ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

地震 

2015-05-30 23:52:13 | Stroll
とてもこわかった。
3・11の時の震度「5」に比べれば、震度は「4」だったにも関わらず、横揺れが長かった。
しかし、いつなにが起こるかわからない日本列島である。
火山列島の熱が冷めた時から、人間はここを暮らせる場所と決めてここまで生きてきた。
その間にも、様々な天変地異があったのにも関わらず、人間はそのたびに生き抜いてきた。

だから「こわい」と言ってはいけないかもしれないが、こわかった。
いつ「避難民」になるかは、誰にも予測はできないし、その覚悟もできない情けない者であると自覚する。
人間は弱い。花は潔い。


 ホタルブクロ


 ニゲラ


 ムラサキツメクサ
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5月末の木々

2015-05-28 21:53:14 | Stroll
間もなく5月が終わる時ですね。





あじさいが季節の変化を教えています。



「イヌツゲ」の小さな花に出会うのも、この季節です。
この本当に小さい花を、なんとか撮影できますと、嬉しい。



「シャラノキ」も咲いています。
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マグヌス  シルヴィー・ジェルマン 

2015-05-26 00:08:59 | Book
この本に贈られた賞についてまず記しておきます。
フランスの文学賞に「ゴンクール賞」がありますが、
もう1つ注目したいものに「高校生ゴンクール賞」があるのです。
この小説は2005年にその「高校生ゴンクール賞」を受賞しています。
毎年約2000人の高校生によって決定される賞で、これは日本では考えられないような試みですが、
この賞は20年以上の歴史をもつもののようです。
はなから「賞」などという話題で申し訳ありませんが、
「高校生」ということにわたくしはちょっと驚いたのでした。

この物語は第二次世界大戦末期のドイツから始まります。5歳の少年がひどい病気にかかり、
高熱によって言葉も記憶も焼き尽くされ、母親は少年の過去の5年を埋めるように、
言葉によってその少年をもう一度産み直そうとするのでした。
父親は熱狂的なナチス党員。その時の少年の名前は「フランツ」だった。

敗戦と同時に一家の逃亡生活、父親は亡命先で生死不明、母親は病死、
「フランツ」を引き取ったのは母親の兄だった。
かつて彼はその両親とは全く異なる生き方を選び、
イギリスに亡命した牧師であり、妻はユダヤ人だった。ここで彼の名前は「アダム」となる。

そして20歳には彼の意志によって「マグヌス」と名乗ることになった。
この名前は記憶を失くした時から抱いていたクマのぬいぐるみの名前。
大人から詰め込まれた記憶ではない、
唯一の彼の本当の記憶を共にしたのはこの「マグヌス」だけだったのではないでしょうか?
なにも語らない者こそ真実であると。。。

「マグヌス」と名乗った時から、彼の人生は自らの意志によって歩き出すことになるのですが、
彼のもっとも幸福と思われた愛の成就も、その不幸な運命によって失われる。
しかし最後には、彼は丹念に孤独を生きることに人間の本来の姿を見出したように思えてならない。

この小説の構成も興味深い。「章」の変わる毎に「断片=フラグマン」、「注記=ノチュール」、
「絶唱=セカンス」、「挿入記=アンテルカレール」が挿入されていて、
そこに小説の補足説明、歴史的背景、詩歌の引用などがなされて、
この小説に歴史的な意味合いとファンタジー性をもたせて、ふくらみのある作品となっているように思えました。


  旅立とう! 旅立とう! これぞ生きている者の言葉!
  旅立とう! 旅立とう! これぞ放蕩者の言葉!

  (サン=ジョン・ペルス  「風」)


この本を閉じた時に、わたくしの耳にいのちの羽音が聴こえてきました。
それは「マグヌス」がこの物語のなかで最後に出会い、その死も見送ることになった、
戸外を遊ぶ老いた修道士であり養蜂家のジャン士がわたくしに残したメッセージだったようです。
それは多分、いのちは導かれるべきものによって導かれ、
その死もまたそのように訪れる。なにも恐れるものはないと。。。

 (2006年・みすず書房刊・辻由実訳)





