Activated Sludge ブログ ~日々読学~

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●『新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環』読了(1/4)

2009年12月27日 06時42分30秒 | Weblog

新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環』、12月に読了。内橋克人著。文春文庫。2009年3月刊。

 08年末、非正規雇用者の契約打ち切りにともなう帰結としての日比谷公園での「年越し派遣村」(p.11)。「憲法二十五条で保障されているはずの「健康で文化的な最低限度の生活を営む」生存権は、実は、一九九〇年代の後半以降、ドラスティックに脅かされてきました」。

 教育の機会不平等。「・・・富裕層にのみ、私立進学の道がひらかれているということは、結果としての平等だけではなく、機会としての平等も今日の私たちの社会は失っていることになるからです」(p.20)。

 新自由主義経済・市場原理主義への道。「一九七〇年代以降に、あなたの気がつかないうちにさまざまな政策の変更がなされていったのです。その結果としての「現実」なのです。/・・・/やがて日本にも八〇年代後半にそれはやってきます。「内需拡大」「内外価格差是正」「規制緩和」「努力が報われる社会」「構造改革」・・・・・・そのときどきにキャッチフレーズを変えながら、それはやってきたのです。多くの人々がその政策変更の本当に意味するところを知らないままに、政策は変更されていったのです。/そうした政策の変更がたやすくできるようなしかけも、選挙制度に組み入れられます」(pp.28-29)。
 「一、それまで規制下にあった産業を自由化する。/・・・安全や安定が重要な分野である・・・規制がはずされていったのです。/・・・/二、累進課税をやめる。・・・/三、貿易の自由化。・・・/・・・労働者の生活水準を著しく切り下げ、安全も脅かす・・・/・・・ほんの一握りの非情でしかも貪欲な人間に、とてつもなく金持ちになる素晴らしい機会を与えることなのだと。一般の労働者にとっては、生活の安定、仕事の安定、こういったものすべてを窓の外に投げ捨ててしまうことなのだと。/・・・二極分化が進んでしまい、上に行くのはわずかで、下へ、下へと吐き出されていく。・・・低所得層へと吐き出されていく有様がはっきりと見て取れます。/・・・規制緩和とは、これまで公平なアンパイアのいたゲームからアンパイアをのけてしまうということだったのです。・・・ルールが変わってしまうということには無自覚でした。皆が、なんとなく良くなるという錯覚を持ったのです。結局、そうした人々はゲームから弾き出され、得をしたのは、権力の中枢にいてルールブックが変わることをよく自覚した一握りの人々でした」(pp.34-39)。
 「働く人々の生活水準は劇的に低下し、経営者と株主、投機家という一握りの強者が莫大な富を手にする。/それが規制緩和によってアメリカで起きた現実だったのです。」(p.43)。「宮内義彦氏がCEO(最高経営責任者)をつとめるオリックスのグループ企業」。「宮内氏は規制緩和の名の下に、自分のビジネスに都合のよい政策変更をしかけている(p.143)。
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●『新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環』読了(2/4)

2009年12月27日 06時38分26秒 | Weblog

【内橋克人著、新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環

 日本航空。「・・・労働の規制緩和す。/かつて、派遣労働は禁止されていました。・・・/みなさんもおぼえているでしょう/会社を自由に選択できる、休みたいときに休むことができる、自由な働き方、それが派遣労働です―――というようなキャッチフレーズを。/・・・/労働者派遣法の改悪によって、雇用者つまり「働かせる側の自由」は大きく拡大、雇用に対する責任は縮小され、労働者つまり「働く側の自由と権利はどんどん縮小しています」(pp.44-47)。
 タクシー業界。「・・・タクシー運転者の年収の方が生活保護基準額を下回っている・・・」(p.61)。
 レトリック。「・・・レーガン大統領が使ったレトリックが「トリクルダウン・エフェクト」というものでした。/・・・水がしたたりおちるように、、富裕層への減税のおこぼれが、下のほうにおちていくということです。/日本でも、まったく同じことを言っていた人がいます。/小泉内閣で構造改革をおしすすめた経済学者の竹中平蔵です。・・・/人々は満足しているでしょうか?/アメリカで、日本で・・・」(p.68)。

