Activated Sludge ブログ ~日々読学~

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●和氣正幸氏《…足元の世界では本屋の灯りが増え続けていることを強く感じる。しかもそれは都心部だけではない。全国各地にある》

2023年02月25日 00時00分43秒 | Weblog

[※ アサヒコム(2007年9月22日)↑:「69年、出版された『豆腐屋の四季』を手にする松下竜一洋子夫妻=松下洋子さん提供」(http://www.asahi.com/travel/traveler/images/TKY200709220092.jpg)]


(2023年02月11日[土])
和氣正幸氏《…「多様な世界へ飛び立てる本」…「世界に幅と揺らぎあれ」…「もしかしたら多くの人が見落とすかもしれない視点や考え方を拾い上げていくこと」…》。さらに、《たしかに、全体の書店数は減っている。出版市場も縮小していくだろう。だが、このように見ていくと大手メディアで流布される暗い言葉とは裏腹に足元の世界では本屋の灯りが増え続けていることを強く感じる。しかもそれは都心部だけではない。全国各地にある》。
 《勉強とは本である、本とは勉強である》(小川書店・小川頼之さん)…「日々読学」を掲げる、当ブログ。本屋さんに、是非とも、頑張ってほしい。《活字離れ出版不況。暗いニュースが報じられる一方、小さな本屋さんが全国的に生まれている》という、とても嬉しい小さな朗報。

   『●長周新聞の書評『一万円選書』(岩田徹著)…《わざわざいわた書店に
     注文するのか。…「これは!」と思える本との出会いを求めているからだ》
    「「いわた書店」店主の岩田徹さんの「一万円選書」を知ったのは、
     『セブンルール』にて。「隆祥館書店」店主の二村知子さんの回。
     【7RULES あなたに「ルール」はありますか?/「隆祥館書店」店主
     二村知子 (9月1日(火))】。《一万円選書》として、松下竜一さんの
     『豆腐屋の四季』が選ばれていて、とても嬉しかった。」

   『●《本屋はないと困る。そう思ってもらえるようにしたい》、《勉強
      とは本である、本とは勉強である。》(小川書店・小川頼之さん)
    《減り続ける「街の本屋」の魅力や、厳しい現状を伝えようと、
     東京都内の中小書店が加盟する東京都書店商業組合(千代田区)が
     PR動画を作り、ユーチューブの公式チャンネルに公開した。
     動画制作に携わった映画監督の篠原哲雄さん(60)は
     「本屋は本と人とをつないでいるものそれぞれの本屋さんが
     おもしろく、印象的だった。ぜひ動画を見てほしい」と話す。
     (奥野斐)》

 和氣正幸氏による、週刊朝日の記事【書店が増えている!? 「行きたい本屋」から「やりたい本屋」へ】(https://dot.asahi.com/wa/2023020200011.html)によると、《活字離れ出版不況。暗いニュースが報じられる一方、小さな本屋さんが全国的に生まれている。本屋ライターで本屋のアンテナショップの店主でもある和氣正幸さんがそんな本屋さんの現在を報告。》、《もう一店紹介したいのは福岡県糸島市に昨年3月にできたばかりのAll Books Considered(以下、ABC)である。 中田健太郎氏をはじめとした大学生が4人で運営するこの店は、1階にある棚貸し本屋「糸島の顔がみえる本屋さん」(以下、糸かお)からはじまった》。

   『●東京電力原発人災で失われた内在的価値
   『●「糸島ブランド」が泣いている: 
     安全神話に乗っていて「原子力正しい理解で豊かな暮らし」なのか?
   『●三上智恵監督『標的の村』上映会後援「不承諾」の理由
              ……「糸島ブランド」が泣いている

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https://dot.asahi.com/wa/2023020200011.html

書店が増えている!? 「行きたい本屋」から「やりたい本屋」へ
2023/02/06 11:30
和氣正幸

     (COWBOOKS(撮影・和氣正幸))

 活字離れ出版不況。暗いニュースが報じられる一方、小さな本屋さんが全国的に生まれている。本屋ライターで本屋のアンテナショップの店主でもある和氣正幸さんがそんな本屋さんの現在を報告。

【写真】こだわりの本屋がこちら(全10枚)

*  *  *

 本屋が増えている。

 突然そんなことを言われても驚く読者が多いとは思う。活字離れや出版不況という言葉が生まれてから久しい。しかしそれでもなお筆者は言いたい。本屋は増えているのだ。

 ただしここでいう本屋とは個人、あるいは少人数のチームで運営され、新刊と古書を併売することもあり、小さいながらも品揃えやイベント、空間演出などそれぞれが独自の光を放つ店のことだ。筆者は本屋ライターとして10年以上そうした独立書店とも呼ばれる店のことを追ってきたのだが、ここ数年の増加数は筆者も驚くくらいのペースなのだ。

 まず紹介したいのは鳥取県の湯梨浜町に2015年にオープンした汽水空港だ。

     (汽水空港(鳥取県湯梨浜町)撮影・和氣正幸)

 「多様な世界へ飛び立てる本」として思想や哲学に建築、映画、旅、植物など店主が丁寧に選んでいる本が並び、併設されたカフェでゆっくり読むことができる。月に2、3回トークイベントも行い、近所のお客さんだけでなく鳥取、島根、岡山など、半径100キロ圏内から本好きが訪ねてくる。

 18年には店舗を増築工事しリニューアルオープン。近頃は自分たちが借りた畑を「食える公園」と称して開放、誰もが農作業でき収穫もできる試みを行っている。

 本屋を目指すなら新刊書店や古書店、少なくとも出版業界で経験を積むというのが一般的な認識かと思うが、店主のモリテツヤ氏がまず学んだのは農業だった。理由は「最低限死なずに本屋を続けるため」。都心部から離れ、縁もゆかりもない鳥取にツテを頼ってたどり着いた。資金を貯めるために左官屋のもとで働き、その技術をベースに格安で借りた小さな廃屋をリノベーションして本屋をはじめた。

 経営もはじめこそ厳しくアルバイトをしながらの運営だったが、現在では汽水空港の売り上げだけで家族3人が暮らしていけるようになったというから驚く。「世界に幅と揺らぎあれ」と掲げられたコピーもまたモリ氏を表しているようだ。

 もう一店紹介したいのは福岡県糸島市に昨年3月にできたばかりのAll Books Considered(以下、ABC)である。

 中田健太郎氏をはじめとした大学生が4人で運営するこの店は、1階にある棚貸し本屋「糸島の顔がみえる本屋さん」(以下、糸かお)からはじまった。

 棚貸し本屋(シェア型書店とも呼ばれる。以下、棚貸し本屋で統一)とはボックス型の本棚を一箱ずつ月額制で貸し出すことで家賃など固定費を捻出するスタイルの本屋のことだ。

 中田氏は糸かおの21年9月のオープン当初から棚を借りていたが、もっと大きく展開したいと2階の部屋に移った。蔵書だけでなく新刊を販売するためのルートも自ら開拓し、家賃を払って契約しABCをはじめたのだ。大学生が、である。

 販売するのは新刊/古本にメンバーによるリメイク服。選書は4人で話し合って決めているが、フェミニズムやアナキズムといった思想の本から、本屋大賞で選ばれるようなエンタメ本まで幅広い。共通しているのは「もしかしたら多くの人が見落とすかもしれない視点や考え方を拾い上げていくこと」だ。

 「10年前、20年前にはオタクと言われ蔑(さげす)まれていたものが、いまではクールジャパンと言って多くの人に支持されています。いまでもそういうことは起きていて、そういうものがカルチャーをつくっていくと僕たちは思っています」とメンバーの一人の斎藤楓季氏は話す。

 本に限らず服に対しても思いは同様で、誰かと語り合いたくなるようなものを置いている。そういった物たちが四畳半という狭い空間にあるのだ。当然、お客さんと自然に話が弾むことも多い。自分たちより上の世代のお客さんから本の話以外にも思い出話など、ときには何時間も話すこともあるそうだ。

 今後の展望を聞くと「もしかしたら10年後には違うことをしているかもしれません。ですが、根底にある“自分たちが良いと思えるものを紹介したい”という気持ちは変わらないと思います」と話してくれた。

 若いながらも言葉を選びながら自身の思いを話し、それを実践していく姿は応援したくなるもので、福岡に行く際には必ず訪ねようと思えた。

     (ユトレヒト(撮影・和氣正幸))


■「行きたい」から「やりたい」へ

 以上、長くなったが筆者が知りうる店の中でもいま一番気になる本屋を紹介した。共通しているのは小規模店であり空間が限定されているが故に選書や空間演出に店主の思いや人柄が色濃く反映されていることだ。

 話を戻そう。本稿で筆者が言いたいのはこういった本屋の数が増えているということである。

 具体的な数値面について客観的なデータがないので筆者が知っている限りのものとなるが、開業数だけを追ってみても、2015年、16年が6店、17年に17店と2倍以上になり、18年が15店、19年25店、20年には35店もの開業があった。

 21年はそこからさらに増え79店となり、22年は少し落ち着いて50店だったが、それでも5年前と比べると約3倍のペースで増えていることがわかる(古書店や私設図書館等も含む)。

