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あまりに明るいので目が醒めた。起きてストーブに薪を足してから時計を見る。なんだ、まだ4時だ。
西の野が窓を透かしてベージュ色に光っている。雪の照り返しで庭中がほの明るい。月か。寒いのでわざわざ窓を開けて見るまでもないだろう。こんな明るい夜には、きっと雲ひとつ無い紺青の空に射抜くような満月が浮かんでいるに違いない。どうりで今朝もこんなに冷え込んでいる。
外が白むのを待ってスヌーピーと散歩に出た。毎朝の動物たちへの餌やりとともにこの日課は欠かさない。たまに長雨の時など行かずじまいになる日もあるけれど、春夏秋冬、いつもふたりで朝焼けを見ながら野辺の道を下る。
散歩の時はスヌーピーを自由に駆け回らせる。それでも彼は決して私から遠くに離れることはない。どんな時でも名前を呼べば来るし待てと言えばその場で坐って待つ。「後ろに」と声を掛ければ脇か少し後ろをずっと私に付いて歩いてくる。
先日も農道に置き去りにしていたバックホーを取りに行ったのだけれど、スヌーピーは私の運転する機械から付かず離れずの距離をとことこと家までついて来た。
こんな彼だから手放しで散歩できるのである。いくら通る車の少ない田舎とはいえ必要最小限のことは覚えさせないととても危なくて放すことはできない。また通行する車にも迷惑がかかってしまう。
こんな私たちを羨ましがって幾人かのムラ人が真似をしたようだけれど、未だに成功した人はいないみたいだ。ともすれば犬はどこまでも走っていって戻ってこなくなってしまう。つまり躾は犬が幼い頃から教えないと身に付かないということなのだろう。
言わずもがな、当のスヌーピーはこの散歩の時間が一番楽しみだ。どんな雨降りでも嵐でも喜んでダッシュする。もっともそんな日には私の方が散歩をキャンセルしてしまうのだけれど。・・・
今朝も彼は原っぱを縦横無尽に駆け巡った。雪が厚く積もっていて普通には走れないものだから、ウサギのようにジャンプしながら前に進む。これはいい運動になるだろう。そんな彼の姿を見ながら私の方も歩き慣れた今朝の道にひとつふたつ何か変わったことを見つけたりもする。
さて毎朝のスヌーピーとの散歩だけれど、これは彼の運動という他にも、とても大切な意味を持っている時間である。
今スヌーピーは裏庭の鶏小屋の脇に繋いでいる。時々我が家に現れる野犬やキツネ対策に働いてもらっているのだが、何分その立地条件からして私自身は日常裏庭に行くことはそれほど多くはない。犬や鶏たちに餌をやる時を覗いては一度も裏庭に足を運ばない日もあったりする。
そんなともすれば疎遠になりがちなスヌーピーのことをじっくりと観察し確実に相手してやれるのは、他ならぬこの毎朝の散歩の時だけだ。例えばこの時に彼が一方の足を僅かだけびっこを引いてることに気づいたりする。またはいつもと比べて今日は何だか元気が無いなと不思議に思ったりもする。
そして「来い」と言って駆けてくる彼の頭を撫でたりすることで、私と彼との間に育んできた信頼と愛情とを再確認できるということもある。
つまり散歩の時間は、彼との意思疎通を通し互いに寄せる思いを確かめ合う大切な時間なのだ。
もしこれが無いとすれば、会話の無い夫婦のようなものかもしれない。次第にお互いの心は離れていき、やがていつの日か決定的な別れの時に至る。飼い犬は繋がれているので明らかな形でそうはならないだけで、でも触れ合うときの少ないお互いの心は確実に離れていってしまうだろう。
本当は一日に二度も三度も散歩に連れ出したいところだけれど、いかんせん一人暮らしの今の生活では一日に一度が精一杯のようだ。
それでもその一回を大切にして、今日もスヌーピーと私は声に出さない会話をする。
「なんだか最近痩せてきたんじゃないか?」
「でも、体はいたって丈夫だよ。ほら、こんなにも元気に走り回れる。」・・・
【写真は散歩するスヌーピー】
