが

「Mさんもシンクロ泳ぎましたよね?」

と同意を求めます。
シンクロ?小谷実可子(例が古いw)がやってたの?
最近アーティスティックスイミングと呼ばれるようになったやつ?
どういうこと?と思い

「私は競泳専門だったよ」

と訝しげに答えると

「え?〇〇高校の水泳部は代々文化祭でシンクロ泳ぐじゃないですか!」

と目を丸くして力説するMちゃん。

えーっと…私が所属していたのは
君が言うところの「代々」のだいぶ前なのだよ( ̄▽ ̄)


光陰矢の如し。
少年老い易く学成り難し。
少年に学ばざれば老後に知らず。


そりゃそうだ。
高校を卒業してさんじゅ〜ねん!(さんじゅ〜ねん)←卒業式の呼びかけ風
30年前、私も大学が決まって初めてのアルバイトを経験し
ファーストフード店でスタッフ同士が交わし合う
「サンキュー!」の一言がいえず
蚊の鳴くような声で「さっ、さんきゅぅ…」と絞り出し
店長に「聞こえないよ!」と背後から注意を受け
いちいち肩をビクつかせたものでした。
それが今や…


初々しいMちゃんを見ていると
とても楽しい気持ちになります^^
来週もきっと会うことになるでしょう(汗)

気付けば2月になっていた…

2020年02月07日 | つぶやき
お久しぶりです、こんにちは!
クリスマスも正月もなく
松の内も七草も鏡開きも
「そんなの関係ねぇ」とジタバタし
1月も下旬に差し掛かる頃
昨年取材した原稿を無事全て入稿。
…した途端インフルエンザが発症しました( ̄∀ ̄)
ラスト原稿をメール送信した直後、
背中に悪寒が走り
久々に「あー、これって高熱になるヤツだ」と実感。
気がつけば39度をマークしており
一晩うなされて翌朝一番で診察を受けたところ
試験薬がくっきりとインフルエンザA陽性を告知。
7年?ぶりの罹患です。
7年前にはなかった特効薬2錠を処方され
それを飲むだけで終わりだと…。
しかし、しばらく熱は下がらず遂には40度台へ。
恐る恐る起き上がって歩くと
爪先が床に当たるたびに
脳天がジーンと振動する感覚。
寝ても覚めても頭がピロピロした状態で伏せておりました。

そしてインフルエンザの症状が治ってからも辛かったのです。
とにかく怠い、眠い、便秘がひどい。
インフルエンザウィルスと一緒に
私の身体の中でいつも頑張っていてくれた
善玉菌も駆除されてしまったのでしょうか。
薬怖いわ…。


とまあ、そんな1月でして
気がつけば2月に突入。
ブログを書く暇がない→書く体力がない
という流れを経まして本日に至ります。
もうブログは書かなくていいかな?
と思う時期もあったのですが
やっぱり私はこのツールが好きだと
改めて感じ入った今日この頃。
不特定多数の人々、または友人たちの視界に入り
承認欲求を満たすツールよりも
かなり私的で勝手きままなこっちの方がラクなのです。
たまたまこのブログにたどり着いた方がいらっしゃっても
「ケッ!つまらん」と思われたのなら
2度と訪れなければいいわけですから。
ま、他のSNSともうまく付き合っていくつもりですけどね^^


取り止めのない話が続きますが
私が再びここで書きたくなった理由を一つご紹介。


森絵都「永遠の出口」

今更ながらに読んだ本です。
小学校3年から高校3年までの9年間を
70年代、80年代の世相を交えながら綴った物語。
主人公は私よりも少し年上の設定ですが
世代的にはドンピシャです。シンパシー感じまくり。
自分の記憶を発掘しては彩色を繰り返し
読書中、とても瑞々しい時間が過ごせました。
言葉の力ってすごい、森絵都ってすごい。
森さんの足元にも足の爪垢にも及びませんが
書くって素晴らしいなぁ、と改めて認識し
自由奔放に書きたくなっちゃったのでした。
この気持ちが長持ちするかは謎ですが
心に沈殿しつつある由無しごとを
手を突っ込んでぐるっと攪拌し
徒然なるままに書く場をキープしておきたいと。

料理、お出かけ、旅、つぶやき、本のこと・・・
これからもテキトーに書かせてくださいませ。
引き続き、よろしくお願いいたします!


2020年よ、こんにちは。

2020年01月05日 | つぶやき
遅ればせながら、
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
11月は料理イベントで燃え尽きまして
12月に入ったら怒涛の取材ラッシュ。
1ヶ月の移動距離…何千キロだった?(笑)
愛知県内をちょこまか移動する日もあれば
西へ東へ大移動もあり
とにかく執筆に割く時間がなく
新年を迎えた今も去年の仕事に追われております。
毎年賀状のやり取りをさせていただいている皆様
年賀状より原稿の締め切り優先しました!
お許しください!
落ち着いたら個別にお便り書きます。


クリスマスイブもクリスマスもムードゼロで終わり
年末感など全くないまま迎えた年の瀬の28日。
思いも寄らない訃報が届きました。
豊橋のアニキ、Aさんがお亡くなりになったと…
豊橋在住時はご近所と呼べる圏内にいながらも
最後にお会いしたのはMiyaさんちのパーティかしら。(その時の模様1その時の模様2MIyaさんのブログより)

3年半前にガンを患い
闘病を経て職場復帰なさり
先日還暦を迎えたばかりのAさん。
大企業の技術職として定年まで勤め上げ
キャリアを買われてその後も継続雇用が決まったので
能天気な私はてっきり完治したものと思い込んでおりました。
しかし、その後も戦いは続いていたと
昨日参列した告別式で知ることになったのです。
SNSでの近況からは
大好きな日本酒やウイスキーを楽しみ
ご友人との旅やお気に入りの蕎麦屋を堪能する様子が伝わってきたので
悠々自適なシニアライフを送っているんだな〜
とうらやましく拝見していた矢先、
「再発しました」との知らせ。
その報告からひと月足らずで逝ってしまいました。
彼の病をよく知る友人から聞いたところ
3年半前に発覚した時点で
5年生存率は25%と告げられていたとか。
そんな現状を理解しつつ
楽しげに振る舞い
泣き言を一ミリも言わなかったAさん
カッコ良すぎますよ。
カッコ良すぎてこっちが泣けてきます。

言い方悪いですけど
黙っていると極め道の人みたいなAさん(笑)。
背が高くてがっしりしていて強面なので
初対面の際は思わず後ずさりをしました。
ところがお話ししてみると
ひょうきんでチャーミングで
真顔と笑顔のギャップがすごい!
28日以来、
「mieちゃん久しぶり」と
相好を崩して話しかけてくるAさんが
頭の中で走馬灯のように駆け巡り
ふとした瞬間に涙が溢れて止まりませんでした。

昨日4日、豊橋の葬儀場でお見送りした際
優しくて人間味溢れるAさんの人となりが
改めてわかりまたまた涙。
回数にしたらそこまで頻繁にお会いできたわけではありませんが
言動や表情全てが心に残る人でした。
あまりにも早すぎる、と悔やまれるばかりですが
自分の身に起きていることを誰よりも理解した上で
最後まで気丈に、そして楽しげに振る舞っていたアニキ
お疲れ様でした!
近日開催する紳士会の新年会では
Aさんの思い出話で盛り上がりますからね〜^^


と大好きな方へ贈る言葉をもって
新年の挨拶とかえさせていただきます。
今年も全力で頑張ります!