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朝露にぬれた沢沿いの道をスヌーピーと歩いていると、梅雨の間にいつしか首を高くもたげたヤブカンゾウの蕾の下に、なにかがすがりついているのが目にとまった。それは小指ほどの大きさの、黒い土色の姿をして、僕が顔を近づけても近くに手をやってもピクリとも動かない。
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朝5時
それはオニヤンマの幼虫だった。僕には彼だとすぐにわかった。だって顔がまるっきりトンボなんだもの。それにこれほどの大きさのヤゴは、おのずと種類が限られてくる。
図鑑によればオニヤンマの幼虫は、小さいうちはミジンコやアカムシ、ボウフラなどを捕食して、やがて成長するにつれオタマジャクシや小さな魚、他のヤゴなどまでも食べるようになる。すっかり成熟するまでの期間は5年ともいわれていて、トンボの中でも幼虫としての潜伏期間が著しく長い。きっと体が大きいからなんだろうね。大器晩成。
彼らはその間に10回ほど脱皮する。脱皮を繰り返した幼虫は、複眼が斜め上に飛び出して下唇の鋏部分がマスクのように口を覆う独特の風貌となる。一度見たら忘れることができない顔だ。これによって、オニヤンマか他のトンボかの区別がつくようになる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/fe/f0ca33d169323351d22251bcf308c1fd.jpg)
6時30分
あのヤゴが気になったものだから、朝仕事の合間にもう一度そこに見に行った。するとなんど、化石のような殻にふわふわの妖精みたいなものがしがみついているではないか。そうか、やっぱり羽化しようとしていたんだ。オニヤンマはいつも庭を縦横無尽に飛び回って、目の前に群がるハエや蚊や、小さな虫を捕まえてくれるわが家にとってはごく馴染みの存在だ。でもこうして彼が空に飛び立とうとしてる姿に出くわしたのは、これが最初のことだった。千載一遇のチャンスって、もしかしたらこういうことかもしれない。
今度は僕もカメラを用意して待ち構えていた。その朝の仕事が、ちょうどその農道前の畑の草集めだったというのも幸いだった。さあオニヤンマちゃん、どうか遠慮なくそのまま続けてくれ。時折軽トラでこの脇を通らなきゃならないけど、どうかそれに驚いてくれぐれも無理したり諦めたりしないように。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/42/cc777a2c7f916ae01f74d96a04007de7.jpg)
7時00分
それから30分を経て、彼の体はマシュマロ状態から少しずつ脱却していった。羽もくたびれた蚊帳のようだったのが、ピンと張った新品に変わったよう。30分・・・どうしてこんな短い時間でこんなに変われるんだろう。たぶん君の体の中では今途方もないスピードで天変地異が起きている。それと同時に、今彼はその生で最も無防備な状態にある。こうして僕がカメラを差し向けても近くまで顔を近づけても微動だにしない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/6f/80e9f7b02cd9601ae4285a169fb91156.jpg)
7時30分
草集めに付き合っていた猫のミーコも、刻々と上るお日様に暑くなったのか飽きてしまったのか、ちょっと離れた岩の上に移動して毛づくろいなどしている。オニヤンマはすっかり尻尾を伸ばして、もはやどこをどう見ても立派なトンボだ。体色も濃くなり羽も張り詰めた。僕は額に滴る汗を二の腕で拭いながら、彼に一声声をかけた。「もうここの仕事も終わったから、僕はそろそろ行かなくちゃならない。暫くしたらまた来るからね。お前も後少しなんだろう。目ざといヤマバトや気まぐれなスズメたちに見つからないように、このままお前が無事羽ばたけるように祈ってるよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/6f/5a96c1d04ba7042d0da6d09bad1933bc.jpg)
そして次にその場所を訪れた時には、オニヤンマは抜け殻だけを残して消えていた。たぶん彼は夏の大空へ羽ばたいていったんだろう。初めて彼を見かけた時からおおよそ3時間。早朝から朝のこの時間帯が、昆虫の世界では羽化に最適な、一番安全な時間なんだろうか。
飛び立ったオニヤンマはわずか1~2ヶ月の間に生殖巣を成熟させて、繁殖行動を行うという。随分早いもんなんだね。そうやって一年、一年ごとに大切なステージを越えて次の世代へのいのちの伝達を行う、彼らの世界のリズムは僕たちのそれとは根本的に違う。世界はなにも人間が動かしてるものじゃない。こうして数日サイクル、数ヶ月サイクルで循環するいのちたちが織り合わさって、繊細で不可思議で、壮大な美しい世界を構成している。今人間は、自分たちもその構成要素の大切なひとつだってことを胸を張って言えるだろうか。
今僕の手元にあるのは、彼の残した5cmほどの小さな抜け殻。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/5d/988b200b2d729063437a5018a1bf13b4.jpg)
しかしこの顔は、少し笑えるかもしれないな。外見で判断するのはよくないんだろうけれど、見てよこの顔、少し鼻の下が長すぎはしないか。さしずめ人間に例えれば、女の尻を追っかけ回すドンファンか単なるスケベってところか。なに?これは鼻の下ではなくて顎の下なんだって?そうか、ではこれは威厳あるツタンカーメンの顎鬚みたいなものなのか。それはお見それしました。やっぱり昆虫にとっても、欲深なだけなのは生きていけないのかもね。人間界でも女ったらしが本当にいい女を捕まえたって話は聞かない。
