脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

実りの秋

2006年10月10日 | ブラッドパッチ後の変化
今日も秋晴れでいい天気です。

実りの秋です。

田んぼに囲まれて暮らしていますが、
稲刈りも終わったようです。

半月ほど前、家族と外出した時、車窓から見ると、
青い澄んだ秋空をバックに
見事な黄金色の稲穂が風に揺れていました。
本当にきれいでした。

でも昨日はもう刈られていました。
もう一度、あの黄金の波を見たかったなぁ・・・。

今日もリハビリに散歩に行ってきました。これで4回目です。

いい天気で、とても気持ちよかった。
距離も速度も少しアップしてみました。

今朝の目覚めはいつもと違っていました。
とても調子がいいのです。

いつもは朝、目覚めても、
体が金属の塊のようにズシッとして、布団に沈みこんでいくように
重く、だるく、しかも脊髄に沿って痛く、なかなか起きられないのです。

やっと体を起こしても、布団のため、ベットと違って
なかなか床から立ち上がれないのです。

それが、けさは布団のなかで、目覚めて
「あれっ、脊髄が痛くない!。布団に沈みこむ重さがない。」と感じました。

起きてみると、スッと起きられます。
血圧を測ると120/70台、脈は60台。
体も寝起きからだるさがなく、いつもより軽やかに、スムーズに動きます。

どうも、私の場合、
「朝のだるさと吐き気と頭重」と「低い血圧」は関係ありそうです。

今朝は、頭もすっきりした感じで、
吐き気もなく、おいしく朝ごはんが食べられました。

体も、うまく電源が入って、電力も安定した感じの電気製品のようで
、いつもと違って楽に動くのです。

なんだか、ずっと大昔、健康だったころの自分の体の感覚を
少し思い出しました。

お天気がいいからでしょうか?

とにかく、私はブラッドパッチを受けてから、
波はありますが、回復を感じています。
それは、まぎれもない事実です。

過去の「ねじばな(もちずり)」の記事で書いたように
いい時もあれば、動けないほどの悪い状態の時もある、
そういう波がありながら、
らせん階段を上がっていくような
「脳脊髄液減少症」の回復の仕方。

普通の病気や怪我の治り方とは、
明らかに違う回復の仕方だと思います。

ブラッドパッチによる治り方もまた、症状と同じで、
今までの概念では想像しづらい、
体験したものでないと理解できない回復の仕方のようです。

主治医が「田植え」にたとえた「ブラッドパッチ」。

体験してみて、本当にそうだと思います。

春に田植えをして、数ヶ月たって、やっと「実りの秋」を迎え、
収穫できる稲に似ています。

田植えをしただけでは、いい稲が育ちません。

いくら「いい苗」を、慣れた農家の方の熟練の手で上手に植えても、
十分な水を与え、害虫から苗を守り、除草して、
大切に育てなければ、不作になってしまうこともある稲。

たんぼの土壌環境や、その年の気候や日照時間などに、
収穫量が左右される稲。

さまざまな条件がそろって、豊作の時を迎える稲。

ブラッドパッチは「田植え」のようなもの。
それから先は、うまく苗が育って初めて実を結び、収穫が得られる感じがします。

気候や日照時間などのように、
人間の力ではどうにもならない事もあります。

同じように、「ブラッドパッチ」も
その方の体の状態や、体質や、日々の栄養や、生活環境で、
いろいろと結果は変わってくるのかもしれません。

自分の努力では、「どうにもならないこと」も、影響するのかもしれません。

「効果がある人」もいれば「効果のない人」もいる。
どんな病気の治療も、もともとそれが当たり前なのだと思います。

今までも、どんな病気のどんな治療法も、
「効果のない人や悪化する人」より、圧倒的に「効果のある人」のほうが多く、
「リスク」より「効果」の方が大きいと認められた時、

それが、その病気の「治療法」として多くの人に認められ、
普及してきたのだと思います。

「ブラッドパッチ」という田植えの後、
「回復」という「実りの秋」を迎えるまでの期間、
  孤独に一人で「体」という田んぼを管理するのは大変です。

だれも、手を貸してくれなければ、
  植えた苗を豊作に導くのはとても苦しいのです。

ブラッドパッチ後の数ヶ月も、
私は医療の援助なく、孤独に非常に苦しい症状に耐えてきました。

日常生活もままならず、症状は苦しく、
近くに頼れる理解ある医師もなく、対症療法もしてもらえず、

症状を理解して、充分に手を貸してくれなかった親を恨み、
思いやりの言葉もかけてくれなかった兄弟に悲しみ、

無理解な地域の人々を避け、
事の重大さに気づいてくれない社会に怒り、
誠意のない加害者を憎み、
この病気に無関心な医師を嘆き、
   心まで苦しくなりました。

地域にこの症状について、なんでも相談できる医師がいてくれたら・・・。

あたたかな肉親や地域福祉が、日常生活の支援そしてくれたら、

リハビリ専門施設で、安心してリハビリが受けられたなら・・・。と
今も思っています。

ブラッドパッチ後、
患者本人や、患者の家族に
苦しい療養をまかせるのではなく、

患者が皆、「回復」という、実りの秋を迎えられるよう
地域医療や、福祉が、
あたたかな手を差し伸べてほしいと願っています。

「ブラッドパッチ」という「田植え」の後、
家族だけでなく、社会や医療から支えていただけたなら、
より多くの方が、より豊かな「実りの秋」を迎えられるように思います。

ブラッドパッチ後も
苦しい症状に、孤独に半年耐え続け、

ようやく、こうして少しずつ自力で動けるようになり、
「実りの秋」を感じられるようになれたのは、

幸いにも、
ネット上で出会った多くの皆様がたに、
暖かく支えていただいたからです。

ありがとうございます。

皆様がいなかったら、ブラッドパッチ後の一時的な悪化にも
耐えられなかったかもしれません。

スカスカだった心までも「実りの秋」を迎えるのは
そう遠い日ではないのかもしれません。






コメント (19)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする