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●アノ元沖縄負担軽減担当相・鶴保庸介参院予算委員長ね、またしても…《現実を知らない議員》(こちら特報部)、沖縄の「現実」も知らなかった議員

2025年08月10日 00時00分54秒 | Weblog

[↑ ※「地震列島の原発安全性に警告」(週刊金曜日 1457号、2024年01月26日号)]


(20250712[])    [Hatena Blog『日々読学』]
アノ沖縄負担軽減担当相ね、またしても。《現実を知らない議員》。沖縄の「現実」も知らなかった議員。参院予算委員長辞任でお終いって、酷すぎないですか。
 東京新聞の【<社説>鶴保氏地震発言 能登の被災者傷つけた】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/419920?rct=editorial)によると、《自民党の鶴保庸介参院予算委員長が8日、和歌山市での参院選自民党候補の応援演説で2地域居住の促進を訴える際に「運のいいことに能登地震があった」と述べた。石川県・能登半島地震の被災者の心情を傷つける発言苦境に思いが至らないなら、国会議員にふさわしいとは到底思えない。自ら進退を決するべきだ》。
 西田直晃中根政人両記者による、東京新聞の記事【こちら特報部/「運よく能登で地震」…無知と無理解をさらした鶴保庸介氏 なぜ自民議員は被災地への暴言を繰り返す?】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/419815)によると、《震災を巡る問題発言がまた飛び出した。「震源」は参院選非改選組の一人、自民党の鶴保(つるほ)庸介参院議員。「運のいいことに能登で地震があった」と口にした。問題は被災者感情を冒瀆(ぼうとく)したことだけではない。能登半島は孤立しやすい地域が多く、原発まである。そこでの地震は運がいいのか。党総裁は防災強化を叫ぶが、現実を知らない議員がいる党に実現できるか。(西田直晃中根政人)》。

   『●辺野古・高江破壊に協力せぬならば「カネ」は渡さぬ!
        「沖縄負担軽減担当相」らによるあざとい「ムチ」
   『●高江の皆さん、ご唱和を! 「鶴保庸介沖縄担当相殿、
               「無実だと断じることは到底できない!」」
   『●「沖縄の声に耳を傾けて、理解を得るべき担当相が、
      県民を敵視するかのような発言…。もはや失格」
    《沖縄での警察による「土人」発言について、
     鶴保庸介沖縄北方担当相が八日の国会で
     「差別だと断じることは到底できない」と発言した。
     人権感覚に疑問符が付き、担当相の適格性も疑われる
    「「どっちもどっち」論と云う暴論の上を行く、
     鶴保庸介沖縄北方担当相
     「差別だと断じることは到底できない」論」

   『●「沖縄の大衆運動そのものを取り締まっていく
      国策捜査だと思う」…山城博治さん「予防拘禁、プレ共謀罪」
    《…鶴保庸介沖縄・北方相が記者会見の席上、沖縄県の対応を
     「ポジショントーク(その時々で自身に都合のいい発言)する
     ような向きも、ないではないかもしれない。(反対の声を上げて)
     気持ちよかったね、と終わったんじゃ意味もない」と語った。
     鶴保氏は昨年9月、県と国の訴訟について「早く片付けてほしい
     ということに尽きる」と発言している。機動隊員の「土人」発言
     「差別と断じることは到底できない」とした件も含めて、
     よくこれで「沖縄担当大臣」などと名乗れるものだ》。

   『●主犯A…『A Few Good Men』のように
      ネイサン・R・ジェセップ大佐を証人台に座らせろ!
    (山岡俊介さん『アクセスジャーナル』)
     【鶴保庸介沖縄・北方相にも重大疑惑】《「安倍一強」
     体制の奢り
故か…鶴保庸介内閣府特命担当相(和歌山選挙区。
     参議院議員。当選4回)にも重要問題が浮上して来ている》

   『●アベ様ご夫妻…そして、《それ以外でも自民党は相当ひどい…
            無知識、無教養、差別思想、時代錯誤が露呈》
    【政界地獄耳/差別意識、献金まみれ…相当ひどい自民党】
    《国会の予算委員会では森友加計学園疑惑について野党の厳しい
     追及が始まるが、それ以外でも自民党は相当ひどい。野党は
     追及の手を広げるべきだ…松本文明…鶴保庸介…山東昭子…
     山本幸三竹下亘…神谷昇…若宮健嗣…自民党の無知識、
     無教養、差別思想、時代錯誤が露呈
している》

   『●翁長雄志知事亡くなる…「折れない、言うことをきかない
          翁長知事に対し、安倍政権が陰湿ないじめ、報復」
    《機動隊員が「土人が」と差別発言が出た際も、鶴保庸介沖縄
     担当相は「私は(差別発言か)判断できるものではない
     と思っている」などと問題を認めなかった》

 一方、地方行政も…ということで、五百旗頭幸男監督の『能登デモクラシー』。
 日刊スポーツのコラム【大谷昭宏のフラッシュアップ/小さな映画館で見た「能登デモクラシー」の笑顔】(https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202506160000068.html)によると、《監督の五百旗頭幸男さんは富山の局に在任中、市会議員の政務活動費問題に切り込み、市議14人を辞職に追い込んだ。石川テレビに転職してからも、ゆがんだ県政に的を当てた「日本国男村」などを制作してきた。「能登デモクラシー」の舞台は穴水町。能登半島の真ん中。海に建てた「ボラ待ちやぐら」で日がなボラの群れが来るのを待つ漁法が伝わる町は、過疎化の最終段階といわれながら、町民はいたってのどかで穏やかだ。だけど、それは裏を返せば惰性、忖度(そんたく)、予定調和。議会は常に10人の議員の全員一致長老議員には20年間、1度も質問に立ったことがない人もいる》。

   『●お維の大阪府と包括連携協定の下足番広報紙…《メディアの役割は
      府政の監視をし、その政策を客観的・批判的な視点から報じること》
    《富山市議の腐敗を描いたドキュメンタリー番組『はりぼて
     (チューリップテレビ)が映画化され話題を呼んだ石川テレビの
     五百旗頭幸男記者も〈「本日を持ちまして報道機関の看板を
     下ろさせていただきます」とでも発表するのでしょうか〉
     〈国内最大手の新聞が地方自治体の太鼓持ちになるなんて、
     エイプリルフールにも思いつかない悪い冗談です〉と批判した》

   『●《いまも、死刑囚のまま》な袴田巖さん、再審開始決定…せめて
     《一刻も早く「無罪」とすべく、検察は不服を唱えるべきではない》
   『●税金で立派な賄賂…【こちら特報部/得意満面の「手柄話」のはずが…
     馳浩・石川県知事の「機密費」発言 撤回後は説明を拒み続ける見苦しさ】
    「一方で、石川・富山と言えば『はりぼて』『裸のムラ
     (五百旗頭幸男さん)…東京新聞の昔の記事【馳浩・石川県
     馳浩・石川県知事がメディアに仕掛けた「反則技」
     定例会見「私物化」から「知る権利」を考える】」

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https://www.tokyo-np.co.jp/article/419920?rct=editorial

<社説>鶴保氏地震発言 能登の被災者傷つけた
2025年7月11日 08時00分

 自民党の鶴保庸介参院予算委員長が8日、和歌山市での参院選自民党候補の応援演説で2地域居住の促進を訴える際に「運のいいことに能登地震があった」と述べた。石川県・能登半島地震の被災者の心情を傷つける発言苦境に思いが至らないなら、国会議員にふさわしいとは到底思えない。自ら進退を決するべきだ。

 鶴保氏はこの発言に続き「緊急避難的に金沢市にいても輪島市の住民票を取れるようになっていった」と述べており、居住地以外で住民票の写しが取得できる利点を訴えたかったようだが、なぜ「運がいい」のか理解し難い。

 都市と地方の双方に生活拠点を置く2地域居住は、人口減少が進む地方活性化策として政府が推進しているものであり、自ら選択する2地域居住と、故郷を離れて避難先との二重生活を余儀なくされている被災者とは明らかに性質が異なる筋違いも甚だしい

 演説では「輪島だとか、たま、何だっけ、能登半島の北の方と言いよどむ場面もあった。地震で大きな被害に遭った珠洲市の地名を覚えていないなら、被災地に心を寄せるどころか、関心すら持っていないのではないか

 鶴保氏は翌9日、和歌山市内で記者会見し、発言を撤回して陳謝したが、議員辞職や離党は「そこまでは考えていない」と否定。自民党も森山裕幹事長による厳重注意にとどめている。

 発言に対する被災者の怒りや失望を誠実に受け止めるのなら、鶴保氏は石川県を訪れて直接、被災者に謝罪し、許しを請うのが筋ではないか。その上で、残る任期の3年間、参院議員にとどまるべきか否かを自問すべきである。

 自民、公明両党が昨年10月の衆院選で少数与党に転落した後も、与党議員の緊張感に欠ける言動が絶えない。5月には当時の江藤拓農相が、コメ価格の高騰に消費者が苦しむ中「私はコメを買ったことがない」と述べ、事実上更迭された経緯がある。

 鶴保氏は参院の要職にあり、心ない発言が長く政権の座にある自民党の緩みの表れだとすれば、聞き流すわけにはいかない。参院選では自民党の苦戦が伝えられている。対応を誤れば、さらに厳しい審判も覚悟せねばなるまい。
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https://www.tokyo-np.co.jp/article/419815

こちら特報部
「運よく能登で地震」…無知と無理解をさらした鶴保庸介氏 なぜ自民議員は被災地への暴言を繰り返す?
2025年7月11日 06時00分

 震災を巡る問題発言がまた飛び出した。「震源」は参院選非改選組の一人、自民党の鶴保(つるほ)庸介参院議員。「運のいいことに能登で地震があった」と口にした。問題は被災者感情を冒瀆(ぼうとく)したことだけではない。能登半島は孤立しやすい地域が多く、原発まである。そこでの地震は運がいいのか。党総裁は防災強化を叫ぶが、現実を知らない議員がいる党に実現できるか。(西田直晃中根政人


◆「たま、何だっけ…」無関心なのか

 「言語道断。被災地の動向に無関心なのだろう」

 あきれ果てるのは石川県珠洲(すず)市の元市議、北野進さん(65)。鶴保氏が「運のいいことに能登で地震があった」と述べたにとどまらず、直後に「たま、何だっけ。能登半島の北」と珠洲の読み方を間違えたことをうかがわせる姿にも憤りを覚える。

     (大規模な土砂崩れの影響で孤立した石川県珠洲市
      仁江町の集落=2024年1月、石川県珠洲市仁江町で、
      本社ヘリ「わかづる」から)

 「運のいい」発言があったのは8日の和歌山市内の集会。都市と地方を往来する2地域居住の推進を説明する中で飛び出した。同日夜に撤回し、翌9日の会見で「責任を取ることで気持ちが収まるのであれば、どんなことでもさせていただく」と謝罪したが、議員辞職や離党は「そこまで考えていない」と述べた。


◆防災で連携している和歌山の議員が

 北野さんは「今に至るまで政府・自民党の対応は十分と言えず、被災地に不満が渦巻く。その中での失言は見過ごせない」と話す。

 鶴保氏の選挙区の和歌山県と石川県は昨秋、防災体制の強化を含む連携協定を締結した。「紀伊半島と能登半島は共通の地理的課題を抱え、つながりを持ちながら、防災面の教訓を今後に生かそうとしている。この協定も知らないのか」

 半島先端にある珠洲市などは、かねて災害時の孤立が危惧された。そこで起きた地震。「運よく」どころか、対応は困難を極めた


◆復旧しようにも大型車両が通れない

 発生2日後に珠洲市に入ったNPO法人「レスキューストックヤード」の栗田暢之代表理事は「道路が壊滅していたのが痛手だった」と述懐する。「一方向からしか向かえず、山地だらけの………………。
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https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202506160000068.html

コラム
大谷昭宏のフラッシュアップ
2025年6月16日8時0分
小さな映画館で見た「能登デモクラシー」の笑顔

先日のこのコラムで三重テレビが日本記者クラブ特別賞を受賞したことにふれ、「小さな局がテレビの底力と意地を見せてくれた」と書いた。今度は小さな映画館で見た地方局、石川テレビの「能登デモクラシー」に同じ思いを抱いた。

監督の五百旗頭幸男さんは富山の局に在任中、市会議員の政務活動費問題に切り込み、市議14人を辞職に追い込んだ。石川テレビに転職してからも、ゆがんだ県政に的を当てた「日本国男村」などを制作してきた。

「能登デモクラシー」の舞台は穴水町。能登半島の真ん中。海に建てた「ボラ待ちやぐら」で日がなボラの群れが来るのを待つ漁法が伝わる町は、過疎化の最終段階といわれながら、町民はいたってのどかで穏やかだ。だけど、それは裏を返せば惰性、忖度(そんたく)、予定調和。議会は常に10人の議員の全員一致長老議員には20年間、1度も質問に立ったことがない人もいる

テレビカメラは、そんな町で手書きの新聞「紡ぐ」を作り、500部を手渡しで配る80歳の滝井元之さんを追う。町長が理事長をつとめる福祉法人が国費と町費で建てようとしている多世代交流センター。<二元代表制ってご存じですか><議会は町長にこんな姿勢でいいのですか>。「紡ぐ」は静かにこう問いかける。

そんな取材の真っただ中の昨年元日、甚大な被害の能登半島地震が起きた。それから4カ月後の5月。五百旗頭さんたちは悩みながらテレビ版の放送に踏み切った。こんな時になぜ、という町の拒絶反応。何より滝井さんへの風当たりが怖い。

だが、それらは全部杞憂(きゆう)に終わる。映画版はテレビ放送のその後も追う。仮設住宅で新聞を手渡す滝井さんに「待っとったよ」と住民の笑みがはじけ、びっくりするほどカンパも集まった。

映画のラストは、穏やかな海でボラ待ちやぐらが右に左に、かすかに動き始めたように感じた。地方のテレビ局が、またキラリと光る仕事をしてくれた。


大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「ニュースONE」などに出演中。
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●《「このまま強行すれば『大阪アホ万博』」…巨額の税金を投入して、7割もの人々が不要だと回答するお祭りにどれほどの意味があるのか?》

2024年04月29日 00時00分38秒 | Weblog

【↑ 『適菜収 それでもバカとは戦え真相究明と責任追及を“大阪ノーサイド”なんて冗談じゃない』 (2020年11月14日、日刊ゲンダイ)】(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/281280


(2024年04月14日[日])
西谷文和さん✕坂本篤紀さんの対談、とにかく爆笑の連続! 是非、ご覧ください。

   『●「万博より被災地復興を」「万博の予算を被災地に」…アノ三代目司会者
     の下、『探偵!ナイトスクープ』に三代目大阪「ト」知事がパクパク登場
    「…最近、Youtubeで見た日本城タクシー坂本篤紀社長の話は
     涙無くして見れないものでした。神回『社長さんと最後のお別れ』」


 【西谷文和 路上のラジオ/Vol.173 坂本篤紀さん「このまま強行すれば『大阪アホ万博』」】(https://www.radiostreet.net/radio/1803/)。《ゲスト: 坂本篤紀さん(日本城タクシー株式会社・代表取締役社長)》、《今回のゲストの日本城タクシー株式会社・代表取締役の坂本篤紀さんは、タクシーやバスの運輸業などを営む経営者でありながら、圧倒的に労働者の味方、庶民派の社長として有名です。テレビの討論番組では、なんとあの橋下徹氏を論破したこともあります。今日はそんな坂本さんをお迎えして、「このまま強行すれば大阪アホ万博』」と題してお話を伺います》、《坂本さんは、パビリオンより仮設住宅を!北陸復興のために輪島で大阪万博をしたらよいとまでおっしゃいます。被災地では未だ多数の方が辛い非難生活を強いられる中、巨額の税金を投入して、7割もの人々が不要だと回答するお祭りどれほどの意味があるのか? 6か月ですべてゴミになる建築物や資材も、被災地復興に活かせるのではと考えるのも当然と言えます》、《それにしても、何もかもがデタラメ大阪万博の実情は、日を追う毎に暴かれていきます。上下水道もないのに吉村知事が魂を吹き込んだという1つ400万円の便器が並ぶ2億円のトイレ、清水寺と同じ伝統工法としながら接着剤とボルトで固めた350億円の円形リング、目玉だった空飛ぶ車もだめ、全然売れていない入場券。交通手段のシャトルバスは運転士不足で現実味がなく、法整備も保険も十分でないままのライドシェア解禁、アンバサダーは性暴力スキャンダル、何よりも地震で一発アウトの軟弱地盤、有害物質に汚染された土壌、洋上の厳しい気象条件など、災害が起これば孤立する可能性が高い夢洲は、危険極まりない人工島です。しかし市民の批判や心配をよそに、維新は嘘を嘘で塗り固め、お友だち企業の利権確保に躍起のようです。坂本さんは、そんな維新の、平気で嘘をつく体質に加え、圧倒的な当事者意識の欠如を指摘します。劣化した政治家と、ものを言わない大阪メディアが、大阪万博、大阪IR計画をますます歪なものにしていってるのは確かなようです》。