【そういえばいつだったか、この沢でオニヤンマが、尻尾の先で水面を叩きつけるようにして産卵してるのを見かけたことがある。あのようにして産んだ卵が、何年か後にはこうして一人前の生命に成長するんだね。冒頭の写真はその時の様子】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/01/d24ba543eca9b54890eb10400de19609.jpg)
朝5時
それはオニヤンマの幼虫だった。僕には彼だとすぐにわかった。だって顔がまるっきりトンボなんだもの。それにこれほどの大きさのヤゴは、おのずと種類が限られてくる。
図鑑によればオニヤンマの幼虫は、小さいうちはミジンコやアカムシ、ボウフラなどを捕食して、やがて成長するにつれオタマジャクシや小さな魚、他のヤゴなどまでも食べるようになる。すっかり成熟するまでの期間は5年ともいわれていて、トンボの中でも幼虫としての潜伏期間が著しく長い。きっと体が大きいからなんだろうね。大器晩成。
彼らはその間に10回ほど脱皮する。脱皮を繰り返した幼虫は、複眼が斜め上に飛び出して下唇の鋏部分がマスクのように口を覆う独特の風貌となる。一度見たら忘れることができない顔だ。これによって、オニヤンマか他のトンボかの区別がつくようになる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/fe/f0ca33d169323351d22251bcf308c1fd.jpg)
6時30分
あのヤゴが気になったものだから、朝仕事の合間にもう一度そこに見に行った。するとなんど、化石のような殻にふわふわの妖精みたいなものがしがみついているではないか。そうか、やっぱり羽化しようとしていたんだ。オニヤンマはいつも庭を縦横無尽に飛び回って、目の前に群がるハエや蚊や、小さな虫を捕まえてくれるわが家にとってはごく馴染みの存在だ。でもこうして彼が空に飛び立とうとしてる姿に出くわしたのは、これが最初のことだった。千載一遇のチャンスって、もしかしたらこういうことかもしれない。
今度は僕もカメラを用意して待ち構えていた。その朝の仕事が、ちょうどその農道前の畑の草集めだったというのも幸いだった。さあオニヤンマちゃん、どうか遠慮なくそのまま続けてくれ。時折軽トラでこの脇を通らなきゃならないけど、どうかそれに驚いてくれぐれも無理したり諦めたりしないように。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/42/cc777a2c7f916ae01f74d96a04007de7.jpg)
7時00分
それから30分を経て、彼の体はマシュマロ状態から少しずつ脱却していった。羽もくたびれた蚊帳のようだったのが、ピンと張った新品に変わったよう。30分・・・どうしてこんな短い時間でこんなに変われるんだろう。たぶん君の体の中では今途方もないスピードで天変地異が起きている。それと同時に、今彼はその生で最も無防備な状態にある。こうして僕がカメラを差し向けても近くまで顔を近づけても微動だにしない。
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7時30分
草集めに付き合っていた猫のミーコも、刻々と上るお日様に暑くなったのか飽きてしまったのか、ちょっと離れた岩の上に移動して毛づくろいなどしている。オニヤンマはすっかり尻尾を伸ばして、もはやどこをどう見ても立派なトンボだ。体色も濃くなり羽も張り詰めた。僕は額に滴る汗を二の腕で拭いながら、彼に一声声をかけた。「もうここの仕事も終わったから、僕はそろそろ行かなくちゃならない。暫くしたらまた来るからね。お前も後少しなんだろう。目ざといヤマバトや気まぐれなスズメたちに見つからないように、このままお前が無事羽ばたけるように祈ってるよ」
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そして次にその場所を訪れた時には、オニヤンマは抜け殻だけを残して消えていた。たぶん彼は夏の大空へ羽ばたいていったんだろう。初めて彼を見かけた時からおおよそ3時間。早朝から朝のこの時間帯が、昆虫の世界では羽化に最適な、一番安全な時間なんだろうか。
飛び立ったオニヤンマはわずか1~2ヶ月の間に生殖巣を成熟させて、繁殖行動を行うという。随分早いもんなんだね。そうやって一年、一年ごとに大切なステージを越えて次の世代へのいのちの伝達を行う、彼らの世界のリズムは僕たちのそれとは根本的に違う。世界はなにも人間が動かしてるものじゃない。こうして数日サイクル、数ヶ月サイクルで循環するいのちたちが織り合わさって、繊細で不可思議で、壮大な美しい世界を構成している。今人間は、自分たちもその構成要素の大切なひとつだってことを胸を張って言えるだろうか。
今僕の手元にあるのは、彼の残した5cmほどの小さな抜け殻。
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しかしこの顔は、少し笑えるかもしれないな。外見で判断するのはよくないんだろうけれど、見てよこの顔、少し鼻の下が長すぎはしないか。さしずめ人間に例えれば、女の尻を追っかけ回すドンファンか単なるスケベってところか。なに?これは鼻の下ではなくて顎の下なんだって?そうか、ではこれは威厳あるツタンカーメンの顎鬚みたいなものなのか。それはお見それしました。やっぱり昆虫にとっても、欲深なだけなのは生きていけないのかもね。人間界でも女ったらしが本当にいい女を捕まえたって話は聞かない。
【そういえばいつだったか、この沢でオニヤンマが、尻尾の先で水面を叩きつけるようにして産卵してるのを見かけたことがある。あのようにして産んだ卵が、何年か後にはこうして一人前の生命に成長するんだね。冒頭の写真はその時の様子】
ヤンマのあの顎の下はいったい何なんだろうと不思議に思ってます。田んぼで羽化するアキアカネなどの抜け殻には見られないようなものですね。
彼らがいつまでもこの地にいてくれるようであればと思います。
仮面ライダーはバッタがモチーフなようですが、トンボもまた、愛嬌ある顔で親しみを感じます。