1998年公開のフランス映画です。
リュック・ベンソン監督ならでは、スタイリッシュな映像と音楽と会話が楽しめます。
なんと言っても、この映画の魅力は、CGだけに頼らないスピード感あふれるカー・アクションでしょう。
冒頭のピザ配達のスクーターによる疾走シーンから、プジョーの改造車のタクシーの爆走まで、マルセイユを舞台に迫力あるカー・アクションの連続です。
ストーリー自体は連続銀行強盗とマルセイユ警察の攻防を中心とした他愛ないドタバタコメディですが、スピード狂の無免許(!?)タクシー運転手を中心に、彼のかわいい恋人、マザコン刑事、そのチャーミングな母親、刑事が憧れる長身のドイツ人のデカ長の女性、変人の警察署長などのおしゃれなやりとりは、結構楽しめます。
また、陽光あふれるマルセイユの街のあちこちが紹介されますので、南フランスへ行ってみたくなるのもこの作品の魅力の一つでしょう。
2005年公開のアメリカのロマンチック・コメディです。
人気テレビシリーズだった同名作のリメイクを作る際に、奥さま役に選ばれたのが本当の魔女だったという、かなり凝った作りになっています。
ストーリー自体は、主演の二人の恋をかなりドタバタで描いた他愛のないものですが、主演のニコール・キッドマンは、この魔女の奥さまをかなり魅力的に演じています。
お話の中に、テレビシリーズで使われていたギャグや登場人物が頻出するので、それを見ていない人たち(特に若い人たち)にはあまり親切な映画とは言えないでしょう。
2005年公開の日本映画です。
井筒和幸監督の代表作で、1968年の京都を舞台に、けんかに明け暮れる朝鮮高校と対立する日本人の高校の生徒たちを描いています。
暴力を描きながらも、当時の在日朝鮮人の問題(差別や貧困や帰国事業など)にも触れて、単なる娯楽映画としてではなく評価されて、キネマ旬報ベストテンの一位など数多くの賞を受賞しました。
両者の対立の中に、日本人男子高校生と朝鮮高校の女生徒との恋愛も描いて、ちょっとロミオとジュリエット的な味付けもなされています(女生徒を演じたエリカ様になる前の沢尻エリカのなんとかわいいことか)。
また、全編を流れる「イムジン河」の美しく切ない詩情が、作品に効果的に使われています。
表題のパッチギは朝鮮語で「乗り越える」という意味でこの映画では使われていると思われるのですが、それ以外に「頭突き」という意味もあって、朝鮮高校の番長(沢尻エリカ演じる女生徒の兄)の喧嘩での得意技でもあります(この映画と同じころ、東京の下町でもパッチギは「朝鮮パンチ」と呼ばれて恐れられていました)。
2011年の日本映画です。
人気コミックスの実写版ですが、後半はオリジナルな内容のようです。
ひょんなことから、祖父の隠し子の女の子(六歳)を引き取ることになった独身男性の奮闘記(保育園、仕事との両立、実母との対決など)です。
主演の松山ケンイチも熱演していますが、なんといっても、当時六歳の芦田愛菜の天才子役ぶりが目立っています。
舞台の一つが保育園なので、たくさん子役が登場しますが、その子たちが全くのど素人に見えてしまうほどで、大人の俳優でもできないような表情や仕種での演技や完璧な台詞回しなど、その演技力は群を抜いています。
けっきょく、松山ケンイチだけでなく脇を固める名だたる俳優陣(中村梅雀、風吹ジュンなど)を完全に喰ってしまいました。
新宿歌舞伎町で、女の子たちをキャバクラや風俗に紹介するスカウトたちの生態を描いた映画です。
人気漫画の映画化なので当たり前なのですが、設定やストーリーはマンガ的で荒唐無稽です。
くだらないと言ってしまえばそれまでですが、興業的には成功して続編も予定されているようなので、今の若い人たちが映画に何を求めているかがよくわかります。
暇つぶしになる気楽な(深刻にならず頭も使わない)娯楽、自分自身の(平凡な)日常ではない非日常世界(裏世界も含めて)への興味(自分自身はそれらから安全な位置にいられることが前提です)などです。