   『●「万博より被災地復興を」「万博の予算を被災地に」…アノ三代目司会者
     の下、『探偵!ナイトスクープ』に三代目大阪「ト」知事がパクパク登場
   『●世界中の《人を呼んで祭りをする会場にはそもそも不向き…ゴミ処分場とし
     ての優位性は、祭り会場としては最悪の欠陥…「ゴミの島 夢洲の正体」》
   『●お維祭り工事現場で懸念されていたガス爆発事故…自見英子万博担当相「仮
     に今後、工事に伴ってメタンガスが発生した場合には、施工者が直ちに…」
   『●《「機能性表示食品」制度の創設を強く提言し、議論を主導させた人物が、
     安倍首相と昵懇の関係にあったからだ。その人物とは、大阪のバイオ製薬…》
   『●お維祭り工事現場でガス爆発事故…こんなゴミの島夢洲・大阪万博に子供た
     ちを招待という名の動員なんてあり得ない、親御さんに不安が広がることは必至
   『●お維「政治屋」塾で、一体何を「学び、感じ、世界を広げる」のだろう 
     か? お維祭りやカジノのように税金を「パクパク」する方法ですか?
    (リテラ)【吉村知事が「万博出禁」と攻撃した玉川徹のコメントは
     どれも当たり前の指摘ばかり! 吉村の言論弾圧体質はプーチン並み】
    《なんと、吉村知事は大阪万博の問題点を指摘してきた玉川氏を
     「出禁」にしてやろうと思う、などと公の場で語ったのだ。いまさら
     言うまでもないが、権力を批判する者の権利も守るというのが
     民主主義社会での鉄則。それをないがしろにするとは、吉村知事は
     さながらロシアのプーチン大統領のようなものではないか。会場の
     観客に対するウケ狙いの発言だったとしても、
     看過できるものではない》

 一方、お維「政治屋」塾に参加して、一体何を「学び、感じ、世界を広げる」のだろうか? お維祭りやカジノのように税金を「パクパク」する方法ですか? 不祥事連続のお維。とにかく、「謝る」ということができない人達。元をたどれば、《ものを言わない大阪メディア》。
 木原育子記者による、東京新聞の記事【こちら特報部/吉村洋文大阪府知事が謝罪…まずかった玉川徹氏への「万博出禁」発言 「言論統制」と批判噴出した末に】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/320680)。《2025年大阪・関西万博を巡り、政治団体・大阪維新の会代表の吉村洋文大阪府知事が3月、テレビコメンテーター玉川徹氏の万博会場への出入りを禁止すると発言した。「言論統制だなどと批判が相次ぎ、撤回して謝罪。だが、自身の出禁発言の重みをどこまで分かっているのだろうか。(木原育子)》

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https://www.tokyo-np.co.jp/article/320680

こちら特報部
吉村洋文大阪府知事が謝罪…まずかった玉川徹氏への「万博出禁」発言 「言論統制」と批判噴出した末に
2024年4月12日 12時00分

 2025年大阪・関西万博を巡り、政治団体・大阪維新の会代表の吉村洋文大阪府知事が3月、テレビコメンテーター玉川徹氏の万博会場への出入りを禁止すると発言した。「言論統制だなどと批判が相次ぎ、撤回して謝罪。だが、自身の出禁発言の重みをどこまで分かっているのだろうか。(木原育子


◆「『入れさせてくれ』『見たい』といっても禁止」

     (大阪府の吉村洋文知事=2023年撮影)

 「ぼくからいいですか。大丈夫ですかね、発言させていただいて」

 今月10日の大阪維新の会の記者会見。冒頭でそう切り出した吉村氏は「政治集会とはいえ、不適切な発言で、間違っていた。玉川さんに謝罪します」と述べた。終始、硬い表情を崩さなかった。

 「不適切発言があったのは3月23日、大阪府茨木市で開催された「維新タウンミーティングin茨木」。

 吉村氏は、建設費約350億円とされる万博会場の木造環状屋根「リング」を絶賛。「今、批判している、名前言えませんけどもモーニングショーの玉川徹。批判するのはいいけど、入れさせんとこと思って。『入れさせてくれ』『見たい』といっても、もうモーニングショーは禁止玉川徹禁止と言うたろうかなと思う」と発言した。


◆身内から助け舟

 「モーニングショー」は玉川氏が出演するテレビ朝日の情報番組。リング建設などに疑問の声を上げていた。交流サイト(SNS)では、官公庁が都合の悪いメディアを拒否する「出禁発言」との批判が噴出。「権力が番組を選別するような発言は問題」「言論統制につながるのでは」といった声が渦巻いた。

     (公式キャラクターのミャクミャクが登場した
      大阪・関西万博のPRイベント=2023年11月)

 これに対し吉村氏は今月1日、「政治家として政治的な意見を言った。出禁にする権限が全くないという前提での発言だ」と反論。日本維新の会の馬場伸幸代表もX(旧ツイッター)に「イッツ・ア大阪ジョーク。わからんかな」と投稿し、助け舟を出した。

 だが3日には、元大阪市長で弁護士の橋下徹氏が民放番組で「自分の行動で相手側の自由を奪うようなペナルティーを加えるようなことはまずい」と発言。前大阪市長の松井一郎氏も6日、自身のYouTubeチャンネルで「もっと広い心で(万博会場へ)玉川さんを案内してあげて」とたしなめていた。


◆万博への支持が広がらない状況に焦りといら立ちか

 法政大の白鳥浩教授(現代政治分析)は「最近、政治をウオッチする記者は権力側にかみつかない人が増えた両者の関係はなれ合いではなく、緊張関係があった方がよい」と求めたうえで、「特定の人や会社を名指しし、報道させないのは、言論統制できる権限があるなしではなく、言論の自由に抵触する可能性があった」と断言する。

 大阪在住のジャーナリスト吉富有治氏は「自分の発言が言論統制につながることを本当に理解しているのか」と首をかしげる。確かに吉村氏は謝罪会見でも、「ある程度は公平に論じていただきたい思いは変わっていない」「言論は彼(玉川氏)が自由にモーニングショーでやられている。言論統制をするつもりは当然なくて。そんなん本気でやることもできない」と強調していた。

 吉富氏は「権力側が報道機関に指摘するなら、具体的にどの部分がどう駄目なのかしっかり示さなければならない。それもなく、自身に不利な批判的な意見を頭から押さえ付けるそれを言論統制というのだ」と指摘。背景に、万博の支持率が上がらないことへの焦りといら立ちがあると分析する。「自身の発言でこれ以上足を引っ張るわけにはいかず、戦術として謝罪したに過ぎない


【関連記事】維新、またぞろ「大阪都構想」もくろむ? 市長が提唱「区のブロック化」は不人気万博に代わる頼みの綱か
【関連記事】「万博会場でたばこ吸ったら吹っ飛ぶ」をホンマに否定できるんか 建設現場で爆発、原因はメタンガスらしい
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●東電核発電人災…《あまりに切ない一枚です。…犬。…鎖につながれたまま…取り残されたわが家で、何を思いながら力尽きたことでしょう》

2022年03月21日 00時00分16秒 | Weblog

[※↑ 双葉町で牧場経営していた鵜沼さんがキクハナと再会希望の牧場にて (報道特集 2021年03月06日[土])]


(20220313[])
東京新聞の【<社説>3・11から11年 ペットだって被災する】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/164762?rct=editorial)。

 《あまりに切ない一枚です。小屋の近くでタオルを掛けられた犬。よく見ると、鎖につながれたままではありませんか。取り残されたわが家で、何を思いながら力尽きたことでしょう。東日本大震災から数週間後、福島県浪江町でのひとこまです》。

 《ペットだって被災する》。「原発さえなければと思います」…《原発さえなければ》、結果は随分と違ったものになっていたでしょうに。核発電所さえなければ…。何の罪もない、《希望の牧場》の牛たちのことを想いました。

 11年経って、何の進展もないし、何も解決していない。「事故はなかったことにされた」も同然な現状 ――― 『吉沢正巳さん「被ばく牛は原発事故の生き証人。処分すれば証拠は消え、事故はなかったことにされる」』。

   『●大飯原発再稼働撤回に向けて、この熱気を見よ!
   『●「浪江町で300頭の牛を一人で飼っている
        牧場主の吉沢正巳さん」国会前スピーチ
    「(OurPlanet-TV、…)では、「浪江町で酪農を
     経営していた「希望の牧場」の吉沢正巳さんは、「政府は福島の
     原発事故を過去のものとして蓋をして、再稼働でばんばんいって
     しまう。今回の事故で誰が責任をとっているのか、皆逃げている。
     言い訳をしてる。ごまかしてる。嘘ついている。もうたくさんだ。」
     と力強く話した」そうだ」
    《被ばく牛と生きている牧場主の声を聴いてほしい!
     ドキュメンタリー映画の『フタバから遠く離れて』をみて以来、
     気にかかっていた人がいた。それは浪江町で300頭の牛を一人で
     飼っている牧場主の吉沢正巳さん(写真)のことだ》

   『●終わらない原発人災の影響:
      「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ…」
   『●吉沢正巳さん「被ばく牛は原発事故の生き証人。処分すれば
             証拠は消え、事故はなかったことにされる」
    「《福島原発事故で故郷の町を奪われ、避難生活を強いられる
     根本昌幸さんの「柱を食う」である》… 《/牛よ/恨め恨め/
     憎き者を恨め/お前を飼っていた者ではない。/
     こういうふうにした者たちを》。そして、《福島県いわき市の
     芳賀稔幸さんの「もう止まらなくなった原発」だ》…
     《失ったものは永遠に帰っては来ない/元通りに出来ないはずだのに
     /責任をはたすって?/何の責任をだ/一体責任って何だ?》」

   『●希望の牧場・吉沢正巳さん「この牛たちを見て、命の扱い方とか、
      原発があるというのはどういうことかを考えるきっかけになってほしい」
    《福島県浪江町の「希望の牧場・ふくしま」。代表の吉沢正巳さん…
     吉沢さんは自身のことをベコ(牛)屋と呼ぶ。「ここにいる牛は
     経済的には意味がない。けれど生きるってことに意味がある
     餓死もせず、殺処分もされず、生きてきた。これからも餌食って
     くそたれて、寿命までここで暮らす。この牛たちを見て、
     命の扱い方とか、原発があるというのはどういうことかを考える
     きっかけになってほしい。3・11を風化させないためにも
     ここを維持する」。牛と共に生きる覚悟を決めたベコ屋の意地が見えた》

 「原発さえなければと思います」…この哀しい〝声〟に尽きます。「原状回復」することも無く、する気も無く、核発電「麻薬」中毒な《火事場ドロボー》どもは《原発回帰》へ。正気だろうか? 《汚したらきれいにして返すのが当然》です。元通りにして下さい、東京電力核発電人災前の元通りの姿に。自公お維コミを支持し、投票する皆さん、《火事場ドロボー》に手を貸す大愚行をやっている自覚はないのですか?

   『●台湾有事を煽り《ロシアのウクライナ侵攻のような軍事衝突にまで
     エスカレートさせてはならない…外交による対話を強めなければならない》
   『●誰が壊憲を望んでいる? COVID19禍のドサクサ、ロシア侵略の
     火事場ドロボー1号、2号、3号…らによる壊憲など許されるはずもない
   『●《思考力あるならば殺し合わずに済む方法…、政治力を持って開戦に
     至らない道を見つける事だ。ところがその政治家本人が核武装を…
   『●《当事者でない他の国が声をあげ、国際世論をつくり出すことが、理不尽
       な状況の抑止につながるというのは、国際社会の常識ではないか》!
   『●経済産業省資源エネルギー庁「復興のあと押しはまず知ることから」?
       「復興のあと押しはまず〝原状回復してみせる〟ことから」です
   『●東電核発電人災から11年: 《原発事故は終わっていません。
      政府が復興の名のもとに困難に陥った人たちをさらに追い詰める…》
   『●《やっぱりここさ帰りたい。親が開拓して受け継いだ土地。次の世代に
      残してやりたい。汚したら、きれいにして返すのが当然じゃないか》
   『●小出裕章さん《国と東電が策定したロードマップは「幻想」です…
     つまり、デブリの取り出しは100年たっても不可能》、石棺しかない
   『●《政府は過去に原発が武力攻撃を受けた際の被害予測を報告書に
     まとめていたからだ。しかも、その被害予測は凄まじい内容だった…》
   『●《【原発耕論…】福島事故で被ばくしたこどもたちに、不安なく過ごせる
         未来を!(311子ども甲状腺がん裁判)》(デモクラシータイムス)
   『●《政府機関の地震予測「長期評価」に基づく試算から原発への大津波の
      到来は予見できた…対策の先送りを許した国…国に重大な法的責任》
   『●《武藤類子さん…が講演し、今も続く過酷な被害を訴えた。ロシアに
     よるウクライナの原発攻撃にも触れ「胸がふさがれる思い」と語った》
   『●《ひとたび制御を失った原発が、後世にどれだけの重荷を残すのか。
     …廃炉作業が遅々として進まぬ現実が、原発の巨大なリスク》を顕在化

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https://www.tokyo-np.co.jp/article/164762?rct=editorial

<社説>311から11年 ペットだって被災する
2022年3月10日 07時46分

 あまりに切ない一枚です。小屋の近くでタオルを掛けられた犬。よく見ると、鎖につながれたままではありませんか。取り残されたわが家で、何を思いながら力尽きたことでしょう

 東日本大震災から数週間後、福島県浪江町でのひとこまです。撮影した太田康介さん=滋賀県草津市=たちは、その亡きがらを見つけ、白いタオルをかけ、薄紫の花を一輪、供えてあげました。

 太田さんは大震災時、都内で保護猫と暮らす動物カメラマンでした。人々が避難した街を、えさを探して徘徊(はいかい)する犬や猫の存在を知ります。二〇一一年三月末、大量のペットフードと水を車に詰め込んで被災地に向かいました。

 福島第一原発の半径二十キロ圏内に入りました。がりがりに痩せた猫がキャットフードにむしゃぶりついてきました人も車も通らぬ国道を犬がとぼとぼ歩き、豚舎では大量の豚が身を寄せ合うように息絶えていました。この一枚では、倒れた仲間の横で、馬の目に涙が浮かんでいるように映ります

 原発が制御不能となり、国は矢継ぎ早に避難指示の範囲を拡大し避難先も変更しました。多くの住民は泣く泣く、ペットや家畜を置き去りにしたまま、故郷を離れざるをえなかったのです

 太田さんは週に一度、現地に通い続けました。「人間の都合で罪のない動物たちを死なせていいのか」。その一心でした。一時帰宅や立ち入り許可の権利を譲ってもらい、警戒区域内に計五十五カ所のえさ場を設け、里親のめどを付けては猫や犬を保護しました。


◆「同行避難」広めたい

 大震災では二万二千人余の命が奪われました。国によると、少なくとも三千百匹余の犬も犠牲になりました。ただ猫をはじめ他ペットの実態は分かっていません。

 ペットがいるために避難を躊躇(ちゅうちょ)して人も被災する。逆に、避難所に連れてきた動物の鳴き声やにおいに悩まされる。こうした過去の災害の教訓から、国は3・11以前から、指定避難所にペット専用の空間をつくるなど、ペットと共に逃げる「同行避難」という考え方を広めようとしていました。

 しかし、その文言が防災計画に盛り込まれていても、ほとんどの被災自治体は、避難所や仮設住宅での具体的な運用を取り決めていませんでした。例えば福島県で実際に避難所に来た犬は三百五十五匹、猫は七十九匹のみ。机上の空論にすぎなかったのです。

 大震災後、環境省はペットの防災ガイドラインを作りました。飼い主は少なくとも五日分のえさやトイレ砂などを備蓄する、迷子札や個体識別番号を記録したマイクロチップを装着する、ケージやキャリーバッグに入るようふだんからしつけをする、などです。

 国は、ペットをどう扱うか、避難所運営マニュアルなどに反映させるよう、求めていますが、NPO法人、人と動物の共生センター(岐阜市)の奥田順之代表理事はどの自治体もなかなか進んでいないと指摘します。人や予算上の余裕がなく、ペットのことは後回しにされがちだと言います。

 奥田代表は全国動物避難所協会を立ち上げ、ペットホテルや動物病院、宿泊施設に呼びかけ、災害時、ペットが泊まれる場所を各地につくろうとしています。「ペットがいるから避難をあきらめるそんなことだけはないようにしたい」と奥田代表は話します。


◆苦楽を共にする仲間

 歴史家の渡辺京二さんは著書「逝きし世の面影」で、幕末から明治期に来日した西洋人の記録を丹念に追っています。牛や鶏を食用にすると分かり、かたくなに譲渡を拒む農民、カメや魚との別れに涙する女性、往来に寝そべる肥えた野犬…。近代化前の日本人にとって、動物は、飼うというより、生や苦楽を共にする仲間だったと結んでいます。

 このコロナ禍で改めて見直されていますが、われわれは目に見えない多くのものをペットから得ています。ペットたちもまた、人なくしては生きていけません。

 翻って、防災の基本とはいかに想像力を働かせるかにあります。災害からどう逃げ、どう命を守るか。われわれの仲間たちのことも決して忘れたくないものです。
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●東電核発電人災から11年: 《原発事故は終わっていません。政府が復興の名のもとに困難に陥った人たちをさらに追い詰める…》