『一冊の本に使われる言葉は、ひとりの人生の日々以上にひとまとまりになっているわけでなく、
言葉や日々はどんなに豊かでも、ただ沈黙という広大な画面に、
文章や示唆や部分的可能性の小島を描いているだけだ。
しかも沈黙は完璧でも平穏でもなく、小さなささやきを絶え間なく発している。
過去の彼方から聞こえてくるささやきは、至るところからどっと噴き出す現在の声と重なる。』

『書くということは、ささやきの奥底まで降りてゆき、その声が途絶える時点で、
言葉の間隔、言葉の周辺、ときには言葉の中核から聞こえてくる息づかいに耳を傾ける術を知ることなのだ。』

(序奏より。)


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栗の木の虫コブ その後・2

2015-05-25 16:50:26 | Stroll


花穂が大きくなって、においたっています。



虫コブのあるところには、花穂がつきません。



椎の木の花穂もあふれんばかりです。
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沈黙の行為あるいは小さきもの

2015-05-22 21:34:44 | Word
本日の朝日新聞「折々のことば・鷲田清一」より。



痛みを感ずる方はいる???



 静かに風に吹かれて咲いていました。アカバナです。
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栴檀(せんだん)

2015-05-20 16:34:17 | Stroll
雨上がりの午後の散歩で出会った2本の大きな栴檀(または、棟=おうち)の木です。

「栴檀は双葉より芳し」の栴檀は、実は「白檀=びゃくだん」のことです。

ああ、ややこしい。それにしても栴檀の花はいい香りを放っていました。





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パプーシャの黒い瞳

2015-05-19 12:24:27 | Movie
ジプシー出身の詩人ブロニスワヴァ・ヴァイスを描いたドラマ!映画『パプーシャの黒い瞳』予告編
 

Papusza - muzyka z filmu o polskich Cyganach


パプーシャとは「人形」という意味です。
実在したポーランドのジプシーの女性詩人「ブロニスワヴァ・ヴァイス・1910(1908?)~1987」がモデルです。
そのパプーシャの詩を最初に見出したのは「イェジ・フィツォフスキ」であり、「ユリアン・トゥヴィム」であった。

第二次大戦中、ジプシーはナチスによって虐殺されました。ユダヤ人よりもはるかに多くの人たちが。
戦後になってユダヤ人のように訴える事をしなかったがために、知られていないだけだ。
ジプシーたちが経験した悲劇は2つあった。
1つがナチスによる虐殺。もう1つは定住化政策と子供の教育の義務でした。

「記憶」と「記録」……ジプシーはどちらの生き方を選ぶのか?

パプーシャは文字を持たないジプシーの娘として生まれ、それでも文字への関心を抑えることができず、
文字を覚え、書くことを知り、それが「詩」となった。
ジプシー社会の外において注目を集めたものの、ジプシー社会のなかでは、
彼女はより深い孤独を生きることになる。

この映画は岩波ホールにて上映されました。
月曜日の昼間という状況もありますでしょうが、空席が目立ちました。
「詩の寂しさ」はすでにそこから始まっていました。
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5月の木々たち

2015-05-15 21:56:25 | Stroll
新緑の時期は過ぎて、深緑と言うにはまだ早い季節。
木々たちはさまざまな姿を見せてくれます。


 ハリエンジュ


 ビワ


 ウメ


 モミジ


 コデマリ


 エゴノキ


 ハクチョウゲ


 イヌシデ


 メタセコイヤ


 サルノコシカケ(笑)。
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栗の木の虫コブ その後

2015-05-12 21:47:18 | Stroll
栗の木についていた正体不明だったものが、「虫コブ」だとわかった以上は、
その後を追いかけることにしました。
栗の木の生存に関わるほどの被害になりかねないそうですから。

とりあえず、花穂は出てきていますが……



「虫コブ」のあるところの枝先には、花穂が少ないようです。



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5月の花たち

2015-05-12 15:58:30 | Stroll
この季節に、私がもっとも待っている花は「ニワゼキショウ」です。
小さな野花ですが、今年はたくさん咲いていました。





それから「アカバナ」。「ウマゴヤシ」。





「シラン」。これは栽培されている花ですが。



この季節になると、よく見かける風景ですが、ペアの「キジバト」です。
撮影の後で、オスのキジバトがめげていました(笑)。

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