 要因はいくつかあるが、時系列に沿って言えば、2000年代に「こんな本屋に行ってみたい」 「こんな本屋を自分も開いてみたい」と思わせてくれるような店のオープンが相次ぎ、10年代前半には本屋の概念の拡張が行われ「自分でもできるかも」と思えるようになった。10年代後半は、本屋になるための具体的な道筋が広まり、20年代になると継続性に難点のある本屋のビジネスモデルにあたらしい風がもたらされた。その結果として開業数が増加している現在へと至る。

 どこをスタート地点に持ってくるかは難しいところだが、1986年の「遊べる本屋」と銘打ち本と雑貨をシームレスに売り出す手法が斬新だったヴィレッジヴァンガード1号店(愛知県名古屋市)開店を始まりとしたい。次のトピックスは96年まで飛ぶ。文脈棚という本の内容を緩やかにつなげていくことで棚をメディアとして価値づけた往来堂書店(東京都文京区)のオープンがこの年なのである。

 2000年にはブックカフェの先駆け的存在火星の庭(宮城県仙台市)が生まれ、02年は「暮しの手帖」元編集長・松浦弥太郎氏がCOWBOOKS(東京都目黒区)を開き古本屋をカッコいいものとして世の中に提示した。

     (ブックスキューブリックけやき通り店
      (福岡市中央区)撮影・和氣正幸)
     (スタンダードブックストア(撮影・和氣正幸))

 さらに、アーティストや作家が個人で少部数出版する本(ZINE)を広めたユトレヒト(東京都渋谷区)や、福岡のブックスキューブリック(福岡市)、大阪と言えばここ、スタンダードブックストア(大阪市天王寺区)、京都の恵文社一乗寺店(京都市左京区)がセレクト書店の元祖と呼ばれるようになったのも同じ時期だ。

     (本屋B&B(撮影・和氣正幸))

 12年には「これからの街の本屋」を謳う本屋B&B(東京都世田谷区)がオープン。ビールが飲めてほぼ毎日イベントを開催する場所として本屋のイメージを革新した。

 そうして13年、同店の共同オーナーでもある内沼晋太郎氏が『本の逆襲』(朝日出版社)で“広義の本に関わる仕事、それをあらためて「本屋」と呼ぶとしたら”と書き、本と本屋の可能性を広げた。現在のように多様な本屋が広がった契機のひとつである。

     (双子のライオン堂(撮影・和氣正幸))

 さらに同氏は14年から「これからの本屋講座」をはじめ、本屋ルヌガンガ(香川県高松市)や本屋イトマイ(東京都板橋区)など全国各地に卒業生を送り出した。筆者も同時期に双子のライオン堂(東京都港区)・竹田信弥氏と「本屋入門」をはじめ、同様に書肆スーベニア(東京都台東区)やワグテイルブックストア(神奈川県横浜市、古書店)などの卒業生を輩出している。


■ノウハウの開示 直接取引の増加

     (本屋Title(東京都杉並区)撮影・和氣正幸)

 こうした本屋が増えるきっかけとなったのは、本屋Title(東京都杉並区)店主・辻山良雄氏が17年に出した本『本屋、はじめました 新刊書店Title開業の記録』(苦楽堂、後にちくま文庫)である。同書で辻山氏は開店の経緯はもとより事業計画書まで公開した。試算であるとはいえ経営の内実が本という形で公開されたことは、開業希望者にとって大きな希望だったに違いない。翌年、内沼氏が『これからの本屋読本』(NHK出版)を出したことで、事実上ブラックボックスだった本の仕入れ方法も公開された。

 どういうことかというと、一般的に新刊書店を始めるためにはまず取次と呼ばれる出版業界の問屋と契約する必要があるのだが、これがハードルが高い。というのも契約時に保証金として売上予想額の数カ月分が必要なのだ。

     (BOOKSHOP TRAVELLER(撮影・和氣正幸))

 委託販売なので時間を置けば返品され、お金が戻ってくるとは言え、粗利率は約2割である。これはつまり一冊の本を売ったとして、その価格が例えば1600円(以下すべて税抜き)だとしたら約320円の利益になるということだ。この利益の中から人件費や家賃を支払い返済もしなければならないとすれば、二の足を踏むのも仕方がないというものである。

 とはいえ当時から買い切りではあるが契約時の保証金が必要なく、粗利率も比較的良心的な取次も実はあった。子どもの文化普及協会や八木書店をはじめとした神田村と呼ばれる取次群などだ。

 さらに書店数の減少に反応してか、出版社が取次を介さず本屋と直接取引することも増えた(取次の手数料がない分、本屋の取り分が増える)。トランスビュー方式という取次代行と呼ばれる仕組みも本屋にとっては大きな味方だ。

 しかしそれでも新刊書店の急増には至らなかった。なぜなら、本屋を開きたい人にそういった情報が届いていなかったからだ。憧れはあったが、具体的にどうすれば良いかも分からず、調べても保証金のハードルで心折れるということが多かったことが推察される。筆者もそうだった。

 それが『本屋、はじめました』と『これからの本屋読本』の出版により状況が変わったというわけだ。本好きが、自分のなりたいものとして自然と本屋の開業を目指すことができる。そういう状況が作られたのである。

 加えて、前述した棚貸し本屋というビジネスモデルが世に広まったことも大きい。17年に月額制で棚を貸すことで成り立つはじめての本屋みつばち古書部(大阪市阿倍野区)、次いで翌年、筆者の運営するBOOKSHOP TRAVELLER(東京都世田谷区)がオープン、そして19年に生まれたブックマンション(東京都武蔵野市)はメディアでも大きく取り上げられた。

 棚貸し本屋は通常の小売りと違いコミュニティー運営という別のスキルが必要とはなるが、例えば、新刊書店が棚の一部を貸すことで、仲間を増やし経営の安定も図るという事例は近頃よく耳にする。独立書店開業数増加の要因の一つだろう。

     (冒険研究所書店(神奈川県大和市)撮影・和氣正幸)


■北極冒険家や大学生も

 さて、独立書店の歴史をここまで紐解(ひもと)いてきたわけだが、最後に現在の話をしたい。先に“本好きが、自分のなりたいものとして自然と本屋の開業を目指すことができる”ようになったと書いたが、ここ1、2年は特にこの意識が浸透してきているように思うのだ。

 例えばそれは他業種の開業者も多いことである。昨年11月オープンの本屋象の旅(神奈川県横浜市)は元不動産関係の営業職の方が開いた店だし、一昨年の5月には北極冒険家の荻田泰永氏が冒険研究所書店(神奈川県大和市)をオープンしている。

 例えばそれは、いままではできなかったような場所に本屋ができることである。昨年8月に生まれたTUG BOOKS(香川県土庄町)は小豆島にあるし、一昨年9月には佐渡島にnicala(新潟県佐渡市)が店を開いた。例えばそれは若者の登場でもある。先述したAll Books Consideredに加え大阪には昨年7月オープンの水野ゼミの本屋(大阪市北区)がある。どちらも運営するのは大学生だ。

 たしかに、全体の書店数は減っている。出版市場も縮小していくだろう。だが、このように見ていくと大手メディアで流布される暗い言葉とは裏腹に足元の世界では本屋の灯りが増え続けていることを強く感じる。しかもそれは都心部だけではない。全国各地にある。コロナ禍の中ではあるが、散歩の折に、あるいは里帰りの際にぜひ探して訪ねてみてほしい。きっとあらたな出会いが待っているから。(和氣正幸)

※週刊朝日  2023年2月10日号
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●《失われた古里》、失われた《本来は恵みをもたらす田畑の土》…原状回復して見せたのか? 誰か責任は?

2019年03月09日 00時00分11秒 | Weblog


東京新聞の安田英昭記者によるコラム【【私説・論説室から】失われた古里】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2019022002000156.html)と、
井上能行記者によるコラム【【私説・論説室から】福島の声に耳を傾けて】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2019022502000136.html)。

 《エネルギー資源を求めた戦争のあげくに広島、長崎を経験し、その原子エネルギーを資源にと試みて大切な古里を失った》。
 《住民らは二〇一六年に記録誌「もどれない故郷 ながどろ」を出版した…杉下さんは原発事故のせいとも、放射能のせいとも語っていないが、故郷を離れ、避難生活を送ることの厳しさを感じた》。

   ●「怒りの塊…袋の数は九百万超。黒い袋が
        そこかしこに墳墓のごとく積み上げられている異様さ」(筆洗)
   『●核発電《ゼロへ》でなければならない…
     「心に刻まれたのは「あまりにも罪深い」という強い痛みだった」
    《豊田直巳さん…豊かだったふるさとを失った村人の苦悩、
     それでもふるさとを愛し、懸命に生きる村人の希望である》。
    《東日本大震災から七年。原発事故の現場、時間が止まったままの
     帰還困難区域を取材して心に刻まれたのは「あまりにも罪深い
     という強い痛みだった》。
    「「《本来は恵みをもたらす田畑の土》、その内在的価値も含めて、
     東電は完全に補償し、原状回復して見せたのか?
     核発電「麻薬」中毒患者のうち、誰か一人でも責任をとったのか?」 
     失われた内在的価値は計り知れない。核発電「麻薬」中毒患者
     皆さんは《「あまりにも罪深いという強い痛み》…なんて感じることも
     ないのだろう。即刻、全て廃炉へ…
     それしかないはずだというのに、アベ様らときたら…」