2022年03月11日 00時00分35秒 | Weblog

[※ ↑「原発さえなければと思います」(週刊金曜日、2021年03月12日、1320号)]


(20220226[])
マガジン9の記事【【寄稿】「おめでとう」と言えない正月(青木美希)】(https://maga9.jp/220112-5/)。

 《政府は生活できる環境がないまま、帰還政策を進めています。政府は、浪江町など帰還困難区域700世帯を含む2万世帯の避難住宅提供を打ち切りました。さらに浪江町や南相馬市などの避難者、帰還者らへの医療費無償の支援策も打ち切る方針を出しています。避難指示解除されれば固定資産税の減免もなくなっていきます。原発事故は終わっていません政府が復興の名のもとに困難に陥った人たちをさらに追い詰めることがないように、私は被災者の声を発信し続けていきたいと思っています》。

   『●お見舞い申し上げます…
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年:
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年: 「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」
   『●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」…
                        どれか一つでも原状回復できたか?
   『●東電核発電人災から7年: 「村の生活は百年余りにわたり、
                 人生そのもの」…「やっぱりここにいたいべ」
   『●東電核発電人災から8年: 《11日の夜9時すぎには、
           東電の社員も家族もだれ一人双葉町に残って…》
   『●東電核発電人災から9年: 金(カネ)色の五つの輪《オリンピック
            聖火リレーを前に「福島はオリンピックどごでねぇ」》
   『●東電核発電人災から10年: あの人災から何の教訓を得ることもなく、
      何も変わらないニッポン…核発電〝麻薬中毒〟から抜け出せないまま

 《原発事故は終わっていません政府が復興の名のもとに困難に陥った人たちをさらに追い詰める》…11年経っても何も変わらない。東電や政府、自公お維コミ議員達は、さっさと早く「原状回復」してみせて下さい。元の環境に戻してみせてよ。毎年、その事をお願いしているのですが、一向に「原状回復」する気がないようだ。そのくせ、汚染水を海洋放出したい? バッカじゃなかろうか。
 《「もともとあった肥沃な土は放射能で汚染されたため除染で取り除かれ、山砂が入れられました元の田んぼになるまでは長い年月がかかりますね」》《地産地消の豊かな暮らしが、かつて、ここにありました》《政府が「復興した姿を世界に発信する」とした復興五輪は終わりましたが、復興どころか、手付かずのまま108カ月過ぎた家々が、ありました》…さっさと元に戻してください、核発電「麻薬」中毒な皆さん。

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https://maga9.jp/220112-5/

特別企画
【寄稿】「おめでとう」と言えない正月青木美希
By マガジン9編集部 2022年1月12日

東京電力福島第一原発事故による被災者の方たちを取材し続けているジャーナリストの青木美希さんから、帰還困難区域の様子、避難指示が進められるなかでの被災者の声を映像とともに寄稿していただきました。
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避難先で迎えた11回目の正月

 2011年の福島第一原発事故から今年で11年となります。政府は今でも原子力緊急事態宣言を発令中で、数万人が避難を続けています。一方で、復興五輪が終わり、「もう復興したんでしょ」という声を聞くことが増えてきました。現地は復興しているのでしょうか。
 福島県浪江町の柴田明範(あきのり)さん(55)は今年も避難先の福島県二本松市内で正月を迎えました。二本松市内で、11回目の正月です。
 柴田さんは、これまで仮設住宅で知り合った人たちや支援者を含め100枚以上の年賀状をやり取りしてきましたが、10年を機に、年賀状を書くのをやめました。20人ほどがそれでも年賀状を送ってきてくれましたが、「迎春」と書いて返しました。
 「10年たっても戻れない。失礼とは思いますが抵抗がある。どうも、新年おめでとうという気持ちになれない。なんとなく1月1日が来た感じ。避難している人たちはおめでとうと言いたくない人が多いと思う心から言える人はいないと思います」と話しました。
 柴田さんと私は、長くフェイスブックでつながっています。
 柴田さんは毎年、正月に「おめでとうと言えない」と友達限定の投稿で書いていました。今年もまた、柴田さんにとってはおめでとうと言えない正月になりました。

     (柴田さんご夫妻)

 原発事故で、柴田さんの正月はまったく違ったものになりました。
 事故前は、柴田さんの家に親せきたち20人以上が集まり、飲んで騒いでつぶれ、泊っていっていました。家族と父母だけではなく、父の兄弟や浪江町にいる柴田さんの妹も来ていました。自宅で作った炭の炭ごたつや七輪で暖かく、臼と杵で餅をつき、七輪で焼きました。酒を飲めない柴田さんも楽しみました。
 いまは、避難先の二本松市の中古住宅で、柴田さんの家族が元日の昼に集まるだけです。酒もなく、騒ぐこともありません。自作の炭もなく、餅はオーブントースターで焼きます。柴田さんの妻が作った煮物をみんなで食べました。騒ぐことはできないと言います。「近所の人たちが自分たちを避難者とみている。バカ騒ぎはできないから」
 3歳と2歳の孫3人が走り回り、柴田さんに「じいじ」と抱っこをせがんできたのが唯一うれしかったことだと言います。それでも「子どもたちに明るい言葉はかけられなかった。かぜひくなよ、冬道気をつけろよ、ぐらいです」と話していました。

 2022年の正月を一緒に迎えた方々と喜びをわかちあいたい、という気持ちが「明けましておめでとう」なのだと思いますが、そのおめでとうですら違和感がある方々がいます原発事故被害が回復するどころか、いまも被害が生じ続けているからです
 私は、この現状を知ってほしくて、この原稿を書いています。
 現地で撮影してきた動画を掲載しました。原発事故の被災地がどのような状況にあるのか、記事と動画を交えて見ていただければと思います。


帰還困難区域にある柴田さんの自宅へ

 2カ月前の2021年11月7日、私は柴田さんと、福島県浪江町の帰還困難区域にある、柴田さんの自宅に向かいました。国道114号から津島地区の集落に入る道路は、「内閣府」と書かれた銀色のバリケードでさえぎられています。
 警備員に許可証を見せ、ゲートを越えた途端、柴田さんの線量計からピーピーというアラーム音が出ました。数値は0.7~0.8マイクロシーベルト/時。時間の経過とともに減ってきたとはいえ、まだ事故前の県内各地の大半の線量の20倍程度もあります
 東京電力福島第一原発の事故後、政府は除染を進め、少しずつ「避難指示」を解除してきましたが、原発から北西に延びる放射線量が高い地域、7市町村にわたって今も帰還困難区域があります。そのエリアの除染対象はわずか8で、そのほかの地域は、政府は2020年代に希望者が帰還できるよう一部を除染し、避難指示を解除する基本方針を決めています。柴田さんの自宅もこの地域です。これまで政府は地域一帯の除染をしてきたのに一部のみの除染になることに、住民から「まだら除染になり、放射線量が上がってしまう。ほかと同じように地域一帯を除染してほしい」と要望が出ています。

 帰還困難区域のうち、この津島地区には約1400人が住んでいましたが、放射性物質が多く飛散したため、国が道路にバリケードを張り、住民が自宅に行くためにはその都度、事前に許可手続きをしなければなりません。今も住むことができません
 ゲートを越えて草ぼうぼうになった細い道を車で進みます。線量計のアラームがピーピーと鳴り続け、放射線量は上がっていきます。車内で1.5マイクロシーベルト/時を超えました。事故前の30倍以上です
 ところどころ除染が行われている様子が見られました。この年の7月に来たときは森のようになっていたところが、除染が進められて草木が刈られ、重機で田んぼの畔(あぜ)が再建されていました。
 運転席で柴田さんが言いました。
 「もともとあった肥沃な土は放射能で汚染されたため除染で取り除かれ、山砂が入れられました元の田んぼになるまでは長い年月がかかりますね
 柴田さんの家は、私道を登っていたところにあります。町道から、柴田さんの家に入る私道に右折した途端、両側は森になりました。やぶに囲まれた細い道です。枝がところどころに落ちているため、車を何度も止めて、そのたびに車を降りて枝をよけなければ前に進めません。
 「両側にはうちの畑が広がっていました。ブルーベリーや白や紫、ピンクのリンドウを育てて、いつか奥さんとブルーベリーの観光農園をやろうと思っていました」
 柴田さんが住んでいた家と畑を切り開いたのは柴田さんの祖父母で、柴田さんで3代目。原発事故当時は父母と妻、子ども5人の計9人で暮らしていました。


止まったままの時計、イノシシの足跡……

 やぶの道をさらに進むと、瓦屋根の平屋住宅が見えました。サンルームや玄関の下部にオレンジ色のベニヤ板が張られています。
 「イノシシ除けだよ」
 ベニヤ板にはイノシシの茶色い足跡が残っていました。新しい足跡と古い足跡が混在しているように見えます。
 「汚染がひどくて、家にはもう住めないんです。新潟大学の教授に家の中の放射線量を測ってもらって『住めるレベルではない。解体しかない』って言われた。だから、もう住めない……それでも、イノシシに荒らされるのは許せない。将来は長男一家が住めるようにと思って、平屋の上に2階を建て増しできる作りにしたんですよ」
 柴田さんはカギを開けると、板をまたいで家に入りました。
 居間も子ども部屋も台所も、天井のあちこちにクモの巣がかかっています。居間の中央にはクリーム色の天板と布団のこたつがありました。
 「家の木を切って炭焼きをして木炭にして、こたつに入れてました。すごいあったかいから。足をいれると体がばーっとあったかくなる」
 柴田さんは木造の自宅の柱や鴨居を見ながら言います。
 「この家は、祖父がうちの土地で育てたスギやマツ、クリの木で建てたんだ」
 「山菜がとれると近所でお互いに交換してね。そういうのがすごく楽しみだったんだ」
 地産地消の豊かな暮らしが、かつて、ここにありました

 この場面の動画がこちらです。


https://youtu.be/b5HbqBgnPmw

 居間には黒く四角い掛け時計がかけてありましたが、地震があった2時46分で止まっています。月めくりカレンダーは2011年3月のまま。長女の部屋にはハンガーにセーラー服の夏服と冬服がかかっていました。
 柴田さんが長女の部屋で「あ」と声を上げ、紺色のファイルを手にしました。
 「311は長女の中学の卒業式だったんだよね。夜はみんなでお祝いしようねと言っていた……」
 「長女は、もう終わったことだからと言って、避難してから一度も家に足を踏み入れたことがない」
 ときが止まっていました
 客間の天井近くの高い場所に、紋付き袴の男性や着物姿の女性の写真が並んでいました。この土地を拓いた祖父や祖父の親族の写真だと言います。
 「先祖に見守っていてもらいましょう、と妻と言いあって、写真は飾ったまま、置いたままになっているんです何十年も住んだ場所。やっぱり自分の家は落ち着く。じいちゃんから親、親からおれ、本当は息子につなぎたかったけど、かなわないわね

 自宅の隣には柴田さんの両親の家がありました。ガラス戸が破られ、玄関のドアは開きっぱなし。ピンクの座布団が玄関に落ちています。中に入るとテーブルがひっくり返り、タンスが倒れ、足を踏み入れることはできません。私は思わず、「こんな風になりますか」と声を上げてしまいました。「イノシシが全部突き破って」。部屋の後ろ側、壁があるはずのところから、外のやぶが見えます。壁が外れています。「壁ぶちぬいて。……怖いね」。柴田さんは疲れ切ったように話していました。

 撮影してきた動画はこちらです。



https://youtu.be/5tSSrFkkW6o

 政府が「復興した姿を世界に発信する」とした復興五輪は終わりましたが、復興どころか、手付かずのまま108カ月過ぎた家々が、ありました
 「選手にここに来て、世界に実態を伝えてほしかった」と柴田さんは話していました。


生活環境が整わないまま、進められる帰還政策

 避難指示解除されたところでは何が起きているのでしょうか。
 私は2021年11月27日、双葉屋旅館を経営する小林友子さんに話を聞きました。
 小林さんは福島県南相馬市小高区のJR小高駅前の「双葉屋旅館」4代目。福島第一原発から20キロ圏内にあり、政府の避難指示で小高区の全員が避難しました。

 小林さんは原発事故後、長男が住む名古屋市に避難しました。ハローワークに行っても50代という年齢で仕事が見つからず、地元で旅館を再開することを決めました。政府は事故から5年4カ月たった2016年7月に小高区の避難指示を解除しましたが、小高区の原発事故時の住民登録者数は12,840人で、20211130日現在の居住者は3,800人ほど。居住者の半数が65歳以上です。
 小林さんは語りました。
 「多くの事業者が再開しておらず、家業と別の勤め先の兼業で暮らしていた人たちが多かったなかで、仕事は残念ながらやっぱりありません。3世代で住む家も多かったのですが、自分の代でいい、自分たちの代で完結するという思いの人たちが帰ってきています。建て替えの時に家を小さく、平屋にしたり」
 農業や商業を営みながら、さらに別の勤め先で働いて暮らしてきたのに、その兼業先がないため帰れないと言います。何より、小高は、南側で原発で栄えていた双葉郡と商圏の結びつきが強かったなかで、この商圏が壊れてしまいました
 「自分たちの代で完結する」という言葉が悲しく、重く響きました

     (双葉屋旅館の小林友子さん)

 「10年過ぎて見えてくることは、本来はずっと土と一緒に生きていた方が暮らせるんですよね生業なりわいがなくても生きていける土壌だったんですよね。今まではコメや野菜を自分たちで作っていました。それがみんなお金で買わないといけない。キノコだったり海のものだったり。そこで育った人たちの失ったものをちゃんと見てないよね本当にしんどいのが現実
 私は避難者の方々から「初めてコメを買った」という言葉を多く聞きました。買わなくても食べ物はほとんどまかなえる生活だったと。
 「両手にいっぱいの買い物袋を持っていると『いいな』って言われるけれども買わないと生きていけないから。『いいな』って言われましたけど、『なくなったんだよ』って。月10万円の慰謝料はあっという間になくなりました。全部買わないといけない。あんなにお金がなくなるとは」
 同じ言葉を、避難してきた多くの方から伺いました。そして、避難者を受け入れている人たちからは「避難者の人たちはものすごいたくさん買い物していくんだから」という非難めいた言葉も多く聞きました。賠償金の差、強制避難か否かの差、政府が生んだ多くの差が精神的な分断を生んでいます

 「家に帰らないでいると、隣の人から『草ぼうぼう、草刈りしろ』と言われるのが一番つらい。だから田んぼを人にまかせちゃう。そうすると太陽光発電が造られる。知らない間に虫食いのようにできていってしまう。山ががんがん切られて木も切られて里山から除染のあとを埋めるために山土がとられ、山がなくなっていく。それが災害の一つの原因になる。原発事故って放射能だけじゃない被害を起こしていると知ってほしいです。食料が不足すると言われているときに、どうしていい場所の農地をつぶしていくのか。ソーラーも都会ではなく、地権者、福島に収益や雇用を生み、経済が回るシステムを議論してほしい。帰れと言うのなら受け入れる素地をちゃんとしてほしい」

 帰れと言うのであれば、その環境を。それもその通りです。小林さんは「次に繋いでくれる人もいる事も現実」といいますが、雇用の場の整備がなければ生活できません
 小林さんに会う前に、私は50代の楢葉町の男性から話を聞いていました。
 その男性は、避難指示で避難し、政府が避難指示解除をしたから戻ってきたけれども、元々勤めていた事業所は閉まってしまった。再就職先も見つからず、結局非正規雇用しかない、と話していました。
 政府は生活できる環境がないまま、帰還政策を進めています
 政府は、浪江町など帰還困難区域700世帯を含む2万世帯の避難住宅提供を打ち切りました。さらに浪江町や南相馬市などの避難者、帰還者らへの医療費無償の支援策も打ち切る方針を出しています。避難指示解除されれば固定資産税の減免もなくなっていきます。
 原発事故は終わっていません政府が復興の名のもとに困難に陥った人たちをさらに追い詰めることがないように、私は被災者の声を発信し続けていきたいと思っています。


青木美希(あおき・みき)ジャーナリスト。北海タイムス(休刊)、北海道新聞を経て全国紙。「道警裏金問題」取材班で菊池寛賞など受賞。原発事故検証企画「プロメテウスの罠」、「手抜き除染」報道で各取材班で新聞協会賞を受けた。原発事故被害を描いた『地図から消される街』(講談社現代新書)は貧困ジャーナリズム大賞、日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞。8刷に。新刊『いないことにされる私たち』(朝日新聞出版)を2021年4月に出版した。日本ペンクラブ言論表現委員。
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●西日本新聞【フクオカ☆シネマペディア/『遺言 原発さえなければ』野田雅也、福島を追い10年「飯舘の酪農 復活までは」】

2021年03月06日 00時00分28秒 | Weblog

(20210227[])
吉田昭一郎記者による、西日本新聞の記事【フクオカ☆シネマペディア/『遺言 原発さえなければ』野田雅也、福島を追い10年「飯舘の酪農 復活までは」】(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/673989/)。

 《福岡県久留米市出身のドキュメンタリー映画監督、野田雅也さんは、福島県飯舘村の酪農家ら福島第1原発事故の被災者を追い続ける。豊田直巳さんとの共同監督作「遺言 原発さえなければ」(全5章=2014年)と、「サマショール ~遺言 第六章~」(20年)はその記録だ》。