 なぜ? 「・・・こうしたみずからの首をしめるような政策変更を受け入れたか、・・・/一つには、「『規制緩和』を戦後の官僚支配を打破する特効薬と錯覚したこと」、/二つめには「学者をメンバーに入れた一見中立に見える政府の審議会、あるいは、主相の私的)諮問委員会の口当たりのいいキャッチフレーズにまどわされたこと」、/三つめには「これら審議会の意見を大きくアナウンスした大マスコミの存在」、/そして四つめには「小選挙区制度の導入」が挙げられるでしょう」(p.72)。
 接待をうけ○ー○○しゃぶしゃぶに「入り浸っていたなど、目をおおうような倫理の頽廃がありました。/・・・/「規制緩和」によって官僚から権限をとりあげることができれば、暮らしがよくなると錯覚していったのです。/・・・「労働」や「福祉」「医療」「教育」などの分野に対する規制の緩和は、ひとつひとつ公共性との関係を慎重に検討しながらなされるべきだったのです。/竹中平蔵氏などは、・・・官僚悪者論が彼らの常套句で、民営化に反対する人間は、あたかも官僚の見方をするかのように言われました。/・・・私たち・・・批判をし、竹中平蔵氏も「きわめていかがわしい」と日本経済新聞紙上でののしったのです」(pp.74-75)。

 小選挙区批判vs〝改革〟派。「・・・反改革派とされて叩かれました。/・・・石川真澄氏などは「韓国なども・・・採用してるので、・・・まずそれをきちんと調べるべきだ。詳細を調査すべきだ」と論陣を張ったのですが、・・・石川批判を盛んに展開しました。/・・・それはすごいもので、石川氏が辟易して、「もう私は書く気がしない」と言っては天井を仰いでいたものでした。/それぐらい批判は猛烈だったのです」(pp.78-79)。
 憲法改正への胎動。「郵政四事業の民営化もそのひとつですし、イラクへの派兵もそのひとつでしょう。/・・・今、憲法の改正が政治日程にのぼるようになったのです」(pp.80-81)。「・・・現行憲法の骨抜き化です。現在の憲法九条をすなおに読めば、イラクへの派兵はできなかったのです」。
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●『新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環』読了(3/4)

2009年12月27日 06時35分59秒 | Weblog

【内橋克人著、新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環

 「その経済学者の名はミルトン・フリードマンと言います」(p.83)。
 ケインズ学派vsシカゴ学派。「・・・ネオリベラリズムの始祖とも言える、ミルトン・フリードマン・・・。/・・・マネタリズムの原則、「競争している市場は安定している」「競争市場は常に公平だ」という前提は、もう時代の現実に合わなくなっていると私は考えますが、いずれにしてもフリードマンは市場原理主義の一つの大きな思想的な柱であり、彼の存在を抜きにしては現在の新自由主義ネオリベラリズム)を語ることはできません」(p.86)。「・・・「市場にまかせさえすれば、すべてうまくいく」という彼の理論・・・/・・・貨幣の供給量によってのみ経済はコントロールできる、公共事業や福祉事業による需要創出効果は、無駄である、というこの考えをマネタリズムとも呼びます」(pp.90-95)。
 「レーガン、ブッシュ・シニア・・・クリントン政権も、・・・/これによってシカゴ学派の優位は決定的となり、アメリカ中の大学やビジネススクールでフリードマン流の自由経済学が教えられるようになります。IMF(国際通貨基金)」やWTO(世界貿易機関)、世界銀行といった国際機関や世界各国の官庁や中央銀行に自由主義経済学の洗礼を受けた卒業生が送り込まれ、「グローバリズム」の名の下に世界各国に市場原理主義を広めてゆくわけです(pp.98―99)。保険、公衆衛生の安全規制など、政府によるあらゆる規制に反対。