こういった欲求を満たす映画は、かつて映画が娯楽の王者だった時代(1920年代から1960年代ぐらいまで)にもたくさんありました。
ただ、そのころは映画産業はもっと豊かでしたし、才能を持った人材も豊富だったので、別途芸術的だったり社会的だったりする映画も作れました。
中には、芸術性や社会性を娯楽性と共存させる作品(例えば黒沢明の諸作品など)までが存在しました。
しかし、今は違います。
ほとんどの映画は、様々なスポンサーの出資によって作られています。
そのため、製作費に対するリターンだけが重視されて、無難に観客動員でき、さらにビデオレンタルやテレビ放送でも稼げる作品しか作られません。
また、映画産業に携わっていても、主演級の俳優を除いては十分な収入が得られませんから、才能のある人間が集まりようがないです。
そのため、ますますつまらない映画しかできないようになる負のスパイラルに陥っています。
この状況は、現在の児童文学業界も、まったく同様です。
1980年代から1990年代初頭までの出版バブルの時代には、現在のような娯楽的な作品だけでなく芸術性や社会性を持った多様な作品も出版されていましたが、現在では売れそうもない作品を出版するような余裕は児童書の出版社にはありません。
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2011年公開のフランス映画です。
スラム出身の黒人青年が、ひょんなことから、脊髄損傷で車いす生活を送っている大富豪の住み込みの介護人になります。
慣れない環境や初めての仕事にも物おじしない青年のふるまいによって、絵にかいたような紳士と破天荒な青年という「最強のカップル」が誕生します。
二人にとっては、それぞれ期待以上のもの(富豪は退屈な日常を脱却できましたし、青年はかなりの高収入の仕事とリッチな生活環境を手に入れます)を得られて、お互いにハッピーです。
かなりご都合主義な展開(富豪は青年のおかげで文通相手と面会できますし、青年には絵の才能があることがわかります)もありましたが、障碍者の問題も深刻にはならずに、全体的に軽いコメディタッチで、エンターテインメントとして楽しめます。
2021年公開のアメリカ映画です。
ゲームソフト(サングラスをかけたキャラクター(ゲーム参加者)が銀行強盗や殺人などの犯罪をしまくります)の背景のキャラクター(毎日、毎回、同じ役割をこなすだけです)のガイ(強盗に入られる銀行の受付係)が、恋することで自我に目覚め、成長を始めます。
最終的には、ゲーム会社のオーナー(典型的な悪者キャラです)と彼にソフトをだまし取られた男女のソフトウェアエンジニアの戦いと恋愛が描かれているのですが、最大の見どころはモブキャラ(雑魚キャラ)が団結して自由な世界を勝ち取るところでしょう。
映像とゲーム世界を融合させる新しい試みの映画かもしれません。
2008年公開の日本映画です。
東野圭吾のベストセラー(直木賞をはじめとしてミステリー関係の賞など五冠を受賞しています)の映画化であるとともに、東野の短編をテレビドラマ化したガリレオ・シリーズの映画版でもあります。
そのため、テレビで人気だった福山雅治や柴咲コウなどのキャストはそのまま使われています。
しかし、彼ら事件の捜査側はそれほど前面には出ず、容疑者を演じた堤真一や彼がかばうことになる女性を演じた松雪泰子の物語(原作もそうなのですが)の方がクローズアップされます。
特に、松雪は薄幸の美人役をやらせてたら天下一品なので、この映画でも一番印象に残ります。
堤真一も、普段と違う暗い役柄を熱演しています。
ストーリー自体は、こうした原作物にありがちなのですが、かなり端折った感じは否めず、原作の淡々とトリックを積み上げていく感じは、かなり薄まっています。
第64回ベルリン国際映画祭の審査員グランプリを受賞した作品です。
アカデミー賞では、作品賞や監督賞にもノミネートされたものの、美術賞などの主要でない四部門を受賞したにとどまりました。
