雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

震災・くらし情報 8月17日 「アメリカが3月16日在東京米人避難検討」

2011年08月18日 05時47分05秒 | 地震・原発・津波・防災情報

震災・くらし情報 8月17日 「アメリカが3月16日在東京米人避難検討」

 ネット「読売新聞」の記事で、アメリカが3月16日に、東京に住んでいるアメリカ人9万人全員を避難させる案をアメリカ国務省が検討していたと報道されました。

 9万人というのはアメリカ空軍横田基地やアメリカ海軍横須賀基地のアメリカ軍人が多数を占めるのでしょうか。

 この日、アメリカの無人偵察機「グローバル・ホーク」が原子炉の異常高温を観測し「すでに原子炉はメルトダウンしている」と判断したそうです。

 例の「沖縄人はゆすり」発言で辞任した元米国務省日本部長のケビン・メアさんが、19日に出版する「決断できない日本」(文春新書)で明らかにしたそうです。この3月の時点では、まだ国務省にいて、東日本大震災担当だったと思います。

 政府高官が避難を求めたのに対して、メアさんらが日米同盟を揺るがすことになると反対して実行されなかったそうです。

 どうなんでしょうか?いきすぎというべきか迷いますが、すくなくとも「メルトダウン」にたいして、それを公表せず、コッソリと「避難」指示を進めていた管内閣よりはましなのではないかという気もします。

 いま「福島市や福島県の子どもたちを避難させるべきか」が問題になっているとぼくは思いますが。そのこととの関連で、もっと考えたいと思います。


震災・くらし情報 8月17日朝 浜松市の下水道汚泥の放射能数値

2011年08月17日 05時12分49秒 | 地震・原発・津波・防災情報

震災・くらし情報 8月17日朝 浜松市の下水道汚泥の放射能数値

 続報です。調べてみたら、浜松市は以下のように下水道の汚泥の放射能データを発表していました。

 タイトルは「浜松市公共下水道における下水道汚泥中の放射性物質濃度の測定結果」という長い名前で、PDFファイルです。みなさん、自分の目で確認してください。

 いずれも数値はベクレル/kgです。

 第1報(試料採取日は5月19日、発表日は不明)。中部浄化センターの脱水汚泥で、ヨウ素131が10.4、セシウム137が17.0。汚泥焼却灰で、セシウム134が375、セシウム137が456です。

 この第1報の発表日がいつなんでしょうか?

 第2報(試料採取日は6月24日)。これは脱水汚泥を測って、中部・浦川・城西・気田・細江・三ヶ日で非検出、井伊谷でヨウ素131が69検出。中部浄化センターの汚泥焼却灰で、試料1(平成22年10月8日採取)で非検出、試料2(平成23年6月24日採取)でセシウム134が506、セシウム137が586です。

 第3報(試料採取日は7月12日)では、中部浄化センターの脱水汚泥は非検出、流動砂からは,セシウム134が209、セシウム137が222です。

 第4報(試料採取日は7月25日)では井伊谷の脱水汚泥で、いずれも非検出です。

 これ以外に浜松市の発表で、下水道ではなく、水道の「浄水場」で数値が出ています。「大原浄水場」の「浄水汚泥」で、6月20日に放射性セシウムが29、7月22日に放射性セシウムが23、です。ヨウ素はここでは非検出です。

 浜松市はこの数値は「国が示す飲食物摂取制限に関する指標値の10分の1以下であり、健康にはまったく影響がない値です」と書いています。

 さて、問題は、3月から5ヶ月も経った今になって、セシウムはともかく、各地で「ヨウ素131」が検出されていることです。ヨウ素131は半減期がわずか8.02日で、今になって検出されると言うことは、次の2つの可能性しかありえません。

