帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

「小倉百人一首」 (番外第二陣) 女たちの歌 平安時代の歌論と言語観で解く余情妖艶なる奥義

2016-03-23 19:24:43 | 古典

             



                     「小倉百人一首」余情妖艶なる奥義

 


 「小倉百一首」の女歌だけを連ねて、妖艶なる余情を鑑賞する。清げに飾られ包まれた本音を聞けば、今の人々にとっても「心におかしい」はずである。



  藤原定家撰「小倉百人一首」
(番外第二陣)女たちの歌

 

(五十七) 紫式部

めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かな

(良き男に・巡り会って対面したの、それとも、よく分からない間に、雲隠れしてしまった、夜半の月人壮士だったのかな・貴女も……め眩むほど合って見たの、それとも、判別つかぬ間に、心雲隠れてしまった夜の半ばまでの、尽き人おとこだったの、どうなのよ)


 幼友だちと歳ごろの娘となって再会した時の本音トーク。

 


 (五十八)
大弐三位

 有馬山いなの笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする

(有馬山猪名の笹原風吹けば・どこかで誰かの心に秋風でも吹けば、いやまあ、そうなの、わたしを見捨てるの、見捨てないよね……在り間山ば、否の少々、君の・腹の内に飽き風吹けば、さあ、それよ、わたしは・君の貴身を、見捨てるかもね)


 離れがちであった男が、あなたが心配で心細い思いだなどと言ってきたので詠んだ。

 


 (五十九)
赤染衛門

 やすらはで寝なましものをさ夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな

(ためらわずに、寝たらいいものを、さ夜更けて・君を待ち、西に・傾くむくまでの月を見ていたことよ……滞ることなく寝たいものを、さ夜更けて、暁まで程遠いのに・片吹く程度の尽き人おとこを見たことよ)


 姉の許に通って来る筈の男が来なかったので、姉に代わって詠んだうらみ歌。

 

(六十) 小式部内侍

 大江山生野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立

(大江山、生野の道が・行く野の道が、遠いので まだ、踏んでもみず・文も見ず、天の橋立・母の住む丹後の地……大いなるおんなの山ば、逝く野の満ちの遠ければ、まだ、夫身も見ず・そんなめも見ず、あまの端立てて)

 
 うら若き乙女をからかって、立ち去ろうとした男の袖をむんずと掴んで、この歌を詠んだとか。


 

(六十一) 伊勢大輔

 いにしへの奈良の都の八重桜 けふここのへににほひぬるかな

(むかしの奈良の都の八重桜、今日、九重に・宮中に、色艶美しく咲いたことよ……過ぎ去った寧楽の感の極みの八重に咲いたおとこ花、京、ここのへに・八重にさらに一重ね、咲き匂ったことよ)


 うら若き乙女が、初めて大人の女の歌を詠んだ。


 

(六十二) 清少納言

 夜をこめて鳥のそらねははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ

(夜の果てるまで、鶏の似せ声で関門を開けさせようと謀ろうとも、夜に・決して、逢坂の関は開門許さない――心賢い関守侍り……夜、お、込めて、女の、浮かれたそら声を図ろうとも、決して、合う坂山ばの身の門は緩めないわ――朝まで逃がしはしない)

 
 緩い緩い昼夜門開けて待つ女よ、などと男どもが悪口を言っている時、この歌が炸裂し内なる心が顕われた。


 

(六十五) 相模

 うらみわびほさぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそをしけれ

(不満を感じ、哀しみ嘆き、乾かない涙の袖があるものを、わたしは・恋に朽ちてしまうのでしょう、たち消える・浮名までもが惜しまれることよ……裏見、きみの・気力なく、尽くしていないわが身の端があるものを、乞いに朽ちてしまうのでしょう、汝こそ、惜しまれることよ)


 君の身の端に未練あり。

 

 

女性の心からの本音を、清く美しくラッピングして贈られ、開いたならば、おんなのエロスの魅力に抗しきれる男性は、古今東西、誰もいないだろう。張りきって勇み立つか、恐縮して逃げ出そうとしても緩めてはもらえまい。強い魅力に引き寄せられるだろう。

この時代には「ぬえ」のような捉え難い言語の正体を把握して、逆手にとって複数の意味を同時に表現した高度な、驚くべき文芸があったことは間違いないだろう。今は埋もれてはいるが、朽ち果てさせることはできない。