ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

野の舟忌

2018-06-06 14:44:30 | Event
遅ればせながらのご報告です。

5月30日、詩人清水昶氏が亡くなってから7年が経ち、
集う方々もその7年の歳月を生きたわけです。
出席できなかった方もいらっしゃいました。



そのなかで、最もエネルギッシュだったのは、その夜の主役の歌人の福島泰樹氏でした。
清水昶氏と、その青春時代を逞しい声で歌って(絶叫して)観客を魅了しました。
忘れかけていたあの時代を思い出しました。
そしてまた、若者たちが戦う時代が来ています。
一貫して、この熱い思いを絶叫していらした福島氏に揺すぶられました。

また、お聞きしたいです。

雨降りの夜でしたが、熱い夜でした。
もっとゆっくりと居たかったのですが、病人がいるので帰りました。
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私の言葉はどこから来てどこへいくのか

2010-02-09 21:56:36 | Event
 ・・・・・・というタイトルの詩のイヴェントに、出掛けてきました。(2月6日)

 主催は「首都大学東京現代詩センター」ですが、これは「首都大学東京表象言語論分野」という学部に創設されたセンターのようです。中心となっていらっしゃるのは、詩人であり映画監督でもある「福間健二教授・英文学」と、詩人(・・・以外のことはわたくしの情報にはありません。あしからず。)の「瀬尾育生教授・ドイツ文学」のお2人です。それから「詩論」を書かれる詩人でもいらっしゃいますが、こういう方をどういう言葉(評論家?)でご紹介すればいいのか?わかりません。ともかくも福間さんからのお知らせで、遠い南大沢まで旅に出ました。この小さな旅は大きな収穫がありました。

《プログラム》

1:講演
北川透:〈他者〉に向き合う批評――いま、詩論とは何か
藤井貞和:詩を読む、詩に読まれる

2:トークセッション  きょう、詩について思うこと
北川透 藤井貞和 瀬尾育生 (司会)福間健二

3:パフォーマンス〈詩の歩行〉
すみませぬ。これはキャンパス内歩行だったのですが、あんまり寒いので、ここはパスしてコーヒーショップに逃げ込んでいました。同罪者と共に(^^)。


  *     *     *

 まずは、北川透氏の講演について。レジュメの冒頭には「私的メモ・いま、詩論とは何かを語る、あるいは語らないための・・・・・・」と書かれていました。

 活字のなかでの北川透氏(1935年生まれ )しか存じ上げていませんでしたので、講演でお顔をみるのは初めてのことでした。しかししかし・・・1番ショックだったのは75歳の北川氏が、講演の冒頭で「身の引き方」についてお話なさったことでした。まだ決定的なことではないというお言葉に少しだけ、わたくしに時間の猶予を頂いたような気持がしましたが。。。

 そこからお話は子供時代に遡り、農家の少年が新制高校入学後、初めて級友たちから「文学」を知り、そこが北川氏の詩人、文芸評論家としての出発でした。この世界に入りますと、家族との日常生活の会話が困難になります。そこに苦しんだ北川少年の姿が浮き彫りにされました。

 それから、北川氏の世代の青春期は60年代と重なります。この時代をどのように捉えるか?ということに長い時間を費やしたとのことでした。時代に誠実に生きようとすれば、この苦しみを背負わなくてはならなかったことでしょう。

 さらに講演の要素は「詩の領域においての戦争・戦後責任」「戦後詩の党派的な空間とその変容」「戦前、戦後の反詩学としての詩の原理論の生成」「詩史という抑圧装置と詩史論(=絶えざる読み直し)の戦い」「〈他者〉創出としての詩人論の生成」と続きましたが、時間の関係で詳しくお聞きすることはできませんでしたが・・・・・・。

 帰宅してからすぐに、北川氏の「詩的レトリック入門」を我が書棚から捜しました。中途半端に読んだままだったことに、ひどく慌てたわたくしでした。


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 次の講演は藤井貞和氏(1942年生まれ )です。藤井氏は詩人であり、日本文学者です。日本の古典文学の「連歌」と、行変えの現代詩のもっている要素が大変よく似ているという発想が興味深いものでした。何故、詩は行変えをするのか?鮎川信夫の詩「兵士の歌」を例にして・・・・・・

獲りいれがすむと
世界はなんと曠野に似てくることか
あちらから昇り むこうに沈む
無力な太陽のことばで ぼくにはわかるのだ (以下略)

「獲りいれ」「曠野」「太陽」をそれぞれ対等にするためだそうです。ああ、そうなんだ!と簡単に納得できるものではありませんが、興味深い視点です。「近代詩」「定型詩」から「言文一致詩」「口語自由詩」などの詩の変遷の底流となっているものはなんだったのか?と考えますと、案外そこには古典の流れが脈々とあるような幻想に襲われます。

 もう一つ、触れなければならないのは、1991年、湾岸戦争の時に発行された詩誌『鳩よ!』の戦争詩特集を批判した瀬尾育生氏(1948年生まれ) と論争をおこなったことです。わたくしはこの特集のことは知っていましたが、論争については内容を把握しておりませんので、何も言いません。しかし、この日そのお2人が紳士的に「トークセッション」をなさったことで、なにかが静かに変わりつつ、動いているのだと思いました。


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 福間健二氏(1949年生まれ←1番お若い詩人です。)の司会進行による、北川氏、藤井氏、瀬尾氏のトークセッションは、非常に均衡のとれたものとなりました。福間氏はあくまでもご自分を出さずに3人のトークの流れを作って下さったように思います。その司会ぶりは、3人の詩人とその詩論を知りぬいているからこそのことだと思います。

 このトークセッションも、「戦争と戦後」「60年代」「湾岸戦争」が話題の中心となっていました。ここで興味深かったのは、瀬尾氏の発言でした。「敗戦時に何歳だったのか?ということが、その後の詩人たちの戦争詩や戦後詩に対する考え方が段階的に変化する。」もちろん瀬尾氏と福間氏は生まれていません。藤井氏は3歳、北川氏が10歳、幼少期の記憶としてかろうじて記憶なさっているのは北川氏だけですね。

 それから、瀬尾氏は「たとえその時代に生まれていなかったとしても、人間の生まれる前の記憶というものは10年前くらいまでは作られるもの。」というご意見には、はっとするものがありました。

 以下は私流解釈ながら、幼少期とそれ以前の記憶というものは、自分だけの記憶で構成されたものではないのですね。父母や祖父母あるいは血縁者の語りのなかに記憶は創造されるものと思ってもいいのかもしれませんね。だからこそ「戦争」は語り継がなければならないのです。

 「戦争」は「自然災害」とは異質なものです。どちらも多くの犠牲者が出るものですが、「戦争」は「人が人を殺すこと。」なのです。「思想統制」なのです。「侵略」なのです。「原水爆」なのです。

 時間切れとなって、4人の詩人たちが、若い詩人たちへの提言をすることはできませんでした。しかしそれはそれでいいのではないでしょうか?時代はいつでも流れてゆきます。人間はいつか高齢を迎え「死」を迎えます。そして100年後に読まれ続けるであろう「リルケ」や「ヴァレリー」「シュペルヴィエル」のような詩は、どこにあるのかわかりません。
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