 ① もともと凄い汚染量で、5ヶ月経った今でも残っている

 ② 3月の後、最近になって新たに福島から汚染された

 ③ さらに、あまりありえないとは思いますが、福島第1原発以外の汚染源がある可能性も否定できないのではないか

 いま、かなり「セシウムは半減期が30年」と言われていますが,実はセシウム134は半減期が2年で、セシウム137は半減期が30年です。

 いま134と137が半々で数値が出ているとすると、何年後に,放射能がどれくらい残るかは推定することができますね。

 こういう、ありえる可能性を自治体としてきちんと追求してもらいたいです。さらに研究します。


震災・くらし情報 8月16日 浜松市の焼却灰などの放射能について

2011年08月16日 22時43分22秒 | 地震・原発・津波・防災情報

震災・くらし情報 8月16日(火) 浜松市の焼却灰などの放射能について

 「震災・くらし情報 浜松市が放射能を検出した焼却灰等を公表せず埋立」で報告したことの詳報です。

 以下は、浜松市の発表ですが、浜松市環境部に電話して以下のことを確認しました。

 ① このうち西部清掃工場の「溶融飛灰固化物」については、下水道中部浄化センターの「汚泥」をふくんでいるそうです。

 ② 南部・浜北・天竜については,一般焼却ごみだけで、「汚泥」はふくんでいません。

 ③ 発表以外に西部清掃工場の「溶融飛灰固化物」で、ヨウ素131を「180ベクレル/kg」検出した。これ以外では非検出。「ヨウ素」を公表しないのは、公表の指示がないから。

 ④ 「非検出」の検出限界は、溶融スラグの場合、ヨウ素131で10ベクレル/kg、セシウム134で9ベクレル/kg、セシウム137で10ベクレル/kg、だそうです。

 下水道の汚泥の検出発表がありますので、まとめてアップします。それによれば下水道の中部浄化センターの汚泥を焼却した汚泥焼却灰でセシウム134を506ベクレル/kg、セシウム137を586ベクレル/kg、検出しています。これは6月24日に採取した資料で、この焼却炉は6月10日以後、休止しています。

 問題は、下水道汚泥に放射能が蓄積するメカニズムと、どうして一般廃棄物の焼却灰に放射能が出てくるかです。そして、なぜ半減期が8日と短いヨウ素131が7月になって検出されるのか、です。引き続き研究します。

  

一般廃棄物焼却施設における焼却灰等の放射性物質濃度の測定結果について

2011年8月3日

1 目的

 東京都の一般廃棄物焼却施設の飛灰を測定したところ、8,000Bq/kgを超える放射性セシウムが検出されたことから、東北・関東地方の16都県にある焼却施設から排出される焼却灰等についても測定を行うよう環境省から要請がありました。このことにより、市内4清掃工場において放射性物質濃度の測定をしたので結果を報告します。

2 調査概要

項目 概要
対象 西部清掃工場、南部清掃工場、浜北清掃センター、天竜ごみ処理工場
調査対象 一般廃棄物焼却施設における飛灰、溶融飛灰、溶融飛灰固化物、溶融スラグ
調査核種 放射性セシウム134、放射性セシウム137
測定方法 ガンマ線スペクトロメトリーによる核種分析法(ゲルマニウム半導体検出器による)

3 測定結果  (単位:Bq/kg)

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施設名 試料名 採取日 放射性セシウム
セシウム134 セシウム137 セシウム合計
西部清掃工場 溶融飛灰固化物 7月19日 132 150 282
西部清掃工場 溶融スラグ 7月20日 不検出 不検出 不検出
南部清掃工場 飛灰 7月20日 39 61 100
浜北清掃センター
(処理能力40t/日)
飛灰 7月20日 46 67 113
浜北清掃センター
(処理能力90t/日)
飛灰 7月20日 81 96 177
天竜ごみ処理工場 溶融飛灰 7月20日 69 86 155
天竜ごみ処理工場 溶融スラグ 7月20日 不検出 不検出 不検出

※環境省から示された当面の取扱いでは、焼却灰等に含まれる放射性セシウムの濃度が8,000Bq/kgを超える場合には一時保管とすることとしていますが、市内4清掃工場の飛灰、溶融飛灰、溶融飛灰固化物、溶融スラグを測定した結果、いずれも8,000Bq/kg以下でした。

お問い合わせ先

浜松市廃棄物処理施設管理課

雨宮日記 8月16日(火)朝 1か0か「2進法」の時代を終わりにしたい

2011年08月16日 06時31分16秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 8月16日(火)朝 1か0か「2進法」の時代を終わりにしたい