 《失われた古里》、《もどれない故郷》、失われた《本来は恵みをもたらす田畑の土》…原状回復して見せたのか? 誰か一人でも責任をとったのか?
 それでも経済産業省は核発電の《維持推進を掲げる》…東京電力核発電人災から8年なのに、この体たらくだ。核発電「麻薬」中毒患者達は、経済性から核発電輸出からは撤退しようとしているが、(経済性の論理矛盾も甚だしいけれども)国内では、核発電所を再稼働し、新規建設をしたくてしょうがない訳だ。3.11の核発電人災の反省など一切なし。

   『●お見舞い申し上げます・・・
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年: 
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年: 「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」
   『●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」… 
                        どれか一つでも原状回復できたか?
   『●東電核発電人災から7年:
     「村の生活は百年余りにわたり、人生そのもの」…「やっぱりここにいたいべ」

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2019022002000156.html

【私説・論説室から】
失われた古里
2019年2月20日

 福島の大事故からまもなく八年。次の扉を開こうとする音かもしれない-と耳をそばだてた発言が経済人から続いた。

 一人は原発メーカー日立製作所の会長でもある中西宏明経団連会長。

 「国民が反対するものはつくれない

 「全員が反対するものを…無理やりにつくるということは、民主国家ではない

 年初のインタビューでそう述べて原発、エネルギー政策に国民的な討論を求めた。

 そして経済同友会小林喜光代表幹事の二月初めの記者会見。

 「あの時点からテクノロジー、経済性という意味で相当変化してきた。(原発の発電コストは)一キロワット五円などといわれたが、気が付いてみると十円を超えている。一方で太陽光は十円以下という国もある」

 「原子力を使わないにしろ、原子炉は四十基以上ある。廃炉産業は人類にとって重要で、次の産業として成り立つ

 エネルギー資源を求めた戦争のあげくに広島、長崎を経験し、その原子エネルギーを資源にと試みて大切な古里を失った

 あれから八年。デジタル革命で世界は未知の領域にある。多くの国民が反対する原発に拘泥して次の扉を開けなければ、産業も経済も立ちゆかなくなる。二人の発言は局面変化の証しと思いたい。もしそうなら、脱原発はそこまできているのかもしれない。(安田英昭
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2019022502000136.html

【私説・論説室から】
福島の声に耳を傾けて
2019年2月25日

 阿武隈山地の中にある福島県飯舘村。日本で最も美しい村連合にも入っている自然豊かな村だ。東日本大震災後、福島県で勤務し、何度も訪ねた。

 観光地でよく見る撮影スポットを示す標識はない。「村全体が美しいから」と元村民に聞いたことがある。全村避難だったので、夜は暗かった。冬空に数え切れない星がまたたいているのに気付いたときは、車から出て寒さも忘れて見とれた。

 一昨年から帰還が始まった。だが、福島第一原発にもっとも近い長泥地区は帰還困難区域で、帰村がかなわない

 住民らは二〇一六年に記録誌「もどれない故郷 ながどろ」を出版した。先日、久しぶりに手に取った。「福島は語る」という映画を見たからだ。土井敏邦監督が福島県民ら十四人にインタビューした記録映画である。そこに杉下初男さんが出ていた。

 杉下さんは石材業を営み、本の中では、飯舘の白御影石は安くて色がブルーなので東京で人気だった、と書いてある。映画で杉下家の本当の悲劇は、事故の何年も後だったと知った。杉下さんは原発事故のせいとも、放射能のせいとも語っていないが、故郷を離れ、避難生活を送ることの厳しさを感じた。

 三月二日から新宿K’s cinemaで、九日から渋谷ユーロスペースと横浜シネマジャック&ベティで上映の予定。 (井上能行
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●核発電《ゼロへ》でなければならない…「心に刻まれたのは「あまりにも罪深い」という強い痛みだった」

2018年03月13日 00時00分57秒 | Weblog


琉球新報のコラム【<金口木舌>それぞれの7年】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-677707.html)。
東京新聞の社説【3・11と原発被災地 見て考えてゼロへ】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018030802000171.html)。

 《豊田直巳さん…豊かだったふるさとを失った村人の苦悩、それでもふるさとを愛し、懸命に生きる村人の希望である》。
 《東日本大震災から七年。原発事故の現場、時間が止まったままの帰還困難区域を取材して心に刻まれたのは「あまりにも罪深い」という強い痛みだった》。

   『●お見舞い申し上げます・・・
   『●あの3・11原発人災から1年:松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年: 
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年:「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」
   『●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」… 
                        どれか一つでも原状回復できたか?
   『●東電核発電人災から7年: 「村の生活は百年余りにわたり、
                  人生そのもの」…「やっぱりここにいたいべ」

 「《本来は恵みをもたらす田畑の土》、その内在的価値も含めて、東電は完全に補償し、原状回復して見せたのか? 核発電「麻薬」中毒患者のうち、誰か一人でも責任をとったのか?」 失われた内在的価値は計り知れない。核発電「麻薬」中毒患者の皆さんは《「あまりにも罪深いという強い痛み》…なんて感じることもないのだろう。即刻、全て廃炉へ…それしかないはずだというのに、アベ様らときたら…。

   『●「怒りの塊…袋の数は九百万超。黒い袋が
        そこかしこに墳墓のごとく積み上げられている異様さ」(筆洗)

 誰も決して「原状回復」し得ない、それが結論。普通の感覚のはずなのに。

   『●言葉が見つかりません・・・
    「須賀川市の野菜農家の男性(64)は、福島産野菜の一部に国の
     出荷停止指示が出された翌日の二〇一一年三月二十四日に自殺した。
     遺族によると、男性は原発事故後福島の百姓は終わりだ」と話していたという」。

   『●哀しい遺書:「原子力さえなければ」
   『●ドキュメンタリー映画『わすれないふくしま』: 
         「震災さえ」ではなく「原発さえなければ・・・」
   『●「「3.11」から2年②原発という犯罪」
          『週刊金曜日』(2013年3月8日、934号)
   『●「原発さえなければ」「福島の百姓は終わりだ」: 
         東京電力原発人災と自殺には因果関係あり
   『●「原発さえなければ…」: それでも川内原発や伊方原発を再稼働したいの?

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https://ryukyushimpo.jp/column/entry-677707.html

<金口木舌>それぞれの7年
2018年3月7日 06:00

 世界各地の紛争地や東日本大震災の被災地を取材するフォトジャーナリスト豊田直巳さんから3冊の本が届いた。「写真絵本」という体裁の本の主人公は、原発事故の放射線被害に苦しむ福島県飯舘村の人たちだ

家や畑、家畜の牛を失った村人の物語が写真と共に描かれている。3冊を貫くのは、豊かだったふるさとを失った村人の苦悩、それでもふるさとを愛し、懸命に生きる村人の希望である

▼大震災から7年を迎える。あっという間だったと感じる人、まだ7年かと嘆息を漏らす人、それぞれだろう。復興の歩みは長く、険しい。原発事故によって帰還困難区域となった地は今も時が止まったままだ。そのことを忘れまい

▼沖縄で暮らす被災者の7年もさまざまだろう。気候や食生活には慣れただろうか。県民の中に友人ができただろうか。帰りたくても帰れないふるさとを心の中で温める日々を送ってきた被災者に優しい沖縄でありたい

国の政治は被災者にどう向き合っただろうか。仮設住宅で暮らす中、人生を終えた人は岩手、宮城、福島の3県で1600人を数える。被災後の生活再建がかなわなかった人たちだ。真の被災者支援とは何かが問われている

▼「写真絵本」を見直してみる。村人たちの笑顔に心が和む。苦境の地から笑顔の輪を大きく広げたい。そのために私たちができることがあるはずだ。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018030802000171.html

【社説】
3・11と原発被災地 見て考えてゼロへ
2018年3月8日

 東日本大震災から七年。原発事故の現場、時間が止まったままの帰還困難区域を取材して心に刻まれたのは「あまりにも罪深いという強い痛みだった。

 国道と大事故を起こした福島第一原子力発電所を結ぶ約二キロの連絡道路を、取材団を乗せたバスはゆっくりと進む。

 放射線量のレベルが高く帰還困難区域になっている大熊町。侵入を防ぐためのバリケードが至る所に設置されている。家屋も農機具も自動車も割れた窓ガラスも、事故当時のままだ。荒涼とも映る姿に、取材者として噛(か)みしめたのは「隠蔽(いんぺい)」と「批判」という言葉だった。


◆放射能汚染の隠蔽

 「隠蔽」はその数日前に読んだニューズウィーク日本語版の記事の見出しに使われていた。

   「ロシア放射能汚染の隠蔽は続く」

 昨年秋、欧州各地で「ルテニウム106」という放射性物質が検出されたと報じられた。これを追いかけたリポートだった。

 検出したフランスの研究機関によると、健康に影響する濃度ではなかった。気象状況から発生源はウラル山脈南部あたりとみられた。ロシアの国営原子力企業の施設がある。ただ真相はわかっていない。

 ウラル核惨事として知られる一九五七年の旧ソ連での大事故は、ロシア中西部にある原子力関連工場で高濃度の核廃棄物を貯蔵したタンクが爆発した。周辺住民数十万人が高レベルの放射能を浴びたとされる。だが隠蔽された

 事故の存在を認めたのはソ連が崩壊する寸前の八九年になってから。八六年のチェリノブイリの事故でも公表は遅れた。


◆自由に批判する人々

 放射能に汚染され、失われた土地と暮らしと未来。起こしてはいけない事故がもたらした災禍。目の前に広がる風景は「ソ連なら隠蔽されていた」という怖さとともに「批判できることの大切さ」を痛切に感じた。

