しかし神々しい存在よ、最後にいたるまでも鳴り響く者よ、
しりぞけられたマイナデスの群れに襲われたとき、
彼女らの叫喚に秩序をもって響きまさったうるわしい存在よ、
打ち毀す者たちのさなかから あなたの心高める音楽が立ち昇ったのだ。
あなたの頭と竪琴を打ち毀すことのできる者はいなかった、
いかに騒ぎ 足掻こうとも。 そして彼女らが
あなたの心臓をねらって投げつけた鋭い石はみな
あなたに触れると 柔らいでそして聴く力を授かった。
ついに彼女らはあなたを打ち砕いてしまった、復讐の念にいきりたち。
しかしそれでもあなたの響きは 獅子や岩のなかに、
樹々や鳥たちのなかに留まった。そこでいまなおあなたは歌っている。
おお 失われた神!無限の痕跡よ!
敵意がついにあなたを引き裂いて 偏在させたからこそ、
私たちはいま 聴く者であり、自然のひとつの口なのだ。
(田口義弘訳)
このソネットが第一部の最後となる。ふたたびここで、歌う神「オルフォイス」が呼び出される。「オルフォイス」は巫女たち「マイナデス=マイナスの複数」によって殺される状況が書かれています。「マイナデス」とは酒神「ディオニューソス」によって「忘我の境に入り、狂気に浮かされ、蔦、樫、樅の葉の頭飾りをつけ、身には豹その他の動物の皮をまとい、大木を引き抜き、猛獣を殺し、生肉を食らい、あらゆる物事の判断を忘れて狂いまわる」女たちです。
「オルフォイス」は、この「マイナデス」によって八つ裂きにされるのですが、その「オルフォイス」のすべてが歌い出すのでした。第一部全体の終わりにリルケは「オルフォイス」があらゆる歌の源泉になるに至った出来事をふたたびわたくしたちに思い出させようとしているようです。さらに「第二部・26」においても、とても似た詩行が見られます。
笑いの縁を震わせて。――叫ぶ者たちを秩序に引きいれよ、
歌う神!さわだちつつ 彼らが目覚め、
水流となってあなたの頭と竪琴をになうよう。
* * *
田口義弘の「註解・補注」のなかに興味深い話が書かれています。妻の「オイリュディケ」を冥府から地上に連れ帰る時に「オルフォイス」が約束させられたことは「ふりかえってはいけない。」というのが通常の筋書きです。しかしグルックスのオペラ「オルフォイスとオイリュディケ」のなかでは、妻は「何故、ふりかえって私の姿を見ようとしないのか?」と執拗にたずねるシーンがあるそうです。これによって劇的緊張が高まる効果を出しているのでしょうか?
《付記》
第一部の終わったところで、しばらくこのソネットの解釈はお休みいたします。これから年末のさまざまな雑用に突入します。長い間のお目汚しではありましたが、ではまた。。。