 人間の脳は、パソコンではありません。パソコンなら、そもそもの由来は「電流が流れるか,流れないか」「1か0か」で成り立っています。

 でも、人間の脳は、そういうデジタルではなくて、もっとアナログで、黒か白かではなく、限りなく灰色。あるいは色がカラフルなのだと思います。

 そういうにんげんの生きる世界で、いきなり「反日=日本反対」か、あるいは(たぶん)「日本賛成」かという議論を聞くと、ぼくは「生ものの人間と、金属のコンピューターを一緒くたにしないでよ」と抗議したくなります。

 日本というのは,日本人というのは複雑な構成体で、その具体的なそれぞれについて、議論しないと、一括の議論は無理です。

 とにかく、どんな形でも日本を批判するのは「反日」だと思い込んでしまう、単純な機械みたいな「機械人間」とは、あまりつきあいたくないです。

 ボクも、人間も、もっと複雑だと思います。

 むかしのアニメで「キカイダー」というのがありましたね。


本と映像の森 171 五味川純平原作の映画『人間の條件』

2011年08月16日 06時05分59秒 | 本と映像の森

本と映像の森 171 五味川純平原作の映画『人間の條件』

 NHkのBSプレミアムで、15日夜から6夜連続で上映されています。むかし若い頃、名古屋でオールナイト上映を見たような,見ないような・・・・。録画しましたので、則子さんといっしょに見てここで書きます。

 1959年から1961年に小林正樹監督で、6部作としてつくられた、総上映時間9時間31分の映画です。 

 旧「満州国」、中国の人たちのいうところの「偽満州国」を舞台に、仲代達也さんの主人公がたどる人生を描いた映画と思います。

 ネットで見たら「反日映画」「人間の條件」って洗脳映画でした!」というブログがありました。なるほど、そういう見方もありえるんでしょうね。とくに、1960年前後と言えば、ソ連の日ソ戦争参戦やシベリア抑留について、批判精神は保守にも革新にもほとんどない時代だと思うのですが。

 もしかして、保守や右翼の人には、具体的な「日ソ戦争参戦批判」「シベリア抑留批判」が1960年前後にあったのでしょうか?あったとしたら、ぼくは、その先見性に脱帽します。

 その」「人間の條件」って洗脳映画でした!」をきちんと読むと、「赤いソ連」「日本帝国」「赤い中国」という3つの視点に縛られていて、自由な市民の視点がないと思いました。

 どうして,2011年に生きている日本人の1個人が「ソ連共産党に反対か賛成か」「中国共産党に反対か賛成か」「大日本帝国に賛成か反対か」とう視点で、生きなければいけないのでしょうか?

 そんな狭い「井戸の底からの」論議はやめて、もっと広い大地に出てみれば?と思います。

 なお、ぼくは「ソ連共産党」にも「中国共産党」にも「大日本帝国」にも反対ですので、誤解無きよう。

 


雨宮日記 8月15日(月)夜 ブログ打ちに熱中して、仕事に行く時間!

2011年08月16日 05時52分39秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 8月15日(月)夜 ブログ打ちに熱中して、仕事に行く時間!

 相変わらず真夏です(あたりまえですね)。

 暑いので、則子さんにも,必要以外には、あまり近づかないようにして、嫌われないようにしています。1日に2回、シャワーを浴びたりします(エコ活動家にあるまじき浪費ですね)。

 則子さんは、自衛官人権裁判の勝利報告集会の発送の宛名書きで忙しいです。

 今日は、宛名書きで疲れた則子さんのために、谷村新司さんの「昴」を歌ってあげました。「さらば!◎◎よ!」

 夜、ブログを打つのについ熱中してしまい、時計を見ると、なんと、いつも仕事に出かける時間を30分も過ぎていました!荷物が来る時間には間に合うのですが、準備時間があるので、まにあうか?