 もし自分の言葉で語る自由が奪われていたら。この惨状と罪深さを伝え、東京電力や原子力政策を進めてきた政府を批判することすらできないだろう。

 原発の復旧現場とともに避難指示が解除された富岡町楢葉町などで復興に力を尽くす人たちに話を聞いた。 

   「行政は安心して住める場所というが、
    行政が言う安心と住民の安心には開きがある

   「あちこちに積み上げられた除染廃棄物は三十年以内に県外へというが、
    受け入れる自治体があるわけがない。みんな、そのままになると思っている」

   「このやろーという東電に対する怒りはやっと薄れてきた。
    今は復興を頑張ろうと思う」

 言い知れぬ思いは、たくさんあるだろう。それでもみんな、自分の言葉で語ってくれた。

 原発事故から七年。日本記者クラブの取材団の一員として福島原発を訪れたのは、山あいに雪が残る二月上旬だった。東京電力は事故現場の取材や視察を受け入れている。

 福島県は被災地のありのままの現状を若い世代に見てもらうため「ホープツーリズム」という視察旅行を一六年十二月に始めた。原発周辺や帰還困難区域周辺の施設などを見学する。これまでに県外の高校生ら二百人以上が参加している。

 自分の目で現場を見る。被災地で暮らす人々の声を聞く。写真を撮る。揺れる思いを抑えて文章にする。そして発信する。

 こうした情報発信はネット社会の今、新聞やテレビ、ジャーナリストやカメラマンだけのものではなくなった。

 人のいない浪江町内を闊歩(かっぽ)する豚の写真から、原発再稼働の賛否まで、ネット上にはさまざまな情報や意見がアップされ、クリック一つで接することができる。そしてこの国の世論を形成する力にもなり始めている。

 本紙などが加盟する日本世論調査会が二月下旬に実施した調査では、原発に「深刻な事故の懸念は残る」と答えた人は83%に達した。多くが原発に強い不安を抱き続けていることを示している。

 原発の今後については「いますぐゼロにする」が11%、「段階的に減らして将来的にゼロにする」が64%だった。


◆脱原発への道筋を

 当面の再稼働を容認しつつ、新増設は認めずに廃炉を進め、再生エネルギーで脱原発を進めるというのが今の民意といえる。

取り返せない福島の原発被災地。一人でも多くの人がそこに立ち、脱原発への道筋を考えてみたらいい。もし来られなくても、写真、映像、本、報道…。その地に立って見て、考えて、判断してほしい。
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●「怒りの塊…袋の数は九百万超。黒い袋がそこかしこに墳墓のごとく積み上げられている異様さ」(筆洗)

2018年01月18日 00時00分26秒 | Weblog


東京新聞のコラム【筆洗】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018010602000140.html)。

 《▼これまでに使われた袋の数は九百万超。黒い袋がそこかしこに墳墓のごとく積み上げられている異様さ。その袋に詰められた「廃棄物」が、本来は恵みをもたらす田畑の土だったことを思えば、「ぎゅうぎゅうに詰め込んだ怒り」の重さが分かるだろう》。

 東京新聞の記事【除染手抜き 内袋閉め徹底を指示 環境相、全元請けに文書指導】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201801/CK2018010602000135.html)によると、《東京電力福島第一原発事故に伴う福島県内での国の除染事業で、防水用の内袋を閉じていない手抜き除染袋(フレコンバッグ)が大量に見つかった問題…この問題では二〇一五年十月、大手ゼネコンの大成建設などの共同事業体(JV)が受注した飯舘村比曽地区の除染現場で、名古屋市の二次下請け業者の施工分の三割に当たる千袋で、内袋を閉めずに除染土壌が露出する手抜き作業が発覚。昨年十月に南相馬市の除染現場で本紙が無作為に選んだ百袋を調べたところ、三十二袋で内袋が閉まっていなかった。通常、除染現場では袋全体を防水シートで覆う作業が不要とされており、内袋が閉まっていなければ、雨水が中に入り込み、汚染水となって漏れ出る恐れがある》。

   『●「原発事故で奪われた生業と地域を返せ」… 
      人災を起こした東京電力や政府は「原状回復」してみせたのか?
   『●「原子力ムラの言いなり」原子力「寄生」委員会の
        救い様の無さと、アベ様の「危険な丸投げ・無責任体制」
   『●東電原発人災…《「失敗の本質」とその責任を問》うた上で、
                核発電「麻薬」中毒患者に「原状回復」させよ


 《九百万超》の《ぎゅうぎゅうに詰め込んだ怒り》《怒りの塊諦めが発芽し始めている》《芽生えが希望ではなく諦めの象徴》《原発事故が現出させた不条理の一つだ》。この国はどこまで冷たいのか…。《本来は恵みをもたらす田畑の土》、その内在的価値も含めて、東電は完全に補償し、原状回復して見せたのか? 核発電「麻薬」中毒患者のうち、誰か一人でも責任をとったのか? 

   『●お見舞い申し上げます・・・
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年: 
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年: 「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」
   『●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」
                    …どれか一つでも原状回復できたか?

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018010602000140.html

【コラム】
筆洗
2018年1月6日

 <この中には/冗談が入っているわけではない/全て怒りの塊だ/だから黒い袋一つの重さは/それぞれの家で若干異なるものの/大きな違いはない/ぎゅうぎゅうに詰め込んだ怒りが/廃棄物となって固まっている>▼これは福島県いわき市に住む木村孝夫さん(71)の詩集『桜螢(さくらほたる)』(コールサック社)の中の一篇。「黒い袋」とは、福島第一原発の事故で汚染された土などをはぎ取って、詰め込んだ「除染袋」のことだ▼これまでに使われた袋の数は九百万超。黒い袋がそこかしこに墳墓のごとく積み上げられている異様さ。その袋に詰められた「廃棄物」が、本来は恵みをもたらす田畑の土だったことを思えば、「ぎゅうぎゅうに詰め込んだ怒りの重さが分かるだろう▼だが、何兆円もの公金が投じられる除染作業をめぐっては、数々の不正が明らかになっている。最近も、防水のための内袋を閉めぬままにした手抜きが発覚した。染み込んだ水が漏れ出せば汚染物流出の危険がある袋が、百万にも及ぶ可能性もあるという▼除染袋の中には既にほころび、そこから芽が飛び出した袋もあるそうだ。そんな光景を木村さんは、こううたっている。<黒い袋は頑張っているものの/芽がでてくるということは/諦めが発芽し始めているのだろう>▼芽生えが希望ではなく諦めの象徴となる。原発事故が現出させた不条理の一つだ
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●東電核発電人災から6年: 4つの「生」+「命」「活」「業」「態」…どれか一つでも原状回復できたか?

2017年03月11日 00時00分02秒 | Weblog


videonews.comの記事【東日本大震災6年後もなお山積する課題/ゲスト 室崎益輝氏(神戸大学名誉教授)/マル激トーク・オン・ディマンド 第830回(2017年3月4日)】(http://www.videonews.com/marugeki-talk/830/)。

 《阪神大震災の被災者でもあり、防災の専門家でもある室崎氏は、復興を考える際に大事な視点として、4つの「生」を指摘する。「生命」、「生活」、「生業」、「生態」の4つである。その観点から見た時に、復興は順調と言えるのだろうか。…その土地で暮らし、生業を営み、自然の恩恵を受けながら暮らしてきた人たちが元の生活に戻れた時、初めて復興は成就する4つの「生」のどれかが欠けたままでは、真の復興とはならない

   『●お見舞い申し上げます・・・
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●3.11東京原発人災から2年が過ぎて
   『●「福島原発事故の今」
        『週刊金曜日』(2014年3月7日号、982号)について

   『●3.11東京電力原発人災から4年:
      虚しき「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」
   『●東電核発電人災から5年: 「今や世界の笑い者…
        政権批判をいとわないキャスターの首を差し出した」

 東京電力核発電人災から6年。
 記事に指摘されている《4つの「生」》…《「生命」、「生活」、「生業」、「生態」の4つ》…共感し、感心しました。ただ、核発電人災においては、これら《4つの「生」》のどれ一つとしても《復興の成就》は無理ではないか?、と改めて感じています。どれか一つでも「原状回復」できたでしょうか? なのに、なのに、電力会社や原子力「ムラ寄生」委員会、自公議員等々の核発電「麻薬」中毒患者達は、一体、何をやっているのでしょうか? 核発電再稼働核発電輸出…東京電力核発電人災の教訓が全く活かされていない6年間。


   『●東京電力原発人災で失われた内在的価値
   『●「国家と教育」『週刊金曜日』
       (2013年3月22日、936号)についてのつぶやき
    「平田剛士氏【福島の森と海は今 第5回最終回/「福島の幸」を
     取り戻すまで】、「生物界の24の重要機能」、生態系サービスの変化。
     11の供給サービス、10の調整サービス、3つの文化サービス。
     内在的価値http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/ba81cad971a91108269e4a1ba8870cf7)」