 「フリードマンの市場原理主義を極端な形で採用した国家の軌跡」(p.107)。チリでは、CIAの〝協力〟でアジェンデ政権をクーデータにより破壊し、「政権を銃口で掌握したピノチェト」は「シカゴ大学でフリードマン流経済学を学んだ若きエコノミストたちを閣僚に登用し、極端な自由化政策を進めることになるのです。/「彼らは「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれました」。『悪夢のサイクル』の始まり。「価格規制の撤廃、関税引き下げ、貿易の自由化、税制のフラット化、財政支出の削減、公的年金や医療保険の民営化、公企業の民営化、最低賃金の撤廃や組合交渉の違法化など労働規制の緩和、外資規制の緩和、金融取引の自由化などなどの市場原理主義政策をまさにフリードマンの教科書通りに実施・・・」(p.112)。
 「ピノチェト政権に反対するチリのデモ隊からは、フリードマンは「独裁を支持した自由主義のドン・キホーテ」と呼ばれたのです」(p.114)。「ネオリべラリズムは、小さな政府を標榜しながら、実は、軍事に関しては大きな政府という形態をとります(p.170)。
 「このコンセルタシオン政権下の経済成長が世界的に注目されたわけですが、その成功は、決して新自由主義政策によるものではなく、むしろ行き過ぎた市場原理主義への反省の上に立って、貧困問題や社会格差の縮小に真剣に取り組んだ結果であることは明らかです。従って、これをもって「市場主義の勝利」といった言い方をするのは、完全な間違いです」(p.118)。日本の新政権が小泉や竹中の誤った政策を、この方向で修正してくれるとよいのですが・・・。
 アルゼンチンの新自由主義改革も失敗(pp.118-125)。

 
「ネオリベラリズムの政策によって、引き起こされるサイクルとは」(pp.126-127)。「・・・国の市場を支配し、利潤を搾取して国外に持ち去るという構造が確立・・・」(p.128)。
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●『新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環』読了(4/4)

2009年12月27日 06時33分25秒 | Weblog

【内橋克人著、新版 悪夢のサイクル/ネオリベラリズム循環

 「そうした「投機」のための金を、私は労働の対価や商品を買うためのおカネ」と区別する意味でマネー」と呼ぶことにしています。/そのマネーが自由に動ける市場を、アメリカは欲したのです」(p.163)。バブル前後。
 「ここいう「マネー」は「お金」とは違うものです。/・・・『モモ』・・・ミヒャエル・エンデも『エンデの遺言』・・・そのことを指摘しています。/・・・正当な労働の対価としていただくものである・・・。/ではマネーとは何かといえば、それはお金から出てきたものではあるけれども、元のお金とはすっかり姿を変え、投機のために使われ投機のために使われているもの。たとえば証券取引所で扱われているような、さまざまな金融商品がそうです」(pp.196-197)。

 なぜイラクは侵略されたのか? 「このマネー資本主義と唯一違う価値観の文化圏があります。それがイスラム諸国です。・・・/・・・日本と反対に市場原理主義を布教するアメリカにとって最も手ごわい障壁となっているのが、実はイスラム圏なのです。/イスラムの世界では、「正当な労働の対価以外は受け取ってはならない」という戒律があります。市場主義にとって最も脅威になる・・・」(p.170)。「・・・一種の道徳性、人間性、倫理性です。それに対する人々の信頼の面です。/日本、あるいはアメリカの銀行は違います。こうした国々では「お金は貸すよ、だけどそっちが失敗したら、そっちの責任だよ」というものです。さらに国家権力と結託して貯金金利をゼロにして、自分たちはコスト・ゼロで資金を集めながら、大変な金利で貸す。こういうことを平気でやります。/イスラム銀行は投機というものには乗りません。・・・投機はしない。/・・・/・・・イスラムはやはりマネー資本主義に対抗している現実であり、市場経済をより健全なものにしてゆく上で大きな価値を持つ対抗思潮であると考えています」(p.173)。「・・・アメリカが今、イラクでやろうとしていることは、イスラム世界の市場化だというわけです。・・・イスラム圏の市場化こそがイラク戦争の目的であったという意見は、この戦争の本質を突いていると私も感じます」(p.177)。

 教育にまで自由化の波が・・・、それは赤紙を意味した。「・・・安倍晋三氏は・・・公教育の場に市場原理を導入する・・・。・・・学校間競争が始まり、学校は効率化され、子どもたちも「選択の自由が得られる」とうたいました。しかし、実際に・・・アメリカの自治体や、イギリスなどでは、・・・その選択権を行使することさえできないという結果になっています。・・・これまでもあった学校格差がもっと激しいかたちであらわれ、階層化はよりいっそうすすみました。/・・・/・・・イラクで死んでいった若者の多くは、製造業が死に絶え、荒廃し、仕事もない地方の学歴の低い若者たちです。海兵隊、そうした仕事のない街に狙いをさだめてリクルーターを派遣します。/・・・軍隊は、階層社会を這いのぼる唯一の梯子です。/そのチャンスに賭けて、多くの若者が戦場にでかけ死んでいっているのです」(pp.179-180)。