 則子さんに、声を掛けて出かけようとしたら、珍しく則子さんが玄関まで起きてきて「だいじょうぶ?」と見送ってくれました。

 結婚したてのころは、毎日、出かけるとき、見送ってくれましたが、最近はほとんどないので、うれしかったです。則子さん、ありがとう。

 だいじょうぶでした。朝、無事、帰宅しました。


日本古代史 本の紹介 森浩一さん『地域学のすすめ』岩波新書

2011年08月16日 00時26分40秒 | 日本と世界の古代史・遺跡・遺物

日本古代史 本の紹介 森浩一さん『地域学のすすめ』岩波新書新赤版793、2002年7月19日第1刷、178ページ、定価700円+消費税

 考古学者の森浩一さんの本のうち、まずこれから紹介します。森さんは「地域学」「考古学は地域に勇気を与える」といい、この本では「関東学」や「東海学」、またヤマトでも「宇陀」など「小地域」の重視を提言しています。

 「東海学」でおもしろいのは、森さんは「伊勢湾」「三河湾」という個別の言い方ではなく「三河・尾張・伊勢」の内海として「三尾勢(さんびせ)内海」を提唱していることです。ぼくはもっと簡単に「東海湾」でいいのではないかと思いますが。

 さらに、「東海系土器」の拡散の意味、徳川家康など松平氏と東国の関係など、提言されていておもしろいです。

 「東海系土器」が奈良県の纏向(まきむく)遺跡で出るのは有名ですが、同じように「東海土器」が関東に拡散している現象をきちんと指摘されています。つまり東海系土器が、纏向遺跡から出ることで東海地方のヤマト国家への従属を説明できるなら、同じように東海地方の関東への従属も童謡としなければなりません。

 さらに江戸・浅草にいた「檜前(ひのくま)」氏についての解読も、浜松市「曳馬(ひくま)」地域の住民として興味深いです。この項は、別述します。

 津軽海峡の両側の「海峡文化」の話、沖縄の「タカラガイ」の話なども、興味津々(しんしん)です。

 なお、どうして「興味津々」の「しんしん」という日本語を、漢字で「津々浦々」の「津々」で書くのでしょうか?「津」というのは、もちろん「港」のことです。

 「浜松」は古代「浜津」でした。

 その他、いっぱいこの本からまなぶことがあります。随時、書いていきます。

 


震災・くらし情報 浜松市が放射能を検出した焼却灰等を公表せず埋立

2011年08月15日 23時55分01秒 | 地震・原発・津波・防災情報

震災・くらし情報 浜松市が放射能を検出した焼却灰等を公表せず埋立

 ボクが今日8月15日夜10時前に、明日の予定のことである人に電話したところ「NHkのニュース見た?」というので「いえ、何ですか?」と言ったら「浜松市が放射能を検出した焼却杯などを埋めたのを公表しないことが問題になっている」というので、びっくりして調べてみました。

 確かにニュースでは、浜松市が11日の夜に記者会見をして、それを認めて「ホームぺージなどで公表します」と言っているようです。ところが12日になって「公表していないと言ったのは誤りで8月3日にホームページで公表している」と言ったようです。

 この頃は、ほとんどテレビのニュースは見ないので、毎日、新聞は何紙も読みますが,見落としていたのでしょうか。電話した方は「新聞には乗っていないようだけど」と言ってました。いったい、浜松市もマスコミも、どうなっているんでしょうか?

 新聞マスコミは、こういう情報を、すぐに浜松市民に知らせることには興味が薄いのでしょうか?掲載されているかどうか、もうすこし調べてみます。

 とにかく3日に浜松市がホームページへ発表した資料では、セシウム134が132ベクレル/kg、セシウム137が150ベクレル/kg、「政府清掃工場の溶融飛灰固化物」から検出されたのは確かなようです。

 あと「西部清掃工場の飛灰」「浜北清掃センターの飛灰(40トン炉)」」「浜北清掃センターの飛灰(90トン炉)」「天竜清掃工場の飛灰」からも上記の半分くらいの数値が検出されています。

 「西部清掃工場」の「溶融スラグ」「天竜ごみ処理工場の溶融スラグ」からは「不検出」です。(ただし、最小検出能力は公表されていません)。

 いずれもデータは7月19日と20日に採取されたものです。

 3日に公表していたのを知らないで浜松市が記者会見をしたとすれば、内部の機構のあり方にもかなり問題がありそうです。

 「環境省から示された」「当面の一時保管する基準」「8000ベクレル/kg」で妥当かどうかも、市民として学習して、考えていかないといけないと思います。

 放射能の発生源は、たぶん下水道の汚泥だと思われますが、浜松市は1日に10トンから40トンの灰などを西区の平和最終処分場に埋めているとのことです。(なお「平和」という素敵な名前は、「平松町」と「和地町」にまたがって作られたからで、ピース PEACE とは関係有りません)。


雨宮日記 8月14日(日) 暑いので涼しい博物館へ行こうよ

2011年08月14日 19時39分53秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 8月14日(日) 暑いので涼しい博物館へ行こうよ

 今日も暑いです。猛暑日(気温35度以上)かな?