西の野が窓を透かしてベージュ色に光っている。雪の照り返しで庭中がほの明るい。月か。寒いのでわざわざ窓を開けて見るまでもないだろう。こんな明るい夜には、きっと雲ひとつ無い紺青の空に射抜くような満月が浮かんでいるに違いない。どうりで今朝もこんなに冷え込んでいる。
外が白むのを待ってスヌーピーと散歩に出た。毎朝の動物たちへの餌やりとともにこの日課は欠かさない。たまに長雨の時など行かずじまいになる日もあるけれど、春夏秋冬、いつもふたりで朝焼けを見ながら野辺の道を下る。
散歩の時はスヌーピーを自由に駆け回らせる。それでも彼は決して私から遠くに離れることはない。どんな時でも名前を呼べば来るし待てと言えばその場で坐って待つ。「後ろに」と声を掛ければ脇か少し後ろをずっと私に付いて歩いてくる。
先日も農道に置き去りにしていたバックホーを取りに行ったのだけれど、スヌーピーは私の運転する機械から付かず離れずの距離をとことこと家までついて来た。
こんな彼だから手放しで散歩できるのである。いくら通る車の少ない田舎とはいえ必要最小限のことは覚えさせないととても危なくて放すことはできない。また通行する車にも迷惑がかかってしまう。
こんな私たちを羨ましがって幾人かのムラ人が真似をしたようだけれど、未だに成功した人はいないみたいだ。ともすれば犬はどこまでも走っていって戻ってこなくなってしまう。つまり躾は犬が幼い頃から教えないと身に付かないということなのだろう。
言わずもがな、当のスヌーピーはこの散歩の時間が一番楽しみだ。どんな雨降りでも嵐でも喜んでダッシュする。もっともそんな日には私の方が散歩をキャンセルしてしまうのだけれど。・・・
今朝も彼は原っぱを縦横無尽に駆け巡った。雪が厚く積もっていて普通には走れないものだから、ウサギのようにジャンプしながら前に進む。これはいい運動になるだろう。そんな彼の姿を見ながら私の方も歩き慣れた今朝の道にひとつふたつ何か変わったことを見つけたりもする。
さて毎朝のスヌーピーとの散歩だけれど、これは彼の運動という他にも、とても大切な意味を持っている時間である。
今スヌーピーは裏庭の鶏小屋の脇に繋いでいる。時々我が家に現れる野犬やキツネ対策に働いてもらっているのだが、何分その立地条件からして私自身は日常裏庭に行くことはそれほど多くはない。犬や鶏たちに餌をやる時を覗いては一度も裏庭に足を運ばない日もあったりする。
そんなともすれば疎遠になりがちなスヌーピーのことをじっくりと観察し確実に相手してやれるのは、他ならぬこの毎朝の散歩の時だけだ。例えばこの時に彼が一方の足を僅かだけびっこを引いてることに気づいたりする。またはいつもと比べて今日は何だか元気が無いなと不思議に思ったりもする。
そして「来い」と言って駆けてくる彼の頭を撫でたりすることで、私と彼との間に育んできた信頼と愛情とを再確認できるということもある。
つまり散歩の時間は、彼との意思疎通を通し互いに寄せる思いを確かめ合う大切な時間なのだ。
もしこれが無いとすれば、会話の無い夫婦のようなものかもしれない。次第にお互いの心は離れていき、やがていつの日か決定的な別れの時に至る。飼い犬は繋がれているので明らかな形でそうはならないだけで、でも触れ合うときの少ないお互いの心は確実に離れていってしまうだろう。
本当は一日に二度も三度も散歩に連れ出したいところだけれど、いかんせん一人暮らしの今の生活では一日に一度が精一杯のようだ。
それでもその一回を大切にして、今日もスヌーピーと私は声に出さない会話をする。
「なんだか最近痩せてきたんじゃないか?」
「でも、体はいたって丈夫だよ。ほら、こんなにも元気に走り回れる。」・・・
【写真は散歩するスヌーピー】
嬉しそうなスヌーピーと、淡々と歩くアグリコさんの。
ベタベタとするだけが大事にしているんじゃなくて、どこかで繋がってるよ、大事に思ってるよ、と伝わってきました。
それにしても、すごい雪!