   『●柏崎刈羽原発再稼働を画策するような東電は
                 十分に責任を果たしたのか?
   『●「極右化する欧州」 『週刊金曜日』
        (2014年6月27日、997号)についてのつぶやき
    「野中大樹氏【原発事故から3年 喪失した「国富」 福島の実相を歩く】、
     「東電の所業は「犯罪」だ……宅地を除染しても、1週間もすれば
     数値は元に戻ってしまう……アリバイづくりのようなものです……
     あらゆる生物の〝権利〟」。内在的価値
     (http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/ba81cad971a91108269e4a1ba8870cf7)」

   『●「糸島ブランド」が泣いている: 安全神話に乗っていて
             「原子力正しい理解で豊かな暮らし」なのか?
   『●「それは風評でなくて現実だ」: 東電核発電人災の
          「大地を受け継い」だ人々の葛藤、引き裂かれた心

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http://www.videonews.com/marugeki-talk/830/

2017年3月4日
東日本大震災6年後もなお山積する課題
ゲスト 室崎益輝氏(神戸大学名誉教授)
番組名 マル激トーク・オン・ディマンド 第830回(2017年3月4日)

 マル激では震災から6年目を迎える3月4日、11日に、2週続けて東日本大震災と福島第一原発事故をテーマに番組をお送りする。

 1回目は日本災害復興学会の初代会長を務めた室崎益輝・神戸大学名誉教授に、復興の現状課題を聞いた。

 マル激では東日本大震災からの復興の成否が、今の日本の民主主義国家としての実力のバロメーターになると指摘してきた。 そして震災から6年。政府は復興は順調に進んでいると主張するが、実際は多くの課題が残されたままだ

 いまだに10万人近い被災者が、仮設住宅やみなし仮設住宅で暮らすことを余儀なくされている。大規模な堤防の建設や高台への移転などに遅れが生じているからだ。原発事故の影響で強制的に避難させられた人々の帰還も進んでいない。去年、避難指示が解除された市町村でも、帰還した人の割合は葛尾村で8.0%、南相馬市小高区が13.6%と、帰還が順調に進んでいるとは言い難い状況だ

 阪神大震災の被災者でもあり、防災の専門家でもある室崎氏は、復興を考える際に大事な視点として、4つの「生」を指摘する。「生命」、「生活」、「生業」、「生態」の4つである。

 その観点から見た時に、復興は順調と言えるのだろうか。震災直後、一刻も早い復興を目指そうと、しきりとスピード感が強調されたが、逆にそれが復興の足をひっぱったかもしれないと室崎氏は話す。4つの「生」を実現するためには、移転や工事などを拙速に進めるだけでなく、どんな町作りを目指すべきかを行政と住民がじっくりと議論し、考える時間が必要だったのではないかというのだ。

 その土地で暮らし、生業を営み、自然の恩恵を受けながら暮らしてきた人たちが元の生活に戻れた時、初めて復興は成就する4つの「生」のどれかが欠けたままでは、真の復興とはならない

 無論、最初から理想的状況はそう簡単には実現しないだろう。しかし、順調か失敗の二項対立ではなく、復興を息の長いプロセスと捉え、理想に近づけていくために今からでもできることは何かを考え、少しずつでも状況を改善していく姿勢が、真の復興には不可欠となる。

 これは東北だけの問題ではない。日本全体の問題であり、日本の民主主義の質が問われる問題でもある。月日が経つにつれ、われわれは被災地の惨状を見て見ぬふりをして、切り捨てるつもりなのだろうか。震災から6年、復興の現状と課題について、室崎氏とともに社会学者・宮台真司とジャーナリスト迫田朋子が議論した。
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●「都女性活躍推進大賞…当の本人は不思議な気持ちになった。いったい「活躍」とは何なのか」?

2017年03月02日 00時00分51秒 | Weblog


東京新聞の大西隆氏のコラム【【私説・論説室から】生きて「在る」という活躍】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2017022202000144.html)。

 《ならば、重度障害者の存在価値を見いだし、育んでいくのも周りの人々。それは社会の価値観を豊かに広げるだろう。重度障害者は、地域に生きて「在る」だけで「活躍」しているといえるのではないか》。

   『●どちらの国に生まれた子どもが幸せだろうか?
   『●教育再生: 喜んで戦場に行ける子供たち、
     「搾取会社」で喜んで働く「歯車」となる学生を育てたいらしい
    《【私説・論説室から】
     「幸福度」高める教育こそ
 …
      成熟社会の景色を眺めれば、「強い日本」ではなく「幸せな日本」を
     目指したい。国家より人間本位の教育こそが重要だと思う。…
      近年の幸福研究では、衣食住が足りていれば、お金、物、地位、
     名誉ではさして幸福度は高まらない。人との助け合い、
     地域のつながり、自分らしさを大切にする生き方がカギを握るという。
     子どもの「幸福力」を培う教育への転換を考えるべき時代だ大西隆)》

 《都女性活躍推進大賞…当の本人は不思議な気持ちになった。いったい「活躍」とは何なのか》?、という問い。コラムの云う一つの答えは、《地域に生きて「在る」だけで「活躍」しているといえるのではないか》。人の「内在的価値」といった意味でしょうか。

   『●『松下竜一未刊行著作集4/環境権の過程』読了(2/8)
    《若者の流出に対する志布志の人たちの考えは面白い。若者が都会に
     働きに出て送金して来るのはやむをえないじゃないか。
     その若者たちが時折帰郷するときのために、あくまでも美しく静かな町を
     残しておくのだという》
    《「あなたの息子さんが疲れて帰郷して来るとき、せめて憩いを与えるような
     美しい故郷を守り通すのが、われわれの務めではないでしょうか」…
     今までの開発論議で常に欠落していたのは、自然愛好的心情論であった》
    《…漁業者が放棄したのは漁業権にすぎない。埋め立て海域で漁業を営む
     権利を放棄したに過ぎない。しかして、海は厳然として残るはずである。
     海そのものを売買する権利などは誰にもありえない
     魚業権の放棄されたあとの海は、誰のものなのか。それは誰のものでも
     あるまいし、同時に誰もの共有物だろう。私企業が、漁業権を買い上げた
     からといって、それがあたかも海そのものまで買い上げたかの如く
     専横に海を埋め立てることが許されるとは呆れ果てるばかりである》
    《漁業権さえ買い上げれば海を占有できるなどということが許され続けて来た
     こと自体、不思議なほどである。…今の社会機構が、「物の生産高計算」
     でしか評価基準を持たぬゆえ…。/海というものの評価の中で、実は
     生産高での計算はもっとも矮小な評価でしかなく、万人が来て海を楽しむ
     価値は、計算を超えて巨大なはず、その楽しみは万人がもつ権利であり、
     それこそが環境権なのである(私は安易に、海を楽しむ価値と書いて
     しまったが、それではまだ卑小ないいかただという気がする。
     海がそこに存在するその存在自体の価値というべきか)》

   『●東京電力原発人災で失われた内在的価値

 この歪んだ社会・デンデン王国ニッポンに…。

   『●「容疑者の“弱者を排除すべし”という主張は
      現在の日本社会において決して特殊なものではない」
   『●アベ様参院選公約「子育て…」: 「3歳児、おなかすいて盗んだ」 
                      …アベ様のニッポン、病んでいないか?
   『●差別主義者を東京「ト」知事にできる、
      そんなニッポンの社会そのものが歪んでいる
   『●2016年報道の自由度ランキング72位: 
      「メディアは二流ならば社会も二流」、アベ政治も…粗悪
    《森達也監督…政治が一流だけど、メディアは三流なんて国はありません
     メディアは二流ならば社会も二流なんです。相互作用ですから。
     「国境なき記者団」が発表する「報道の自由度ランキング」でも、
     上位に位置するノルウェーデンマークスウェーデンは、僕から見れば
     確かに政治も一流だし、社会も成熟していると感じます。
     2010年に自由度11位だった日本のメディアが、2016年には72位にまで
     下落しました。ならばメディアだけではなくて政治も国民も、同じように下落
     したということです。今のこの国のレベルは途上国以下

   『●政治家の浅ましさ、政治の貧困: 
     「あたかも完璧な貧困者でないと許さないかのような社会」は病んでいる

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2017022202000144.html

【私説・論説室から】
生きて「在る」という活躍
2017年2月22日

 東京都の小池百合子知事からはナシのつぶて、という。ひと月ほど前に手紙をしたためた東大和市の海老原宏美さん(39)。どうしても尋ねてみたいことがあったらしい。

 地域の障害者の自立生活を一意専心で支えてきた。彼女自身も難病の脊髄性筋萎縮症を患い、人工呼吸器で命をつなぐ重度障害者。

 その取り組みが評価され、さる一月、本年度の都女性活躍推進大賞に輝いた。喜ばしい話なのだが、当の本人は不思議な気持ちになったいったい「活躍」とは何なのか。スポーツや芸術、企業活動にしろ、業績を上げ、感銘を与え、世間の脚光を浴びることか。

 そうだとすれば、人工呼吸や経管栄養が欠かせない人、意思疎通ができない人、意識の有無さえはっきりしない人、そういう重度障害者が「活躍」するのは難しい。

 彼女は言う。縄文杉はただの木でしかないのに、富士山は盛り上がった土の塊にすぎないのに、人々は感動し、すがすがしい気持ちになる。そこに価値を創造し、また発見する力が、人々の心に備わっているから、と。

 ならば、重度障害者の存在価値を見いだし、育んでいくのも周りの人々。それは社会の価値観を豊かに広げるだろう。重度障害者は、地域に生きて「在る」だけで「活躍」しているといえるのではないか。

