現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

グリーンブック

2022-10-26 19:40:07 | 映画

 2019年のアカデミー賞で、作品賞など三部門で受賞したロードムービーです。
 天才的な黒人ピアニストと、彼のディープサウスを含むリサイタル・ツアーに運転手(兼用心棒?)として雇われたイタリア系白人の男(それまでは、クラブの用心棒などをしていました)が、次第に心を通わせていく話です。
 公民権運動が勝利する前の1962年なので、当時の南部(特にディープサウス)では黒人差別が公に認められていました(白人用レストランやバーへの出入り禁止(もちろんウェイターやウェイトレスは黒人です)、白人用トイレの使用禁止(黒人用は戸外の粗末なものです)、白人用ホテルの使用禁止、洋服屋での試着室の使用禁止、夜間外出禁止など)。
 こうした差別は、主に黒人に対してなのですが、日本人のようなアジア系の人たちへの適用は微妙だったようで、1959年に同じ南部を旅した庄野潤三の「南部の旅」(その記事を参照してください)には、そのどっちつかずの不安感が描かれています。
 タイトルの「グリーンブック」は、そうした環境の中で、黒人が南部へ旅行するためのガイドブック(黒人が利用できる店やホテルなどの情報が載っています)のことです。
 こうした状況の中で、二人は時に対立しながらもいろいろな困難を乗りこえて、クリスマスイブに予定通りニューヨークに帰着し、ラストでは運転手の家での彼の大家族のクリスマスディナーにピアニストも参加します。
 この映画も、基本的にはエンターテインメント作品なのですが、マイノリティへの差別(黒人、LGBTQ(ピアニストはゲイのようです)など)を鋭く糾弾しています。
 前年の「シェイプ・オブ・ウォーター」(その記事を参照してください)に続いて、このようなマイノリティへの差別を糾弾した映画がアカデミー作品賞を受賞した背景には、当然、移民を阻害しているトランプ大統領の政策への批判もあるでしょう(もともとハリウッドはリベラル色が強く、民主党寄りだという事情もあります)。
 また、この二作が、ともに1962年のアメリカを舞台にしていることにも、明確な理由があります(2017年のアカデミー作品賞にノミネートされた黒人や女性への差別を糾弾した「ドリーム」(その記事を参照してください)も、1961年から1962年にかけてのアメリカが舞台です)。
 アメリカでは、「黄金の五十年代(もちろん白人社会だけにとってですが)」と言われた1950年代の好景気(日本の1980年代のバブルよりはるかにスケールは大きいです。そのころの白人中流家庭の高校生の派手な生活は、サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(その記事を参照してください)や、それよりは少し後ですがボブ・グリーンの「17歳」やルーカスの「アメリカン・グラフィティ」で詳しく描かれています(ナイトクラブで酒を飲んだり、自分用の(ボブ・グリーンは、17歳の誕生日にプレゼントされています)大きなアメ車(当たり前ですが)を乗り回したりしています。
 そう言えば、この映画でも、「シェイプ・オブ・ウォーター」でも、ライト・グリーンの大きなキャデラックがその頃の富の象徴として使われています))を経て、東西冷戦、宇宙開発競争、公民権運動などの大きな社会現象があり、そうした困難な状況を前年の1961年に就任した若きケネディ大統領(黒人ピアニストがディープサウスで警察に不当に拘束された時に、弁護士を通して連絡した大統領の弟のロバート・ケネディ司法長官の電話で釈放されるシーンもあります)と乗り切ろうという国民の機運もありました。
 そのため、いろいろなマイノリティ(女性、人種、障碍者、LGBTQなど)への差別が顕在化した(それまでは当然のこととされていました)時期でもあり、その時代を描くことは現在のアメリカ社会の問題につながり、結果としてアンチトランプの姿勢を明確にできるからでしょう。
 もちろん、この映画はエンターテインメント作品ですので、興業的な配慮が重要なため、黒人にも白人にも八方美人になっている面があって、作品賞受賞に対しては批判もあるようです。
 ピアニストは、若いころ(三才からピアノを弾いています)から才能も認められ、家族も含めた黒人社会から引き離されて、白人社会の中で教育(三つも博士号を持っています)を受けて成功し、上流社会の中で生活(カーネギーホールの上の贅沢な部屋で暮らしています)していますので、いわゆる「アンクル・トム」(ストウ夫人の「アンクル・トムの小屋」は出版当時(1852年)は奴隷解放運動に大きく寄与した偉大な本ですが、そこに描かれたアンクル・トムは白人に従順すぎるとして、黒人社会(特に1960年代から1970年代にかけて)では「白人に従順な黒人」としての蔑称として使われることもあります)的(ただし、それゆえの孤独も描かれていますし、そうした時代にあえて通常の三分の一のギャラでディープサウスをツアーする勇気にも触れられています)ですし、運転手もいわゆる「白人の救世主」(映画などで非白人の窮地を救う白人のステレオタイプ)的な面はあります。
 ただし、ピアニストとは対照的に、ブロンクス(ニューヨークの下町)のイタリア人街育ちで教育もない、いわゆる「プア・ホワイト」(白人貧困層への蔑称)としての困難さも描かれています(それまではクラブの用心棒やボスの運転手をしていて、映画の中でも数回もっとやばそうな仕事を紹介されそうになります。
 こうしたエンターテインメント作品としての限界はあるもの、ピアニストを演じたマハーシャラ・アリ(アカデミー助演男優賞を受賞)と運転手を演じたヴィゴ・モーンセン(惜しくもアカデミー主演男優賞の受賞は逃したものの(受賞は「ボヘミアン・ラプソディ」(その記事を参照てください)のラミ・マレック)、体重を約20キロ増やしてこの役に挑戦しました(「レイジング・ブル」で27キロ増やしたロバート・デ・ニーロは1981年にアカデミー主演優賞を受賞しているのですから、もうちょっと増やせばよかったのかもしれません)の熱演により、優れた作品になっています。

グリーンブック~オリジナル・サウンドトラック
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