 
フィンランドのノキア。「・・・自らの利益率を上げることだけを見てきた企業ではない・・・」(pp.212-213)。またしても北欧。教育においても「「規制緩和」をおこなっている日本とは反対の方向を向いているのです。/それでも日本より成績がいい、という点に注目してください。/・・・それを受け入れる国民的コンセンサスがあるのです。/・・・国民それぞれが共通して負担をおうことで、社会的な安定を選んでいるということになります。/・・・自分の利益のためではなく、公共のためとは何かということを考え行動しています。/・・・ネオリベラリズム的な循環の中では、格差が拡大し、大が小を呑み、少数の者に富と権力が集中してゆく、そうした中での人心の荒廃こそが最も問題なのです。」(p.218)。

 安全ネットのある社会システム(p.221)。
 OSを公共財ととらえたリナックス(p.222)。
 フェアトレード(p.229)。FEC地域自給自足圏(アウタルキー)(p.229)。「もともと地元に豊かにあるものを、輸送エネルギーを使って海外から運んでくるという社会は、どこか間違っている、歪んでいると感じます。/今の日本は、・・・まさに正反対の方向に向かっているのです」。見習うべきは、北欧諸国。たとえば、FECについてはデンマーク(p.231)。

 田原氏との違い。「田原総一郎氏は、「若い起業の志をつぶすな」・・・という文章を書いています。/・・・/しかし若者の夢とは、メイク・マネーだけでしょうか。/・・・/人間に対するインセンティブはマネーだけではないのです。/一人は万人のため、万人は一人のために、それを目指して努力する。自分が成功するのでなく、より多くの人のために役立つというのもやはり青年の夢であり、満足であり、インセンティブです。決してお金だけではありません」(p.225)。竹中氏などとは全く違う、真の意味での経済ジャーナリスト内橋さんの真骨頂。
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●「京都議定書の失敗」をあなたたちに言われたくない

2009年12月19日 05時27分53秒 | Weblog


コペンハーゲン協定が合意されたらしい。

 オバマ大統領が、飛び入りでBRICsを含む(?)国々の会合に飛び込みで、合意に向けて説得したとのこと。会合後、中国代表もニコニコ。目標値や目標年もなく、拘束力もない内容の薄いものらしい。
 
オバマ大統領は、京都議定書は拘束力があったにもかかわらず、何も達成されていないではないか、と会見で述べていたが、中途でトンずらした国に言われたくないものだ。〝環境〟さへも自由化・市場化する(公的セクターの制御のいっさい無い市場経済で〝マネー〟[実体としての〝お金〟じゃない]を儲ける)、排出枠の取引やCDMなどといったシステム(京都メカニズム)を導入させたら、さっさとトンずらして京都議定書の理念を踏みにじった国に言われたくないな。さらには原子力推進へと誤誘導してるしで、どっちが「不都合な真実」やら。最たる環境破壊・環境汚染である〝戦争行為〟を相変わらず続けてもいる。単純な石油戦争だけではなく、イスラム世界システムの破壊を意図していたらしい、つまり、新自由主義化させるために。北欧的な思潮とともに、我々が目指すべき対抗思潮を破壊するために。

 
さんざん環境破壊を続けてきたわが国が言えた義理ではないが、BRICsもいい加減すぎる。

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●DAYS JAPANに支援を(再)

2009年12月17日 05時51分00秒 | Weblog


再度メールをいただきましたので、以下に。

=======================
DAYS JAPANを支えてくださる皆さま

 お世話になっております。
 今回のキャンペーンを開始してから、たくさんの反響を頂いております。心から感謝いたします。
 さて、前回お送りしたご案内の中に、定期購読お申込みページのURLをつけておりませんでした。申し訳ございませんでした。ウェブフォームをご案内いたしますので、是非ご活用ください。
※すでにメールやFAXを送ってくださいました皆さま、申し訳ございません、またありがとうございました。
DAYS JAPAN公式サイト(定期購読バナーに注目☆)
http://www.daysjapan.net/
■定期購読申込ウェブフォーム
https://sv62.wadax.ne.jp/~daysjapan-net/waseda/days-koudoku.html
■ブログ「存続キャンペーン」
http://daysjapanblog.seesaa.net/article/135219671.html
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●DAYS JAPANに支援を