 暑いので、午後3時から浜松市博物館へ特別展示「銅鐸から銅鏡へ」を3人で見に行きました。今日は車です。公共交通で行くと,電車で浜松駅へ出て、バスで…となるので。

 ぼくは2回目ですが、銅鐸をいっぱい見て、会場で貸してくれる懐中電灯で神戸の絵画銅鐸の生きものの絵をたっぷり見て、銅鏡をじろじろ見ました。

 神戸の絵画銅鐸は、アメンボ・亀・トンボ・鹿・シラサギ・魚・スッポンなど田んぼと里山の生きものと弓をもった人と織物を織る人など、弥生の生活と生きものが多様に描かれています。

 則子さんは「細江でこんなにいっぱい銅鐸が出てるのね」とビックリしていました。弥生の「銅鐸王国」「銅鐸の谷」、こういうことは浜松市民の常識にしたいですね。

 「銅鏡文明=銅矛・銅剣文明」に滅ぼされた「銅鐸文明」の話も。われわれ浜松市民は、もともと「銅鐸文明」の原住民だったのですから。そういうアイデンティティすら無くしてしまい、過去のない住民に、未来など有りません。

 あ、過去がなければ未来はない、というのは「コクリコ坂」の主人公の一人・シュンの大演説の柱でしたね!

 今日は、則子さんとIさんのお二人を蜆塚遺跡とその横にも案内しました。

 元々、博物館は、全国的にも有名な縄文時代の貝塚のある蜆塚遺跡の横に立てられました。蜆塚遺跡の中に、あんまり有名ではない(というより,ほとんど知られていない)「蜆塚古墳群」があって、「1号墳」「2号墳」「3号墳」があります。

 さらに、遺跡の駐車場の横に神社のうっそうとした森があります。「山神社」といって、日本列島で出雲族や天孫族よりもっと古い「オオヤマツミの神さん」を祭っています。

 どれくらい古いかというと『古事記』で、高天原から追放されたスサノオさんを出雲で迎えたのは、アシナヅチさん・テナヅチさんの夫妻ですが、そのアシナヅチさんの父親がオオヤマツミさんです。

 さらに、高天原から「天孫降臨」したニニギさんが出会った少女・コノハナノサクヤヒメさんの父親がこのオオヤマツミさんです。

 つまり、スサノオ=出雲王国系統にも、ニニギ=天孫族(→未来にヤマト天皇家になる)系統にも、自分の娘を婚姻させている日本列島の大実力者です。

 つまり「山神社」のオオヤマツミさんは、名前にもあるように、日本列島=「山」の本来の支配権を持った主神ということでしょうか。

 この「山」という名前は、「記紀」の「山幸」にも受け継がれ、さらに3世紀の「邪馬台国」の「やま」にも受け継がれていると思います。

 このオオヤマツミさんは、やはり縄文時代からの日本の主神と考えて良いのではないでしょうか。

 それと、遺跡・古墳と神社との一致、あるいは神話と神社の一致というのは、これまでときどき書いてきましたが、もっと研究していきたいと思います。

 となると、問題は、日本列島全体での「オオヤマツミの神さん」の分布、「山神社」の分布ですね。

 夜になって、則子さんが「結婚式用の白いネクタイを買いにいかないと」と言うので「うん、行こう」と言って、車で長女のTさんのアパートへ郵便物を届けて、カーマへ古紙を下ろして、ハルヤマへ白いネクタイを買いに行きました。

 いま、これを書いているのは午後8時ですが、近所で花火が鳴っています。さっき見たところでは、隣町の早出町のどこか、たぶん、ヤマ発の駐車場あたりでしょうか?

