帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

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帯とけの三十六人撰 凡河内躬恒 十首 (二)

2014-05-31 00:57:35 | 古典

    



                帯とけの三十六人撰



 四条大納言公任卿が自らの歌論に基づき、優れた歌人を三十六人選んで、その優れた歌を、それぞれ十首乃至三首撰んだ歌集である。公任(きんとう)は、清少納言、紫式部、和泉式部、道長らと同時代の人で、詩歌の達人である。この藤原公任の歌論を無視した近世以来の学問的な解釈と解釈方法(序詞・縁語・掛詞などという概念を含む)を棚上げしておき、平安時代の歌論と言語観に帰り、改めて学びながら、和歌を聞き直すのである。公任が「およそ、歌は、心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」ということの重要さを認識することになるだろう。



 凡河内躬恒 十首(二)


 
香をとめてだれ折らざらむ梅の花あやなし霞たちなかくしそ

 (香りを求めて誰が折らないだろう、誰も折る梅の花、わけもなく霞立ち、隠さないでくれ……彼お、求めて誰が折らないだろう、女の折る・おとこ花、あやなし下す身、下お・断ち隠すな)

 

言の戯れと言の心

「香を…香りを…彼お…おとこ」「とめて…探し求めて…求めて」「だれ折らざらむ…誰が折らないだろう…誰もが折る」「折…逝」「あやなし…道理なし…分別なし」「霞…自然現象…あたり一面を白くし白梅見えなくするもの…下す身」「す…洲…女」「たち…立ち…断ち…絶ち」「なかくしそ…な隠しそ…禁止だ隠すのは…隠すな」「隠す…見えないようにする…お隠れにならす…逝かせる」「そ…するな…してくれるな」

 

歌の「清げな姿」を、一見し一読する限り道理のない戯言である。歌の趣旨は歌言葉の浮言綺語のような戯れのうちに顕れる。それは大人の心をくすぐるエロス(性愛)である。藤原俊成の歌論の主旨が理解できる。



 『群書類従』和歌部「三十六人撰 四条大納言公任卿」を底本とした。ただし、歌の漢字表記と仮名表記は適宜換えてあり同じではない。



 以下は、平安時代の歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。


 歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に訊ねた。公任は
清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で詩歌の達人である。優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。一つの歌に複数の意味があるのは、歌言葉は字義の他に、「戯れの意味」や「言の心」があるからである。


 この言語観については、まず清少納言に学ぶ、枕草子(第三段)に言語観を述べている。「同じ言なれども、聞き耳(によって意味の)異なるもの、法師の言葉・男の言葉・女の言葉(われわれの用いる言葉の全てが多様な意味を持っている)」。


 藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道にも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。
それを歌に詠めば、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であると俊成はいう。


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帯とけの三十六人撰 凡河内躬恒 (一)

2014-05-30 00:01:14 | 古典

    



                帯とけの三十六人撰



 四条大納言公任卿が自らの歌論に基づき、優れた歌人を三十六人選んで、その優れた歌を、それぞれ十首乃至三首撰んだ歌集である。公任(きんとう)は、清少納言、紫式部、和泉式部、道長らと同時代の人で、詩歌の達人である。この藤原公任の歌論を無視した近世以来の学問的な解釈と解釈方法(序詞・縁語・掛詞などという概念を含む)を棚上げしておき、平安時代の歌論と言語観に帰り、改めて学びながら、和歌を聞き直すのである。公任が「およそ、歌は、心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」ということの重要さを認識することになるだろう。


 

 凡河内躬恒 十首(一)


 春たつと聞きつるからに春日山 きえあえぬ雪の花と見ゆらむ

 (立春だと聞いたので、春日山、消えきらない雪が花と見えるのだろう……張る立つわよ、と聞きき、妻と・連れたので、微かの山ば消え合えぬ逝きが、花とまみえられたのだろう)


