ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

雀と猫

2018-06-23 15:13:48 | Stroll
下手っぴのカメラマンには、こまこまと動く雀ちゃんを撮るのは大変困難です。
追いかけている時に、猫ちゃんの存在に気付いた。
こちらは雀を狙って、わずかにしか動かないので、撮影成功。





知らんぷりの雀ちゃん。下手でごめんね。



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昨日の空は。

2018-06-20 16:24:50 | Stroll
今日は一日中雨。

美容院の予約があったので、雨のなかをららぽーとまで出掛ける。
昨日はあんなに快晴だったのに……。

美容院のあとは、薬屋さん、本屋さん、パン屋さん、イトーヨーカドーをまわる。
主婦はいつでも、最後の行動はこんなものよ。

昨日の空はこんなにきれいだったわ。







ネジバナ。我が心。
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昭和史、二つの日   保坂正康

2018-06-19 13:57:59 | Book


2012年7月31日 第一版第一刷発行 山川出版社刊

サブタイトルは「語り継ぐ十二月八日と八月十五日」となっています。
「十二月八日」とは、太平洋戦争開戦の日であり、「八月十五日」とは終戦の年である。
ただし、「終戦」を、法的には「九月二日のミズーリ号での調印の日」とも。
この時代について、筆者はエッセー風に書いてみようという試みであったようです。
そのおかげで、浅学菲才の私には、大変読みやすかったのでした。
幼くて記憶にすらないあの時代を、なんとか理解しようとしている私には、心優しい一冊でした。

しかしながら調べてみましたら、保坂正康氏には膨大な著書があり、眼がまわりました。
たった一冊だけ、我が家の書棚にあったので、読んでみました。多分夫が購入したものでしょうね。

戦後70年を過ぎると、その記憶を抱いている方はわずかになってきます。
我が父母も亡くなり、2人の姉のうち1人は亡くなり、幼いながらの記憶をもっているのは、姉たった1人となりました。
語り継ぐ役割は、記憶にない私には不可能です。書物に頼るしか、手立てはありません。

様々な視点から書かれている膨大な書物の森を、少しずつ歩んでゆきたいと思います。
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ネジバナ

2018-06-18 13:05:43 | Care


自室にて夫が朝から友人と電話。居間に聞こえるほど声が大きい。
友人は寝たきり状態らしい。奥様は私より若いらしい。
共に「妻が元気でよかったよ。」とのたまう。

「同い年の老夫婦の我々は、いつ妻が過労で倒れるかもしれないのよ。」
「あいつの奥さんは若いらしい。」と楽観する。
「年齢など、当てにならないわ。」とどつく。

この世代の男たちは、妻が病気になるとは思っていないらしい。
私が、ここまで生きてきたのは奇跡のようなもの。

満洲からの引揚の時、2歳だった私はドクターに「あと数日遅かったら死んでいた。」
と言われた子供だった。母と私は即入院。
そのころ、野山をかけまわり、傷だらけになっていた元気な少年は君だろう。

それから、父母を看取り、姉を看取り、ここまで生きてきたのに、
「またかよ!」

心がねじれる。

夫の状態は悪化が進んでいる。
このまま「甘ったれ老人」として生きてゆくつもりか。

一度だけ、叫んでみたかった。疲れた。
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久しぶりに病院へ

2018-06-12 16:22:32 | Care
夫が退院してから、約7か月経過。
週一回の「訪問リハビリ」と、月一回の診療所(入院した病院の分院。近所にある。)でお薬を処方して頂く。
その繰り返しでしたが、この季節になってから「調子が悪い。」を連発。
ケアマネージャーさんに相談して、本院(かなり遠いのですが。)にタクシーで連れていきました。

ドクターが「一応、検査をしましょう。」ということで、検査予約とその後のドクターとの面談の予約をしました。
次は病院から、タクシーでららぽーとへ。
大好きなパン屋さんでランチ。そして本屋さんへ。
そしたら、少し元気になった。。。。
気の病か!!!


ああ。気を取り直して。。。。

ヤマモモが数年ぶりに実をつけていました。




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追悼 石原武氏

2018-06-11 15:43:46 | Poem


詩人、英米文学者である「石原武氏」が、3月20日にご逝去されました。
石原武氏の多くの詩作品のなかから、この一篇をご紹介させていただきます。



   鶏   石原武 (1930~・2018 山梨県甲府生まれ)


   羽根を毟られた裸の鶏の
   まだぴくっと動く鳥肌を
   裏庭のバケツで洗うオフクロの
   白い首に吹く黄砂まじりの旋風
   三月の暮れどき
   低い地平が黄塵で少し明るい

   そのあと
   鶏ガラ汁に
   ゆであげうどん

   満州から
   イガグリ頭の男になって
   姉が生還した日
   ソヴィエト兵や八路兵の乱暴など
   断固として口を閉ざして
   首を垂れ
   鶏ガラ汁のうどんを啜る姉

