ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

百人一首我流解釈 34~40

2023-06-04 15:54:05 | Poem

 

34

誰もかも知る人にせむ 高砂の

松も昔の 友ならなくに (藤原興風・ふじわらおきかぜ・生没年不詳)

 

興風は、歌の学門書を書いた「藤原浜成」の曾孫である。貫之や躬恒(みつね)などと

才能を競い合った。さらに琴の名手でもあった。

 

35

人はいさ 心も知らず ふるさとは

花ぞ昔の 香ににほいける (紀貫之 八六八~九四五)

 

「花」はここでは「梅の花」を指す。その花に会いに来たのだが、迎えた者がつれない。

(多分、女性)。けれども花は変わりなく美しい。その花のように迎えてほしい。

 

36

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを

雲のいづこに 月やどるらむ (清原深養父・きよはらふかやぶ・生没年不詳)

 

作者は、清少納言の曾祖父にあたる。官位は上がらず、貫之と親しかった。

晩年は、京都の北に「補陀落寺」という寺を建てて住んでいたらしい。

夏の夜は短く、月は出る間もなく、雲のどこかに隠れているのだろうか?

 

37

白露に風の吹きしく秋の野は

つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける (文屋朝康・生没年不詳)

 

「つらぬきとめぬ玉」とは、「糸や紐で繋いでいない玉」と言う意味。

「ばらばらになった玉」ということらしい。白露の様子をこのように表現したか‼

 

38

忘らるる身をば思はず誓ひてし

人の命の惜しくもあるかな (右近・生没年不詳)

 

これは、恐い歌でありますね。多くの貴公子との恋に生きたけれど、誓いを守れぬ恋人に「ばちがあたりますよ。」とおっしゃっています。

 

39

浅茅生の小野のしのはらしのぶれど

あまりてなどか 人の恋しき  (参議 等 880~951)

 

最初の「5・7」は「忍ぶ」を呼び出すための助詞である。切ないな……。

 

40

しのぶれど色に出でにけりわが恋は

ものや思ふと 人の問ふまで   (平兼盛 ?~990)

 

それにしても「恋歌」が多いなぁ。兼盛は官位は低かったが、平安時代を代表する歌人である。


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