スヌーピー、元気ですねー!
するとスヌーピーはいつもの散歩の方角にじっと坐って待っているのです。それは随分長い時間。
なんだか可哀想になって散歩をしました。彼にとってはこの時間が最高なんでしょうね。その重みが時々伝わってきます。
犬は一緒にいればいるほど絆が深くなる。手をかければかけるほどどのようにも教えることができる。
本当はもっと彼と一緒にいたいんですけどね。私も今までの彼との暮らしの中で反省する部分もあるのです。
さてと、お陰さまで当面の薪も切り終えました。「いつでも来い!寒波!」の心境ですが今のところまだ雪も降ってこないですね。
本格的な冬になりました。yocchiさんの写真を見ると、ああそちらは暖かいんだなあと思ったりします。
甲斐犬の雑種を飼ってるんですか。甲斐犬というと勇敢で獰猛な犬というイメージがありましたが・・・実際は人懐こいんですかね。
犬が炬燵で丸くなるとは・・・初めて聞きました。我が家の猫でさえ特別振舞いの時しか入れてないのに、なんだかマンガになりそうな感じですね。ついでにミカンでも食べてるんじゃないでしょうか。
そんな可愛がられ方をされる犬がいてもいいですよね。家の中で顔だけが犬の家族がいる。本当、微笑ましいです。私はこのとおり動物には結構厳しいんですよ。きっと自分自身に厳しいからなんですね。
しかし凄い寒さです。毎朝零下8度くらいですよ。12月にこれだとやはり寒く感じますね。
仙台在住ですが、米里出身でわいわいnetのLINKからやってきました。
実家の近所にいらしゃるんですねぇ。
高校生のころは、フラフラとししばみをバイクでよく流したので懐かしいです。
といっても、25年以上前のことですけどw。
今年は雪が多いみたいですね。
寒さも結構きつそうで、帰省をためらいます。(^ー^)
その道、時々通りますよ。兄和田には新規就農者の先輩がいるしいろいろお世話にもなってます。
私も昔仙台に住んでたことがあります。今から10年以上前ですね。転勤で2年だけ。都市の中では仙台が一番好きです。町のサイズがちょうど人間の大きさに合ってるというか、都市機能の利便さと快適な住環境・人間関係がまだ調和の域にある、そんな感じですね。あの頃は青葉区のアパートから私も自転車通勤してました。
縁があって江刺に来ましたよ。今まで各地を転々として来ましたが、やはりここが一番いいです。芦沢集落、隣近所の人たち、みんな私をすんなりと受け容れてくれました。感謝してます。
正午近くからこちらは吹雪になってますよ。頑張って昨日までに外での仕事をしていてよかったです。
人生至る所青山あり、と言いますね。今自分の暮らすここを自分のふるさとにしていきましょうよ。
スヌーピーは雨にも負けず雪にも負けず散歩します。私の方はそんな日は休みたいのだけれど・・・
猫家のみんなは元気ですよ。みんな病気知らずですね。
本当に大雪です。私もこれだけの積雪はこちらで初めて見ました。外に出るのに思い切りが要ります。
さすがの猫たちも積雪には弱いのですね。歩きにくいし走れないので犬にでも追われたら逃げ切れないでしょう。雪に埋もれて彼らが来るのを玄関から見てると、ああ、彼らこそ大変なんだなと思います。
家族は失くした時にそのありがたみがわかるものですね。家庭の中で寂しいなんて思うんじゃ、世界中どこへ行ったって寂しいでしょう。でもそうした気分の時なのかもしれないですね。
私宛のメールは左サイドバーから「猫家の世界」に入り、そこから「伝言板」で送れます。gooメールも可能なんですが、私も今一どのように送ったらいいか説明するほどわかってないのです。
ご家族ともどもお幸せでありますように。