 日本人にとって、夏は花火、なぜか郷愁を覚えるのはなぜでしょうか?小池一夫さん原作・平野仁さん絵の「少年の町 ZF 3巻」にも印象的な花火とリーダーの典明さんの印象的な独白が描かれています。是非、お読みください。いま、ネットで第1巻と第2巻を注文しましたので、手に入ったら、浜松の人にはお貸ししますので、申し出てください。まず、次女に読んでもらい、次に則子さん…。

 今って、わりあい「自分だけの本」になってますが、雨宮家では、いい本は、ぼくと則子さんとIさんの3人のあいだを流通しています。

 


雨宮日記 8月13日(土) ジプリのアニメ映画「コクリコ坂」を家族で見に

2011年08月14日 19時23分34秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 8月13日(土) ジプリのアニメ映画「コクリコ坂」を家族で見に

 ザザでやっているジプリのアニメ映画「コクリコ坂」を則子さんと、次女のIさんと3人で行ってきました。電車で、夜の中心街へ。中心街と言うには寂しい中を少し歩いてザザへ。土曜日の午後9時前でした。午後9時15分からの上映を見ました。

 いつもながら上映前の広告が長い!そのあいだ、ウォークマンでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノは辻井さん)をずっと聞いてました。始まっても、やはり音が大きくて、イヤフォンをつけたままでちょうどいいので、それでずっと聞きました。

 映画は…横浜の「港南高校」の「寮」=通称「カルチェ・ラタン」の立て替えと主人公の2人の恋がからまって進行しますが、ネタバレはしませんが…駄作でした。

 もっと青春って、欲情と葛藤と劣等感にさいなまれていると思うのですが、きれいにつくりすぎている感じ。ふつうありそうな「家族の葛藤」もないので、「いい親」と「いい子」のいい物語という感じ。

 娘と「やっぱり息子の監督ではねえ」という意見で一致しました。

 なぜ、この話をアニメで描かにゃいかんのかという必然性に欠けているようでしたね。

 家のそばの三浦橋を歩いてて、Iさんが「あ!流れ星」というので「ああ、もうじきペルセウス座流星群だね」と。でも、もうじき満月なので、今年は見えにくいです。


雨宮日記 8月12日(金) 則子さんの無事「生還」を祝って

2011年08月13日 05時48分46秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 8月12日(金) 則子さんの無事「生還」を祝って

 則子さんの今の職場での最終勤務日でした。

 6月1日からわずか2ヶ月半の仕事でしたが、なんとか「解決」するために、2人で必死になって知恵を絞り、ぼくは毎日「近接支援」をして、なんとか今日を迎えました。

 たった1人の人間と、たった一つの魂を守るためにだけでも、すごくたいへんでした。

 でも、それは決して無駄な努力とは思いません。則子さんといっしょに必死になったこの短期間の時期は、ぼくたちが試された時期でもあり、誰か試験官がいるとしたら「まあ、なんとか合格」をくれてもいいな、と思います。

 夕方6時過ぎ、玄関で、則子さんがバイクで帰ってくる瞬間を迎えました。

 玄関を開けて「おかえりなさい!」と言うと、まるで優勝選手みたいに片手をあげて、うれしそうに…久々に見た、則子さんの素敵な笑顔でした。ぼくまでうれしくなりました。

 かなり途中で「うつ的」にもなりながら、無事に「生還」してくれた則子さん、うれしいです!

 「ご飯を食べる気持ちがわいてきた」そうです。

 「痩せの大食い」の則子さんが、「ご飯を食べる気にならない」ような重大事態でした。

 しばらくは、ゆっくり自分のリフレッシュと修理をしてください。いっしょに里山や浜松の寺社や古墳や遺跡をまわったり、いっしょに映画やコンサートに行きましょうね。

 

 夜は、「ごみ有料化反対会議」だったので、いっしょに車で行って、帰りの車中で…

 則子さん「公表はしなくても、やっぱり書き残しておかないとね」

 ぼく「それは、いいねえ。もう、タイトルは決まったよ」

 則子さん「なに?教えて!」

 ぼく「聞いて極楽、見て地獄」

 

 


雨宮日記 8月11日(木)の2 車の車検でした

2011年08月13日 05時29分41秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 8月11日(木)の2 車の車検でした

