(半紙)
泥牛月に吼ゆ でいぎゅうつきにほゆ
赤根祥道「心が晴れる 禅の言葉」 中経文庫 より
泥でつくった牛が、月の光の中で、悠然と立ちながら
月に向かって吼えているように見える。
そこには一片の計らいもなく、自然のまま、天地に抱かれ、
今を無心に生きることの素晴らしさを教えてくれている、とな
そうは言っても、日常の中で、無心ってなんぞや・・っていうか、
そうは言っても、自然のままでは社会生活はなかなか厳しいぞよ、とか。
「自然のまま」と「我が儘」とは違うのだからに
学生の頃、ある方が言ってたことばを、ふと思い出した。
自由をはきちがえちゃいけない。
自由の裏づけには、責任が伴わなければいかんのさ
とかく「個人」を主張する今の世の中、
権利の主張ばかり・・が、増殖しないことを願うばかりなり
泥牛月に吼ゆ でいぎゅうつきにほゆ
赤根祥道「心が晴れる 禅の言葉」 中経文庫 より
泥でつくった牛が、月の光の中で、悠然と立ちながら
月に向かって吼えているように見える。
そこには一片の計らいもなく、自然のまま、天地に抱かれ、
今を無心に生きることの素晴らしさを教えてくれている、とな
そうは言っても、日常の中で、無心ってなんぞや・・っていうか、
そうは言っても、自然のままでは社会生活はなかなか厳しいぞよ、とか。
「自然のまま」と「我が儘」とは違うのだからに
学生の頃、ある方が言ってたことばを、ふと思い出した。
自由をはきちがえちゃいけない。
自由の裏づけには、責任が伴わなければいかんのさ
とかく「個人」を主張する今の世の中、
権利の主張ばかり・・が、増殖しないことを願うばかりなり