2009年12月16日 06時45分13秒 | Weblog


蟷螂の斧ながら、この場で。「DAYS JAPAN」から緊急のメールをいただいた。

 AMLに代わるCMLの坂井様の投稿をご覧ください。なんとか「DAYS JAPAN」が存続できればよいのですが。

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●『ドキュメント死刑囚』読了(1/2)

2009年12月15日 05時09分46秒 | Weblog

『ドキュメント死刑囚』、12月に読了。篠田博之著。ちくま新書。2008年8月刊。

 殺して何になる。平和の象徴どころか・・・。「・・・宮崎勤死刑囚に突然、刑が執行されたのだった。・・・大臣就任後、異常といってよいほどのペースで死刑を執行している鳩山邦夫法相の意向がなければ、こんなに早い執行はなかったはずだ。/・・・朝日新聞のコラムで死に神と皮肉られたことに怒り、・・・こう語ったという。「死刑囚にだって人権も人格もある」「(表現は)執行された人への侮辱でもある」/この人はいったい、自分がやっていることがわかっているのだろうか。死刑囚の人権や人格を究極に否定する行為が、死刑執行ではないか。/・・・こんな対症療法的なやり方が、本当に凶悪犯罪の防止につながるのだろうか」(pp.8-9)。
 小林薫被告について、「・・・恐らく彼は、家庭環境が違っていたら、あのような犯罪者にはならないですんだ人間ではないかと思う」(p.97)。これは3人に共通。特に宮崎死刑囚は「乖離家庭」だった模様。宅間守死刑囚の家庭にも問題があったようである。家庭と、倒錯した3人の心の闇。
 「「法で定められた〝控訴〟という手続きすら、一殺人犯の死刑判決を受けた身は非難の対象となり、してはいけない手続きなのか」/・・・弁護士宛ての手紙・・・文面には「なんで、あんな奴弁護するんや!」「死ね!」「金もうけやから弁護するんか!」・・・」(p.167)。無茶苦茶である。小林薫被告が「小学・中学と受けたいじめとなんら変わらない・・・」。

 宅間守死刑囚の悲惨な事件で、「・・・宅間の側に自分を投影して事件を受けとめた人がいるのを知って、私が驚き、認識を新たにしたのだった。/・・・弁護士に聞くと、・・・3割ぐらいは彼に共感を寄せたものもあったのだという。・・・/世間を恨み、復讐のためにあの残虐な犯罪を犯した宅間守に、自分を投影してみた人が少なからず日本社会に存在するというこの事実は、深刻に受けとめねばならない事柄だった」(p.177)。

 和歌山カレー事件の林眞須美被告(p.219)、「来年こそは、死刑執行のないことを願います」。安田好弘弁護士(p.223)。

 家族殺害に加担させられてしまった、北九州監禁殺人事件の緒方純子被告(p.224)。「・・・彼女を処刑することなど何の意味もないことを、最高裁は理解してほしい。/・・・鳩山法相の話などを聞いていて私が苛立つのは、その言葉に死刑という人間の生き死の決定に自分が関わることへの重たさが感じられないからだ」(p.229)。スイッチを人に押させて平気でいられる神経が理解できない。
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●『ドキュメント死刑囚』読了(2/2)

2009年12月15日 05時08分14秒 | Weblog

(【『ドキュメント死刑囚』、篠田博之著】)

 「終章 凶悪犯罪に社会はどう対処すべきか」(pp.232-238)。「家族というキーワ-ド」、「善玉対悪玉」、「絶望の中で希望を見出す」、「ジャーナリズムの不在」、「「罪を償う」とはどういうことか」。

 「・・・死刑こそが有効で重い処罰なのだという思い込みで現実に対処するのは、ほとんど思考停止というべきではないのか」(p.238)。殺すな、殺させるな。向かうべき方向は中国や中東、〝かつて〟の、あるいは、一部の州の様なアメリカではなく、北欧である

