ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

あるところに、おじいさんとおばあさんが・・・・・・・

2019-08-31 21:32:49 | Care

老々介護とは 

病む者と看る者の二人暮し

共に別々の悲しみを抱きながら

癒すこともお互いにできない。

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失うもの・・・・・・・

2019-06-16 00:19:52 | Care

病む人との暮しで得たもの。失ったもの。

得たものは思いつかない。なんだろう?

失ったものは、自由、体力、詩作時間、読書時間。

今日も疲れて、昼食を用意してあげてから、爆睡してしまった。

テレビの大きな音で目覚めた。(病む人がつけたテレビの音だけど。)

このままでは、私は家政婦だけの人生になりかねない。

なんとか、心と体のバランスを整えたい。

 

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再入院

2019-05-25 23:52:26 | Care

2017年6月26日に入院して、2017年10月に退院してから、2019年5月24日まで、なんとか頑張った夫は再入院となった。

最初の入院時の状態の困難さではないけれど、どうやらここまで頑張って生きてきました。

自主リハビリも頑張りましたが、救急搬送で入院と決まりました。

これから、病院で徹底的なリハビリが再開されるのですね。

不安と戦いながらの生活でしたが、またドクターと医学療法士のお世話になりながら、

再出発です。夫はまた頑張ることでしょう。

ユリノキに会いに行った散歩が、入院前の二人の最後の散歩でした。

ふたたびユリノキに会える日までに。ガンバロウ!

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バスの運転手さん

2018-11-23 12:29:18 | Care


左半身に麻痺が残る夫のお伴をして外出すると、世間が違って見えてきます。
20日午後、駅前にて、バスを待っていましたら、一旦停車したバスがバックを始めました。
「移動しますから、お下がり下さい。」と車内から運転手さんの声が。
バスは、歩道すれすれの位置に停車して下さいました。
こうして頂くと、夫はバスに乗りやすくなるのです。
乗車してから、運転手さんにお礼を申し上げますと、
「どこで降りますか?」と聞いて下さいました。
いつものバス停に停める時にも、歩道すれすれに停めて下さいました。
丁寧にお礼を申し上げて下車致しました。「心温まるお心遣いありがとうございます。」
週に2度ほどバスに乗りますが、こうしたお心遣いは初体験でした。
退院してから、1年以上経過していますが。
いつまでも、我々老夫婦の温かい思い出になることでしょう。

ありがとうございました。
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老いというもの

2018-10-17 00:44:19 | Care
   

かつて、老いた両親の看護を三姉妹の三女の私が
たった一人で背負った時期があった。
父は医師の手の施しようもない末期の病故自宅へ帰された。
母の認知症は急速に進んでいた。
老父母の心身の限界は明らかだった。
しかし、老人施設に入れるのはあまりにも可哀想だ。
両親も行きたくないのだ。
その当時には、施設は病人は預からない。

誰もが逃れたい希望のない役目、私はを迷わずに受け入れた。
報酬のある仕事に追われている者に見捨てられた仕事を。

その時「老人施設があるだろう。そこに頼れ。」
と私に強く助言した者は、今は老いて、そして病んでいる。
「老人施設になど入りたくないなぁ。」とつぶやいている。
「入れる。」と私は一度も言っていない。

私は絶句する。 沈黙する。
いつか私も倒れる日がくるだろう。
そこから目を逸らしているのは誰だ?
「老い」とは身勝手になることではないだろう。


こんなこと書きたくないけれど、一つの記録としよう。
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退院記念日

2018-10-12 20:38:51 | Care


夫が退院してから、一年過ぎました。
病状は悪化するでもなく、快癒することもない一年でした。
こうして、この病気と共に生きてゆくのでしょう。

夫はリハビリを欠かさず続けました。
週一回の訪問リハビリにきて下さるMさんにも褒められました。

それでも、この夫にほとんど付き合うばかりの私は誰にも褒められません(笑)。

月に一度くらいの、一人の外出が許されるだけの日々でした。
それは遊びではなく、同人との合評会ですよ。


その他の外出は、駅前のショッピングモールまで夫を連れてゆくだけです。
日常の買い物とランチと書店だけです。

こうして一年を過ごしました。
私が病気になったら、もうどうにもなりません。
それを考えることを、みんなで避けているのす。
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ネジバナ