 賞の贈呈式で、そう問いかけた手紙を知事宛てに託した。届いているか。 (大西隆
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●「それは風評でなくて現実だ」: 東電核発電人災の「大地を受け継い」だ人々の葛藤、引き裂かれた心

2016年05月07日 00時00分42秒 | Weblog


レイバーネットTVhttp://www.labornetjp.org/tv)の『●木下昌明の映画の部屋』(http://www.labornetjp.org/Column)に出ていた映画批評【●ドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ』 引き裂かれた「大地を継ぐ心」~東日本大震災5年のフクシマ】(http://www.labornetjp.org/news/2016/0220eiga)。

 《大地を受け継いで 生きていかざるを得ない者の、引き裂かれた気持ちが伝わってくる》。

   『●「あれだけの事故を起こして被害を出して、
     だれか1人でも責任とってやめたか。申し訳ないと謝罪したか」

 《あれだけの事故を起こして被害を出して、だれか1人でも責任とってやめたか。申し訳ないと謝罪したか》?
 一方、「大地を受け継い」だ人々の葛藤を思うと、辛くなる。《「生産者ながら、その気持ちはわかる。汚染された物は食いたくないもん。それは風評でなくて現実だ」と。彼は自分が食べない物を売る農家の「罪の意識」についても吐露する》。東京電力核発電人災の「大地を受け継い」だ人々の葛藤、《引き裂かれた「大地を継ぐ心」》。
 なのに、アベ様や電力会社は、そんな「大地」を原状回復する努力をしていると言えるのか? それどころか、一体何に夢中になっているのか?

   『●言葉が見つかりません・・・
   『●哀しい遺書: 「原子力さえなければ」
   『●ドキュメンタリー映画『わすれない ふくしま』:
      「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ・・・」
   『●「「3.11」から2年② 原発という犯罪」
        『週刊金曜日』(2013年3月8日、934号)
   『●原状回復できない現実: 「12万円で、あとはもう黙ってろ、
                 自然に放射能さがんの待ってろっつうこと」

 「『LITERA 本と雑誌の知を再発見』(http://lite-ra.com/)の記事【今日が命日…忌野清志郎の「表現の自由を奪う圧力」との闘い、そして憲法9条への美しすぎるメッセージ】(http://lite-ra.com/2016/05/post-2205.html)によると…《彼の死後に起きた東日本大震災では福島第一原発が放射能事故を起こし、また、そんな大事故が起きたのにも関わらず、その反省を活かそうともせずこの国は原発再稼働へと急速に歩みを進めている》」(『●室井佑月さん:アベ様に「マスコミは甘すぎやしないか?…いっそう乱暴になるし、国民の知る権利が妨害」』)。
 取り返しようの無い東京電力原発人災。現実には、原状回復も無理。せめて、ニッポンは何をすべきか? 
 「「原発さえなければ」「福島の百姓は終わりだ」…せめて、そんなことが二度と起きない「未来図」を描かないといけないでしょ! 「核兵器と原発による核の被害」なき「未来図」、「人々が核兵器や原発に苦しまない」「未来図」が必要」。

   『●『松下竜一未刊行著作集4/環境権の過程』読了(2/8)
   『●何がメルトダウンしたのか?
   『●東京電力原発人災で失われた内在的価値
   『●柏崎刈羽原発再稼働を画策するような東電は
                 十分に責任を果たしたのか?
   『●福島県双葉町「原子力明るい未来のエネルギー」
                ・・・・・・いま、その〝少年〟は?

   『●「極右化する欧州」 『週刊金曜日』
       (2014年6月27日、997号)についてのつぶやき
   『●「豊かな玄海町」へ:
     「原子力郷土の発展豊かな未来」「原子力正しい理解で豊かな暮らし」

   『●東京電力原発人災で失われた内在的価値
   『●「糸島ブランド」が泣いている: 安全神話に乗っていて
            「原子力正しい理解で豊かな暮らし」なのか?

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http://www.labornetjp.org/news/2016/0220eiga

木下昌明の映画批評 : ドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ

●ドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ』
  引き裂かれた「大地を継ぐ心」~東日本大震災5年のフクシマ


 福島で農業を営む人々はどんな暮らしをしているのか?

 井上淳一監督の『大地を受け継ぐ』はその一面を明らかにしてくれる。といっても、これは十数人の学生たちがある農家の母と息子に話を聴くだけのドキュメンタリーである。が、その話がとてもいい。

 時は2015年5月、場所は大惨事を起こした福島第1原発から約65キロの福島県須賀川市の農家の居間。大きな食卓を囲んで、息子の楢川和也が事故後どう過ごしてきたかを、学生たちにつぶさに語り、時折母の美津代が口を添える。

 「地震の翌朝、いざ家についたら廃虚みたいになっていた ……3月23日、出荷停止で8000個の結球野菜が全滅した……おやじは『おめえに農業継がせて失敗だった』と…… 24日朝、おやじはキャベツ畑の所に立っているように見えたが、足が地面についていなかった……」

 息子の抑制した静かな語り口に、誰しもが引きつけられよう。当時の農家の実態が見えてくるようだ。話そのものがドラマチックなドキュメントになっているからだ。

 彼はまた、「放射能に汚染された作物でも、作ってみて 販売できないと証明されて初めて東電が賠償する仕組みだから、食べられない物でも作らざるを得なかった」と、倒錯した状況を苦渋を込めて明かす。そして自殺した父は農薬を嫌い、常々いい土が必要なのだと、食べることの大切さを訴えていたと、農業を介して人間の生きる基本を話す。

 一人の学生が質問する。「福島県産の物は食べないという人をどう思うか?」

 すると彼は、「生産者ながら、その気持ちはわかる汚染された物は食いたくないもんそれは風評でなくて現実だ」と。彼は自分が食べない物を売る農家の「罪の意識」についても吐露する。その言葉は重い。大地を受け継いで生きていかざるを得ない者の、引き裂かれた気持ちが伝わってくる。ぜひ見てほしい一本である。

(「サンデー毎日」2016年2月28日号・木下昌明

*2月20日より東京・ポレポレ東中野ほかで公開ロードショー
(c)「大地を受け継ぐ」製作運動体
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●「糸島ブランド」が泣いている: 安全神話に乗っていて「原子力正しい理解で豊かな暮らし」なのか?

2014年09月28日 00時00分10秒 | Weblog


【玄海再稼働反対の意見書、逆転否決 30キロ圏の市議会】(http://www.asahi.com/articles/ASG9T32CNG9TTIPE003.html?iref=comtop_list_pol_n05

   『●東京電力原発人災で失われた内在的価値

 ここで云う「30キロ圏の市議会」とは糸島市です。どこから30キロかというと佐賀県の九州電力玄海原発です。
 「福岡県糸島市議会(定数22)は25日の定例会本会議で、九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働を行わないよう国に求める意見書案を賛成少数で否決・・・・・・意見書案は「(玄海原発で)事故があった場合、市は偏西風の影響で放射能飛散の影響を受けやすく、原発災害による被害は福島より大きなものになる」と予測。「ひとたび放射能で汚染されたら糸島の未来は暗く閉ざされる」として、同原発の再稼働を行わないよう国に求めていた」そうです。
 東京電力原発人災の「あの姿」を見た上で、否決してしまうのですから悲しくなります。「ひとたび放射能で汚染されたら糸島の未来は暗く閉ざされる」という確実な予測よりも、「原発安全神話」に信頼を寄せた訳です。いま色々な食材や観光で有名な糸島。でも、その「糸島ブランド」が泣いている。原発は、玄海町にも糸島市にも、「原子力郷土の発展豊かな未来」も、「原子力明るい未来のエネルギー」も、「原子力正しい理解で豊かな暮らし」も、決してもたらしはしない。

   『●何がメルトダウンしたのか?
   『●福島県双葉町「原子力明るい未来のエネルギー」
                ・・・・・・いま、その〝少年〟は?
   『●「豊かな玄海町」へ:
     「原子力郷土の発展豊かな未来」「原子力正しい理解で豊かな暮らし」


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http://www.asahi.com/articles/ASG9T32CNG9TTIPE003.html?iref=comtop_list_pol_n05

玄海再稼働反対の意見書、逆転否決 30キロ圏の市議会
鳥居達也 2014年9月25日13時59分

 福岡県糸島市議会(定数22)は25日の定例会本会議で、九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働を行わないよう国に求める意見書案を賛成少数で否決した。同市議会の総務文教委員会は8日、この意見書案を小差で可決しており、「逆転採決」となった。

 糸島市では、玄海原発から30キロ圏の緊急時防護措置準備区域(UPZ)内に約1万5千人が暮らす。

 意見書案は「(玄海原発で)事故があった場合、市は偏西風の影響で放射能飛散の影響を受けやすく、原発災害による被害は福島より大きなものになる」と予測。「ひとたび放射能で汚染されたら糸島の未来は暗く閉ざされる」として、同原発の再稼働を行わないよう国に求めていた。
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●「極右化する欧州」 『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号)についてのつぶやき

2014年07月03日 00時00分24秒 | Weblog


週刊金曜日』(2014年6月27日、997号)について、最近のつぶやきから、AS@ActSludge。

 今週のブログ主のお薦めは、山口正紀さん【「〈いのち〉を食うもの」との闘い 木下昌明・映画論集】と岩本太郎さん【理由は大学の意向か、事務的手続きか? 明大が会場使用拒否】。

