ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

オルフォイスへのソネット第一部・20

2009-12-03 20:19:44 | Poem
しかし主よ、おお 告げたまえ、何をあなたに捧げよう、
もろもろの存在に聴くことを教えられたあなたに?――
ある春の日の追憶、
ロシアでのあの夕方のこと――1頭の馬・・・・・

向こうの村からその白馬はひとり駆けてきた。
前脚の枷に杭を引きずって
夜をひとり草地で過ごすため。
粗野な杭にその疾駆の勢いをそがれながら、

かれの陽気な躍動の拍子につれて、
縮れたたてがみの波がなんと項を打っていたことか。
駿馬の血の泉がなんと踊躍していたことか!

馬は悠遠を感じていた、そうなのだ!
かれは歌いかつ聴いていた、あなたの伝説の環は
かれの内部で結ばれていた。

             この馬の姿――それを私は捧げよう。


 (田口義弘訳)


 ここに書かれた「ロシア」という土地名でわかるように、リルケが「ルウ・アンドレアス・ザロメ」と共に、春の夕方にヴォルガ河畔の草原にて、この馬を観ていたのです。のちに「ザロメ」への手紙のなかに「ぼくは、あの馬をオルフォイスへの捧げものとした。」と書いています。しかし「ザロメ」の回想録のなかでは「2頭の馬」と記されているのでした。「事実」と「詩」との関係性までが、ここに浮き彫りにされたのです。リルケの「詩」は嘘を書いたのではなくて、1頭の馬に2頭の馬の要素を統一させたということでしょう。

 このソネットは具象的(あるいは写実的)な表現を取り戻しているように思えます。さらにこの白馬は、人間による拘束としての「杭」を前脚に引きずりながらも、自由な存在として疾走しています。

 さらに「オルフォイス」は殺されて身を分たれたのちに、地上のもろもろの存在のなかに「歌」として宿ったのだとすれば、その存在(ここでは白馬)によって、「オルフォイス」の歌が歌われるとき、そこに神話と地上のものたちとの、永遠とも言える繰り返しが続いてゆくのだろうと思えます。