   『●終わらない原発人災の影響:「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ
     「「震災さえ」ではなく、 「原発さえなければ…」である。
      「原子力郷土の発展豊かな未来」「原子力明るい未来のエネルギー

      「原子力正しい理解で豊かなくらし」を信じ込ませた自民党議員や
      電力会社幹部といった東京電力原発人災の責任者・「罪人・犯罪者」は、
      誰一人として罰せられることもなく、まだのうのうと生活している」

   『●ドキュメンタリー映画『わすれない ふくしま』:
          「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ

   『●自公議員や原子力「推進」「寄生」委員会委員らは
                     「闘うみんな」ではないようだ
    「3・11から3年が経ち、何の解決も見ていない。「福島県飯舘村
     村民を追ったドキュメンタリー映画「遺言 原発さえなければ」が、
     八日から東京都内で上映される」そうだ。「震災さえなければ」
     ではなく「原発さえなければ」」

   『●大沼「少年」の《事故を思い出して原発を議論する
       きっかけになるもの》を撤去し…いま、政治的と言われ…
   『●《草木のすべてにセシウムが染みついている。田畑を耕すが自分で
         食べるだけ。孫には食べさせないし、売ることもできない》

 《私たちはどこまで福島の現実を知っているでしょう》?
 レイバーネットの記事【レイバーネットTV(2/17)放送案内 : フクシマから10年〜 終わらせてはいけない真実】(http://www.labornetjp.org/news/2021/0217kokuti)によると、《福島第一原発事故からまもなく10年。2011年3月11日に発令された「原子力緊急事態宣言」は、未だ解除されていないというのに、政府もメディア報道も積極的にとりあげるのは、なぜか復興の話題ばかり廃炉までの道のりは遠く、汚染水の処理もままならない中で、放射能の基準値を引き上げ、住民を帰還させようとしてきました。その一方で、避難生活を続ける人への保障を打ち切り、被ばくから子どもたちを守ろうとする人々を追いつめています。「福島を忘れるな」といいますが、私たちはどこまで福島の現実を知っているでしょう。そして、これは福島だけの問題なのでしょうか。朝日新聞社の青木美希さんと、母子避難者・森松明希子さんをゲストに、10年たって終わるどころか、ますます深刻になる、原発事故の実態に迫ります。また、番組では、この10年のハイライト映像も流します。(レイバーネットTVプロジェクト)》。

 「震災さえなければ」ではなく「原発さえなければ」。東電や国は、早く、「原状回復」して見せてほしい。核発電「麻薬」中毒な彼ら、彼女らは、《「原発さえなければ」は、事故から3カ月後、前途を悲観し自殺した福島県相馬市の酪農仲間の遺言にあった言葉》をどう受け止めているのだろう?
 まもなく、東京電力核発電人災から10年。あの人災から何の教訓を得ることもなく、何も変わらないニッポン。民主党政権末期・野田政権、アベ様・カースーオジサンによる《悪夢のような》、〝地獄〟の自民党政権は、核発電〝麻薬中毒〟から抜け出せないままです…。

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https://www.nishinippon.co.jp/item/n/673989/

フクオカ☆シネマペディア
『遺言 原発さえなければ』野田雅也、福島を追い10年「飯舘の酪農 復活までは」
2020/12/21 11:50 (2020/12/21 11:50 更新)
西日本新聞 吉田昭一郎

     (酪農を再開し牛舎に牛を引き入れる飯舘村の若手酪農家
      =2012年8月、福島市(c)野田雅也)

 福岡県久留米市出身のドキュメンタリー映画監督、野田雅也さんは、福島県飯舘村の酪農家ら福島第1原発事故の被災者を追い続ける。豊田直巳さんとの共同監督作「遺言 原発さえなければ」(全5章=2014年)と、「サマショール ~遺言 第六章~」(20年)はその記録だ。

  【関連】「人の気持ちもつながりも放射能は壊した」
              飯舘村の元酪農家は嘆いた


 なりわいもふるさとも、すべてを奪った原発事故を、飯舘の酪農家リーダーの歩みを中心に映し出す。毎日、乳搾りをしては廃棄する苦渋の日々。牛たちとの断腸の別れ。高線量被ばくが遅れて伝えられ、全村避難へ。仮設住宅での避難生活は地域の絆が支えだ。

 「原発さえなければ」は、事故から3カ月後、前途を悲観し自殺した福島県相馬市の酪農仲間の遺言にあった言葉だ。倉庫の壁にチョークで書かれた文字と、放置された縄が生々しい。駆け付けた酪農家リーダーたちは驚き、悲しみ、そして憤る。

 事故から来春で10年。村の避難解除後、酪農家リーダーは帰村し、ソバを作る。酪農はやめた。村民の多くは戻っていない

 村の若手酪農家は今、福島市で復興牧場を営む。自殺した仲間の遺言にあった「頑張ってください」という言葉を抱きしめ、村での酪農再開へ向けた闘いが続く。だが、村の元の住まい一帯はなお帰還困難区域のままだ

 野田さんは言う。「豊かな自然の中に人と牛がともに在る、以前の飯舘村の暮らしを取り戻すのが彼の夢。それを見たいから、私もずっと撮っている。『10年たてば』と思っていたが、(原発事故は)そう簡単じゃない。焦った時期もあったが、今は『待とう』と気持ちを切り替えた」

 この1年半は、飯舘村と隣接し、全域がなお帰還困難区域の浪江町津島に通った。「津島の姿を子孫に伝えたい」という住民たちの依頼を受けて、ドローンで地域の全家屋を空撮しDVDに収録した。

 「津島はチェルノブイリの村々と同じく、地図から消えゆく山村放射線量が高く、いつ戻ることができるか家々は朽ち始め、一部で公費解体が進む泣く泣く戻ることを断念し、先祖代々のお墓のお骨を避難先に移す人も出てきた」

 過去には、チベットやインドネシア・アチェで抑圧される人たちを追った。「人間の尊厳と自由を奪われている」という意味では福島の人たちも同じ境遇だ。再生を模索する飯舘と、消えゆく津島で、福島の今を映像で伝える構想も温める。

 「3・11で日本も変わると思った脱原発をはじめ経済優先から人間優先の社会になると信じたが、今は震災前に逆戻りした感がある。経済優先に戻る中で、福島では『人の復興』が置き去りにされていないか

 「遺言-」の終盤。村外の避難先で震災後初めて酪農を再開する間際の2012年夏、野田さんは飯舘の若手たちの笑顔を撮った。「ドキドキ、ワクワク、やったあ。45頭入るんだ」。なりわい奪回の喜びはつらい映像の連なりの先で印象的だった。希望を感じ泣けたのを覚えている。だが、歳月を重ねて、まだ道は遠い。 (吉田昭一郎)


◆「サマショール ~遺言 第六章~」は、2021年2月から順次、福島、東京、関西、名古屋で劇場公開予定。

◆野田雅也監督のインタビューを2回にわたって掲載します。22、23日のそれぞれ正午に公開予定です。

※「フクオカ☆シネマペディア」は毎週月曜の正午に更新しています
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●武藤類子さん《沖縄で闘っている人の言葉…「国を相手にケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ」》

2019年04月03日 00時00分10秒 | Weblog


レイバーネットのコラム【●木下昌明の映画の部屋 250回/原発事故に翻弄(ほんろう)された14人~土井敏邦監督『福島は語る』】(http://www.labornetjp.org/news/2019/0309eiga)。

 《映画は、生活を根こそぎ奪われ、人生を翻弄された14人の被災者に焦点を当てている。…暮しの中から被災後の困難を浮かび上がらせているのが特徴だ》


 東電やアベ様らは、核発電人災から原状回復して見せたのか? 《失われた古里》、《もどれない故郷》、失われた《本来は恵みをもたらす田畑の土》…原状回復して見せたのか? 誰か一人でも責任をとったのか?

   『●(リテラ)「あの未曾有の福島第一原発事故を招いた
        “最大の戦犯”が、他ならぬ現内閣総理大臣・安倍晋三」

 あれから8年、そして、いまも《“最大の戦犯”が、他ならぬ現内閣総理大臣》がぬけぬけと独裁者を気どったままだ。
 東京新聞の記事【原発事故避難 国と東電に賠償命令 松山地裁「ふるさと喪失」認定】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201903/CK2019032702000132.html)によると、《全国で起こされた約三十件の同種訴訟のうち十件目の判決で、東電には十回連続の賠償命令。国は今回を含め八件で被告となり、うち賠償を命じられたのは六回目となる。久保井恵子裁判長は判決理由で、政府機関が二〇〇二年に公表した地震予測の「長期評価」は、客観的で合理的な知見で「国と東電は同年末には津波の予見は可能だった」と指摘した。その上で長期評価に基づき、水密扉の設置など浸水対策を取っていれば、津波による波力にも耐えられたと推認できると判断。国が規制権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠き東電も津波に対する結果回避措置を講じなかったとして違法性や過失を認めた》。

 《武藤類子団長が登場する章では、「自分たちは理不尽な被害者なのに、黙っていていいの?」と問いかける武藤団長が、沖縄で闘っている人の言葉を紹介する。「国を相手にケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ。それが尊厳なんだ。プライドなんだ」》。沈黙してはいけない。

   『●《ニコニコ》の山下俊一《先生も小児の甲状腺被ばくは
         深刻なレベルに達する可能性があるとの見解です》

   『●《県がこのまま原発を進めれば地域破壊がさらに進み、
          住民を苦しめ続ける。権力がそこまでしていいのか》
   『●《失われた古里》、失われた《本来は恵みをもたらす田畑の土》
                …原状回復して見せたのか? 誰か責任は?
    「《失われた古里》、《もどれない故郷》、失われた
     《本来は恵みをもたらす田畑の土》…原状回復して見せたのか? 
     誰か一人でも責任をとったのか?
     それでも経済産業省は核発電の《維持推進を掲げる》…
     東京電力核発電人災から8年なのに、この体たらくだ
     核発電「麻薬」中毒患者達は、経済性から核発電輸出からは撤退しよう
     としているが、…国内では、核発電所を再稼働し、新規建設をしたくて
     しょうがない訳だ。3.11の核発電人災の反省など一切なし」
    《「福島は語る」という映画…土井敏邦監督が福島県民ら十四人に
     インタビューした記録映画である。そこに杉下初男さんが出ていた。
     杉下さんは石材業を営み、本の中では、飯舘の白御影石は安くて色が
     ブルーなので東京で人気だった、と書いてある。
     映画で杉下家の本当の悲劇は、事故の何年も後だったと知った。
     杉下さんは原発事故のせいとも、放射能のせいとも語っていないが、
     故郷を離れ、避難生活を送ることの厳しさを感じた》

   『●四十年廃炉ルール無視、特例中の特例のはずが…
        日本原電は東海第二原発の再稼働をしたいらしい…
   『●東電核発電人災から8年: 《11日の夜9時すぎには、
           東電の社員も家族もだれ一人双葉町に残って…》

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http://www.labornetjp.org/news/2019/0309eiga

木下昌明の映画の部屋 250回
原発事故に翻弄(ほんろう)された14人~土井敏邦監督『福島は語る

 土井敏邦監督の『福島は語る』は、日本の原風景ともいうべき美しい自然のトップシーンに目を見張らされる。あれから8年、福島の苦難の日々がここに綴(つづ)られている。

 映画は、生活を根こそぎ奪われ、人生を翻弄された14人の被災者に焦点を当てている。2時間50分という長尺ながら、そこで語られる彼らの体験や思いにぐいと引き込まれる。

 内容は、テーマごとに8章に分かれ、第1章の「避難」では、2人の幼児を抱えた若い妻が、夫とは新潟と福島とに別れ別れで暮し、離婚寸前まで追いつめられている。その彼女の語りを通して、子を持つ福島の母親たちの苦労が思いやられる。

 「仮設住宅」の章では先の見えない空虚感、「補償」の章では補償の負い目を背負って生きるやりきれなさ、「学校」の章では転校した教え子がどうしたらいじめに遭わずにすむか苦慮する教師――。このように、暮しの中から被災後の困難を浮かび上がらせているのが特徴だ。

 なかでもずしりときたのは「喪失」の章――石材工場を営んでいた父(写真)が、息子に工場を譲ったばかりに息子はボロボロになって亡くなってしまう話。この一家は昼となく夜となく働いて立派な家を建て、さぁこれからだという矢先、原発事故で石材まで汚染され、息子の希望を奪ってしまう。「こんな狂った人生を送るとは夢にも思わなかった」と、自らを責める父の苦渋にみちた表情が切ない。

 こういった人々の語りから「病めるフクシマ」という言葉がじわりと浮かんでくる。

 福島原発告訴団武藤類子団長が登場する章では、「自分たちは理不尽な被害者なのに、黙っていていいの?」と問いかける武藤団長が、沖縄で闘っている人の言葉を紹介する。

 「国を相手にケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ。それが尊厳なんだ。プライドなんだ

 胸に響く。

(『サンデー毎日』2019年3月17日号)
※3月9日より渋谷ユーロスペースほか全国一斉公開
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●核発電《ゼロへ》でなければならない…「心に刻まれたのは「あまりにも罪深い」という強い痛みだった」

2018年03月13日 00時00分57秒 | Weblog


琉球新報のコラム【<金口木舌>それぞれの7年】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-677707.html)。
東京新聞の社説【3・11と原発被災地 見て考えてゼロへ】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018030802000171.html)。

 《豊田直巳さん…豊かだったふるさとを失った村人の苦悩、それでもふるさとを愛し、懸命に生きる村人の希望である》。
 《東日本大震災から七年。原発事故の現場、時間が止まったままの帰還困難区域を取材して心に刻まれたのは「あまりにも罪深い」という強い痛みだった》。

   『●お見舞い申し上げます・・・
   『●あの3・11原発人災から1年:松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年: 
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年:「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」
   『●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」… 
                        どれか一つでも原状回復できたか?
   『●東電核発電人災から7年: 「村の生活は百年余りにわたり、
                  人生そのもの」…「やっぱりここにいたいべ」

 「《本来は恵みをもたらす田畑の土》、その内在的価値も含めて、東電は完全に補償し、原状回復して見せたのか? 核発電「麻薬」中毒患者のうち、誰か一人でも責任をとったのか?」 失われた内在的価値は計り知れない。核発電「麻薬」中毒患者の皆さんは《「あまりにも罪深いという強い痛み》…なんて感じることもないのだろう。即刻、全て廃炉へ…それしかないはずだというのに、アベ様らときたら…。

   『●「怒りの塊…袋の数は九百万超。黒い袋が
        そこかしこに墳墓のごとく積み上げられている異様さ」(筆洗)

 誰も決して「原状回復」し得ない、それが結論。普通の感覚のはずなのに。

   『●言葉が見つかりません・・・
    「須賀川市の野菜農家の男性(64)は、福島産野菜の一部に国の
     出荷停止指示が出された翌日の二〇一一年三月二十四日に自殺した。
     遺族によると、男性は原発事故後福島の百姓は終わりだ」と話していたという」。

   『●哀しい遺書:「原子力さえなければ」
   『●ドキュメンタリー映画『わすれないふくしま』: 
         「震災さえ」ではなく「原発さえなければ・・・」
   『●「「3.11」から2年②原発という犯罪」
          『週刊金曜日』(2013年3月8日、934号)
   『●「原発さえなければ」「福島の百姓は終わりだ」: 
         東京電力原発人災と自殺には因果関係あり
   『●「原発さえなければ…」: それでも川内原発や伊方原発を再稼働したいの?