   座敷の隅では
   雛祭りの人形たちが
   固唾をのんでいる
   まだ赤く燻る黄塵を背に
   姉はゆであげうどんを啜っている
   酔いつぶれたオヤジの
   鼾に
   オフクロがその鼻をつまみ
   ようやく
   春の夜のさざめき

   遠い野火も眠りに落ち
   満州は終った


――『飛蝗記・2004年・花神社刊』より――

この石原武の作品に出会った時に、はじめに思い出したしのは財部鳥子の詩集「腐蝕と凍結・1968年・地球社刊」のなかの作品「詩の音」でした。財部鳥子は1933年新潟県で生まれ、間もなく旧満州国、ジャムス市に渡り、引揚げまでをそこで過ごしています。


   きみの耳なりは詩の音 死の音とよぶ
   髪を刈られた極限の少女がすわりこんでいて
   永遠にうごかない息をしている
   (中略)
   きみの心は犬の涙のようにおわっている (「詩の音」より)

 
三月、女子の祝いの季節には、この土地には中国大陸から吹いてくる西風に乗って黄砂がやってくることがあるようです。その黄砂と同じ道筋を辿るようにして、イガグリ頭の姉は満州から故郷へ無事生還したのでしょう。姉の背後には「まだ赤く燻る黄塵」がただよい、若すぎる姉が見つめざるをえなかった、ソヴィエト兵や八路兵の行ったであろう凄惨な蛮行を物語っているかのようだ。飾られた雛人形でさえ口をつぐむほどの……。この時代、旧満州からの引揚者のなかにいる少女や若い女性は、身の危険を守るために男児あるいは男性に成りすましたということは、幾度も亡き父母から聞かされていました。これはどの時代であっても、戦争があれば世界中どこでも起こりうる悲惨な女性の状況なのです。

「オフクロ」はおそらく、当時大変貴重な食糧源であったであろう「鶏」と「うどん」を無事に帰ってきた娘への精一杯のご馳走として食卓に出す、と解釈していいのでしょうか?
「鶏」は地方を問わず、その当時はまず「卵」を食糧として求めるために飼ったという例は大変多いのではないか?一匹の鶏を食するということは、やはり「特別」なことなのではなかったかとわたくしには思われます。

久しぶりのお酒に酔い、安堵して酔いつぶれた「オヤジ」の鼾、その鼻をつまむ「オフクロ」、そしておだやかな「春の夜のさざめき」が一家にようやく戻ってきた。遅い雛祭りのように。姉の「沈黙」が記憶から遠ざかり、やがて新しく幸福な記憶を積み上げてゆくことを願いつつ……。
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紫陽花いろいろ……

2018-06-09 20:47:40 | Stroll
マーケットまでの道のりは結構ながい。
カメラを持って、ブラブラ・・・。
紫陽花ばかりを探して、撮影してみました。

何故か? 「花」と思っていた部分は、実は「ガク」だったと知って、愕然!
中心部に見えるこちゃこちゃした部分が花でした。
「ドクダミ」の場合と同じ「無知」でした。
















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六月

2018-06-07 13:33:18 | Stroll
梅雨入りの季節ですが、自然はそれなりに自然。アジサイとネムノキ。









アンズと青いリンゴ。





ベニシジミ。





みんな生きてる。
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野の舟忌

2018-06-06 14:44:30 | Event
遅ればせながらのご報告です。

5月30日、詩人清水昶氏が亡くなってから7年が経ち、
集う方々もその7年の歳月を生きたわけです。
出席できなかった方もいらっしゃいました。



そのなかで、最もエネルギッシュだったのは、その夜の主役の歌人の福島泰樹氏でした。
清水昶氏と、その青春時代を逞しい声で歌って(絶叫して)観客を魅了しました。
忘れかけていたあの時代を思い出しました。
そしてまた、若者たちが戦う時代が来ています。
一貫して、この熱い思いを絶叫していらした福島氏に揺すぶられました。

また、お聞きしたいです。

雨降りの夜でしたが、熱い夜でした。
もっとゆっくりと居たかったのですが、病人がいるので帰りました。
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包葉(ほうよう) 苞(ほう) 高出葉(こうしゅつよう)

2018-06-02 12:53:34 | Stroll







八重の花弁に見えたドクダミの白い部分が緑色になっていたので、気になって調べてみました。
八重咲と思っていたドクダミの花弁は、実はこういうものであった。

花芽を包む葉。苞葉とも書き,単に包(苞)ともいわれる。開花後は花の下に残り,高出葉と呼ばれることもある。
一般に緑色で普通葉より小さいが、花序を包む包葉は普通多数からなり総包と呼ばれる。

花あるいは花序の付け根に出る葉。芽やつぼみを覆って花を保護する。うろこ状や花びら状となるものもある。

つまりねええ。
長い間、ドクダミの花弁の思っていたものは、実はこういうものであった。

花は、密集した花穂であった。

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