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●『The Mechelin 4』読了

2009年12月14日 07時49分12秒 | Weblog

『The Mechelin(ザ・メシュラン)4』、12月に読了。画報社。2009年11月刊。

 自腹を切っての調査。
 たぶん行くことはないだろうけど(今回は行ったことのある処もなかった)、見てて楽しい。
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●『きみが選んだ死刑のスイッチ』読了(1/2)

2009年12月13日 23時07分36秒 | Weblog

きみが選んだ死刑のスイッチ』、12月に読了。森達也著。理論社YA(ヤングアダルト)新書。よりみちパン!セ。2009年5月刊。

 
「第1章 罪と罰」、「第2章 冤罪」、「第3章 裁判員制度」、「第4章 死刑」。

 裁判員制度。「・・・理解しやすくて長引かない裁判を目指すのだ、ということになる。/やれやれ。/言っているそばだ。・・・/・・・つまり丁寧で正確であることが、裁判にとっては、何よりも優先すべきことなのだ。わかりづらいとか長すぎるとか、そんな理由で簡単に変えるべきではない。/・・・法務省や司法関係者が本当にそう思っているのなら、まずは自分たちで、これを改善する努力をすべきだと僕が思う」(pp.124-125)。「・・・司法改革の焦点は、「無罪推定の原則が消えかけている」こととか、「裁判所が世論を気にしすぎている」ことなどではなく、「民事司法の手続きをもっと簡略化しよう」との趣旨だった。/またこれだ。簡略化。つまりわかりやすさ」(p.149)。

 代用監獄。「・・・すべて実際にこれまであったことだ。・・・公正な裁判を行うためには、まずはこの代用監獄という制度を、変えねばならない。ところがなかなか変わらない。こんな制度は世界でも稀だというのに」(p.139)。

 ポピュリズム、世論に迎合。「その一例が、弁護士へのバッシングだ。・・・たとえば、「光市母子殺害事件弁護団に対するバッシングはひどかった。雑誌などには「鬼畜弁護士」などのフレーズが何度も掲載された。・・・日本全国から毎日のように、「死ね」とか「悪魔」とか書かれた葉書やカミソリが入った手紙などが、送られてきたらしい。/・・・子供の頭に打撲のあとはいっさいなかったことが判明した。/つまり、検察側の主張はだった。嘘は言いすぎかもしれないけれど、少なくともこれについては、事実ではなかった。/でも多くの人は、こんなことも知らない。なぜならメディアが報道しないからだ。検察側の主張は、あれほどに大きく報道したのに」(pp.143-144)。
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●『きみが選んだ死刑のスイッチ』読了(2/2)

2009年12月13日 23時04分46秒 | Weblog

森達也著、きみが選んだ死刑のスイッチ

 「早く死刑に!」。「・・・今後は裁判が極端に迅速化される見通しだ。つまり進行が早くなる。でも被告人の利益を損なうような裁判の迅速化は、憲法で規定された「適正手続きの保障」(憲法三十一条)と「公平な裁判を受ける権利」(憲法三十七条)を侵害する可能性がある。/・・・「麻原裁判」は・・・他の事例と比較しても決して長くはない。/少し調べれば分かること。でもこのときは「なぜ早く死刑にできないのか式のメディアキャンペーンが展開・・・」(p.152)。
 「死刑、あたりまえ?」。「・・・「光市母子殺害事件」・・・/裁判長が死刑を言い渡したとき、広島高裁周辺に集まっていた数百人の群衆から、大きな拍手と歓声が沸きあがった。・・・これほど多くの人が喜んだということになる」(pp.176-177)。

 市民感覚。「今以上に安易に「市民感覚」を法廷に導入することが、どれほどに危険なことかを、あなたに実感してほしい」(p.166)。

 ミッテランが法務大臣に任命したロベール=バダンテール弁護士はすぐさま死刑廃止案を提出。スピーチで「・・・明日、みなさんのおかげで、フランスの司法はもはや人を殺める司法ではなくなるのです。明日、みなさんのおかげで、・・・人目をしのんでじっそり執行される、私たちの共通の恥である死刑がなくなるのです。明日、私たちの司法の血塗られたページがめくられるのです」(p.210)。

