ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

沈む日本を愛せますか?

2011-04-26 17:06:45 | Book


これは内田樹と高橋源一郎との対談であり、インタヴュアーは「SIGHT」編集長の渋谷陽一。
この対談は季刊発行の総合誌「SIGHT」の40号(2009年7月号)から45号(2010年11月号)までに連載されたものに、
さらに雑誌の紙面の都合でカットした部分も復活できたというもの。

この本の出版社「ロッキング・オン」は、ロック雑誌を40年近く作り続けてきましたが、
「SIGHT」という総合誌を手掛けることになった。
その時の編集方針が「インタビュー主体」であり、つまり口語体での雑誌を目指したとのこと。
対談も面白かったのですが、こういう雑誌を目指した渋谷陽一の姿勢にも興味があるなぁ。

対談の時期は、民主党の鳩山首相就任の頃から始まっています。
つまり与党と野党が入れ変わった時期であり、「今後の政治はどうなるのか?」
「いやどうにも変らないんじゃないか?」という、少々親しい友人の会話という雰囲気であり、
お互いが別の視点から言葉を発するというよりも、仲良しの友人が「うん。そうだよね。」というような対談でした。
インタヴュアーの姿勢も同じ。これがちょっと物足りないのですが。

内田樹(1950年生まれ)と高橋源一郎(1951年生まれ。彼は早生まれゆえに内田樹と同学年である。)が
大学時代に「全共闘」がおわって「ニヒリズム」の時代になって、その1年下の高校生だった渋谷陽一の時代は
「楽観主義」の時代に入っていたという。この1年の差が大きな考え方の差異を生む結果となった。
この、ほぼ同世代が語る政治談議。

言葉も軽いテンポで進む。読みやすいけれど、しかし要点は突いているようでした。

この東日本大震災の時期に、この本を読んだということもタイミングがよかったような気がします。
つまり政治家がどのような発想で行動し、なにを求めているのかがよくわかります。
そして日米関係のことも含めて。

渋谷陽一編集長が求めたものは、2ページほどで書かれる、政治学者や経済学者による「政治論」よりも、
ロング・インタビューの中から生まれてくる言語によって機能する「政治論」を目指していたということ。
……というわけで、この1冊では終わらないようでした。


(2010年初版・株式会社ロッキング・オン刊)
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アール・ブリュット・ジャポネ展

2011-04-21 22:23:52 | Art
21日午後、埼玉県立近代美術館にて。3月11日以来、初めて電車に乗りました。(バスは乗りましたが。)



アール・ブリュット・ジャポネ展オフィシャルサイト

アカデミックな美術教育を受けていないひとたちが生み出すさまざまな作品の展覧会でした。
繰り返される同じ手法。驚くほどの根気強さ、美しく描こうとしたり、造形しようとしないという結果が生む作品とはこのようなものだったのかという新鮮な感動。
我が詩作において、手法を変えていこうなどと考えていた自分を恥じる。
この美術家たちは、そのようなことを考えてはいないのだった。
ほとばしるなにものかを、繰り返し丹念に創造してゆくのであって、その純粋な視線からは、我々が驚く世界を見せてくださる。

「アール・ブリュット」とは「(生=き、の芸術)」という意味でした。
2010年、国内から63人の作家が参加して、パリの「アル・サン・ピエール美術館」で開催された好評の展覧会が日本に帰国したものです。
本展は第11回全国障害者芸術・文化祭埼玉大会のオープニング企画だそうです。

気にいった作品2点を。


《家の記憶・秦野良夫》
この画家は家を出られて、どこか別の場所で生きておられるのだろうか?
詳細に記憶の家の場面が繰り返し描かれていました。


《まるしかくチューリップ・萩野トヨ》
この方は布に糸を丹念に刺してこのような造形を描かれていました。
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花の名前

2011-04-20 20:52:47 | Stroll
集中力がほとんど壊れて、本が読めない。ものが書けない。
そして近所を散歩して、花の写真を撮って過ごしている。
そろそろ、集中力よ、戻っておいで……と思いつつ、花の魅力には勝てない。

















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谷川俊太郎 「いのち」

2011-04-18 10:12:30 | Poem
谷川俊太郎 「いのち」


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ナターシャ・グジー Nataliya Gudziy - Itsumo Nando Demo (Always With Me)

2011-04-17 20:01:38 | Music
ナターシャ・グジー Nataliya Gudziy - Itsumo Nando Demo (Always With Me)
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The Corpus Clock & Chronophage - Hi-Res

2011-04-17 00:29:07 | Art
The Corpus Clock & Chronophage - Hi-Res
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春の花はさらに咲き続けて

2011-04-15 12:40:00 | Stroll
「地震シンドローム」とはわたくしが勝手に考えていた言葉ですが、地震のない時でも体が揺れていることです。
そして被災者でもないのに、繰り返される余震に怯えている自分が恥ずかしいと思う。

香山リカさんが「共感疲労」という症状について書かれている。
被災された方々に対して、自分の無力さを思い患うことのようです。

とにかく1日1日を大事に生きてゆこう。



















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春の記憶として。

2011-04-11 15:44:43 | Stroll
今日で、東日本大震災から1ヶ月になりました。
テレビからは、この時間に黙祷するので、その合図のサイレンが聞こえました。
この音を、携帯電話に送られてくる「地震速報」の音と聞き間違えて、ドキッとした自分が恥ずかしい。

しかし、春の花は咲く。この日の記憶として……。

















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春の回文

2011-04-08 20:42:46 | Stroll
歩いてゆける範囲内で、春の花の写真を撮っています。
この季節には、ひとの心が追いついてゆけないほどに花が咲きます。
これだけを記憶として残しておきませう。

「げんげ」「なずな」←「春の短い回文」



















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春。されど春。

2011-04-06 22:30:38 | Stroll
3月11日以来、平安な日は1日もなかった。

いろいろ考える、詩を書く。

本を読む。

日常の仕事を毎日同じように繰り返す。

……そして余震。福島原発のニュースの変化。そして余震。地震シンドロームで体が揺れ続ける。

これで、上記のことはすべて壊れて、またやり直す。
この繰り返しで、前に進めない。電車に乗る外出もしていない。
こんなふうに人生の最終季節が終わってしまいそうな気持になる。

東北の方々はもっともっともっとお辛い日々を過ごされているのでせう。
それなのに申し訳ありません。

しばらく、ここをお休みします。集中力が低下していましてなにも書けません。
春の花は忘れることなく咲いてくれました。











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