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https://ryukyushimpo.jp/column/entry-677707.html

<金口木舌>それぞれの7年
2018年3月7日 06:00

 世界各地の紛争地や東日本大震災の被災地を取材するフォトジャーナリスト豊田直巳さんから3冊の本が届いた。「写真絵本」という体裁の本の主人公は、原発事故の放射線被害に苦しむ福島県飯舘村の人たちだ

家や畑、家畜の牛を失った村人の物語が写真と共に描かれている。3冊を貫くのは、豊かだったふるさとを失った村人の苦悩、それでもふるさとを愛し、懸命に生きる村人の希望である

▼大震災から7年を迎える。あっという間だったと感じる人、まだ7年かと嘆息を漏らす人、それぞれだろう。復興の歩みは長く、険しい。原発事故によって帰還困難区域となった地は今も時が止まったままだ。そのことを忘れまい

▼沖縄で暮らす被災者の7年もさまざまだろう。気候や食生活には慣れただろうか。県民の中に友人ができただろうか。帰りたくても帰れないふるさとを心の中で温める日々を送ってきた被災者に優しい沖縄でありたい

国の政治は被災者にどう向き合っただろうか。仮設住宅で暮らす中、人生を終えた人は岩手、宮城、福島の3県で1600人を数える。被災後の生活再建がかなわなかった人たちだ。真の被災者支援とは何かが問われている

▼「写真絵本」を見直してみる。村人たちの笑顔に心が和む。苦境の地から笑顔の輪を大きく広げたい。そのために私たちができることがあるはずだ。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018030802000171.html

【社説】
3・11と原発被災地 見て考えてゼロへ
2018年3月8日

 東日本大震災から七年。原発事故の現場、時間が止まったままの帰還困難区域を取材して心に刻まれたのは「あまりにも罪深いという強い痛みだった。

 国道と大事故を起こした福島第一原子力発電所を結ぶ約二キロの連絡道路を、取材団を乗せたバスはゆっくりと進む。

 放射線量のレベルが高く帰還困難区域になっている大熊町。侵入を防ぐためのバリケードが至る所に設置されている。家屋も農機具も自動車も割れた窓ガラスも、事故当時のままだ。荒涼とも映る姿に、取材者として噛(か)みしめたのは「隠蔽(いんぺい)」と「批判」という言葉だった。


◆放射能汚染の隠蔽

 「隠蔽」はその数日前に読んだニューズウィーク日本語版の記事の見出しに使われていた。

   「ロシア放射能汚染の隠蔽は続く」

 昨年秋、欧州各地で「ルテニウム106」という放射性物質が検出されたと報じられた。これを追いかけたリポートだった。

 検出したフランスの研究機関によると、健康に影響する濃度ではなかった。気象状況から発生源はウラル山脈南部あたりとみられた。ロシアの国営原子力企業の施設がある。ただ真相はわかっていない。

 ウラル核惨事として知られる一九五七年の旧ソ連での大事故は、ロシア中西部にある原子力関連工場で高濃度の核廃棄物を貯蔵したタンクが爆発した。周辺住民数十万人が高レベルの放射能を浴びたとされる。だが隠蔽された

 事故の存在を認めたのはソ連が崩壊する寸前の八九年になってから。八六年のチェリノブイリの事故でも公表は遅れた。


◆自由に批判する人々

 放射能に汚染され、失われた土地と暮らしと未来。起こしてはいけない事故がもたらした災禍。目の前に広がる風景は「ソ連なら隠蔽されていた」という怖さとともに「批判できることの大切さ」を痛切に感じた。

 もし自分の言葉で語る自由が奪われていたら。この惨状と罪深さを伝え、東京電力や原子力政策を進めてきた政府を批判することすらできないだろう。

 原発の復旧現場とともに避難指示が解除された富岡町楢葉町などで復興に力を尽くす人たちに話を聞いた。 

   「行政は安心して住める場所というが、
    行政が言う安心と住民の安心には開きがある

   「あちこちに積み上げられた除染廃棄物は三十年以内に県外へというが、
    受け入れる自治体があるわけがない。みんな、そのままになると思っている」

   「このやろーという東電に対する怒りはやっと薄れてきた。
    今は復興を頑張ろうと思う」

 言い知れぬ思いは、たくさんあるだろう。それでもみんな、自分の言葉で語ってくれた。

 原発事故から七年。日本記者クラブの取材団の一員として福島原発を訪れたのは、山あいに雪が残る二月上旬だった。東京電力は事故現場の取材や視察を受け入れている。

 福島県は被災地のありのままの現状を若い世代に見てもらうため「ホープツーリズム」という視察旅行を一六年十二月に始めた。原発周辺や帰還困難区域周辺の施設などを見学する。これまでに県外の高校生ら二百人以上が参加している。

 自分の目で現場を見る。被災地で暮らす人々の声を聞く。写真を撮る。揺れる思いを抑えて文章にする。そして発信する。

 こうした情報発信はネット社会の今、新聞やテレビ、ジャーナリストやカメラマンだけのものではなくなった。

 人のいない浪江町内を闊歩(かっぽ)する豚の写真から、原発再稼働の賛否まで、ネット上にはさまざまな情報や意見がアップされ、クリック一つで接することができる。そしてこの国の世論を形成する力にもなり始めている。

 本紙などが加盟する日本世論調査会が二月下旬に実施した調査では、原発に「深刻な事故の懸念は残る」と答えた人は83%に達した。多くが原発に強い不安を抱き続けていることを示している。

 原発の今後については「いますぐゼロにする」が11%、「段階的に減らして将来的にゼロにする」が64%だった。


◆脱原発への道筋を

 当面の再稼働を容認しつつ、新増設は認めずに廃炉を進め、再生エネルギーで脱原発を進めるというのが今の民意といえる。

取り返せない福島の原発被災地。一人でも多くの人がそこに立ち、脱原発への道筋を考えてみたらいい。もし来られなくても、写真、映像、本、報道…。その地に立って見て、考えて、判断してほしい。
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●東電核発電人災から7年: 「村の生活は百年余りにわたり、人生そのもの」…「やっぱりここにいたいべ」

2018年03月11日 00時00分35秒 | Weblog


東京新聞の社説【102歳の自殺 原発事故のもつ罪深さ】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018022402000168.html)。
日刊ゲンダイの城南信用金庫の顧問・吉原毅さんへのインタビュー記事【注目の人 直撃インタビュー/吉原毅氏突く原発推進の矛盾 “自然エネは儲かる”が新常識】(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/223325)。

   『●言葉が見つかりません・・・
    「須賀川市の野菜農家の男性(64)は、福島産野菜の一部に国の
     出荷停止指示が出された翌日の二〇一一年三月二十四日に自殺した。
     遺族によると、男性は原発事故後福島の百姓は終わりだと話していたという」。

   『●哀しい遺書: 「原子力さえなければ」
   『●ドキュメンタリー映画『わすれない ふくしま』: 
         「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ・・・」
   『●「「3.11」から2年② 原発という犯罪」
          『週刊金曜日』(2013年3月8日、934号)
   『●「原発さえなければ」「福島の百姓は終わりだ」: 
         東京電力原発人災と自殺には因果関係あり
   『●「原発さえなければ…」: それでも川内原発や伊方原発を再稼働したいの?

 《福島第一原発事故による強制避難を前に百二歳の男性が自殺した。福島地裁が東京電力に対し遺族への賠償を命じたのは、事故との因果関係を認めたからだ。原発事故の罪深さをあらためて思う》。
 《福島第1原発事故を受け「脱原発」を宣言した異色の金融マンは、絶対に「原発ゼロ」をあきらめない。…産経新聞…素晴らしい批判をいただき、感謝申し上げる次第です。おかげで原発推進派の典型的な考え方がよく分かりました。産経新聞でさえ、世界のエネルギー情勢を誤認している。真実を教えて差し上げ、認識を改めていただこうと反論書を送りましたが、いまだ回答はいただけていません》。

   『●お見舞い申し上げます・・・
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年: 
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年: 「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」
   『●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」…
                        どれか一つでも原状回復できたか?

 《政府は原発再稼働の政策を進める。だが、原発事故という取り返しのつかない罪をこの判決は、われわれに思い出させる》…強い憤りを感じる。《戦前の日本軍も、「航空主兵論」が世界の趨勢だったのに、時代遅れの「大艦巨砲主義」に固執し、戦艦大和に莫大な資金と労力を費やし、無用の長物と化した。その結果、この国は一度、滅びたのです。現政権は同じ轍を踏んでいるように見えます》…核発電「麻薬」中毒患者がこの国を滅ぼす。

 東京新聞の記事【仮設打ち切り 怒りの春 「何もできねえうちから戻れって。早いんでねえか」】(http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018022790070520.html)によると、《東京電力福島第一原発事故で全域避難した七町村のうち、避難指示が最初に解除された福島県楢葉町(ならはまち)。二〇一五年九月の解除から二年半たっても、住民は32%しか帰還していない。三月末には町外にある仮設住宅の提供が打ち切られ、全員が退去を迫られる。町に帰るか、町外に移り住むかの選択を強いられる住民からは、怒りや不安の声が上がっている》。
 東電や原子力「寄生」委員会、アベ様ら核発電「麻薬」中毒患者福島県楢葉町を《原状回復》して見せよ。話はそれからだ。

 マガジン9の記事【雨宮処凛がゆく!/第43回:3・11から7年〜遺族が見る「大切な人の夢」〜の巻】(http://maga9.jp/180221-3/)/《だけど、「忘れない」ということ以外に、できることは多くない。…心の復興。おそらく、今、一番置き去りにされていることだ。どうしたら、それに少しでも役立つことができるのか。わからないまま「あの日」が近づくたびに、こうしてあの日にかかわる言葉に触れ、書くことしかできない》。

   『●マガイ物ではないモノもある ~城南信金~
   『●財界の総理大臣はもはや大企業の単なる代弁者
   『●経団連は原発推進・復活の第4案を希望?
   『●脱原発は可能: ビジョンある金融機関(城南信金)のトップもいる
   『●城南信金の吉原毅理事長が退任・・・
      脱原発という、「理事長交代後も考え方は引き継がれ」て欲しい
   『●警察や消費者庁の沈黙…「商取引の原則」を無視して、
            なぜ核発電料金を支払わなければならないのか?
   『●「原子力ムラの言いなり」原子力「寄生」委員会の救い様の無さと、
                        アベ様の「危険な丸投げ・無責任体制」

 吉原毅さんへのインタビュー記事に出てくるアベ様広報紙といったマスコミも核発電「麻薬」中毒そのもの。
 日刊ゲンダイのコラム【金子勝の「天下の逆襲」/日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー】(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/221757)によると、《総額3兆円という日立のイギリスへの原発輸出プロジェクトについて、安倍政権は政府系金融機関が出資し、メガバンクの融資についても政府保証をする方針だという。原発の再稼働も進めるつもりだ。しかし、こうした動きは国際社会とあまりにも隔絶している》

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018022402000168.html

【社説】
102歳の自殺 原発事故のもつ罪深さ
2018年2月24日

 福島第一原発事故による強制避難を前に百二歳の男性が自殺した。福島地裁が東京電力に対し遺族への賠償を命じたのは、事故との因果関係を認めたからだ。原発事故の罪深さをあらためて思う。

 福島県飯舘村。農家で生まれた男性は長男で、尋常小学校を出たあと、父母とともに農地を開拓した。牛馬を飼い、田畑を耕した。葉タバコや養蚕も…。

 次男の妻は共同通信に対し、「年を重ねてからは老人会で温泉に出掛け、地域の祭りでは太鼓をたたいて楽しんでいた」と答えている。九十九歳の白寿を祝う宴には、村中から百人近くも集まったともいう。そのとき、「大好きだった相撲甚句を力強く披露した」とも次男の妻は語り、忘れられない姿となったという。

 二〇一一年。原発事故が起こり、飯舘村が避難区域となると知ったのは四月十一日である。

   「やっぱりここにいたいべ

 男性はこうつぶやいたという。両手で頭を抱えるようなそぶりで下を向いた姿を見ている。二時間もテレビの前で座り込んでいた。

 次男の妻は「避難指示はじいちゃんにとって、『死ね』と言われるのと同じだった」と受け止めている。確かにそうだろう。

 福島地裁の判決も、男性の百年余に及ぶ人生を語っている。

 <結婚や八人の子の誕生と育児、孫の誕生を経験し、次男の妻、孫と生活した。村の生活は百年余りにわたり、人生そのもので家族や地域住民との交流の場だった>

 だから、避難は男性にとり、過酷なストレスとなる。科学的に言えば、降った放射性物質セシウム137の半減期は約三十年。避難は長期にわたるのは必至で、これも耐えがたい苦痛である

 「ちいと俺は長生きしすぎたな」と避難前にこぼした。判決は「不自由な避難生活の中で家族に介護という負担をかけるのを遠慮したと認めるのが相当」と述べた。原発事故と避難が男性を押しつぶすストレスを与えた。そして、首を吊(つ)って自殺したのだ。

 原発事故での自殺をめぐる訴訟で東電への賠償命令はこれで三件目になる。一方、東日本大震災や原発事故の関連自殺者は厚生労働省調べで一七年までに、福島県は九十九人。岩手県や宮城県のほぼ倍だ。

 政府は原発再稼働の政策を進める。だが、原発事故という取り返しのつかない罪をこの判決は、われわれに思い出させる。
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https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/223325

注目の人 直撃インタビュー
吉原毅氏突く原発推進の矛盾 “自然エネは儲かる”が新常識
2018年2月19日

     (「自然エネ価格は世界規模で急速に低下し、石炭や天然ガスよりも
      安くなっている」/(C)日刊ゲンダイ)

 福島第1原発事故を受け「脱原発」を宣言した異色の金融マンは、絶対に「原発ゼロ」をあきらめない。

 先月には小泉純一郎元首相らと「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」を発表。全ての原発の即時廃止と自然エネへの全面転換を目指す内容に、「原子力ムラ」に毒されたメディアがかみついたが、原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長の吉原毅氏は「批判はすべて事実誤認」とあきれ顔だ。多くの国民が知らされていない世界のエネルギーの新常識とは――。


■原子力ムラが殺す日本の技術

  ――基本法案について、産経新聞が1月14日付の社説で〈亡国基本法案〉〈夢想の虚論〉〈これでは国が立ちゆかぬ〉と痛烈に論評していました。これに反論したそうですね。

 素晴らしい批判をいただき、感謝申し上げる次第です。おかげで原発推進派の典型的な考え方がよく分かりました。産経新聞でさえ、世界のエネルギー情勢を誤認している。真実を教えて差し上げ、認識を改めていただこうと反論書を送りましたが、いまだ回答はいただけていません。

  ――産経の社説は〈太陽光や風力発電の電気代が年々、家計に重くのしかかっている〉と高コストを指摘していました。

 海外で言ったら、笑われますよ。世界の常識を全くご存じない。自然エネ価格は世界規模で急速に低下し、比較的低コストの石炭や天然ガスよりも安くなっています。太陽光の最安値は1キロワット当たり1・77セント。円換算で2円を切る。風力も肉薄しています。

  ――ところが、政府は「原発のコストは安い」と喧伝し、ベースロード電源の20~22%に組み込もうとしています。

 コスト計算はわれわれ金融機関が専門です。経済人なら、誰もが原発は採算割れだと知っています。さすがに政府もウソをつけないのか、資源エネルギー庁の発電コストの検証資料には、原発だけ「1キロワット当たり10・1円~」と余計な「~」が付いています。「~」とは無限大の可能性もあるということ。苦肉の策の真意を読み取ってあげなければいけません。

  ――発電コスト低下の裏で何が起きているのですか。

 目覚ましい技術革新です。太陽光や風力の発電設備はシンプルで、生産するほど習熟曲線効果で技術は進歩する。大量生産によって製造コストは下がり、設備投資の額も安くなる。特に中国は愚直なまでに品質を年々向上させ、世界中で飛ぶように売れています。ソーラーパネルと風力装置はともに中国企業が世界シェア首位。今や世界一の自然エネ大国です。

  ――日本のメーカーはどうなのですか。

 技術面で後れを取っています。私も各地の自然エネ推進プロジェクトに関わっていますが、太陽光も風力もバイオマスも、まず日本製が採用されない。現場に聞くと、実績がないし、故障が多いと言うのです。「世界に誇る日本の技術」も経験を積まなければ、国際競争に勝てない。原子力ムラの妨害によって、自然エネ開発が遅々として進まないままだと、日本の技術はますます世界から取り残されます。

  ――先日も電力各社が「満杯」としてきた送電線の容量が、実際は平均8割も空いていたとの京大の研究グループの調査結果が報じられました。

 原発再稼働のために確保しているのです。風力発電の供給を検討していた福島の「飯舘電力」は、送電線に空きがないとして、東北電力から20億円もの送電増強費を要求され、事業断念に追い込まれた。こんなバカげた妨害を政府が容認するから、自然エネは拡大しない。政府が原発即時ゼロを決断し、送電線が空けば瞬く間に普及します

 日本の全原発の廃炉費用は多く見積もっても10兆円でしょう。バブル崩壊後に国内金融機関は110兆円もの不良債権を処理し、旧国鉄の分割・民営化で国は37兆円の債務を処理しています。それらと比べれば、どうってことない金額です。


国際金融界からツマハジキ

  ――産経は社説で〈日本が資源に乏しい島国であることを完全に無視している〉と書きました。

 米エネルギー学者のエイモリー・ロビンス博士は「太陽光、風力、地熱に恵まれた日本は、ドイツの9倍の豊かな資源がある」と語っています。例えば日本の農地460万ヘクタールを使い、農作業しながら空中で発電を行う「ソーラーシェアリング」の技術を用いれば、日本の電力需要の10倍に当たる1840ギガワットの発電が可能です。

 農家にもお金が回り、耕作放棄地もなくなる。地方に新たな産業が興れば、さまざまな関連ビジネスや雇用が生まれる。若者も希望を持って帰ってくる。こうして自然エネに転換したドイツやデンマークは、地域経済の活性化に成功しました。自然エネは、安倍政権が掲げる「地方創生」の切り札なのです。

  ――ワクワクします。

 産経が大好きな国防面も盤石です。原油に頼らなくなれば、ホルムズ海峡の封鎖は心配無用。逆に危険な原発が54基もあれば、「さあ、ミサイルを撃ってくれ」と国を差し出すようなもの。産経的には北朝鮮の脅威が高まる中、それでいいのでしょうか。

  ――皮肉ですね。

 何より海外に支払う年間25兆円もの化石燃料費が丸々国内に返ってくる。それだけの富が国民に幅広く行き渡るのに、原発温存による「政策障害」が、日本の経済発展を阻害しています。

  ――中国の方がよっぽど進んでいますね。

 昨年10月の共産党大会で、習近平国家主席は「エネルギー革命を起こす」と宣言。2050年までに自然エネを全電力の8割に拡大させる国家目標を掲げました。中国が自然エネに力を入れるのは単純に儲かるから。利にさとい国ですから、儲からないことはやりません。太陽光も風力も燃料費ゼロ。設備の寿命も40年はもつ。設備投資の減価償却を終えれば、近い将来、コストゼロの電力で経済を賄えるのです。