 タイトルの「死刑のスイッチ」。「・・・人の生命を自分が奪ってしまったという罪悪感はすさまじい。だから精神を病んでしまう刑務官も少なくない」(p.241)。飯塚事件の刑務官は,いま、何を思うだろう。「もしもあなたが死刑はあって当たり前だと思うのなら、本当はこのスイッチを、刑務官にばかり押しつけないで、あなたも押すべきなのだ」。私には押せないし、だからこそ、その可能性のある裁判員になどなるつもりはない
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●『紙の爆弾(2009年9月号)』読了

2009年12月12日 21時23分22秒 | Weblog

紙の爆弾』(2009年9月号)、12月に読了。

 仙波敏郎さん「裏金告発した元愛媛県警巡査部長退職後も続く闘争/第二回『二人の内部告発者』」(pp.36-38)。西宮冷蔵の水谷洋一社長。

 角田裕育氏「公正取引委員会から排除措置命令/止まらない、セブン-イレブンオーナーたちの反乱」(pp.40-43)。
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●『教育・研究分野での事業仕分け』

2009年12月10日 07時46分47秒 | Weblog

教育・研究分野での事業仕分けについての議論が、例えば、kikulog(http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/)などでも活発に行われている。昨夜、木下昌明の映画の部屋」を見ようと思い、レーバーネットのWP(http://www.labornetjp.org/Column/)を何気に覗いてみたところ、面白い記事を見つけた。「飛幡祐規 パリの窓から」の中の大学「改革」と『クレーヴの奥方』(第3回・20095月19日)(http://www.labornetjp.org/Column/20090519pari/)という記事。
 フランスでの大学教育・研究者のストに関するもの。一部をコピペさせていただくと、「研究者を英語の科学雑誌に引用された回数でランクづけするような評定法を信奉し、すべてを経営者の頭でしか考えられないサルコジの侮辱的な言説」、教育や研究について「収益性のみを追求する経済優先思考に反対したことは、たとえこの改革がなし崩しに施行されても、今後の抵抗を支える精神を育み、若い世代に何かを伝達したのではないだろうか」。単にストが行われただけでなく、「さまざまな独創的なハプニング」が起こったそうである。
 
全文を、是非、ご覧頂きたい。


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●『創(2009年12月号)』読了(1/2)

2009年12月08日 07時48分49秒 | Weblog

』(2009年12月号)、12月に読了。

 篠田博之編集長「実名本出版差し止めをめぐる論争 光市事件実名本をめぐり問われたことはなにか」(pp.26-27)。
 
増田美智子氏・寺澤有さん「実名本出版差し止めをめぐる論争 元少年の実像を描くため実名を揚げた本を出した」(pp.28-34)。尊敬する寺澤さんだったのに、この件に関してはやはり失望だし、ショック。理解に苦しむ。
 
浅野健一さん「実名本出版差し止めをめぐる論争 少年を顕名にして何になる――光市事件実名本出版の陥穽」(pp.36-41)。匿名報道の第一人者であり、本件についてもやはり寺澤さんよりも説得力を感じる。
 綿井健陽さん「実名本出版差し止めをめぐる論争 取材者と取材対象者との関係性とは?」(pp.42-47)。この事件に深くかかわる綿井さんだからこそ、やはり説得力を感じるし、寺澤さんの行動をますます理解できなくなる。非常に残念。「報道やジャーナリズムに携わる者が、言論・報道の自由という言葉を抵抗手段として公に訴える場合は、それは対国家、対公権力に向けて使うべきだと私は考えている。/たとえばNHKの「ETV番組改編問題」のときの安倍晋三や故・中川昭一ら国会議員(当時)の対応、古くは毎日新聞西山太吉記者(当時)の沖縄返還密約記事での逮捕・有罪、最近では映画『靖国』上映中止問題のときに国会議員らが試写要求と文化庁に口出しや取材対象者に接触する行為など、これらは「言論・報道の自由」の問題として、それこそ良い意味での〝メディア・スクラム〟でもって対応すべき出来事だった。/それらと比べれば、今回の本が・・・」。

 鈴木邦男さんの「明治精神と全共闘」(pp.72-75)。「・・・引き受け手のない公安事件や冤罪事件に取り組む弁護士は皆、全共闘世代だ。・・・また安田好弘弁護士オウム、光市事件など、人のやらない弁護を引き受けている」。

 香山リカさんの「「こころの時代」解体新書/加藤和彦氏と「激越型うつ病」」(pp.76-79)。ザ・フォーク・クルセイダース、サディスティック・ミカバンド。

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