 言の戯れと言の心

「春立つ…季節が春となる…立春の日となる…張る立つ」「ききつる…聞いた…聞こえた…聞き連れた…聞き一緒なった」「つる…つ…した…完了した意を表す…連る…連れてゆく…つるむ」「からに…それゆえに…それによって」「春日山…山の名…名は戯れる。春の日の山、かすかの山ば、わずかな山ば」「あへぬ…たえられない…しきれない…あえぬ…合えない」「ゆき…雪…逝き…しらじらしい果て」「はな…花…白梅…おとこ花…栄華」「と…のように…として…と共に」「見ゆ…見える…思われる…まみえられる」「見…覯…媾…まぐあい」「ゆ…自発の意を表す…可能の意を表す」「らむ…ようだ…推量する意を表す…なので、だろう…原因・理由を推量する意を表す」



 後撰集巻一 春上に「春立つ日よめる」とある。


 今、歌の清げな姿だけを見ると、歌ではなく子供の作文のようで、どう解釈しても優れた歌には見えない。それは、躬恒が下手な歌詠みなのではなく、撰者が幼稚なのでもなく、今の我々が解釈方法を間違えているためと考えるべきである。


 後撰集撰者の大中臣能宣、清原元輔、源順、紀時文、坂上望城や、この三十六人撰の藤原公任は、歌の「心におかしきところ」をも併せて享受していたに違いない。歌言葉の多様な意味が生かされ、「聞き耳」のある大の大人どもの心をくすぐるエロスが顕れるゆえに、優れた歌である。


 

 『群書類従』和歌部「三十六人撰 四条大納言公任卿」を底本とした。ただし、歌の漢字表記と仮名表記は適宜換えてあり同じではない。



 以下は、平安時代の歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。


 歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に訊ねた。公任は
清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で詩歌の達人である。優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。一つの歌に複数の意味があるのは、歌言葉は字義の他に、「戯れの意味」や「言の心」があるからである。


 この言語観については、まず清少納言に学ぶ、枕草子(第三段)に言語観を述べている。「同じ言なれども、聞き耳(によって意味の)異なるもの、法師の言葉・男の言葉・女の言葉(われわれの用いる言葉の全てが多様な意味を持っている)」。


 藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道にも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。
それを歌に詠めば、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であると俊成はいう。


 上のような言語観と歌論を重視して、今の解き方とは異なった、新たな観点と新たな方法で古典和歌を紐解けば、歌に「心におかしきところ」が顕れ、多重の意味があることがわかり、やがて、その奥行きの深さを知ることになるだろう。


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帯とけの三十六人撰 紀貫之 (十)

2014-05-29 00:09:13 | 古典

    



                帯とけの三十六人撰



 四条大納言公任卿が自らの歌論に基づき、優れた歌人を三十六人選んで、その優れた歌を、それぞれ十首乃至三首撰んだ歌集である。公任(きんとう)は、清少納言、紫式部、和泉式部、道長らと同時代の人で、詩歌の達人である。この藤原公任の歌論を無視した近世以来の学問的な解釈と解釈方法(序詞・縁語・掛詞などという概念を含む)を棚上げしておき、平安時代の歌論と言語観に帰り、改めて学びながら、和歌を聞き直すのである。
公任が「およそ、歌は、心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」ということの重要さを認識することになるだろう。


 

 紀貫之 十首 (十)

 
 あふ坂の関の清水にかげ見えて 今やひくらむもち月の駒

 (逢坂の関の清水に映る影見えて、今なのだなあ、ひき連れて来たようだ、望月産の若駒……合う坂の山ばの難関共に越え、清い女に陰り見えて、今なのか、引きさがるのだろう、望月の股間)


