先日、「スターバックスの利用者は意外と低年収」というマクロミルの調査結果をもとにした記事がありました。確かに平均個人年収だけからみると、スターバックス利用者は270万円、ドトールは306万円、ルノアールは405万円となります。「家庭でもなく職場でもない第三の場所」をコンセプトとする意識の高そうなブランドとしては、ちょっと意外な気もします。
他の公表されている調査や記事と合わせてみると、スターバックスは、日本市場参入の際に若い女性を重要なターゲットとしていました。現在も比較的若い女性利用者の比率が多いため、「若い」、「女性」という2つの属性が低年収という調査結果の要素になっていると推測できます。
急成長したスターバックスの店舗数は1300を超え、ドトールの1100店台との差を説明することはできませんが、年収が高い都心部を中心に展開する90店台のルノアールとの差を説明する理由にはなるでしょう。また、年収以外にも可処分所得、頻繁に通うヘビーユーザーなどの観点も忘れてはいけないので、単純に顧客の平均年収が“低いことは良くない”とは言えません。
ひとつ言えるのは、高いコスパで顧客満足度を着実に向上させてきているドトール、高価格帯でありながら「喫茶室」という独自の価値を提供し続けるルノアールが健闘し、さらにサードウェーブやコンビニなどの勢力も拡大する中、スターバックスはさらに進化・差別化をしていく必要があると言えるでしょう。個人的にはいずれも利用していますが、落ち着いて余裕のある時間を過ごしたい時のルノアールは、自分の中でいい選択肢です。
年収が低い傾向にある若者をターゲットにするのは、戦略としてどうなんだろうと思う方もいるでしょうが、若者といっても、10代、20代、場合によっては30代でも、全顧客層のなかで相対的に若者と定義されることがあります。実年齢は一つの指標としては使えますが、消費行動にも個人差があり、意識や行動をもとにした“マインド年齢”を考えるべきケースも多いもの。また、現在の20代と20年前の20代を同じ20代とは括れないですし、年齢だけでなく世代という側面もあります。
■若者ターゲットといっても色々…
若者をターゲットにするべきか否かはケースバイケースであり、そもそも年齢という軸だけでみるのは限界があるのです。結果、様々なブランドが年齢層を一つの切り口として考えた場合、若者ターゲットと言っても色々な意味や目的があります。ここでいくつかのパターンを紹介します。
①そもそも若者を中心に消費されるカテゴリー
わかりやすい例としては、プロアクティブやクレアラシルなどのニキビ関連商品です。ニキビと言っても、思春期ニキビと30代前半までがピークとなる大人ニキビがありますが、どちらにしてもニーズは一定の年齢層に集中します。学生や就活をする人たち向けのサービスや商品も同様です。ただ、現状がそうであるからと言って、必ずしも若者以外が顧客にならないと断定することはできません。
②新しいジャンルやムーブメントの受け皿
個人差はありますが、人は年齢を重ねるごとに新しいものへの受容性が低くなります。例えば、スマホの普及率を見た場合、20代以降は徐々に受容性が低下しますし、80年代のウォークマンも若者中心に広がりました。特にカルチャー的な側面が強い場合にその傾向は強く、ストリートから生まれるものに対しては一般的に若者の方が感度が高いといえます。
多くの場合、新しい音楽ジャンルやファッションは若者が牽引します。喫茶店文化が定着していた日本市場で、シアトルの新しいムーブメントとして始まったスターバックスが、導入に際して若者層をターゲットとしたのは合点がいきます。今後もそれを続けていくべきか否かは、現状を見る限り、検討の余地があるのかもしれません。
③新しい世代からの支持を得る目的
若者は、単に若いということではなく未来の顧客像を投影します。ブランド自体が年齢の高い層のみに支持されている場合、じわじわとカテゴリー全体またはブランドがユーザーを失うリスクがあります。
