とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

資本主義に完全に迎合した消費主義の映像作品は見る必要がない

2021-03-13 23:22:30 | 映像作品
映像作品は良かれ悪しかれ、鑑賞する人を楽しませるためにやっているのであって、理的知的に啓蒙する映像作品はほんのひと握りだ。

エンターテイメントとして楽しませるための、そして楽しむために映像作品は存在する。
そして対価として金銭を支払うのは鑑賞側である我々の理性による判断であって、それは消費主義による資本が行う大衆への準強制的な扇動であるべきではないし、

大衆をある程度楽しませる映像作品であるならばまだしも、大衆に消費させるべくそれが目的で作り出した映像作品には、作りて側の金儲け以上の意味がない。だから、それにお付き合いさせて頂く必要など全く無いと言うのが映像作品に対して接する際の健全な態度だろう。

資本主義の歴史 起源・拡大・現在 ユルゲン・コッカ P131

一九五〇年代以降における消費資本主義の急速な発展。(中略)人を惹きつける販売戦略や絶え間ない需要の喚起、信用供与の誘惑により、人々が自身の収入以上の生活をする傾向が煽られた。

これは映画産業・映像産業にも言える。
とにかく作り手側は資本産業側なので、あの手この手で購入・消費をさせようとさせて来る。それが資本主義社会での正義だ。
一方、収入以上の生活をすれば当然ながら身を持ち崩す。収入以上の生活をすることは義務ではなく、むしろいの一番に避けるべき状態だろう。ここでよくある反論が「収入以上に支出を重ねて、借金をして大成した人もいる」と言うものだろう。
私が思うに疑問が4つある。一つは、映像関連の鑑賞をそうすることによってそうなった人はいるのか、一つはその比率は一般論で言えるほどマジョリティの人口比率なのか、そして一つは当該作品を鑑賞することによって大成する可能性はどれくらいであり、最後の一つは反論を言う人間がそれを保証できるのかということである。

はっきり言えば、収入以上の予算での映像関連を視聴することは可能であって、むしろ容易な部類に入る。
しかし、それであるからこそ、容易であるからこそ「価値がない」。
むしろ自身の価値向上を目指すならば、「安いものを大量に浴びるか」もしくは「高価なものを大事にして繰り返し使用するか」のどちらかだろう。
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Perfumeの演出の仕事をやりたかった・・・

2021-03-13 23:22:30 | 映像作品
https://video.twimg.com/ext_tw_video/1369640360272596998/pu/vid/1280x720/2Phigk73b1c1cJq1.mp4

Perfumeのライブコンサートはいちいち演出が良くてな・・・
本当ああいう仕事やりたかった・・・
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京大入試の受験生向け今年の展示物:

2021-03-13 23:18:03 | 雑感


↑これは、遺伝アルゴリズムでエロ画像を作ろうという試みの始めの絵だということで、分かる人には分かるものになっている。

↓がそのサイト。
遺伝的アルゴリズムで最高にエッチな画像を作ろう!

人間の男性集合はこういう視覚効果で性的興奮を覚えるんだなと。

これ変な意味じゃなくて、チンパンジーとかイルカとか昆虫でできないかなと思うよね。
中国のパンダは事前に録画しておいたパンダの交尾映像をビデオ再生して、パンダに性教育しているというけれども。

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TOEICで受かるコツ:ストーリープロットの流れ

2021-03-13 23:16:28 | 哲学・学術・教育

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プペルファン、80回プペをやめ、35プぺでストップ

2021-03-13 22:58:01 | 映像作品
・まず我々はなぜ映像作品を見るのか。
・それは単に楽しいからとか、そこから得られる人生のテーゼがあるのでそれを得るために見るのだとかする形である。
・プペルのファンの人で、多数回見る人は主に上記での後者を目指しているのだろう。
・だがそれはNGであると私は考える。

・と言うのも、基本的に映像作品と言うのは商売でやっているので、時間と金銭を奪っていくという基本認識をせねばならないからだ。
・その上で、自分が納得する厳選したものを鑑賞し、自分の哲学に組み込んでいく所作をしていかなければいけない。
・あの名作中の名作、「ルパン三世カリオストロの城」でも二回連続までは見られるけれども、三回目はやはりきついだろう。もし多数回見て都度都度新しいものに気づいていくのであれば、絶対にDVDを買うべきだ。
・基本的に視聴者側である大多数の我々は、「そんなに何回も映画館に足を運べるような金持ち」ではなく、貧乏であるということを認識せねばならない。
・その上で視聴媒体を決定していくべきだ。
・私はニコニコ一挙放送をよく見るが、あれは無料だ。
・デメリットは、話題になっている作品がリアルタイムで視聴できず、視聴するのが数年後になるということである。
・ただ、実際には本当に面白い作品であれば、数年後に見ても面白いので、そちらの方がいい。
・また見るべきか否かの判定は他のアニメファンが口を酸っぱくして論戦しているのでそれを参考にできる。
・繰り返し見るのは否定しないが、面白くない作品だったらとっとと切ってしまうのが、人生における作品視聴上で健全であると私は考える。
 私などは面白くなさそうなアニメがあれば直感的に「これは面白くないアニメだ」と思うので5秒くらいで視聴を切っている。
・繰り返し鑑賞するのに制限を設けているのが謎だ。ノルマを自身に課して見る映像作品は本当に楽しめるのか? 
 むしろ本当に面白い作品ならば、普通は鑑賞回数の目標を設定するのではなくて、鑑賞回数の制限を設定するだろう。
 例えば、あまりに面白くて一日に何回も見てしまうならば、このままだと無限に見続けてしまうことになり、日常生活にも支障を来たすので、「視聴は一日鑑賞は◯回まで(それ以下だったらいい)」のような感じで設定するだろう。
 目標を設定しているということは、自然にやれること(面白い作品をついつい見てしまうこと)をやるのではなく、やりたくないことを義務的に自分に課しているからそうしてしまっているんじゃないのか、と。
・面白い作品なら見なければいい。面白い作品であれば見ればいい。本当にそれだけのことだ。
 多数回見たからと言って、自己を強力にかつ正しく規定する哲理が自分の中に備わる訳ではない。
・要はビジネスシーンとして売り込み文句をかけているビジネス側の人々の宣伝に乗ってしまった人なのだろう。
・製作者側やそれに近い人が「◯プペです」とか言うのはまあ売り込みとしても言っていいだろう。
 注意すべきは、貧乏である人は経済的に余裕がないので、そういう売り込みの口上に乗ってしまってはいけない、ということだ。


80回プペル見るの辞めます!

こんにちは!

『80回プペルを見る』と宣言していましたが、辞めます。
35プぺです。

カッコよく、{好きなことやるため}とか{時間を別で使いたい}とか良いことを言いたい気持ちもあります。
実際ほとんどはそういう理由です。

でも、そのままでいうなら...

辞める理由は
「自分がそうしたくないと思ったから」

無責任で自分が言ったこともやらない。そう捉えられてもおかしくないと思います。

最後までやり遂げたほうが良い。辞めてどうなる。8割が辞めないほうがいいと言われました。

ただ、何をどうしたって自分の人生。
(自分に言い聞かせてもいます)

https://note.com/kouichi1997/n/n5d3859f8e199

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