戦前、戦中、戦後と、いくつかの時代におけるグランド・ブタペスト・ホテルを舞台に描かれ、それを象徴するように画面のアスペクト比を自在に変えているのがなかなかおしゃれです。
ホテルのコンシェルジェとロビー・ボーイの交流を、ユーモア、ミステリー、アクション、ドラマといった映画の様々な要素をちりばめて、絢爛豪華な映像美で描いています。
テーマパークのアトラクションのような映画が全盛の現代で、こんな粋で魅力的な映画に出会うとホッとする気分です。
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1925年の大英帝国博覧会閉会式で、ヨーク公アルバート王子は妻のエリザベス妃に見守られ、父王ジョージ5世の代理として演説を行いました。
しかし、吃音症のためにさんざんな結果に終わり、聴衆も明らかに王子の演説に落胆してしまいました。
アルバート王子は「専門家」による治療を試すものの、結果は思わしくありませんでした。
1934年に、エリザベス妃は言語聴覚士であるオーストラリア出身のライオネル・ローグを紹介され、アルバート王子は仮名を使って、その療法を受けるため、ローグのみすぼらしいオフィスを訪問しました。
第一次世界大戦によって戦闘神経症に苦しむ元兵士たちを治療してきたローグは、当時、本流とはいえない療法をもって成功していましたが、アルバート王子に対しても、愛称(バーティーとライオネル)を使い合うことを承知させて、くだけた環境を作り出して療法を始めようと提案します。
これに対してアルバート王子は反発して、治療法そのものに納得しません。
ローグは最新の録音機を使い、王子に大音量の音楽が流れるヘッドホンをつけることで自身の声を聞けない状態にしてシェイクスピアの『ハムレット』の台詞を朗読させ、その声をレコードに録音させました。
王子はひどい録音になったと思い込み、また治療の見込みがなさそうなことに腹を立てて帰ろうとします。
それならと、ローグは録音したばかりのレコードを王子に持って帰らせます。
ジョージ5世のクリスマスのためのラジオ中継が行われた後、国王は王太子デイヴィッド王子とアルバート王子の将来について心配していることを告げます。
国王はデイヴィッド王子について次期国王として不適格だと考えているようであり、弟であるアルバート王子が王族の責務をこなせるようにならねばならないことを強調してきつく接します。
帰邸後、落ち込んだアルバート王子は、いら立ちとともにローグから受け取ったレコードを聴きます。
そこには、吃音の症候はまったくない『ハムレット』の台詞が録音されていました。
王子はエリザベス妃ともども、自分の声を聞いて驚きます。
そして、王子はローグの治療を受け続けることにして、口の筋肉をリラックスさせる練習や、呼吸の訓練、発音の練習などを繰り返し行います。
1936年1月にジョージ5世が崩御し、デイヴィッド王子が「エドワード8世」として国王に即位しました。
しかし、新しい国王はアメリカ人で離婚歴があり、まだ2番目の夫と婚姻関係にあるウォリス・シンプソン夫人と結婚することを望んでいたので、王室に大きな問題が起こるのは明白でした。
このような状況下、アルバート王子は、吃音症の治療により一層真剣になり、またローグは問題の原因となっていると思われる、王子の幼少期の体験による心理的問題、肉体的問題による背景を知り、より適切な解決を図ろうと試みます。
その年のクリスマス、ヨーク公夫妻はバルモラル城で行われたパーティで、国王とシンプソン夫人の下品な姿を目の当たりにします。
見かねたアルバート王子が兄王に、離婚歴のある女性との結婚はできないことを指摘すると、王は吃音症治療は王位がほしいからなのかと責めて、兄弟の関係は険悪になります。
さらに、アルバート王子が即位することを望むローグとの意見対立から、王子は治療を中断してローグの元から去ってしまいます。