  ――なるほど、儲かるに決まっています。

 “自然エネは儲かる”が、世界の常識。新たな産業革命ともいわれています。低コストで効率良く、安全性が高い。今や電力の主役です。太陽光の総発電量は毎年純増し、380ギガワットを超えた。風力も500ギガワットを超え、両者で1000ギガワット目前。原発1000基分に匹敵します。

 加速度的に市場は拡大しているのに、日本だけが立ち遅れている。自然エネに舵を切らなければ、それこそ「亡国」につながりかねません

  ――自然エネには世界の金融機関が、かなり投資しているそうですね。

 ゴールドマン・サックスが27兆円、シティ・グループは16兆円など景気のいい話が飛び交っています。また、事業運営の自然エネ100%調達を目指す「RE100」には、アップルやNIKE、BMWなど日本でも有名な世界企業122社が加盟していますが、日本企業はリコー、積水ハウス、アスクルの3社のみ。

 もはや環境意識の高い企業でなければ、国際金融界から相手にされません。追い込まれた日本の財界や大企業は悲鳴を上げ始めています。原子力ムラのせいで、国際金融界から日本企業が排除されかかっているとは、由々しき問題です。


■戦艦大和の過ちを繰り返すのか

  ――自然エネはいいことずくめなのに、政府はなぜ、かたくなにデメリットだらけの原発に固執するのでしょうか。

 簡単に言えば、原子力ムラのエゴイズムです。従来の方針を続ければ、とりあえず目先の利益や自分たちの利権は守られる。「今だけ、金だけ、自分だけ」の発想です。

 そして政官財ともリーダー不在で、誰もが政策転換の責任を負うのを恐れている。戦前の日本軍も、「航空主兵論」が世界の趨勢だったのに、時代遅れの「大艦巨砲主義」に固執し、戦艦大和に莫大な資金と労力を費やし、無用の長物と化した。その結果、この国は一度、滅びたのです。現政権は同じ轍を踏んでいるように見えます。

  ――目先の利益といえば、アベノミクスの異次元緩和策にも相通じるものを感じます。

 株価上昇が目的なら、問題です。株式投資は一種のバクチ。資産を持つ人が、その資産によって、また儲かる仕組みです。カネがカネを生むような風潮を政府が助長すれば、人々の勤労意欲や社会貢献の気持ちを逆なでします。

 拝金主義の蔓延でモラルが崩壊し、国家の衰退を招きかねません。原発の背後でうごめいているのは「原子力ムラ」の住人だけではない。拝金主義の蔓延で増殖した利己主義、自己中心的となった日本の世相が深く根を張っています

(聞き手=本紙・今泉恵孝)


▽よしわら・つよし 1955年東京生まれ。77年慶大経済学部卒業後、城南信用金庫入職。2010年11月理事長就任。15年6月に退任し、相談役に。17年6月から顧問。東日本大震災以降、被災地支援を精力的に行うと同時に、原発に頼らない安心できる社会を目指して「脱原発」を宣言。17年4月に全国組織「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」を創設、会長に就いた。
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●東京電力原発人災、支援の幕引き: 「区域外避難」者も含めて「“棄民”政策だというそしりは免れない」

2017年03月13日 00時00分35秒 | Weblog


東京新聞のコラム【筆洗】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017030702000126.html)と、
社説【3・11と原発避難者 支援の幕引きは早い】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017030902000140.html)。

 《▼浪江での授業再開はかなわなかった。「笑顔で、また私たちの古里である浪江の町で会いましょう」。卒業生の言葉である。事故が、そして、この国が若者たちから奪ってしまったなにかの大きさに胸が痛い▼卒業おめでとう。あの町で再会できる日が来ることを心から祈る》。
 《政府は福島原発事故による避難指示を一部区域を除いて一斉解除する。故郷に帰るか、移住するのかを避難者に迫る支援の幕引きなら早すぎる》。

 《事故が、そして、この国が若者たちから奪ってしまったなにかの大きさに胸が痛い》…しかしながら、核発電「麻薬」患者の心には響かない、耳には届かない、胸の痛みは感じない。彼らは、核発電再稼働、核発電輸出に夢中。

   『●「故郷の川に身を投げたい衝動に駆られた」
       「早く浪江に帰りたい」…「原状回復」することも無く…
    《2016年3月4日…▼浪江町の町民はおよそ二万。
     だが原発事故のため町内に住むことはできず、全員が避難を
     強いられている。一万四千人は県内にいるが、残る六千人は
     北海道から沖縄まで全国各地で暮らす▼そんな町民をつなぐのが、
     町の広報紙「なみえ」だ。その最新号が、七十代の男性の今を
     伝えている。この人は昨年、一時帰郷したとき、故郷の川に身を
     投げたい衝動に駆られた。「家族に負担がかかる」と踏みとどまったが、
     それから体調を崩してしまったそうだ▼「イライラして、気を揉(も)んで
     だめなんだ。今は、なんぼか良くなったけど、薬で生活してるような
     もんだ。楽しみなんて考えない。早く浪江に帰りたい」。今はそういう
     思いで、仮設住宅での暮らしを続けているという》

 『マガジン9』のインタビュー記事【この人に聞きたい/吉田千亜さんに聞いた 区域外避難という、「見えない」原発事故被害】(http://www.magazine9.jp/article/konohito/32461/)、《「(避難指示)区域外避難」》という言葉を知った。記事によると、《(※)避難指示区域外からの避難は、一般的に「自主避難」と呼ばれますが、原発事故の影響による避難であるという観点から、このインタビューでは「(避難指示)区域外避難」と表記…『ルポ 母子避難――消されゆく原発事故被害者』(岩波新書)…》。

 故郷を離れ、誰が喜び勇んで《自主避難》したのだろうか? 《原発事故の影響によ》り《避難》させられたのであり、《帰還すべき状況にない》と判断した多くの人々が、未だに、居る。帰還しないと判断した住民が差別されてはいけない。東電や株主、政府は《帰還すると判断》した人にも、《帰還しないと判断》した人にも、等しく支援すべきである、両者ともに満足するまで、だ。核発電を推進した彼ら・核発電「麻薬」患者には、「原状回復」の責任がある。

   『●内閣府原子力被災者生活支援チームが
        「自分たちの都合に合わせた数字いじり」
   『●「国際的に一番厳しい基準を設けている」
      などという詭弁を川内村住民は容認してはいけない
    「年間20ミリシーベルト以下などという根拠を、そして、
     「政府側は「国際的に一番厳しい基準を設けている
     などと答弁」(詭弁、ウソ吐き)したことを、住民は絶対に
     容認してはいけない。東電・政府に責任を持って
     1ミリシーベルト以下にさせるべきだ。川内村東部の
     詳細な「放射能汚染地図」を開示し、東電や政府は
     「子どもも住み得る」「子どもも生活し得る」ことを
     実証して見せねばならない。原発再稼働や原発輸出
     といったことに、「よそ見」している暇などないはず」

   『●年20ミリシーベルトでOK!?: 20倍にアップ、
         そして「自己責任」に逃げた原子力「推進」委員会

   『●原状回復が損害賠償の基本: 東京電力原発人災で
            「ふるさとをなくした痛み」は全く癒えていない

   『●「避難指示解除準備区域」樽葉町: 
      帰還しないと判断した住民が差別されてはいけない
   『●自身の家族を説得し、そこに住まわし得るのか?  
      『X年後』に何の影響も全くないと言い得る根拠は何か?
   『●電力会社やアベ様、原子力「寄生」委員会は「原状回復」して見せよ
   『●「国際的に一番厳しい基準を設けている」し、    
     そして「原状回復」したのならば、「そこ」に住んでみては?
   『●「福島の子どもたちの健康など一顧だにしていない」
      …「福島の小児甲状腺がんの多発の原因は原発事故」
    「どうやら《安倍政権は強引に押し進めるのが帰還困難区域
     解除であり、それに伴う“被曝地への住民帰還作戦”》を推進し、
     2011年3・11東電核発電所人災を無かったことにしたいようだ。
     その犠牲が子供たち。子供たちを傷つけ続けて平気な、アベ様らの
     核発電「麻薬」患者の皆さん。そして、何事も無かったように、
     各地での核発電所の再稼働や、上関大間の核発電所建設。狂気。
      子供たちを見捨てておいて、そんな自公の議員に投票できる
     オトナ達の気が知れません。」


 沖縄からの視点は、沖縄タイムスの社説から。【社説[福島原発事故6年]息の長い被災者支援を】(http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/87858)、《復興庁などが実施した住民意向調査によると、今春、一部の避難指示が解除される浪江町富岡町では5割以上が「戻らない」と回答した。特に30代以下は帰郷を断念した人が7割前後に上る…「被災者はわがまま」だという上から目線のモノ言いは、基地政策に協力しない沖縄をわがままだと批判する沖縄ヘイトとも無関係ではない避難指示の解除に伴い、賠償金も打ち切られることになる。全国各地に自主避難している世帯への住宅の無償提供も3月末で打ち切られるこれでいいのだろうか廃炉までの道のりはあまりにも長い。中間貯蔵施設がないため避難指示の解除後も除染で出た廃棄物入りの黒い袋があちこちに山積みされたままである。現実を直視した、避難者に対する息の長い支援が必要だ》。

   『●3.11東京電力原発人災から4年:
     虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」
    《◆広がる生業訴訟 「かながわ訴訟」の原告は、南相馬市小高区から
     横浜に避難した村田弘団長(72)ら百七十四人》
    《「原発事故の時、どこに住んでいたかで国は賠償に差をつけた。
     でも日常生活や地域のつながりを突然奪われた痛みはみな同じ。
     被災者を分断してはならない」》
    《基地、原発「子に継ぐものでない」 久保田さん辺野古集会で訴え
    《「誰も原発事故の責任を取らないのは許せない」との思いで参加に
     踏み切った。久保田さんら沖縄に住む原告たちは「福島と沖縄の問題
     互いに理解を深めていきたい」と…》
    《4日間、座り込みに参加。機動隊に強制的な「ごぼう抜き」で
     排除された。「国は住民の思いを聞かないんだな」と強く実感した》
    《事故収束のめどは立たず、被災者の苦しい生活が続く中、各地で
     原発再稼働の準備が進められている…「住民の反対にもかかわらず
     国はここに新しい基地を造ろうとしている。原発も基地も子どもたちが
     受け継いでいくものではない」》

 「自主避難」というレッテルを貼られた《「(避難指示)区域外避難」》者、…使いたくはないが、「棄民」化しようとしているニッポン。それは、沖縄も同じかもしれない。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017030702000126.html

【コラム】
筆洗
2017年3月7日

長崎県五島列島のある高校では卒業式にその歌を合唱するそうだ。松任谷由実さんの「瞳を閉じて」▼一九七四(昭和四十九)年、まだ校歌がなかった県立五島高校奈留分校(現・奈留高校)の女子生徒が松任谷さんのラジオ番組に校歌を作ってと手紙を書き、松任谷さんがそれに応え、曲を贈った。校歌にはならなかったそうだが、愛唱歌として歌い継がれる。ファンにはおなじみの逸話か▼島を離れた遠い場所にいる友に宛て、手紙を詰めたガラス瓶を海に流したい。そう歌っている。<潮騒の音が もう一度届くように 今 海に流そう>。卒業を機に町を離れる者、残る者。それぞれにいつまでも胸にとどめておきたい古里のなにかがあるこの卒業生たちには、ガラス瓶に入れたなにかを送ってくれる人さえいないかもしれないことに気がつく。六年前の原発事故を受け、避難先の高校の一部を間借りする「サテライト校」として授業を続けてきた福島県立浪江高校で、先日、最後の卒業式が行われた。本年度限りで、休校となる▼浪江での授業再開はかなわなかった。「笑顔で、また私たちの古里である浪江の町で会いましょう」。卒業生の言葉である。事故が、そして、この国が若者たちから奪ってしまったなにかの大きさに胸が痛い▼卒業おめでとう。あの町で再会できる日が来ることを心から祈る
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017030902000140.html

【社説】
3・11と原発避難者 支援の幕引きは早い
2017年3月9日

 政府は福島原発事故による避難指示を一部区域を除いて一斉解除する郷に帰るか、移住するのかを避難者に迫る支援の幕引きなら早すぎる。

 原発事故のために横浜市に避難中の生徒が、同級生に飲食代など百五十万円を払わされるいじめが発覚したとき、村田弘さん(74)は自分を責めた。生徒は国の避難指示の区域外からの「自主避難者」で、同じ地域に住んでいたこともある子どもだったからだ。

 福島県南相馬市から避難した村田さんは「福島原発かながわ訴訟」の原告団長を務める。被害賠償などを求めて争う各地の集団訴訟でも、子どもがいじめられているという訴えを何度も耳にしていたが、向き合えていなかった。


◆いじめ許容する空気

 原発避難者へのいじめはその後も次々に発覚した。大人たちの避難者への無理解や差別、偏見が影を落としているのではないか。

 福島県内外に避難している人は約八万人、そのうち強制ではない自主避難者は約三万人いる。被ばくを避けようと自ら決めた避難だとみなされるために「いつまで避難するの」「放射能を気にしすぎ」と非難めいた言葉も投げ付けられている。避難者問題を早く片付けようとする国の姿勢がそのまま重なるようである。

 政府は東京五輪が開催される二〇二〇年から逆算するように今春、避難者政策を一気に終わらせようとしている。居住制限区域や帰還困難区域の一部の計三万二千人の避難を解除し、賠償も来春に終える

 福島県では各地の自主避難者に対し、公営や民間の物件を仮設住宅とみなして無償提供を続けてきたが、政府方針に歩調を合わせるように今月末で打ち切る


消されていく存在

 原発事故によって生活を壊されたのは同じでも、自主避難者には月十万円の精神的賠償もない文字通り“命綱”だった住まいからも退去を迫られ経済的事情から地元に帰った人は少なくない

 住宅の無償提供にかかるのは年間約八十億円。除染に兆単位の復興予算がつぎ込まれていることを思えば過大な額ではないはずだが、国が決めた避難者がいなくなるのだから、自主避難者に支援する理由はなくなるという判断か問題の根本は原発事故という避難原因をつくりながら住宅ひとつ、避難者救済に関与しない国の無責任さにある。原発は国策だ。

 納得できないのは、避難指示解除を通告された住民も同じだ。放射線量の避難解除基準は、事故時に「緊急時」を理由に設定された年間二〇ミリシーベルトのまま「大丈夫」と安全を押しつけられても、被ばくリスクを甘受するいわれはない

 汚染土を詰めた袋が山積みになった故郷に帰還を促す。帰還しないなら移住の決断を迫る。原発避難者という存在は、こうして見えない存在にさせられていく。避難先から追われている自主避難者はすべての避難者の明日の姿だ。

 事故から六年という人為的区切りの後はもう生活再建を自己責任に任せるというのでは避難者は追い詰められるばかりだ。最悪の場合、自殺を選びかねない-。原発避難者の心の状態を調べてきた早稲田大学教授の辻内琢也さんはこう警告する。支援が乏しい自主避難者は、帰還のめどがたたない帰還困難区域の人とともに強いストレスを感じていた。

 原発事故によって被災者は人生や生活を奪われただけに終わらず加害者である国や東京電力が主導する帰還や賠償の政策にも苦しめられている。辻内さんはこの状態を「構造的暴力」と呼ぶ。そこには当然、差別やいじめを醸成する社会の空気もある。賠償の一部を電気料金に上乗せして回収するという議論は、その反発が被災者にはね返りかねない象徴的口実ではないか。「基地建設に反対する沖縄県民に向けられるような直接的暴力はなくても真綿で首を絞められるような息苦しさがある」と村田さんは言う。

 すでに避難解除した楢葉町などでも肝心の住民は一割程度しか帰っていない。賠償の打ち切りと一体となった解除には懸念する声の方が強いのである。


◆帰還か移住かでなく

 幼い子や学齢期の子たちの将来が見通せるようになるには、最低でもまだ十年はかかるだろう。

 原点に戻ろう。避難の権利を認めた「子ども・被災者支援法」に基づいて、故郷に帰る人にも、避難を続ける人にも支援を続ける。従来の「みなし仮設住宅」を「みなし復興住宅」に変えて認める中間的制度をつくることも、孤立死を防ぐと辻内さんは提案する。

 原発災害は長く続く復興の掛け声の下で避難解除を優先少数派の避難者を切り捨てていくようでは、“棄民政策だというそしりは免れない。 
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●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」…どれか一つでも原状回復できたか?

