ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

子供はぜーんぶわかってる  吉本隆明

2012-06-30 21:57:22 | Book


小学校のベテラン教師(と、言ってもいいと思う。)お2人と、吉本隆明氏の対談です。
子供の高学歴、一流社会人を目指す母親たちへの警告であり、
小学生を育て、教育する場合の教師の責任と母親の責任を秤にかければ母親の責任の方が重い
ということを、まず母親は自覚しよう。

子供の人間としての基本的支柱は6歳までにきまると吉本さんはおっしゃる。
犯罪の低年齢化、時代病、あるいはイロイロな心の病。
それはおそらく教師の責任ではないだろう。
教師は児童の規範ではない。つまり本のタイトル通りに子供はすでに知っているのだ。

にもかかわらず、教師は教師たろうとするし、母親はいつまでも母親という主張に終わりがない。
子供は「ぜーんぶわかってる」んだから、
歴史とか科学とか算数とか、国語の基本を教えればいいわけで、
教師は児童の支配者でもなく、さらに母親は子離れをするべき。
子供の潜在的な力を信じるべき。

あああ。わたくしは子育てはとうに終わっているのだが、
それについてのさまざまな論考は果てしなく続く。本も出版される。そしてどれも見落としがある。
(当然、わたくしも我が子育ての経験から考えるしかないのだが…。)

こうした問題がクローズアップされた背景になにがあったのか?
それはおそらく、女性の社会進出によるものだと思える。
男が働いて、女性が家事&育児に専念するという図式の崩壊と同時に、
大家族制度の重圧からの解放が、マイナス面にも表出したからか?
しかし時代は戻ることはできない。

戦後からすでに約70年の歳月は流れた。
新しいとか古いとかという時代ではなく、底に流れる人間の普遍性を見つめていたいと思う。

 (2005年・批評社刊)
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星の王子さま アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ

2012-06-13 17:07:03 | Book


翻訳:池澤夏樹

内藤濯の訳で読んだのは子供が小さい頃だった。
その後、池澤夏樹訳が出ているのが気になってまた読んでみました。
タイトルの「星の王子さま」という訳はお2人とも変わらない。
「Le Petit Prince」だから「小さな王子さま」と訳すところなのに?
その池澤夏樹の解説がおもしろい。

日本語においては、基本的な名前の呼び方は「清水の次郎長」というように、
出所あきらかな呼び名の歴史が長い。「桐壷の更衣」まで例に出されている。
それに倣いて「星の王子さま」となったとか。
つまり「とっても小さな星の王子さま」ということになるのかな?
さらに我流解説しておきますが、「とっても小さな」は「星」のことです。

この本を読みながら、しきりにわたくしの頭をよぎる詩がありました。


   未確認飛行物体  入沢康夫

 
   薬罐だって
   空を飛ばないとはかぎらない。

   水のいっぱい入った薬罐が
   夜ごと、こっそり台所をぬけ出し、
   町の上を、
   心もち身をかしげて、一生けんめいに飛んで行く。

   天の河の下、渡りの雁の列の下、
   人工衛星の弧の下を、
   息せき切って、飛んで、飛んで、
   (でももちろん、そんなに早かないんだ)
   そのあげく、
   砂漠のまん中に一輪咲いた淋しい花、
   大好きなその白い花に、
   水をみんなやって戻って来る

   『春の散歩・1982年・青土社刊』 より



サンテグジュペリはパイロットだった。
彼が3歳の時、ライト兄弟の動力飛行機は成功した。
ここから彼の飛行機への憧れが始まる。
彼は第一次大戦の時代に子供でよかった。飛行機の発明は戦争に加担したから。
戦後、大人になったサンテグジュペリは郵便飛行士になる。
しかし、またまた第二次大戦…フランスはドイツに占領されてサンテグジュペリはアメリカに亡命。
この苦しみのなかから、「星の王子さま」は生まれた。
砂漠に不時着したパイロットも、星々を彷徨い砂漠で出会った王子さまも彼自身ではないのか?

1944年7月31日、たった1人で偵察機に乗って、そのまま帰らぬ人となった。
44歳の若さであった。


(2005年8月・第1刷 2011年6月・第20刷 集英社文庫)
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