結局、エドワード8世は、即位して1年も満たぬうちに退位し、アルバート王子が国王として即位することを余儀なくされました。
それまで、海軍軍人としてのみ公職を持っていたアルバート王子は、この負担に大きな苦しみを感じることとなります。
しかし、ヨーロッパにおいては、ナチス党政権下のドイツやイタリアのファシズム、ソ連の共産主義が台頭して、一触即発の機運となっていました。
英国は王家の継続性を保ち、国民の奮起をうながすため、立派な国王を必要としていました。
英国王として即位したアルバート王子は、父親の跡を継ぐという意思表示をも含めて「ジョージ6世」を名乗ることになりました。
しかし、新国王の吃音症は依然として深刻な問題でした。
同年12月12日の王位継承評議会での宣誓は散々なものとなりました。
ジョージ6世は再びローグを訪ね、指導を仰ぐことになりました。
1937年5月、ジョージ6世は戴冠式でローグが近くに臨席することを望みましたが、カンタベリー大主教コスモ・ラングをはじめとする政府の要人は、ローグは満足な公の資格を持たない療法者にすぎないので、他の専門家による治療を受けるようにと要求し、ローグを国王から遠ざけようとしました。
しかし、ジョージ6世は、それまでにローグとの間に築き合ってきた信頼関係を第一とし、また彼自身が吃音症を克服しつつあることを自覚して、ローグを手放すことをせず、彼の治療方法を信頼することにするのでした。
戴冠式での宣誓はスムースに進行し、ジョージ6世はその様子をニュース映画で家族とともに観ます。
さらに、そのニュース映画の一部として、アドルフ・ヒトラーが巧みな演説によってドイツ国民を魅了している姿に強い印象を受けます。
チェンバレン首相の宥和政策は失敗し、1939年9月3日、イギリスはドイツのポーランド侵攻を受けてドイツに宣戦布告、第二次世界大戦が始まりました。
そして同日、ジョージ6世は大英帝国全土に向けて国民を鼓舞する演説を、緊急にラジオの生放送で行うこととなります。
この作品は2011年のアカデミー作品賞を受賞した映画です。
この作品の評価については、ネット上でもいろいろなところに書かれているのでここでは割愛します。
この作品を見て、私が考えたことはリアリティと娯楽性のバランスということです。
この映画では、国王の吃音症や歴史上有名な人物たち(シンプソン夫人、エドワード8世、チャーチルなど)のキャラクターがかなり誇張して描かれています。
また、ラストのスピーチが成功するかどうか、観客を十分にハラハラさせてからのハッピーエンドなど、いかにもハリウッド好みの娯楽性を強調した演出が随所に見られます。
その一方で、家族愛や身分を超えた友情などの普遍的なテーマも、うまく盛り込まれています。
厳密に言えば、これはリアリズムを追求した作品ではなく娯楽作品なのですが、史実と脚色の微妙なバランスで一級のエンターテインメントになっています。
当時の風俗を再現した精緻なセット(CGも使われています)や衣装、重厚な俳優陣の演技も作品にリアリティをもたらしています。
児童文学の世界でも、このような風俗や人物を緻密に書き込んだ骨太なエンターテインメント作品が、もっともっと書かれることが必要だと思います。
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1989年公開のアメリカ映画です。
ユダヤ系の老婦人とその黒人のお抱え運転手(息子が金持ちで、運転が怪しくなった母を心配して彼を雇いました)の25年(1948年から1973年まで)に及ぶ交流を描いています。
最後の方では、老婦人は老人ホームに入り、運転手も自分では車を運転できなくなるほど年取っています。
それでも、息子は彼に給料を払い続け(彼が母親にとってかけがえのない存在だと知っているのです)、二人して母を見舞ったりしています。
アカデミー賞の作品賞、主演女優賞(ジェシカ・タンディが八十歳の最高齢で受賞しています)、脚色賞、メーキャップ賞を受賞しています。