例えば、ジョージア、ボス、ワンダ、ダイドー、ファイアなどの缶コーヒーの購入者は、男性が8割近く、若者離れが懸念材料となっています。 例えば、ボスのコンセプトはターゲットが明確な「働く人の相棒」で、ブルーワーカー的イメージです。そんな中、2017年に発売したクラフトボスは「缶コーヒーじゃない」ボスとして、若者や女性にも受け入れられるヒット商品となっています。
ペットボトル型のコーヒーは過去にもありましたが、IT系を中心としたデスクワーカーをターゲットにクラフトビール的なこだわり感とちょっと飲みやすい薄味でよく考えられたポジショニングをしています。ボスというブランドにとっては後に述べる顧客層を広げる役割も果たしますし、ボスというブランドが新しい世代(=未来の顧客)に受け入れられるのにも重要な役割と考えます。
④既存客を失わずに顧客層を広げる
若者に顧客層を広げようとする場合、③の目的も兼ねることが多いですが、年齢に関わらず顧客層を広げるというのは、ある程度成熟し、現在のターゲットだけでは伸びしろが限られるブランドの場合、大きな機会となります。私自身も関わっていたSK-IIは、比較的年齢が高い層がコアとなり成長してきました。SK-IIは、単純に起用タレントではなく、ブランドのユーザーを代表する存在としてアンバサダーと呼んでいます。桃井かおり、綾瀬はるかに加え、2016年に当時23歳でアンバサダーに就任したのは有村架純です。年代別にターゲットを絞るスキンケア・ブランドも多いですが、SK-IIの場合はライフパートナーとして若い頃から長く使い続けてもらえるブランドでありたいという考え方です。
パナソニックのドライヤー「ナノケアシリーズ」はカテゴリー・リーダーと言える存在ですが、もともと「きれいなおねえさんは、好きですか」のキャッチコピーで30代以上の女性にアピールをしてきました。その後ターゲットをより低めの年齢に設定し、2014年からはキャッチコピーを「忙しいひとを、美しいひとへ」に移行し、働く女性を中心により若い層への拡大に成功しています。
女性用アパレル・ブランドのearth music & ecologyの場合は、全方位戦略です。2010年から宮﨑あおい がブランドキャラクターです。2017年には、当時31歳の宮﨑あおい に加えて広瀬すず(当時18歳)と鈴木京香(当時48歳)を起用。広瀬すずの起用は、ブランドキャラクターが7年間同じであった故の若返り作戦としてなるほどですが、広瀬すずのお母さんであってもおかしくない鈴木京香の起用は意外です。特に年齢で分けられがちな女性アパレルの世界で、エイジレスなブランドとしての成功例となってほしいですが、顧客層の拡大は既存顧客のブランド離れを起こすリスクもあります。
⑤顧客がカテゴリーに入っていくタイミングで顧客にリーチする
毎年の入学シーズン前に、携帯キャリアの各社は、学割などのサービスで若年層ユーザーの囲い込みに躍起です。それは、POME(Point of Market Entry)と呼ばれる顧客がカテゴリーに入ってくるタイミングでのマーケティングです。
有名なのは病産院でNo.1のパンパースです。オムツは消費寿命が短い特殊な商品ですが、退院後のママは病産院で使い慣れたブランドを選ぶ傾向があることから、戦略的に5種類もの新生児向けサイズを用意。赤ちゃんが初めて使うNo.1ブランドとなりました。ベネッセの妊婦向け「たまごクラブ」から「進研ゼミ」の流れもそうですね。幅広い年齢層で使われる商品でも、化粧品における資生堂の「就活メーク」、生理用品の小学生へのサンプリングなど、POMEを目的にカテゴリーに本格的に入るタイミングを狙って、若年層がターゲットになることがあります。
以上、いくつかの若者ターゲットのパターンについて書きましたが、単純に若者をターゲットにすべきか否かより、ブランドの理念、市場環境、顧客のライフスタイル変化などを考えて、特定のセグメントを(例えば若者を)ターゲットにする意味を考えることが重要だと考えます。その意味によって実際の戦略も変わってくるでしょう。