奇想庵@goo

Sports, Games, News and Entertainments

善意の暴力―『検証 東日本大震災の流言・デマ』より

2011年07月04日 20時07分11秒 | デジタル・インターネット
検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)
価格:¥ 777(税込)
発売日:2011-05-17


3月11日に発生した東日本大震災。それに関する流言・デマの具体例を多数取り上げつつ、その特徴と今後への展望を見出している。

1章の「注意喚起として広まる流言・デマ」では、コスモ石油流言や外国人の犯罪集団、レイプ多発といったデマの数々を取り上げている。こうした流言・デマの発生は今回に限った話ではなく、過去から何度も繰り返されている。危険喚起は必要な面もあるが、度が過ぎれば不安を煽り、人々に精神的苦痛を与えることもあるだろう。週刊誌など以前からそういったスタイルを取ってきたメディアも存在するが。

2章の「救援を促すための流言・デマ」では、ニセSOSや関電による節電よびかけチェーンメールなどが取り上げられている。
ただそれ以上に興味深かった指摘が「情報ボランティア志願者」による「災害カーニバル」である。ネット上で震災関連の情報を広めようと使命感を持っているかのような「情報ボランティア志願者」が、その情報の内容を十分に吟味することなく広めていったことが今回の震災の特徴だったのではないか。一種の「祭」状態の中で、冷静に対処することが最も大切だったように感じる。

3章の「救援を誇張する流言・デマ」では、英雄的評価や批判の集中が十分なソースの提示なしに行われていた状況を記している。ネットでは元来マスコミへの批判や不信が根強くあってそこで取り上げられていないがゆえに信憑性があると思わせる流言・デマが少なくない。今回の震災でも特に原発関連でそれは強く現れた。
こうした主張は誤解に基づいたものというより、一種の信仰のようなもので、合理的な説明があっても信じなかったりすることも少なくない。そして、自分の主張に沿わないものはすべて敵と見なしたりする傾向にある。

4章の「流言・デマの悪影響を最小化するために」では、海外での日本に対する流言・デマを取り上げながら、こうした風評被害に対峙するためにも流言への耐性を身に着けようと述べている。そして、先に書かれた『ダメ情報の見分けかた―メディアと幸福につきあうために』で述べていた情報に対する内在的チェックと外在的チェックの重要性を説いている。
更に、うわさを撒き散らす「うわさ屋」の存在に対して、そうした噂をチェックする「検証屋」が果たした役割についても言及している。ただし、「検証屋」も常に正しいわけではなく、専門分野以外については間違うこともあるし、専門分野においても絶対に間違わないわけではない。
「絶対に間違えない人を求め、その人の情報ばかりを鵜呑みにする」ことの危険性など非常に重要な指摘だろう。

序章で、「個人のリテラシーだけに頼らない」と述べている。誰もが十分な情報に対するリテラシー能力を持つことなどあり得ないし、また、十分なリテラシー能力を持っていたとしても誤まらない保証はどこにもない。専門的知識をあらゆる事象に対して持つことなど不可能だし、常に合理的な考え方をできるわけではない。
まずはその前提を共有することが大事ではないか。




インターネットを始めて15年弱、ホームページを持つようになって10年ほどになる。その間、流言・デマに振り回されたことは何度もあった。また、それを広めてしまったこともある。
それらは笑い話で済むレベルの流言・デマだったとは思う。それでも、ネットという個人が情報発信できる環境における責任のあり方には強く意識せずにいられなかった。

今回の震災では発生後しばらくはブログの記事1本を書いたのみで基本的に情報の発信は控えた。特にTwitterでは数多くの情報が流れていたが、「非常時」に責任を持って情報を流す自信はなかった。
言いたいことはあったが、遠く離れた安全な場所から批判するのは筋違いだと感じていた。重要な情報を流すために無駄な情報を流さないという判断もあった。

本書を読んで、自身の行動を振り返って妥当だったかなと感じる。ただ、他にできたこともあったかもしれない。著者のブログを始め、いくつかのサイトで震災に関する流言・デマへの検証が行われていた。協力できたかどうかは分からないが、そうした存在を知っていればまた違ったアプローチもあっただろう。
震災で様々な流言・デマが流れたというだけでなく、そこにどう関わるのかということこそが本書を読む意義だろう。流言・デマを広めたのは人々の善意による。だが、善意を免罪符にしてはならない。「非常時」にどう対応するべきかは、普段から考えておかねばならないことだろう。本書はそのための大きな助けになるものだ。




追記:

原発問題についての流言検証 / 荻上チキ