 言の戯れと言の心

 「あふさか…逢坂…地名…名は戯れる、合う坂、和合の山坂」「関…関所…難関…和合の山ばは男女で一致し難い」「清水…逢坂に湧く清水…清い女」「清…美しい…汚れがない…無垢な」「水…女」「かげ…影…映る姿…陰り…心の曇り」「や…感嘆・詠嘆・疑問などの意を表す」「ひく…引き連れる…引きさがる…引き去る」「望月…地名…名は戯れる、信濃の望月牧場産、満月、満ちたつき人おとこ」「月…月人壮士(万葉集の歌詞)…おとこ…ささらえをとこ(万葉集以前の月の別名)」「駒…こま…股間…おとこ」



 拾遺集巻三秋にある「延喜の御時の屏風歌」。八月の望月のころ諸国より献上される駒を逢坂に迎える行事の絵を見て、醍醐天皇の仰せを承って、貫之の詠んだ歌。


 歌の「清げな姿」に添えられた「心におかしきところ」は、「歌のひじりなりける」と称える柿本人麻呂の確立した歌の様の、エロチシズムを見事に継承している。これがあってこそ歌である。それぞれが上質であれば優れた歌である。



 『群書類従』和歌部「三十六人撰 四条大納言公任卿」を底本とした。ただし、歌の漢字表記と仮名表記は適宜換えてあり同じではない。

 

 

以下は、平安時代の歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。

 

紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。


 歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に訊ねた。公任は
清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で詩歌の達人である。優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。一つの歌に複数の意味があるのは、歌言葉は字義の他に、「戯れの意味」や「言の心」があるからである。


 この言語観については、まず清少納言に学ぶ、枕草子(第三段)に言語観を述べている。「同じ言なれども、聞き耳(によって意味の)異なるもの、法師の言葉・男の言葉・女の言葉(われわれの用いる言葉の全てが多様な意味を持っている)」。


 藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道にも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。
それを歌に詠めば、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であると俊成はいう。


 上のような言語観と歌論を重視して、今の解き方とは異なった、新たな観点と新たな方法で古典和歌を紐解けば、歌に「心におかしきところ」が顕れ、多重の意味があることがわかり、やがて、その奥行きの深さを知ることになるだろう。


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帯とけの三十六人撰 紀貫之 (九)

2014-05-28 00:01:47 | 古典

    



                帯とけの三十六人撰



 四条大納言公任卿が自らの歌論に基づき、優れた歌人を三十六人選んで、その優れた歌を、それぞれ十首乃至三首撰んだ歌集である。公任(きんとう)は、清少納言、紫式部、和泉式部、道長らと同時代の人で、詩歌の達人である。この藤原公任の歌論を無視した近世以来の学問的な解釈と解釈方法(序詞・縁語・掛詞などという概念を含む)を棚上げしておき、平安時代の歌論と言語観に帰り、改めて学びながら、和歌を聞き直すのである。公任が「およそ、歌は、心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」ということの重要さを認識することになるだろう。



 紀貫之 十首 (九)


 君まさで煙たえにししほがまの 浦さびしくも見えわたるかな

 (君、いらっしゃらず、煙絶えてしまった、塩釜の浦を模して造られた庭が、心寂しく見え広がることよ……貴身まさず、けぶり絶えてしまったしほかまが、心さみしくも、見つづけることよ)


 言の戯れと言の心

「きみ…君…貴身…おとこ」「まさで…坐さず…いらっしゃらず(居ずの尊敬語)…増さず…膨張せず…色増さず」「で…ず…打消しを表す」「煙…けぶり…(塩焼く)煙…(火葬の)煙…気振り…気古り」「け…き…気…気力…気分」「ふり…旧り…古り…寂れる…古びる」「しほがま…陸奥の所の名、名は戯れる。塩窯、塩釜、入かま(色に染めるかめ)…おんな」「うら…浦…女…心」「見…覯…媾…まぐあい」「わたる…広がる…続く」「かな…感嘆・詠嘆の意を表す」



 古今集の哀傷歌にある詞書によれば、河原の左大臣(源融・超一流の風流人・すき者)が亡くなられて後、かの家(河原院)に参った時に、陸奥のしほがまという所の様(模して庭が)造られてあったのを見て詠んだ歌。