 最初「愛車の車検でした」と書いてから「愛」を消しました。考えてみれば、則子さん所有で、ぼくが運転している車「スズキの軽自動車アルト」ですが、「車は動けばいい」というレベルで、「愛して」はいません。

 車を洗車したことさえなくて、「いずれ雨が降ればキレイになるから」と公言しています。

 朝、自宅から持って行ってもらって、夕方、「納車」してもらいました。費用は以下の通りです。

 24ヶ月法定点検整備 技術料 20000円

 スパークプラグ点検・交換 技術料 1800円 部品単価750円×3=2250円

 エンジンオイル交換 部品単価 900円×3=2700円

 最初は全部書くつもりでしたが、だんだんめんどくさいので、やめます。

 総計で76736円でした。

 車を維持するのもたいへんです。「納品書」は、則子さん、いつもすみません。支払い、よろしくお願いします。

 この車を買ったのは平成13年、つまり10年前ですが、総走行距離は,8万5203kmです。

 定価48万円の安い商用車ですが、5年ローンで60万円にして毎月1万円で支払っていて、則子さんが保育園を退職したときの退職金から残りを一括で支払ってもらいました。

 「支払ってもらった」といっても、ぼくだけが使っているわけではなくて、かなり則子さんといっしょに走ってますから、恐縮する必要はないと思います、たぶん、ま、そうじゃないかな。

 できたら、ぼくがたとえば70才になって「運転免許証返上」するまで、この車で乗れるかな?今から、買い換えるのも財政がしんどいので、できるだけ長持ちさせたいです。

 


雨宮日記 8月11日(木) 「何ができるか」でなく…

2011年08月12日 06時37分01秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 8月11日(木) 「何ができるか」でなく…

 則子さんは保母なのに、「ピアノはできないし(前は弾いたけど、ずっと弾いてないので)」「車の運転は出来ないし(普通免許は持ってるけどバイクしか数十年間乗ってないし)」「パソコンは出来ないし」と、職場で上司に「非難」されたようです。

 「わたしはピアノも、車の運転も、パソコンもできる」と自慢する個人もいるようです。

 (この書いたことについて、その内容は、すべて雨宮智彦に責任があります)

 でも、問題は,個人個人の限定された能力ではなくて、集団として・組織として・運動として、みんなで、どう能力を発揮するかと言うことだ思うのですが。

 何かの本で読んだ名文句「エジソンは数学者を雇えるが、数学者はエジソンを雇えない」

 「何ができる」ということと「何ができない」ということを比較すれば、すべての個人が「できない」方が多いのはあたりまえです。

 ぼくは車の運転ができますがバイクは運転できません。則子さんは、対人活動や保育はじょうずですが、ぼくは対人活動はにがてです…その他その他。

 最大の問題は「できる」「できない」ではなくて、その「できる」能力を誰のために使うのか、ということだと思います。

 その能力を、自分の幸せのためにだけ使うのではなくて、他人のために使えるかどうかが、その人の人生がプラスかマイナスかを分ける分水嶺のような気がします。

 自分と他人とを、つねに比較する「偏差値人生」は、ものすごくつらい、地獄の針のむしろですよね。

 ボクと則子さんは、いつも2人の能力をどう組み合わせて、他人ために使うか,使えるかを考えてきたような気がします。

 「他人のために使う」という決意だけでは足りないと思います。「他人のために、自分たちの能力を実際に使えるかどうか」をテストして、点検しないといけないと思います。

 

 


日本古代史 「「君が代」は天皇家を歌った歌でしょうか?」その2

2011年08月12日 06時05分16秒 | 日本と世界の古代史・遺跡・遺物

日本古代史 「「君が代」は天皇家を歌った歌でしょうか?」その2  

 8月9日付けの「日本古代史 「君が代」は天皇家を歌った歌でしょうか?」の続きです。

 公正な議論のために、議論の元ネタの本をあげておきます。

 古田武彦さん著『「君が代」は九州王朝の讃歌』<市民の古代 別巻2>、新泉社、1990年7月10日第1刷、126ページ、定価840円+消費税25円

  「君が代は 千代に八千代にさざ(細)れ、石のいわお(巌)となりて 苔のむすまで」
 

 前回は、元歌の『古今集』の関連する歌4首を分析して、この4首が、内陸部での歌ではなく、海に面した海岸での歌であることを示しました。この点は、雨宮の独自説です。以下、紹介するのは古田さんのこの本での「発見」です。

