F老人の気ままな島暮らし日記

尾道市生口島で気ままな島暮らしの日々。

松阪城・松浦武四郎記念館・垂水頓宮跡

2018年06月06日 11時01分25秒 | 旅行記
道の駅「伊勢本街道 御杖」で起床。広い駐車場に一人でいたんですねえ。奈良県と三重県の境にある道の駅です。簡単な食事の後、歯を磨き、出発です。



約1時間かかって、「松阪市営駐車場」。松阪城に行くためです。2回目ですが100名城スタンプを押してなかったので。お城らしい複雑な石垣の残るところです。







1619年、和歌山藩領になって以来、城代が置かれていました。



早速、歴史民俗博物館に行って、スタンプをゲットしました。



中も見学しました。本居宣長の像です。



石垣のジオラマ。



前回行きそびれた「御城番屋敷」に行ってみました。

江戸時代末期、脱藩騒ぎを起こした藩士の住居として建てられました。なんと、今も住んでる人がいるのです。





この後、イオンに寄って、歯ブラシなどを買って、向かいました。

北海道の名付け親「松浦武四郎記念館」です。松阪に来た本当の理由はここを訪れるためだったのです。



1m48cmしかありませんでした。小さな巨人です。明治21年まで生きました。





探検家として有名ですが、浮世絵師、もの書き、古いものを集めるのが好きでした。松阪の郷士(地士)、庄屋の4男として生まれ・・・書き出したらきりがありません。

日本全国を踏破した後、合計6回北海道を旅して、150冊の調査記録書を遺しています。

松前藩がアイヌから搾取していることを暴露し、命を狙われることもあったそうです。江戸幕府から蝦夷御用御雇に抜擢され、明治政府からは開拓判官に。北海道の名を命名し、アイヌ語の地名を参考に国名、郡名を選定しました。

アイヌの取り扱いを巡って、辞任。









篆刻がうまく、旅費稼ぎにしたそうです。絵は抜群にうまく、絵入りの報告書は秀逸です。



細かく地名を調べました。



満喫しました。生家も尋ねました。











先日亡くなられた、作家の内田康夫さんの浅見光彦シリーズの「斎王の葬列」に出てくる「頓宮」跡を見たくて土山へ。現地ではポピュラーではないらしく、探すのに苦労しました。



静謐なふんいきの中にありました。









「世にふればまたも越えたり鈴鹿山昔の今になるにやあるらむ」929年に生まれた徽子女王の歌。8歳で伊勢斎宮となる。





入浴施設を探したけれど、いいところが見つからず、竜王の蒲生野の湯まで来ました。



この後、道の駅「竜王かがみの里」で停泊。雨が降り始めました。明日は停滞か。