この映画は、二人の名俳優(タンディと運転手役のモーガン・フリーマン)の圧巻の演技で成り立っているといっても過言ではありません。
また、息子役のダン・エイクロイドもいい味を出しています。
作品の背景には、アメリカ南部における黒人差別(マーチン・ルーサー・キング牧師の演説も出てきます)やユダヤ人差別の問題もあり、庶民におけるアメリカ現代史的な趣もあります。
娼婦のカビリアは、不幸な生活を送りながらも、いつかは真面目な道に返ろうと望んでいました。
恋人にバッグを奪われて河に突き落とされても、彼女のその思いは変りませんでした。
ワンダを除いた仲間の女達は、夢想を語るカビリアを可哀そうな気違い女として扱っていました。
しかし、ある晩、カビリアの夢物語が実現しました。
愛人と喧嘩をした有名な映画俳優が、豪華な自動車に彼女を乗せて、ナイトクラブから自分の豪邸へと連れていったのです。
これは自分の魅力のためとカビリアが喜んだのも束の間、スターの愛人が突然そこへ現れて、この冒険は悲喜劇的な終りを告げました。
浴室に入れられ俳優とその愛人の和解話を聞かされても、幸福な想いにひたっているカビリアでしたが、朝になると邸宅から追い出されてしまいます。
とうとう自分が分らなくなったカビリアは、仲間と一緒に教会へ行き生活に奇蹟が起るように熱心に祈りました。
それから幾晩か後、郊外の小さな劇場の舞台で、彼女は催眠術をかけられて妙な踊りを観衆に披露しました。
そこで、カリビアはオスカーに出会いました。
このおとなしく若い会計係の青年は、彼女に大変親切な態度を示しました。
オスカーの愛の言葉を聞き、カビリアは運命に感謝しながらも、自分の汚れた生活が分ってしまえば彼が去ってしまうと恐れていました。
だが、オスカーはカビリアの過去など全くかえりみませんでした。
オスカーはカビリアに結婚を申し込み、カビリアもそれを受け入れます。
オスカーと暮らすために、カビリアは家を売り払って貯金も下ろして75万リラの持参金を作ります。
二人は新婚旅行に出発しました。
とうとうカビリアの生活に奇蹟が実現したと思われましたが、湖の畔まで来た時突然オスカーはカビリアに躍りかかりました。
オスカーが自分を殺すためにこの淋しい場所へ誘ったのだと、カビリアは気づきました。
オスカーもまた、彼女の金が目当てだったのです。
カビリアの夢は、またも無残にも崩れ去りました。
不幸にひしがれた彼女は、オスカーの前に膝まずき、自分を殺してくれるように懇願しました。
しかし、これがかえってオスカーから殺意を失わせ、オスカーは金だけを奪って立ち去ります。
カビリアは命だけは救われました。
ラストシーンで、セレナーデを奏でる子どもたちの一団を後に従え、カビリアは涙をたたえながらも純粋無垢な笑みを浮かべながら立ち去っていくのでした。
「シベールの日曜日」の記事で触れた「道」と同様に、フェデリコ・フェリーニ監督、彼の愛妻ジュリエッタ・マシーナ主演の1956年の映画で、「絶望した魂とその救済」をテーマにした作品です。
もちろんフェリーニの監督としての手腕によるところが大きいのですが、「道」のジェルソミーナとこの作品のカビリアを演じたジュリエッタ・マシーナの名演技は映画史上に残るものです。
彼女は、この作品でカンヌ映画祭の最優秀主演女優賞を獲得しています。
小柄でスタイルも良くなく、決して美人でもない(この二つの映画ではブスメイクをしているかもしれません)彼女は、それだからこそ純粋無垢で孤独な魂を見事に表現しています。
後に同じフェリーニ作品の「魂のジュリエッタ」や「ジンジャーとフレッド」で演じた知的な中流家庭の家庭婦人が彼女の実像に近いのでしょうが、こういった知的障害を持っているがそれゆえに純粋な心の持ち主を役を演じるのに彼女以上の女優はいないと思います。
この作品も1957年のアカデミー外国語映画賞を獲得したので、二人のコンビは1956年の「道」に続いて連覇したことになります。