2018-06-18 13:05:43 | Care


自室にて夫が朝から友人と電話。居間に聞こえるほど声が大きい。
友人は寝たきり状態らしい。奥様は私より若いらしい。
共に「妻が元気でよかったよ。」とのたまう。

「同い年の老夫婦の我々は、いつ妻が過労で倒れるかもしれないのよ。」
「あいつの奥さんは若いらしい。」と楽観する。
「年齢など、当てにならないわ。」とどつく。

この世代の男たちは、妻が病気になるとは思っていないらしい。
私が、ここまで生きてきたのは奇跡のようなもの。

満洲からの引揚の時、2歳だった私はドクターに「あと数日遅かったら死んでいた。」
と言われた子供だった。母と私は即入院。
そのころ、野山をかけまわり、傷だらけになっていた元気な少年は君だろう。

それから、父母を看取り、姉を看取り、ここまで生きてきたのに、
「またかよ!」

心がねじれる。

夫の状態は悪化が進んでいる。
このまま「甘ったれ老人」として生きてゆくつもりか。

一度だけ、叫んでみたかった。疲れた。
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久しぶりに病院へ

2018-06-12 16:22:32 | Care
夫が退院してから、約7か月経過。
週一回の「訪問リハビリ」と、月一回の診療所(入院した病院の分院。近所にある。)でお薬を処方して頂く。
その繰り返しでしたが、この季節になってから「調子が悪い。」を連発。
ケアマネージャーさんに相談して、本院(かなり遠いのですが。)にタクシーで連れていきました。

ドクターが「一応、検査をしましょう。」ということで、検査予約とその後のドクターとの面談の予約をしました。
次は病院から、タクシーでららぽーとへ。
大好きなパン屋さんでランチ。そして本屋さんへ。
そしたら、少し元気になった。。。。
気の病か!!!


ああ。気を取り直して。。。。

ヤマモモが数年ぶりに実をつけていました。




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老婦人の勇気

2018-04-09 23:23:58 | Care


夫の護衛をしながら、バスに乗って、駅前のショッピングモールへ行く。
夫の主な目的は、本屋さんと、ランチ。
夫は左半身の軽い麻痺のため、歩くのが遅い。
スマホをしながら、歩いてくる女性は、目前の夫が見えない。
危うく、転倒寸前のところで、セーフ。(歩きスマホは本当にやめて下さい。)

ランチ、本屋さん、薬屋さん、最後にマーケットで夕食の買い物。

帰りのバスにて、素晴らしい老婦人に遭遇。
バスを降りる時に、大きな声で運転手さんに「乗車口を開けて下さい。」とおっしゃる。
その後、ご自分の腰掛付きのショッピングカートを指して「どなたか降ろしてください。」
とおっしゃる。
思わず私は腰を上げました。それより早く駆け寄ってあげたのは老紳士でした。
私は席に戻って、様子をみていましたが、老婦人は尚も声をかけます。今度は私に。
「バスを降りる手助けをお願いします。」と。
私はすぐに立って、降車口を先に降りて、婦人を待ちました。
婦人の小さな手をしっかり握って、どうやらお役にたったようでした。

その先のバス停で降りる時、今度は夫より先に降りて、夫の無事下車を見守る。

そうして老夫婦二人で語り合う。「素晴らしい老婦人だったね。」と……。
老人が世間に遠慮して生きることはないのです。

それにしても、その老婦人に手を差し伸べた二人ともが老人であった。
とりあえず、元気な老人は頑張ろう。

夫も頑張って、玄関までの4段の階段を、私のショッピングカートを運んだわ。
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口には出さずにいたいけれど……。

2018-04-07 23:34:22 | Care


疲れたわ……。

同い年の老夫婦で、夫が病身で、誰が日常を背負うか?
私でしょ。誰もいない。

ものすごい読書家の夫であっても、日常は見えない。いや。見ていない。
本がそれほどにすごいのか?
日常のものすごさと比べてみたら?

一回くらい、言ってみたかった。
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