 古田さんは古代史学者ですが、ほかの問題で、福岡付近の現地見学を、福岡付近の地元の人たちと企画します。そのドキュメントが、この本です。

 古田さんは、福岡市の海岸が「千代の松原」と呼ばれていることは承知していましたが、この現地見学で、糸島郡の西のはし、唐津湾に望む神社「桜谷神社」の祭神が、なんと「苔牟須売神(こけむすひめかみ)」ということを発見して,驚嘆します。

 さらに、弥生の「王墓の谷」である三雲遺跡や平原遺跡のある付近に「細石(さざれいし)神社」があります。 

 つまり、福岡市近郊に、「君が代」の歌詞に関連する地名や神社が完璧に存在しているのです。

 こういう事実から、古田さんは「君が代」は明治維新後の近代天皇制が主張しているようなヤマト天皇家の賛美の歌ではなくて、筑紫「倭国」で「わが君」と言われた君主の讃歌であると主張しています。

 この「九州王朝」説、ぼくの言い方では「筑紫「倭国」説」については、古田さんの基本的な著書、「「邪馬台国」はなかった」「失われた九州王朝」「盗まれた神話」の3冊を自分で読んで、自分で正否を判断してください。

 この3冊は、最近、ミネルヴァ書房から復刊されましたので、手に入れやすいです。

 なお、そのさいには、ぜひ、100%肯定とか、100%否定、あるいは感情的好き嫌い判断ではなくて、それぞれの具体的な事例について事実の判断をして欲しいです。

 雨宮は、古田武彦さんの最近の「「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」は偽書ではない」という説には、事実にもとるので、断固、反対しています。

 

 
 


日本古代史 外国史料3 王充(おうじゅう)さん著「論衡(ろんこう」

2011年08月12日 05時30分15秒 | 日本と世界の古代史・遺跡・遺物
日本古代史 外国史料3 王充(おうじゅう)さん著「論衡(ろんこう」

 「論衡」の著者・王充(おうじゅう)さんは、実は『漢書』の著者の班固(はんこ)さんと親友なのだそうです。

 ネットで調べると、王充さんは、西暦27年生まれ、西暦98年没で、貧乏だったので本が買えず、本屋で立ち読みをして、すべて暗記したのだそうです。

 その『論衡』に、以下の文章があるそうです。

 『論衡』そのものの現代日本語訳を読んだのではありませんので、孫引きであることを付け加えておきます。つまり、どういう文章の中で、どういう文脈で書かれているのかは、まだわかりません。 


 ① 「周の時、天下太平にして、倭人来たりて暢草(ちょうそう)を献ず」
  (異虚篇第十八)

 ② 「成王の時、越常雉を献じ、倭人暢を貢ず」
  (恢国篇第五十八)

 ③ 「周の時は天下太平、越裳は白雉を献じ、倭人は鬯草(ちょうそう)を貢ず」
  (儒増篇第二十六)

 
 つまり「周の時代の「成王」さんの時に、東の倭人が暢草(ちょうそう)という草をォ献上して、南の越人が白い雉(きじ)を献上しました」ということですね。

 周王朝の成王さんは、周の第2代の天子さまで、西暦紀元前1000年頃の人です。

 紀元前1000年に、日本列島から「倭人」が献上した?というのは、かなり刺激的な説です。

 なお、この『論衡』の「倭人」は、日本列島に移動して落ち着く以前の、中国本土のどこかにいた「倭人」であるという学説もあることを注意する必要があると思います。

 ただし、親友の班固さんが『漢書』で「楽浪海中、倭人有り。分れて百余国を為す。歳事を以て来り献見す、という」と書いたことと、対比して考えると、同じ「倭人」という用語を、班固さんと、王充さんが、まったく別の土地の民族として使ったと考えるのはすこし無理がありそうです。

 「暢草(ちょうそう)」「鬯草(ちょうそう)」とは何か、は、いろいろ説があります。

 どうも薬草のようですが、もっと研究します。