ちなみに、1947年に始まったアカデミー外国語映画賞は、1950年代までの12回(1953年は受賞なし)は、フランス(5回)、イタリア(4回)、日本(3回)と3カ国のみで分け合ってます。
ご存知のように、そのころの日本映画は世界でも最高水準でしたし、フランス映画とイタリア映画も日本でも人気がありました。
特に、同じ第二次世界大戦の敗戦国で復興の途上にあったため、イタリア映画には日本人は強いシンパシーを感じていたようです。
戦後のイタリア映画は、1945年のロベルト・ロッセリーニの「無防備都市」を初めとしたネオレアリズモ(ニューリアリズム)という新しい表現運動が起こっており、いわゆる近代的不幸(戦争、貧困、飢餓など)を写実的に描いて、社会の矛盾を告発していこうとしていました。
ネオレアリズモの監督には、ロッセリーニやフェリーニ以外には、「靴みがき」や「自転車泥棒」のヴィットリオ・デ・シーカや「鉄道員」のピエトロ・ジェルミなどがいました。
手元に残っているパンフレットによると、1973年4月4日から6月5日にかけて、京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターで、イタリア映画の特集をやっていました。
3時と6時15分の1日2回上映で、二日ごとに上映作品が変わっていました。
料金は、一般は100円、学生は70円、子供50円、パンフレットは前後半に分かれていて一冊200円でした。
当時の物価水準を考えても、破格の低価格だったと記憶しています。
私は、前半の「無防備都市」から「鉄道員」まで日参していました。
「カビリアの夜」は、4月30日か、5月1日に見たようです。
後半のパンフレットはないので、そのころは、すでに大学の児童文学研究会に入会していて、児童文学の方に私の関心が移っていたようです。
イタリア映画特集が始まる直前の4月1日に大学の入学式が予定されていたのですが、会場の大隈講堂周辺での新左翼のデモのために中止になったことを覚えています。
理工学部の授業が始まる日より前に、フィルムセンターの小さなスクリーンで「無防備都市」を見た時の感動を今でもはっきり覚えています。
今思うと、当時の現代日本児童文学作品(特に社会主義的リアリズム作品)とネオレアリズモの映画は多くの共通点を持っていました。
散文性の獲得:ネオレアリズモでは、徹底した写実的な表現が採用されました。
子どもへの関心:ネオレアリズモでは、実社会の庶民を描くために素人も出演者として採用されたばかりでなく、「靴みがき」、「自転車泥棒」、「鉄道員」などでは、大人と共生する子どもたちの姿も多く描かれました。
改革の意志:ネオリアリズムモでは、社会の暗部を描くことにより、社会の改革を訴えました。
私が児童文学研究会に入って、現代日本児童文学作品をすんなり受け入れられたのは、その前にネオレアリズモの映画に触れていたおかげかもしれません。
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カビリアの夜 完全版 [DVD] |
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1957年公開のアメリカ映画です。
1927年に、初めてニューヨークとパリの間を飛行機で無着陸で横断したチャールズ・リンドバーグの著書を、精密な再現機を何台も作って撮影して映画化したものです。
実際の横断飛行だけでは単調過ぎてしまうので、それは全体の三分の一ぐらいに留めて、この飛行に至るまでの主人公の苦闘の方に多くの時間を割き、飛行中にも回想シーンを入れて観客を飽きさせない工夫を、名匠ビリー・ワイルダー監督が駆使して、感動のドラマに仕立てています。