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■①『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 「極右化する欧州 台頭する「反移民」と「反EU」」。高田久代氏【原発製造「メーカーとして支えていきたい」 日立製作所が株主総会】、「ライバル社である米国GE・・・・・・は原発事業を「hard to justify」(正当化するのが困難)・・・・・・シーメンス社も・・・・・・撤退」

■②『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 【村岡和博の政治時評/立憲主義を破壊する猫だまし 集団的自衛権行使容認へ向け落としどころを探る自民・公明】、「憲法解釈変更の閣議決定は、立憲主義と議会制民主主義の命運にとって決定的な一打になりかねない」。戦争狂http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/ec7aaf8cd8791e28c2116b8c0d4e9d96

■③『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 横田一さんら【右派からも沸き起こる集団的自衛権反対の声 米国のためにこの国の若者が死なねばならぬのか!】、「新聞・テレビの罪・・・・・・公明幹部の二枚舌・・・・・・安倍利権族の暗躍」。戦争絶滅受合法案の制定の矜持・意気地もなし(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/886dbf36d6f593b6bf984f670d401486

■④『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 野中大樹氏【原発事故から3年 喪失した「国富」 福島の実相を歩く】、「東電の所業は「犯罪」だ・・・・・・宅地を除染しても、1週間もすれば数値は元に戻ってしまう・・・・・・アリバイづくりのようなものです・・・・・・あらゆる生物の〝権利〟」。内在的価値http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/ba81cad971a91108269e4a1ba8870cf7

■⑤『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / まさのあつこ氏【所管を譲り合う経済産業省と原子力規制委員会 福島第一原発に送電する変電所は液状化を起こしていた 川内原発も無策のまま再稼働?】、「「新規制基準には、変電所をめぐる新たな規制は求められていない」(九電広報)」!!

■⑥『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 山口正紀さん【「〈いのち〉を食うもの」との闘い 木下昌明・映画論集】、「木下さんの映画批評は、現実を見据えつつ、常に理想を手放さない。原発、TPP、米軍基地、労働・・・・・・。〈3・11〉後、私たちが直面する現実、それとどう向き合うか、映画を通して探り、考えていく」

■⑦『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 山口正紀さん【「〈いのち〉を食うもの」との闘い 木下昌明・映画論集】、「『放射線を浴びた[X年後]』・・・『100,000年後の安全』・・・NHKの「ネットワークでつくる放射能汚染地図」シリーズ・・・『モンサントの不自然な食べ物』・・・『標的の村』・・・」

■⑧『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 岩本太郎さん【理由は大学の意向か、事務的手続きか? 明大が会場使用拒否】、「「明大が使えなくなったことで、私も危険人物になったのかと(笑)」(三上智恵さん・映画『標的の村』監督)、「街宣車やヘイトスピーチの団体が来るかもという・・」」

■⑨『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 岩本太郎さん【理由は大学の意向か、事務的手続きか? 明大が会場使用拒否】、「・・・・・・ことで会場を貸さないなら先方の思うツボ。建学の精神として「権利自由、独立自治」を理念に謳う大学がおそらくはことなかれ主義で使用を拒むのは・・」

■⑩『週刊金曜日』(2014年6月27日、997号) / 岩本太郎さん【理由は大学の意向か、事務的手続きか? 明大が会場使用拒否】、「「・・・・・・大学存亡の危機では」(青木理さん・ジャーナリスト)・・・・・・大学の審査によりハネられる可能性が高まり申請の際により一層気をつける必要が出てきた・・」
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●柏崎刈羽原発再稼働を画策するような東電は十分に責任を果たしたのか?

2013年09月13日 00時00分07秒 | Weblog


東京新聞の記事【東電、費用公表に難色 「四方遮水壁 1000億円規模」】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013090302000238.html)。

   『●不必要・無駄・危険な原発再稼働を許してはならない
   『●「馬」や「鹿」の耳にどうすれば大飯原発再稼働反対の「声」は届くのか?
   『●東電には柏崎刈羽原発再稼働など口にする資格はない
   『●東京電力に再稼働なんてさせてはならんでしょ
   『●原発施設と断層、驚きを通り越して呆れる
   『●原発稼働は経営だけの問題なのか?
   『●当事者能力がなくなっても原発を動かしたいという中毒症状
   『●「汚染水ダダ漏れは東電のケチが原因」とはどういうことなのか?

 もちろん内在的価値の喪失等、幾ら東電がお金を出したとしても償いようは無い。でも、柏崎刈羽の再稼働画策など許されることじゃない。そんなヒマとカネがあるのなら、すべてを東京電力原発人災に集中すべき。ここに「ケチ」ったり、自民党のために情報を隠蔽するなんて許されない。

   『●「もはや犯罪というしかない」 ~東京電力汚染水流出大事故と再稼働・輸出という犯罪~
   『●放射能汚染で「太平洋は終わり」との声が出るほどの重大事故だというのに、この国は・・・・・・

 「地下の四方に造るはずだった遮水壁は海側にしか造られず東電側はこの設置費も公表していない。・・「・・決して予算面での判断ではなかったと強調していた」そうだか、必要な情報も公表せず、信じろと言われても。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013090302000238.html

東電、費用公表に難色 「四方遮水壁 1000億円規模」
2013年9月3日 夕刊

 東京電力福島第一原発の汚染水問題で、福島県民らでつくる福島原発告訴団は三日、東電が汚染水対策として原発地下の四方に遮水壁を造るのが「最も有力」と位置付けながら、一千億円規模の費用や着工時期を公表しない方針を記していた内部文書を入手したと発表した。遮水壁は結局、海側にしか設置されていない。 

 告訴団は同日、汚染水漏れは管理のずさんさが招いた公害だとして、この内部文書のコピーなどを添え、公害犯罪処罰法違反容疑で東電幹部らの告発状を福島県警に提出した。

 告訴団によると、入手したのは原発事故から約三カ月後の二〇一一年六月に、東電から政府側にあてた内部文書という。発電所の四方に壁を造って遮水する「地下バウンダリ」という対策について、基本仕様や記者発表の対応方針が書いてある。

 このうち「基本仕様について」と表題のある文書は、1~4号機原子炉建屋などの地中の四方を囲む遮水壁の工事は設計がまとまり次第、着手する予定とし、「高濃度の滞留水(汚染水)をこれ以上海洋に流出させないために、『後追いにならない備え』とする」と明記している。

 だが、併せて作成されたとみられる記者発表に関する文書では、遮水壁は設計次第で一千億円規模の工事費がかかる可能性があり、「仮に一千億円レベルの更なる債務計上を余儀なくされることになれば、市場から債務超過に一歩近づいたとの厳しい評価を受ける可能性が大きい。是非回避したい」と記述。発表する際は着手時期や費用を「今後の調査・設計次第で不明」とする方針を伝え、政府側に理解を求めている。

 地下の四方に造るはずだった遮水壁は海側にしか造られず東電側はこの設置費も公表していない。東電の尾野昌之原子力・立地本部長代理は先月の会見で「建屋地下の汚染水は地下水位との微妙なバランスで管理している。不用意に陸側に壁を造ると、バランスを崩す恐れがあった。技術的側面の判断で、決して予算面での判断ではなかったと強調していた。

 東電はこの文書について本紙の取材に回答せず、告発状については「コメントは控える」としている。
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●「国家と教育」『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号)についてのつぶやき

2013年03月24日 00時00分50秒 | Weblog


週刊金曜日』(2013年3月22日、936号)について、最近のつぶやきから、AS@ActSludge

 ブログ主の注目は、所謂「高知白バイ事件」についての記事。

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■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 珍しく金曜日に到着。ようやく開封。「国家と教育/暴走する自民党の「懲罰」路線」。横田一さん【自民党内は「6項目遵守」を決議/TPP、公約違反か交渉離脱か】。自民党選挙公約ポスター: 「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。」!!

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 真野きみえ氏【水谷建設の新証言「5000万円の授受はなかった」!? 新証拠申請を却下した高裁】。東京高裁の飯田喜信裁判長の無茶苦茶さは「ゴビンダ氏に逆転有罪を科した」ことでも明白(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/e7af4667d7aa977a9aef5d9d752cf599

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 黒島安央氏【教科書採択を巡り義家政務官が〝恫喝〟 竹富町に是正措置する構え】。義家弘介文部科学大臣政務官の言う、これこそ「見せしめ指導」という「体罰」かな(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%B5%C1%B2%C8)?? 