2017年03月11日 00時00分02秒 | Weblog


videonews.comの記事【東日本大震災6年後もなお山積する課題/ゲスト 室崎益輝氏(神戸大学名誉教授)/マル激トーク・オン・ディマンド 第830回(2017年3月4日)】(http://www.videonews.com/marugeki-talk/830/)。

 《阪神大震災の被災者でもあり、防災の専門家でもある室崎氏は、復興を考える際に大事な視点として、4つの「生」を指摘する。「生命」、「生活」、「生業」、「生態」の4つである。その観点から見た時に、復興は順調と言えるのだろうか。…その土地で暮らし、生業を営み、自然の恩恵を受けながら暮らしてきた人たちが元の生活に戻れた時、初めて復興は成就する4つの「生」のどれかが欠けたままでは、真の復興とはならない

   『●お見舞い申し上げます・・・
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年:
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年: 「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」

 東京電力核発電人災から6年。
 記事に指摘されている《4つの「生」》…《「生命」、「生活」、「生業」、「生態」の4つ》…共感し、感心しました。ただ、核発電人災においては、これら《4つの「生」》のどれ一つとしても《復興の成就》は無理ではないか?、と改めて感じています。どれか一つでも「原状回復」できたでしょうか? なのに、なのに、電力会社や原子力「ムラ寄生」委員会、自公議員等々の核発電「麻薬」中毒患者達は、一体、何をやっているのでしょうか? 核発電再稼働核発電輸出…東京電力核発電人災の教訓が全く活かされていない6年間。


   『●東京電力原発人災で失われた内在的価値
   『●「国家と教育」『週刊金曜日』
       (2013年3月22日、936号)についてのつぶやき
    「平田剛士氏【福島の森と海は今 第5回最終回/「福島の幸」を
     取り戻すまで】、「生物界の24の重要機能」、生態系サービスの変化。
     11の供給サービス、10の調整サービス、3つの文化サービス。
     内在的価値http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/ba81cad971a91108269e4a1ba8870cf7)」

   『●柏崎刈羽原発再稼働を画策するような東電は
                 十分に責任を果たしたのか?
   『●「極右化する欧州」 『週刊金曜日』
        (2014年6月27日、997号)についてのつぶやき
    「野中大樹氏【原発事故から3年 喪失した「国富」 福島の実相を歩く】、
     「東電の所業は「犯罪」だ……宅地を除染しても、1週間もすれば
     数値は元に戻ってしまう……アリバイづくりのようなものです……
     あらゆる生物の〝権利〟」。内在的価値
     (http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/ba81cad971a91108269e4a1ba8870cf7)」

   『●「糸島ブランド」が泣いている: 安全神話に乗っていて
             「原子力正しい理解で豊かな暮らし」なのか?
   『●「それは風評でなくて現実だ」: 東電核発電人災の
          「大地を受け継い」だ人々の葛藤、引き裂かれた心

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http://www.videonews.com/marugeki-talk/830/

2017年3月4日
東日本大震災6年後もなお山積する課題
ゲスト 室崎益輝氏(神戸大学名誉教授)
番組名 マル激トーク・オン・ディマンド 第830回(2017年3月4日)

 マル激では震災から6年目を迎える3月4日、11日に、2週続けて東日本大震災と福島第一原発事故をテーマに番組をお送りする。

 1回目は日本災害復興学会の初代会長を務めた室崎益輝・神戸大学名誉教授に、復興の現状課題を聞いた。

 マル激では東日本大震災からの復興の成否が、今の日本の民主主義国家としての実力のバロメーターになると指摘してきた。 そして震災から6年。政府は復興は順調に進んでいると主張するが、実際は多くの課題が残されたままだ

 いまだに10万人近い被災者が、仮設住宅やみなし仮設住宅で暮らすことを余儀なくされている。大規模な堤防の建設や高台への移転などに遅れが生じているからだ。原発事故の影響で強制的に避難させられた人々の帰還も進んでいない。去年、避難指示が解除された市町村でも、帰還した人の割合は葛尾村で8.0%、南相馬市小高区が13.6%と、帰還が順調に進んでいるとは言い難い状況だ

 阪神大震災の被災者でもあり、防災の専門家でもある室崎氏は、復興を考える際に大事な視点として、4つの「生」を指摘する。「生命」、「生活」、「生業」、「生態」の4つである。

 その観点から見た時に、復興は順調と言えるのだろうか。震災直後、一刻も早い復興を目指そうと、しきりとスピード感が強調されたが、逆にそれが復興の足をひっぱったかもしれないと室崎氏は話す。4つの「生」を実現するためには、移転や工事などを拙速に進めるだけでなく、どんな町作りを目指すべきかを行政と住民がじっくりと議論し、考える時間が必要だったのではないかというのだ。

 その土地で暮らし、生業を営み、自然の恩恵を受けながら暮らしてきた人たちが元の生活に戻れた時、初めて復興は成就する4つの「生」のどれかが欠けたままでは、真の復興とはならない

 無論、最初から理想的状況はそう簡単には実現しないだろう。しかし、順調か失敗の二項対立ではなく、復興を息の長いプロセスと捉え、理想に近づけていくために今からでもできることは何かを考え、少しずつでも状況を改善していく姿勢が、真の復興には不可欠となる。

 これは東北だけの問題ではない。日本全体の問題であり、日本の民主主義の質が問われる問題でもある。月日が経つにつれ、われわれは被災地の惨状を見て見ぬふりをして、切り捨てるつもりなのだろうか。震災から6年、復興の現状と課題について、室崎氏とともに社会学者・宮台真司とジャーナリスト迫田朋子が議論した。
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●「東京電力が、飛散した放射性物質について…「無主物」だと主張」…「その無責任さに衝撃」

2016年12月16日 00時00分47秒 | Weblog


東京新聞の出田阿生記者の記事【これが福島の現実 避難者、農家、声なき声…ベニヤに描く】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201611/CK2016112402000254.html)。

 《東京電力福島第一原発事故で被害に遭った人たちの話をもとに、ベニヤ板に絵を描き続ける画家がいる。東京都在住の壺井明さん(40)。路上で作品を展示しては、道行く人と対話し、福島の現実を伝えている》。

   『●原発再稼働という恥ずべき選択 
     ~「新基準は世界一」「世界最高レベル」ではなく、「世界一の無責任」~
   『●原状回復が損害賠償の基本: 東京電力原発人災で
             「ふるさとをなくした痛み」は全く癒えていない
    《「東京電力福島第一原発事故で国と東電の刑事責任を
     追及している福島原発告訴団の武藤類子団長は「原発事故が
     解決していない中での再稼働は信じ難い」と強調。川内原発建設
     反対連絡協議会の鳥原良子会長は「民意を反映しない
     鹿児島県や薩摩川内市の再稼働同意に住民は大きな怒りを
     感じている」と述べた》
    《原発事故被害者団体連絡会が設立された。被災者の悲しみ、
     怒りは、激しく、深く。共に訴え、助け合うため団結した。
     それは私たちとも無関係ではあり得ない。福島が求めている
     のは、当然そうあるべきことだけだ。謝罪と被害の完全賠償、
     暮らしと生業の回復、詳細な健康診断と医療保障、
     および被曝(ひばく)低減策、そして、事故の責任解明-》


 「原発さえなければ…」という現実は何か変わったのか? 東電は、人災前の姿へと「原状回復」して見せたのか? それに対して、東電の誰か、自民党の誰か、東電の株主や銀行の誰か、が責任をとったのか? でっ、彼らが、いま、何をやろうとしているのか…。九州電力関西電力といった電力会社、電事連原子力「ムラ寄生」委員会経団連と一体化して、いまや、彼らは、核発電をどんどんと再稼働し、核発電輸出し、核燃料サイクルを意地でも継続しようとしている。ニッポン、正気じゃない。

   『●言葉が見つかりません・・・
   『●哀しい遺書: 「原子力さえなければ」
   『●ドキュメンタリー映画『わすれない ふくしま』:
      「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ・・・」
   『●柏崎刈羽原発再稼働を画策するような東電は 
                 十分に責任を果たしたのか?
   『●「「3.11」から2年② 原発という犯罪」
        『週刊金曜日』(2013年3月8日、934号)
   『●原状回復できない現実: 「12万円で、あとはもう黙ってろ、
                 自然に放射能さがんの待ってろっつうこと」
   『●「あれだけの事故を起こして被害を出して、
     だれか1人でも責任とってやめたか。申し訳ないと謝罪したか」
   『●「それは風評でなくて現実だ」: 東電核発電人災の
        「大地を受け継い」だ人々の葛藤、引き裂かれた心
    「「原発さえなければ」「福島の百姓は終わりだ」…せめて、そんなことが
     二度と起きない「未来図」を描かないといけないでしょ! 
     「核兵器と原発による核の被害」なき「未来図」、
     「人々が核兵器や原発に苦しまない」「未来図」が必要」


 壺井明さんは、《原発事故直後の二〇一一年八月、ゴルフ場から放射能汚染で訴えられた東京電力が、飛散した放射性物質について、所有者のいない「無主物」だと主張した。その無責任さに衝撃を受けた》…そうです。そんなものを認める裁判所にも、当時、呆れた。

   『●東京電力、「お前のモノだろう!」
   『●最高裁「原発安全性」研究会、過去の反省なくして意味をなさず
   『●東京電力原発人災等でまき散らされた放射性物質:
                  「無主物」という言い訳は許されない
   『●東京電力の「無主物」は50キロ付近の「地元」をも汚染
   『●東電「敷地外の汚染との関連は分からない」・・・
             瓦礫撤去作業で1兆1200億ベクレル飛散
   『●原発再稼働という恥ずべき選択 ~「新基準は世界一」
            「世界最高レベル」ではなく、「世界一の無責任」~

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201611/CK2016112402000254.html

これが福島の現実 避難者、農家、声なき声…ベニヤに描く
2016年11月24日 朝刊

     (ベニヤ板に描いた作品を屋外展示する壺井明さん
                 =18日、東京都渋谷区で)

 東京電力福島第一原発事故で被害に遭った人たちの話をもとに、ベニヤ板に絵を描き続ける画家がいる。東京都在住の壺井明さん(40)。路上で作品を展示しては、道行く人と対話し、福島の現実を伝えている。(出田阿生


 東京都内の公園に、幅三メートルにもなる作品がいくつも並んだ。仮設住宅で暮らす避難者、原発作業員、農家…。それぞれベニヤ板三枚に油絵の具で描かれている。モノトーンの暗い画面に、血液のような赤が目を引く。その迫力に道行く人が思わず足を止めると、壺井さんが「これね、福島の絵なんですよ」と話し掛けた。

 通り掛かった初老の夫婦は「熊本から来たんだけど、うちの家も地震で被害受けて。どこでも起きることだと思う」と話した。横浜市の専門学校生(19)は「最近、メディアは福島の話を取り上げない」と憤った。

 作品は「無主物」と題した連作。これまで十一点を制作した。渋谷の繁華街、名古屋の公園…。各地でゲリラ的に絵を展示する。「絵に目を留めた人に、福島で僕の聞いてきた話を伝える。事故から五年で復興の話ばかり強調されるけど、被害は全く終わってない

 ふだんは介護施設で働いている。原発事故直後の二〇一一年八月、ゴルフ場から放射能汚染で訴えられた東京電力が、飛散した放射性物質について、所有者のいない「無主物」だと主張した。その無責任さに衝撃を受けた。福島に通い、制作を始めた。

 作品には死者も描かれる。黒っぽい背中を見せて倒れているのは福島県川俣町の女性。夫と一時帰宅中、自宅の庭で焼身自殺した。

 「この女性は避難を強いられるまで一度も故郷を離れたことがなかった。その話をしてくれた福島の住職は、僕の目の前で、こらえ切れず突っ伏して泣いた。人の死や苦しみは感情を伴っているのに、メディアでは数字や無機質な情報になってしまう

 壺井さんは言う。「除染は表土をはげばいいというが、農家の人は『農業は土づくり。一センチの土に百年かかる』っていう。そんな、マスコミが取り上げない言葉を拾って絵にして、福島の外で伝えていく。売れないし、人を心地よくするわけでもない。アートなのかもわからないけど」

 「無主物」は十月初めから一カ月以上、原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)でも展示された。岡村幸宣学芸員は「壺井さんの絵は、声を出せない人の声をすくいあげている。それは原爆の図の作者である丸木位里(いり)(とし)夫妻に通じる」と話す。

 作品は十二月十、十一の両日、東京都世田谷区太子堂四の八の三、B一〇二のアートスペース「KEN」で展示される。午後一~六時で、両日午後二時から壺井さんのトークがある。入場料千円。問い合わせは「KEN」=電03(3795)1776=へ(当日のみ)。
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●室井佑月さん「それとこれは別です」: 東京の五つのダークな輪と3.11東電原発人災と共謀罪と…

2016年10月11日 00時00分44秒 | Weblog


asahi.comの記事【室井佑月 “五輪立候補反対”のローマ・美人市長に同意!】(https://dot.asahi.com/wa/2016100500125.html)。

 《豊洲市場のデタラメがつぎつぎと露(あらわ)になっている。それでも、引っ越しを急ぎたい理由のひとつに、「2020年の東京オリンピックに間に合わない」というものがある。またこの名が出てきたな。いちばん大切なのは食の安全じゃないの? 東京五輪後も、市場は使いつづけていくわけだし》。

 そもそも「完全にブロック」「情況はコントロール」されていないわけで、この際、開催権も返上したらどうでしょう。アベ様は、世界に向けて嘘を吐いたわけですし。開催権を返上しても、まだ間に合うでしょう。

   『●「開催権返上の決断」:
      
「完全にブロック」「情況はコントロール」されてはいない我国こそ

    「それにしても、《ベトナムが二〇一九年に予定していたハノイ・
     アジア大会開催を辞退した…これは深い意味のある出来事…
     ならば無理をして国の財政にダメージを与えるより、
     思い切って返上した方がいいという判断…巨費を投じて大きさや
     華やかさを競う路線の最たるものはオリンピックだ…
     開催権返上の決断は世界のスポーツ界に「このままでいいのか?」
     という問いを突きつけている》。ベトナムにできたことを、
     ウソのアピールまでして東京五輪を獲得した我国こそ潔く…。
     別の意味で《「このままでいいのか?」という問いを突きつけている》。
     原発推進・原発輸出も止め、五輪を返上して見せたら、
     世界から喝采を叫ばれるのに」

   『●東京五輪と東電原発人災の現実:
         「ダダ漏れは数字で歴然」・・・・・・


 《そうそう、東京五輪のテロ対策のため、共謀罪を名前を変えて、新法案を成立させよう、なんて話も出て来ている。なんで2週間余りの祭りのために、大切な人権を蔑ろにされなきゃならないの?》

 オリンピックを理由に「平成の治安維持法」? これも以前、室井佑月さんが…《東京新聞の解説に書かれてあった。 <共謀罪の本質はテロ対策に名を借りて「心の中で思ったことを処罰することにつながる恐れがあるということだ> あたしもその通りだと思う。たとえば戦争中、「戦争反対!とみんな心で思っていても、みんな口に出せなかった。この法案が通れば、同調圧力の効いた、そういう世の中に戻るかもしれないってことだ》。
 オリンピックのおかげで、《心の中で思ったことを処罰》なんて勘弁してほしい。

   『●保坂展人さん、あの小泉純一郎氏でさえが
      「『平成の治安維持法』をつくった総理」と呼ばれることを嫌った
   『●2016年7月参院選「あとの祭り」…
       「平成の治安維持法」をつくった総理まであと一歩
   『●争点は「壊憲」: 「ト」な自民党改憲草案は
      「国民主権の縮小、戦争放棄の放棄、基本的人権の制限」
   『●「ト」な自民党壊憲草案の「新たな三原則」…
     「国民主権の縮小」「戦争放棄の放棄」「基本的人権の制限」
   『●「平成の治安維持法」…「共謀罪の本質はテロ対策に
               名を借りて「心の中で思ったこと」を処罰」

 《スポーツ観賞は好きだし、アスリートを応援しているけど、それとこれは別です》。全く同感。《オリンピック》、《テロ》? だから何? 3.11東京電力核発電人災を忘れて、ダダ漏れの現場を無視しろとでも? 《心の中で思ったことを処罰》する「平成の治安維持法」を我慢しろとでも? 《オリンピック》、《テロ》のために我慢? 私もスポーツ観戦は大好きです。でも、「それはそれ、これはこれ」。東京の五つのダークな輪と3.11東電原発人災とテロ対策という名の共謀罪と…東京五輪の開催権を、取りあえず、返上しましょうよ。

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https://dot.asahi.com/wa/2016100500125.html

室井佑月 五輪立候補反対”のローマ・美人市長に同意!
(更新 2016/10/ 7 07:00)

     (「ロンドンやリオも格差社会が広がっただけで、
      儲かったなんて話は聞こえてこない」と室井氏 (※写真はイメージ))

 作家・室井佑月氏は、東京オリンピック開催の意義を問い直す。

*  *  * 

 豊洲市場のデタラメがつぎつぎと露(あらわ)になっている。それでも、引っ越しを急ぎたい理由のひとつに、

   「2020年の東京オリンピックに間に合わない」

というものがある。またこの名が出てきたな。

 いちばん大切なのは、食の安全じゃないの? 東京五輪後も、市場は使いつづけていくわけだし。

 そうそう、東京五輪のテロ対策のため共謀罪を名前を変えて、新法案を成立させよう、なんて話も出て来ている。なんで2週間余りの祭りのために、大切な人権を蔑(ないがし)ろにされなきゃならないの?