原作の有名なエピソード(頭上の機器を見るために用意された鏡が重すぎたので見送りの観衆の中にいた少女のコンパクトを借りた、親友が用意したサンドイッチの袋の中に彼の飛行教室の生徒である神父が託したお守りが忍ばせてあった、機内に迷い込んだハエとの会話、睡魔との戦い、機体への着氷との戦い、飛行する方向の確認の苦労、大西洋を横断して予定通りにアイルランドの陸地を発見するシーンなど)も、巧に織り交ぜていて、観客を感動させてくれます。
特に、パリ到着時に若き英雄を一目見ようとして押しかけた数十万の群集や、帰国後のニューヨークでの数百万の人々の歓迎シーンには、実際のニュース映画なども使われていて、当時の熱狂ぶりを再現しています。
現代から見れば、大西洋横断なんてたいしたことないと思われるかもしれませんが、なにしろ1903年のライト兄弟の初飛行(諸説ありますが)以来、まだ20年ちょっとしかたっていなかったころのことですから、ちょっと大袈裟にいえばアポロによる月着陸のような大冒険(直前に挑んだ人たちが失敗して何人も命を落としています)だったのです。
横断飛行成功時に25才だったリンドバーグを演じたのは、当時47才だったジェームス・スチュワートだったので、評価には賛否両論があったようですが、ダイエットによる若々しいスタイルと彼独特の軽やかな演技は、アメリカの好人物を演じる俳優の第一人者だけのことはあります。
なお、「翼よ!あれが巴里の灯だ」というかっこいい邦題は、映画では台詞としても使われておらず、原題は彼の冒険を支援したセントルイスの人々にちなんで愛機につけられたThe Spilit of St. Louisという原作の題名と同じものでした。
1946年のアメリカ映画です。
名画中の名画と言われている作品で、アメリカでは今でもクリスマスシーズンにはテレビで放映されるそうです。
才能もやる気もあって、田舎町から大学に進んで世界を旅することを夢見ていた青年が、父親が急死したことから家業(貧しい人にお金を融資して自分の持ち家を建てさせる協会)を継いで、町に残ることを決意します。
代わりに弟が進学して、アメリカン・フットボールのスター選手になり、さらには出征して国の英雄になります(主人公は幼い時に弟が氷が割れて湖に落ちたのを救ったときに片耳を悪くして、出征できませんでした)。
町を牛耳るボスのいろいろないやがらせにもめげず、主人公はいつも貧しい人たちの味方でした。
ところが、叔父が8000ドルもの当時としては大金をなくしたため(ボスが手に入れて隠されてしまいます)、国の監査をパスできずに刑務所へ行かされることになります。
絶望した主人公は自殺を企てますが、彼を担当する二級天使(そうなのです。この映画はファンタジーなのです)に救われます。
それでも、絶望している主人公は、自分なんか生まれなければよかったと主張し、天使の力で彼のいない世界へ行きます。
しかし、そこでは、彼がいないために、弟はあの時の事故のために亡くなり、町の貧しい人たちは自分の家を持てずにボスの劣悪で高い借家暮らしです。
そして、愛する妻も、未婚で不幸な暮らしをしています。
ようやく自分の人生の価値に気が付いた主人公は、天使に元の世界へ戻してもらいます。
そこでは、妻の機転で、彼の窮地を知った貧しい人々からの寄付が8000ドルをはるかに上回るほど集まって彼を救い、みんなでクリスマスソングを大合唱するという絵にかいたようなハッピーエンドが用意されています。
主人公を演じたのは、こうしたアメリカの良心を演じたら右に出る者がいないジェームス・スチュワートです。
1974年公開のアメリカ映画です。
1934年に出版されたアガサ・クリスティの代表作(容疑者全員が犯人だったという奇抜なラストで有名です)の映画化です。
名探偵エアキュール・ポアロ役のアルバート・フィニーをはじめとして、リチャード・ウィドマーク、ローレン・バコール、ショーン・コネリー、イングリット・バークマン、アンソニー・パーキンス、マーティン・バルサム、ヴァネッサ・レッドグレイヴといった綺羅星のごとくのオールスターキャストで、重厚に映像化されました。
なお、2017年にも再び映画化されていますが、そのできは前作に遠く及びません。