べそかきアルルカンの詩的日常“手のひらの物語”

過ぎゆく日々の中で、ふと心に浮かんだよしなしごとを、
詩や小さな物語にかえて残したいと思います。

猫と過ごした夜のこと

2007年09月20日 21時42分07秒 | メルヘン

ある寝苦しい夜のこと
ダウンタウンの古びたビルの屋根の上で
ぼくは一匹の猫に出会いました
どこからやって来たのかその猫は
そうすることがごくあたりまえであるかのように
ぼくのかたわらに歩み寄り
ちょこんと腰をおろしたのです
その横顔をそっとのぞいてみると
とても気品のある顔立ちをした淑女のような猫でした
全体の毛なみは真っ白なのに
片方の耳と両の手足の先っぽだけが真っ黒
まるで頭に小さな帽子をのせ
両手に手袋 足もとは
手入れのいきとどいたブーツを履いているかのようでした

黙っているのも気づまりなので
“星のきれいな夜ですね”
と、一応の礼儀で挨拶をすると
猫は頭に手をやり
そこにある帽子にちょっと指先をそえるようにして
おだやかにかぼそい声で
“ミィヤウ”
と、これまた礼儀正しく挨拶を返してくるのでした
猫なのにおもねるわけでもなく
かといってツンとすましているでもなく
ちょうど程よい距離感とでもいうのでしょうか
ものごとの加減を熟知しているかのような
そんなそぶりをみせるのでした

月あかりに照らされた猫の瞳は
左側が澄んだ青 
右は深い緑の色をしておりました
まるで
底の抜けたような空の清々しさと
底知れぬ湖の深い静けさを
それぞれの瞳にたたえているかのようでした
また 左右でちがう瞳の色は
さながらパリの倦怠と
アンダルシアの情熱をあわせもったような
えもいわれぬ表情を醸しだし
身のこなしもずいぶんとイカしていて
とても育ちが良いにもかかわらず
それでいて 人情の機微というのでしょうか
陽のあたらぬ裏街の人生模様といったようなものまで
きちんと知りつくしているかのようにも思われました

ぼくらはそうして
しばらく屋根の上に並んで腰掛けていましたが
ふとした拍子にぼくの胸の底の奥深い場所から
大きなため息がひとつ
思わず知らず ついあふれ出てしまったのです
あのときぼくはいったい何に思いを巡らせていたのか
無意識のことではありましたが
せっかく美しい月夜の晩に
屋根の上に安らぎを求めにやってきたレディに対して
たいへん申し訳なく
“ごめんなさい”と丁重に 
そしてまた やや親しげにお詫びの言葉をささやくと
その礼儀正しき猫はまたしても
“ミィヤウ”
と、先程よりも心持ちやさしげな声で
“ひとはだれでも心の中に深くて暗い井戸をもっているものよ”
などと慰めてくれるのでした
ぼくにはその気遣いがとてもうれしく感じられました
それから猫は
“考えちゃだめ 人生に求められているのは生きることよ”
と、吐息をもらすように言いながら
ゆっくりとした動作で夜空を見上げたので
ぼくもついつられて視線を上に向けたちょうどそのとき
すっと一筋 視界の片隅をよぎるものがありました

流れ星です
それはまさに あっという間のことでした
あまりに短いあいだの出来事だったので
願いごとをする間もありませんでした
“あぁ、しまった” と
ぼくは無性に残念でなりませんでしたが
猫はそんなこと気にするふうでもなく
“ミィヤウ”とあくびをひとつして
大きく背伸びをしたのです
それはさながら
“過ぎ去ったことを思い煩ってどうするの?”
と、諭してくれているようなさりげない仕草でした
星が尾をひいて落ちたのはその一度きり
そのあとはもう
流れ星を目にすることはありませんでした

あと数時間で夜が明けて
また新しい一日がはじまろうとしていました
“明日のことは明日考えればいいや”
ぼくはそうひとりごち
猫の真似をして大きな伸びをしながら
ふとかたわらに目をやると
そこにはもう 猫の姿はありませんでした

ひとり取り残されたぼくは
先ほどまで猫がいた場所にむかって
“ミィヤウ”と
小声で呼びかけてみるのでした








★絵:宇野亜喜良★   ↓ポチッっとね
 にほんブログ村 ポエムブログへにほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・ポエムへ

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« きみがあふれてゆく | トップ | 静かに 少しずつ 密やかに »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

メルヘン」カテゴリの最新記事