 もう、わけわかんない!と思っていたら、9月22日付の毎日新聞に「24年夏季五輪 ローマ市長、立候補反対を表明」という記事が載っていた。

 今年6月に初の女性ローマ市長となったビルジニア・ラッジ氏(美人)は、21日、2024年夏季五輪の開催候補地争いへのローマの立候補に反対する方針を表明したらしい。レンツィ伊首相はローマ五輪をイタリア経済再生の起爆剤にしたい考えだったけど、市長が反対したことでローマ開催は断念となりそうだ。

 その理由としてラッジ市長はこういった。

   「五輪やスポーツに反対なわけではないが、スポーツをローマに
    (五輪施設建設の)セメントを流し込む口実にしたくない」

 だよねぇ。あたしもそう思う。

 この国だって、同じだよ。東日本大震災で仮設住宅住まいを余儀なくされている人はまだいる事故を起こした福島第一原発はそのままだ。セメントを使ってどうにかしなきゃいけないのは、まずそっちだろう。

 もちろん、イタリアでもラッジ市長の表明に反対している人たちもいる。ローマの五輪招致委員会の試算によれば、ローマ五輪で、約17億ドル(約1700億円)の経済効果と、約20万人の雇用創出の効果が見込まれているかららしい

 だけど、ラッジ市長は会見で、こうもいっている。

   「(ローマ五輪開催で)市民や国民の借金を増やすことになる

 どっちのいうことが正しいと思う?

 はっきりしていることは、ギリシャは五輪開催の後国がつぶれそうなくらい経済がメタメタになったロンドンやリオも格差社会が広がっただけで、儲かったなんて話は聞こえてこない

 そりゃあ、一部の利権に絡んだ人たちは儲かるのかもしれない。“賄賂”とも疑われるコンサルタント料にポンと2億の金が飛び交うような世界なのだし。

 でも、その他大勢の我々の懐が潤うことなんてあるんだろうか。

 ラッジ市長がいうように、国民は借金という負の遺産を押し付けられるだけなんじゃなかろうか。

 これから人口も減っていくし、維持費のかかる新しいスポーツ施設を借金してまで欲しい国民はいるの? スポーツ観賞は好きだし、アスリートを応援しているけど、それとこれは別です。

※週刊朝日  2016年10月14日号
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●「故郷の川に身を投げたい衝動に駆られた」「早く浪江に帰りたい」…「原状回復」することも無く…

2016年03月07日 00時00分25秒 | Weblog


東京新聞のコラム【筆洗】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016030402000133.html)。
asahi.comの記事【原発PR標語、双葉町から姿消す 「広報塔」撤去が完了】(http://www.asahi.com/articles/ASJ345K58J34UGTB014.html?iref=comtop_list_nat_n02)。

 《今はそういう思いで、仮設住宅での暮らしを続けているという▼関西電力の高浜原発4号機は、再稼働四日目に緊急停止した。北陸電力志賀原発1号機は、真下に活断層があると断じられた▼それでも原発にこだわり続ける電力会社の経営者らは、故郷を奪われた人々の声に耳を傾けたことがあるのだろうか「住民課」の窓口のない役場を見たことがあるのだろうか
 《全町避難が続く福島県双葉町で昨年末始まった「原子力広報塔」の撤去工事が4日、完了…原発PR標語の看板の一部を業者が細断。標語考案者の1人の大沼勇治さん(39)が「復元できない」と抗議し、工事は工法変更の検討などで中断していた》。

 大噴火があろうが、原子炉直下に活断層があろうが、なぜ命を軽々しく賭して核発電するのか…。《楽しみなんて考えない。早く浪江に帰りたい》、慟哭は核発電「麻薬」中毒患者には聞こえないらしい。

   『●なぜ命を軽々しく賭して、「たかが電気」のために  
      核発電する必要があるのか? 次も神様・仏様は居るか?


 双葉町で、《「原子力明るい未来のエネルギー」「原子力正しい理解で豊かなくらし」と表裏に記された看板1枚の撤去を開始》していたわけですが、ついに撤去。「愚」の一言…双葉町長の言う《復興した時にあらためて復元、展示》は東電原発人災の何年後? 「麻薬」中毒患者にとって目の上のタンコブ、目障りな看板を取り去りはずせて、せいせいしているのでしょう。標語の作者である大沼勇治「少年」の言う《事故を思い出して原発を議論するきっかけになるもの》をこの世から〝消し去った〟わけです。愚かです。

   『●福島県双葉町「原子力明るい未来のエネルギー」
                  ・・・・・・いま、その〝少年〟は?

   『●消えゆく「事故を思い出して原発を議論するきっかけになるもの」
              ~「原子力 破滅 未来のエネルギー」~

   『●東京電力原発人災4年目のアベ様の酷い記者会見:
         情報公開、信頼関係、オンカロ、将来的、自立、除染

   『●原発PR看板撤去=「間違った過去と向き合わない行為」
                ・・・「人間の愚かさ」にさらなる恥の上塗り
   『●双葉町長「(原発PR看板)復興した時に
      あらためて復元、展示したい」…それは『X年後』の何年後?

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016030402000133.html

【コラム】
筆洗
2016年3月4日

 市役所や町村役場に入って、まずあるのは戸籍や保険などを扱う住民課の窓口だろう。福島県の浪江町役場も、かつてはそうだった。しかし今、住民生活課の窓口だった場所には、こんな表示が出ている。「除染及び災害廃棄物等に関する相談窓口」▼浪江町の町民はおよそ二万。だが原発事故のため町内に住むことはできず、全員が避難を強いられている。一万四千人は県内にいるが、残る六千人は北海道から沖縄まで全国各地で暮らす▼そんな町民をつなぐのが、町の広報紙「なみえ」だ。その最新号が、七十代の男性の今を伝えている。この人は昨年、一時帰郷したとき、故郷の川に身を投げたい衝動に駆られた。「家族に負担がかかる」と踏みとどまったが、それから体調を崩してしまったそうだ▼「イライラして、気を揉(も)んでだめなんだ。今は、なんぼか良くなったけど、薬で生活してるようなもんだ。楽しみなんて考えない。早く浪江に帰りたい」。今はそういう思いで、仮設住宅での暮らしを続けているという▼関西電力の高浜原発4号機は、再稼働四日目に緊急停止した。北陸電力の志賀原発1号機は、真下に活断層があると断じられたそれでも原発にこだわり続ける電力会社の経営者らは、故郷を奪われた人々の声に耳を傾けたことがあるのだろうか「住民課」の窓口のない役場を見たことがあるのだろうか
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http://www.asahi.com/articles/ASJ345K58J34UGTB014.html?iref=comtop_list_nat_n02

原発PR標語、双葉町から姿消す 「広報塔」撤去が完了
2016年3月4日21時48分

     (大型トレーラーに積み込まれる原発PR看板の横板。
      標語の文字の跡がうっすらと残る=双葉町)


 全町避難が続く福島県双葉町で昨年末始まった「原子力広報塔」の撤去工事が4日、完了した。町側は「復元、展示を考えている」と表明したが、原発PR標語の看板の一部を業者が細断。標語考案者の1人の大沼勇治さん(39)が「復元できない」と抗議し、工事は工法変更の検討などで中断していた。

 この日再開された工事では、長さ16メートルの看板をそのままクレーンでつり上げ、大型トレーラーで町役場駐車場の保管場所に移動。看板を支える高さ4・5メートルの鉄柱2本も根元から焼き切り、同じ場所に移動してすべての工事を終了した。
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●いま、核発電所を再稼働する「地元」へ: 立地する地域住民にも染み渡っていた「日本の原発は安全」…

2016年02月28日 00時00分24秒 | Weblog


東京新聞の山川剛史記者による記事【安全は幻想だった 私の見た福島事故】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201602/CK2016022102000110.html)。

 《「日本の原発は安全」との安全神話は、国や電力会社だけでなく、立地する地域住民にも染み渡っていた。 「周りの橋も壊れてないのに、なんで原発が事故になるんだ。そんなはずがあるものか」》。

 いま、核発電所を再稼働する「地元」の皆さん、特に、立地30キロ圏内で再稼働に賛成の皆さん、立地する地域住民にも染み渡っていた「日本の原発は安全」という安全神話について、2011年3.11の当時のことを思い出してもらいたい。あれから、わずか5年しか経っていない。《地震と津波だけならこんなことにはならない。放射能のせいだ。見た目は以前と変わらないのに、こんなの異常むなしい

   『●福井地裁判決「高浜原発3、4号機の再稼働を認めない決定」 
                      …で、再稼働できない」はずなのに?
   『●東京電力原発「人災」は未解決なのに、
          川内原発を再稼働しようという愚行
   『●「伊方原発は、日本一細長いという佐田岬半島の
      付け根にあり、その西の海側には約五千人が暮らしている」
   『●西川一誠福井県知事が再稼働同意… 
     福井地裁判決「高浜原発3、4号機の再稼働を認めない決定」なのに?
   『●「電気事業連合会の八木誠会長(関西電力社長)」:
                         あとは野となれ、山となれ

   『●狂気の伝染、連鎖: 原子力「ムラ寄生」委員会が
      お墨付きを与えるのはあの関電の高浜プルサーマル原発
   『●狂気・凶器「プルサーマル発電は新規制基準下では初」
               ……もう何でもアリな原子力ムラの大暴走
   『●「大切なのは「信頼」だ」…
     だからもう病気なんですってば!? 核発電「麻薬」患者
   『●「老いた馬」ではなく「狂ったゴジラ」:
     「麻薬」患者の関電がプルサーマルに続いて「寿命核発電所」…



 決して出来もしないことへの皮肉を込めて、東電とアベ様らが「原状回復」して見せるべきだと、訴えたい。福島の「原状回復」をすることもなしに、核発電を口に出来る訳がない。

   『●誰も責任をとらない自民党議員・・・・・・ 
      3.11東京電力原発人災以前に逆戻りしていて大丈夫?
   『●東電原発人災の3.11を再び目前に: 
     「原発事故調書 原因不明、責任不在」でも再稼働できる神経を疑う
   『●東電核発電人災、「だれひとり刑事罰を
      問われなくていいのか」? 「市民の正義」無き国ニッポン
   『●「こういうふうにした者たち」とは誰だ?
       東京電力原発人災の自覚無き犯罪者たち
   『●原状回復が損害賠償の基本: 東京電力原発人災で
             「ふるさとをなくした痛み」は全く癒えていない

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201602/CK2016022102000110.html

安全は幻想だった 私の見た福島事故
2016年2月21日 朝刊

     (自宅前の畑でできた野菜を見る柴田さん夫婦。
      昨年4月に帰還した際は、左後方の物置で暮らしていた
      =福島県楢葉町で)

 「日本の原発は安全」との安全神話は、国や電力会社だけでなく、立地する地域住民にも染み渡っていた

 「周りの橋も壊れてないのに、なんで原発が事故になるんだ。そんなはずがあるものか」。福島県楢葉町の柴田富夫さん(75)、寿子(としこ)さん夫婦はあの事故で幻想を打ち砕かれ、戸惑いながら友人らとともに栃木県日光市の温泉を目指して逃げた。

 その四十年前、富夫さんは東京電力福島第一原発1号機の建設時、コンクリートを流し込む型枠大工として働き、2~4号機でも工事に携わった。寿子さんも、東電の下請け企業が入る企業棟で掃除などの仕事をした。

 「東電に依存しない人の方が少なかったんじゃないか。わしらの前の世代は、冬になると東京に出稼ぎに行き、下水管を埋める作業なんかをやっていた。それが原発が来て、出稼ぎは必要なくなり、役場は立派になり、(巨大なサッカー施設の)Jビレッジも建った」

 直接的、間接的に経済的な恩恵を受ける中で、柴田さんの頭からは原発にリスクがあることが消えていった。一九八六年四月、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故が起きても、二人とも「構造が違うし、あれは別物。日本の原発は安全・安心と信じていたという。

 まさか自分たちがかかわってきた福島第一が自分たちに牙をむき、日光に逃げた後は、四年間も福島県いわき市で仮設住宅暮らしを強いられるとは夢にも思わなかった

 好きな畑仕事もできない仮設暮らしに疲れ、昨年四月、避難指示解除前の長期準備宿泊の段階から自宅に帰った。母屋は屋根が壊れて荒れ果て、解体・建て直しが終わるまで、大きな物置をすみかにした。

 ようやく新居が完成し、畑にはハクサイやダイコンなどが実り、明るい生活を取り戻した。ただ、集落内で帰還したのは他に一軒だけ。イノシシが出没するようになり、夜はほぼ真っ暗闇だ。

 「地震と津波だけならこんなことにはならない。放射能のせいだ。見た目は以前と変わらないのに、こんなの異常。むなしい」。夫妻の表情が曇った。 (山川剛史
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●電力会社やアベ様、原子力「寄生」委員会は「原状回復」して見せよ

2016年02月19日 00時00分17秒 | Weblog


東京新聞の記事【寒さに震え「老老避難」 私の見た福島事故】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201602/CK2016021402000137.html)。

 《五年前の東京電力福島第一原発事故は、福島の人々の暮らしを突然奪った。すぐに戻れると思い、ほとんど着の身着のままで逃げたが、今なお十万人近くが避難生活を強いられている人々が直面した過酷な現実を振り返り、あらためて原発事故がもたらす影響の大きさを考える》。

 敷地内には断層が無い? だからどうした!? 新潟県知事の再三の苦言にもかかわらず、東京電力の柏崎刈羽をも再稼働しそうな勢いではないか。狂っています。
 全ての電力会社やアベ様、原子力「寄生」委員会は福島を「原状回復」して見せよ。核発電再稼働や核発電輸出の議論はそれからだ。彼らに、「(悪)夢」を語る資格は絶対に無い。

   『●原状回復が損害賠償の基本: 東京電力原発人災で
             「ふるさとをなくした痛み」は全く癒えていない
    「「原状回復が損害賠償の基本」。でも、「終始一貫、
     “加害者”とは思えない立ち位置」の東京電力。東電原発人災で
     「ふるさとをなくした痛み」を癒し、ふるさとの「原状回復」をしてから、
     東電やアベ様らは原発再稼働等の「(悪)夢」を語るべきだ。
     現状、彼らには「(悪)夢」を語る資格はない」

   『●「避難指示解除準備区域」樽葉町:
      帰還しないと判断した住民が差別されてはいけない
   『●東電核発電人災、「だれひとり刑事罰を問われなくていいのか」?
                             「市民の正義」無き国ニッポン

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201602/CK2016021402000137.html

寒さに震え「老老避難」 私の見た福島事故
2016年2月14日 07時05分

 五年前の東京電力福島第一原発事故は、福島の人々の暮らしを突然奪った。すぐに戻れると思い、ほとんど着の身着のままで逃げたが、今なお十万人近くが避難生活を強いられている人々が直面した過酷な現実を振り返り、あらためて原発事故がもたらす影響の大きさを考える。

 福島県浪江町の舶来(はくらい)重夫さん(72)は大震災の翌日、福島第一原発の十キロ圏外への避難を呼び掛けるパトカーの巡回で、原発の危機を知った。

 車も運転免許もない。妻の幸子さん(70)とリュックに必要最小限のものを詰め、四キロ離れた南相馬市小高区に住む姉夫婦宅へ自転車で向かった。「そこならぎりぎり十キロ圏外。とにかく離れなければ」。急ぐ途中、ボーンという爆発音がし、福島第一のある方角に白煙が立ち上るのが見えた。

 姉夫婦宅には、同じく浪江町から軽トラックで駆けつけた兄夫婦と、兄の娘夫婦が合流し総勢八人に。八十七歳の義兄を筆頭に八十代が四人、一番若い兄の娘でも六十歳。足が不自由だったり、持病の薬がいくつも必要だったりの「老老避難」が始まった。

 トラックの座席に三人、残る五人は荷台に乗り、地震でぼこぼこになった道を八キロ、南相馬市内の避難施設に向かった。ここで二晩、雑魚寝したが、市の職員から「コンクリートの施設でないと放射線を防げない」と告げられ、四キロ北の小学校へ。

 ここも避難者であふれていた。市職員から「可能な人はどんどん車で避難して」と言われたが、一行は「この寒さの中、年寄りが荷台に乗って山越えは無理」と動くに動けなかった。

 その夜、避難者を受け入れるという群馬県東吾妻町からのバスが着き、皆で乗った。すし詰め状態で、悪路は振動も激しい。雪が降り出したがエアコンは故障し、寒さに震えた。体調を悪くした同乗者もおり、舶来さんは「何とか無事に着いて」と祈った。「一人でも力尽きたら、皆が共倒れになる。誰も死なせちゃいけない。いつもそれだけを考えていました」

 東吾妻町の保養所で二カ月間を過ごし、「少しでも地元近くに」と福島県猪苗代町のホテルの避難所に移った。夏になって避難所が閉鎖されることになり、舶来さん夫婦は白河市の借り上げアパートに、姉夫婦ら六人もそれぞれ仮設住宅などへ移った。

 浪江町への帰還が見通せない中、舶来さん夫婦は二〇一四年末、栃木県大田原市に新居を建て、やっと落ち着いた。事故から三年半がたっていた。舶来さんは今、苦しい老老避難を振り返り、こう語る。

 「あの厳しい状況で誰も倒れずに済んだのは、ただの偶然でしかない。あんなことを繰り返さないためにも、事故の教訓を絶対に忘れちゃいけない」 (小倉貞俊

(東京新聞)
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