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 伊田浩之氏【「右傾化保守化ではなく集団化」 排外・人種侮蔑に抗議】、とても口にしたり、書いたりできない口汚いデモ。「とある暴力集団」(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%A4%C8%A4%A2%A4%EB%CB%BD%CE%CF%BD%B8%C3%C4)ことウ「ざい特会」を中心としたレイシスト集団

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 田中龍作さん【「なかよくしようぜ」の風船500個を沿道に!! 東京・新大久保のヘイトデモに市民が対抗】、前記のレイシスト集団によるヘイトデモ、ヘイトスピーチに対して、木野寿紀氏らがツイッターなどで呼びかけたカウンター行動。平井康嗣編集長後記にも

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 本多勝一さん【風速計/『狂った果実』の延長線上の人生】、「ひたすら「売名」の手段としての〝政治家〟であり・・・」。小皇帝氏について、なかなかそれを皆さんが理解して下さらないのが哀しい(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%BE%AE%B9%C4%C4%EB

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 【西川伸一の政治時評/「札付き」保守派たちの情念に由来する「主権回復の日」で連休が始まるかと思うと憂鬱】。石原昌家氏【どこまで日本は沖縄を迫害するのか なぜ「屈辱の日」を「主権回復の日」に】、「「日本」が自分たちとは無縁な加害者としての存在としてしか意識できない心情の反映・・・」

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 【谷村智康の経済私考/昨年と変わりばえのない「震災から2年」報道 マスコミは被災地と復興計画の真実を見よ】、「パンダの子づくり報道には失笑した。だって、その前の日(3月11日)には、どのテレビ局も沈痛な面持ちで「震災から2年経ち・・・」」

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 樫田秀樹氏【「自分の信条を貫きたい」 猪瀬都政下初の卒業式】、田中聡史さんや根津公子さんらと、小皇帝氏お抱えの都教委による「10・23通達」。一方、あの元大阪「ト」知事の・・・村上恭介氏【「不起立は生徒の未来と自分への責任」 それでも「君が代」に屈せぬ教師たち

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 横関寿寛氏【堺市長の叛旗は橋下氏凋落の始まりか 橋下「大阪都構想」が嫌われる理由」】、「「都構想」の「ダークサイド」」、「大風呂敷のツケ」。元大阪「ト」知事の「ト」はトンデモの」(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%C2%E7%BA%E5%AD%E0%A5%C8%AD%E1%C3%CE%BB%F6

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 高遠菜穂子http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%B9%E2%B1%F3%BA%DA%CA%E6%BB%D2)さん【死刑か終身刑か、「反テロ法」の撤廃求めて広がるデモ 負の遺産「宗教対立」が激化】、「厳しいメディア規制」、「共存社会に戻るには」

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 平田剛士氏【福島の森と海は今 第5回最終回/「福島の幸」を取り戻すまで】、「生物界の24の重要機能」、生態系サービスの変化。11の供給サービス、10の調整サービス、3つの文化サービス。内在的価値http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/ba81cad971a91108269e4a1ba8870cf7

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / きんようぶんか「本」、中村富美子氏「煮えたぎる怒りを遺志として」、中沢啓治http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%C3%E6%C2%F4%B7%BC%BC%A3)さん『はだしのゲン 私の遺書』(朝日学生新聞社)書評

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 永尾俊彦氏【風力発電 エコか公害か?】、「「隠される」被害」、「二酸化炭素を削減?」、「コンバインドサイクルやコジェネ」、「バイオマスが有望」。低周波音被害について、飯田哲也氏の歯切れがいまいちかな??

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 今週の一押し記事、粟野仁雄さん【再審請求中の高知白バイ事故 「高知県警の証拠は偽造」とする決定的な鑑定書】、片岡晴彦さん。  中学生らの目の前で繰り広げられた冤罪事件http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%B9%E2%C3%CE%C7%F2%A5%D0%A5%A4)、捏造事件

■『週刊金曜日』(2013年3月22日、936号) / 中嶋啓明さん【「左右を超えた」対談 本誌の明仁礼賛記事を批判する】は、930号(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/a0551b61a3f01433c38cf01ad2412d31)の坂本龍一×鈴木邦夫の両氏の対談について。「論争」は、例の【森美術館問題を考える】
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●東京電力原発人災で失われた内在的価値

2012年01月01日 00時00分12秒 | Weblog


謹賀新年。本年こそは、良い年でありますように。全原子炉が停止した年、となりますように。

 東京新聞の記事(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2011113002000051.html)。

 福島では一体いくらの「価値」が失われたのか・・・? 東京電力や政府がとても償えるものではない。自然・野生動物の内在的価値、そして、社会的環境の「価値」も失われ、最早元に戻すことは出来ない、100,0000年待とうとも。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2011113002000051.html

【私説・論説室から】
田んぼの生物の価値
20111130

 田んぼに生息する生きものは、環境面では有益・有用であることは間違いないが、本当に経済的には価値がないのだろうか。

 福岡県糸島市に住む農業宇根豊さん(61)らは、二〇〇五年から〇七年にかけて同県内を調査し、あえてお金の価値に換算してみた。

 「トノサマガエルがペットショップで千円で売られていたので、一匹あたり千円と換算するのです。田んぼ十アール当たりトノサマガエルは二匹いるので、二千円となります」(宇根さん)

 オタマジャクシは一匹〇・一円だが、十アールに三万七千八百匹もいるので、三千七百八十円となる。逆にアオサギは一羽あたり二千円とみるが、田んぼには〇・〇一三羽しかいないので、評価額は二十六円となる。

 イトミミズやクモ、トンボ、メダカ、ホタル、タニシ。一覧表には八十数種の生物が掲載されていたが、高額なのがカブトエビの八千四百円、青紋イトトンボの四千八百円、沼ガエルの四千三百円などだ。

 田んぼの生きものがそのまま売買されるわけではないが、学術会議は水田の洪水防止機能を約七万七千円、水源涵養(かんよう)機能を約三万三千円、土砂崩壊防止を約一万円などと換算し、十アールの多面的機能を約十七万九千円とはじき出している。

 生物の経済価値も引けを取らない。宇根さんらの計算では計約九万六千円となった。人間とともに生存する多様な生物にも温かい目を持ちたい。 (桐山桂一)
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●『松下竜一未刊行著作集4/環境権の過程』読了(2/8)

2010年01月31日 19時00分34秒 | Weblog

梶原得三郎新木安利編、松下竜一 未刊行著作集4/環境権の過程

 下河辺淳氏とはそういう人だったのか、と納得(p.62、103、129)。

 巨大開発の夢のような話の裏。「なんのことはない。その新コンビナートがまた新しい公害を生む。その対策費をひねり出すためには第四コンビナートを造る。このとめどない悪増殖をどのように考えればいいのか。市民を待ち受けるのは地獄ではないのか」(p.90)。
 「そうなのだ。それでいいじゃないか。おれ貧乏なのかなあ、などと無理に悩む必要などありはしない。/〈ゆたかさ〉とは意識問題なのだ。・・・松林の海岸を持つし、遠浅の海では貝掘りも楽しめる。心身を破壊する公害とは無縁だ。―――これほどゆたかな生き方があろうか。/・・・演劇を見ることによる一時的感興と、中津市の子供たちが幼い頃からゆたかな自然の中で生育していくことのすばらしさを比較すれば、私はためらいもなく後者を選ぶ。/・・・都市化により喪われた自然が市民の心の生育に与える底深い破壊は、その何をもってしてもつぐないうるものではない」(pp.92-93)。
 内在的価値の萌芽。あのトンデモナイ冤罪事件で有名な志布志。「若者の流出に対する志布志の人たちの考えは面白い。若者が都会に働きに出て送金して来るのはやむをえないじゃないか。その若者たちが時折帰郷するときのために、あくまでも美しく静かな町を残しておくのだという」(p.94)。「「あなたの息子さんが疲れて帰郷して来るとき、せめて憩いを与えるような美しい故郷を守り通すのが、われわれの務めではないでしょうか」・・・今までの開発論議で常に欠落していたのは、自然愛好的心情論であった」(p.108)。「・・・漁業者が放棄したのは漁業権にすぎない。埋め立て海域で漁業を営む権利を放棄したに過ぎない。しかして、海は厳然として残るはずである。海そのものを売買する権利などは誰にもありえない。魚業権の放棄されたあとの海は、誰のものなのか。それは誰のものでもあるまいし、同時に誰もの共有物だろう。私企業が、漁業権を買い上げたからといって、それがあたかも海そのものまで買い上げたかの如く専横に海を埋め立てることが許されるとは呆れ果てるばかりである。」(p.184)。「漁業権さえ買い上げれば海を占有できるなどということが許され続けて来たこと自体、不思議なほどである。・・・今の社会機構が、「物の生産高計算」でしか評価基準を持たぬゆえ・・・。/海というものの評価の中で、実は生産高での計算はもっとも矮小な評価でしかなく、万人が来て海を楽しむ価値は、計算を超えて巨大なはず、その楽しみは万人がもつ権利であり、それこそが環境権なのである(私は安易に、海を楽しむ価値と書いてしまったが、それではまだ卑小ないいかただという気がする。海がそこに存在するその存在自体の価値というべきか)」(p.137)。

 埋め立て「協定調印の翌夜・・・一人のおじいさんが、さも納得いかぬげに質問に立った。「わしゃあ百姓をしちょるもんじゃが・・・・・・協定がもう結ばれたちゅうけんど、そらあおかしいなあ。わしんとこには、なんの相談もこんじゃったが・・・・・・」/・・・まさに自分は市民の一員なのだから。/首をかしげいうおじいさんの疑問に、私は胸が熱くなり「そうなんです。市民一人一人の声に耳を傾けてまわらない政治が間違っているのです」と答えた。・・・むしろ、おじいさんの発言を常識外れとして失笑した人々の、その〈ならされた常識〉にこそ、現今の民主主義の衰退があるのだ。/・・・その可否には、それこそ市民一人一人の意見を徴して回るのが当然である。今の行政機構の中でそれが不可能だとしても、そのような姿勢だけはもたねばならぬ。」(p.106)。「それこそが真の民主主義である」(p.141)。
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