 主人の亡くなった河原院のさびれた様を詠んだだけではなく、遺された女たちを思って詠んだ歌。


 

 『群書類従』和歌部「三十六人撰 四条大納言公任卿」を底本とした。ただし、歌の漢字表記と仮名表記は適宜換えてあり同じではない。



 以下は、平安時代の歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。


 歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に訊ねた。公任は
清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で詩歌の達人である。優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。一つの歌に複数の意味があるのは、歌言葉は字義の他に、「戯れの意味」や「言の心」があるからである。


 この言語観については、まず清少納言に学ぶ、枕草子(第三段)に言語観を述べている。「同じ言なれども、聞き耳(によって意味の)異なるもの、法師の言葉・男の言葉・女の言葉(われわれの用いる言葉の全てが多様な意味を持っている)」。


 藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道にも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。
それを歌に詠めば、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であると俊成はいう。


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帯とけの三十六人撰 紀貫之 (八)

2014-05-27 00:05:25 | 古典

    



                帯とけの三十六人撰



 四条大納言公任卿が自らの歌論に基づき、優れた歌人を三十六人選んで、その優れた歌を、それぞれ十首乃至三首撰んだ歌集である。公任(きんとう)は、清少納言、紫式部、和泉式部、道長らと同時代の人で、詩歌の達人である。この藤原公任の歌論を無視した近世以来の学問的な解釈と解釈方法(序詞・縁語・掛詞などという概念を含む)を棚上げしておき、平安時代の歌論と言語観に帰り、改めて学びながら、和歌を聞き直すのである。公任が「およそ、歌は、心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」ということの重要さを認識することになるだろう。



 紀貫之 十首 (八)

 思ひかねいもがりゆけば冬の夜の 川風さむみ千鳥鳴くなり

 (思いに堪えかねて恋人のもとへ行けば、冬の夜の川風寒くて、千鳥、鳴いている……恋しい思い火に堪えられず、彼女のもとへ行けば、冬の夜の女かは、心風寒く、千鳥のよう、頻りに泣いている)


 言の戯れと言の心

「思ひ…思い…思火」「かね…かぬ…我慢しにくい…堪え難い」「いも…妹…親しい女…恋人…妻女」「がり…許へ…かり…猟…めとり…まぐあい」「川…言の心は女…かは…疑問を表す」「風…心に吹く風…飽風・厭風、冷やかな心風、心も凍る寒風、どの段階だろうか」「千鳥…しば鳴く小鳥…しきりに泣く女」「鳥…言の心は女」「鳴く…泣く」「なり…聞こえるようだと推定する意を表す…断定する意を表す」



 歌の清げな姿は、女の許へ行く途中の景色とその時の想い。

心におかしきところは、言の戯れと言の心を心得れば顕れる。女の家に着いた後の、なんとも言い難い男の心情。それを普通の言葉で表すことはできない。このように歌に詠めば、千年以上前の人の生の心情が伝わる。


 この歌は、拾遺和歌集 巻第四冬に、題しらず、貫之としてある。拾遺集の成立は古今集のおよそ百年後で、公任も編纂に関わったかもしれない。



 『群書類従』和歌部「三十六人撰 四条大納言公任卿」を底本とした。ただし、歌の漢字表記と仮名表記は適宜換えてあり同じではない。



 以下は、平安時代の歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。


 歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に訊ねた。公任は
清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で詩歌の達人である。優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。一つの歌に複数の意味があるのは、歌言葉は字義の他に、「戯れの意味」や「言の心」があるからである。


 この言語観については、まず清少納言に学ぶ、枕草子(第三段)に言語観を述べている。「同じ言なれども、聞き耳(によって意味の)異なるもの、法師の言葉・男の言葉・女の言葉(われわれの用いる言葉の全てが多様な意味を持っている)」。


 藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道にも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。
それを歌に詠めば、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であると俊成はいう。


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