帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

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新・帯とけの「伊勢物語」(七十四)むかし、おとこ、女をいたうゝらみて

2016-06-30 19:02:48 | 古典

               



                              帯とけの「伊勢物語」



  紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で、在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を読み直しています。やがて、清少納言や紫式部の「伊勢物語」読後感と一致する、正当な読みを見いだすことが出来るでしょう。



 伊勢物語
(七十四)むかし、おとこ、女をいたうゝらみて


 むかし、おとこ(昔、男…武樫おとこ)、女を、いたうゝらみて(ひどく恨んで…ひつこく裏見て)、

 岩ねふみ重なる山にあらねども あはぬ日おほく恋ひわたるかな

 (岩根踏みゆく、重なる山ではないけれど、逢わない日が多く、貴女を・恋つづけていることよ……岩根踏み・井は根踏みにじり、重なる山ばはないけれど、合わない日が多く、乞い求めつづけているなあ・我は



 貫之のいう「言の心」を心得て、俊成のいう言の戯れを知る

 「いたう…甚だしく…ひどく…感に堪えず・ひつこく」「うらみて…恨んで…裏見て…心を見て…裏を見て…二見して」「見る…目で見る…思う」「見…覯…媾…まぐあい」。

 「いはねふみかさなる山…越えてゆけない程の隔たり…井は根を踏みつけ…おんな、おとこを踏みにじり」「いは…岩…石…言の心は女」「根…おとこ」「踏み…行う…行く…踏みつける…圧す」「山…山ば」「あはぬ…逢わない…身を合わさない…山ばが合わない…和合できない」「こひ…恋…来い…乞い…求め」「わたる…渡る…月日を過ごす…つづけている」。

 

 手の届かぬ雲の上に昇ってしまった女人への愛憎を、「心におかしきところを」添えて表現した歌。


 昔、男は、東の五条の寝殿造りのお屋敷の西の対屋に住む藤原氏の女に、密かに通っていたが、裏切られて身も心もうち砕かれたことがあった。それは、この物語を作る「動機」であり、その愛憎は生涯消えることはなかったので、物語に底流していて、時々、その愛と憎が氾濫するのである。

 

 本歌は、万葉集巻第十一 「寄物陳思」にあり、次の女の歌と並べられてある。何れも、柿本人麻呂の歌集出の歌。

 くる路は石ふむ山に無くもがも 吾が待つきみが馬爪尽に

 (来る路は石踏む山で無ければいいがなあ、わたしの待つ君の馬つまづくので……繰る路は石ふむ山ばで無ければいいがなあ、わたしの待つ君が、武間、つま・端、尽くので)

 石根踏む重なる山にあらねども 相わぬ日数を恋わたるかも

 (岩根ふむ重なる山ではないけれど、逢わぬ日数を恋つづけていることよ……井は根ふむ、重なる山ばでは無いけれど、合わぬひ数を乞い求めつづけているなあ・我は)

 「くる…来る…繰る…繰り返す」「路…言の心は女」「石…岩…言の心は女」「山…山ば」「馬…むま…武間…おとこ」「爪尽…つまづく(躓く)…身の褄尽きる」「爪…つま…端…身の端」「根…言の心は、おとこ」「相…逢…合…和合」「恋…乞い…求め」「かも…かな…感動の意を表す…詠嘆の意を表す」。

 

 このように、歌言葉には戯れの意味が有り、「言の心」を孕んでいた。そこに、「心におかしきところ」が顕われる。すでに、人麻呂歌において、公任の捉えた、「深い心と、清げな姿と、心におかしきところの有る表現様式」の歌であった。


 (2016・6月、旧稿を全面改定しました)


新・帯とけの「伊勢物語」(七十三)月のうちの桂のごとき君にぞありける

2016-06-29 19:06:59 | 古典

               



                             帯とけの「伊勢物語」



 紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で、在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を読み直しています。やがて、清少納言や紫式部の「伊勢物語」読後感と一致する、正当な読みを見いだすことが出来るでしょう。



 伊勢物語
(七十三)月のうちの桂のごとき君にぞありける

 
 むかし(昔…若かった頃)、そこにはありときけと(其処には在りと聞いたけれど…息には・生きては、在りと聞いたけれど)、せうそこをだにいふべくもあらぬ(便りさえできそうにない…消息さえ・わが生き死にさえ、言えそうにない)女の身辺を思ったのだった。

 めには見て手にはとられぬ月のうちの 桂のごとききみにぞありける

 (目には見て手には取れない月の内の桂のような姫君だったなあ・雲をつかむような人だったなあ……女には、まだ見得て、手にはできない、おとこの・尽きのうちの、且つら・さらに又、のような、わが貴身だったなあ)

 

 貫之のいう「言の心」を心得て、俊成のいう言の戯れを知る

 「せうそこ…消息…便り…安否…生き死に」「め…目…女…おんな」「見…覯…媾…まぐあい」「手に取る…思うままにする」「あたり…辺り…身辺…当たり…感触」「つきのうちのかつら…月に生えるという桂樹…高嶺の花以上の手の届かない存在…おとこの尽きのうちにあってなお且つという女の情態」「月…月人をとこ…突き…尽き」「かつら…桂…且つら…なおも又」「ら…状態を表す」。

 

 歌の清げな姿は、或る女人の事を述懐した。高根の花どころか、月の桂のような姫君だったなあ。我を捨て去って、女御になってしまった女人への愛憎は消えない。

 心におかしきところは、女の立場で詠まれてある。且つ又と求めても、尽きのうちに在る、わが貴身だったなあ。睦ましかった時の女の姿態を露わにするのは、下劣な嫌がらせで、愛憎の憎の部分である。それを、大淀の遊びめの次に置くとは、またまた、憎が煮えくり返ったようようである。


 (2016・6月、旧稿を全面改定しました)


新・帯とけの「伊勢物語」(七十二)うらみてのみも返る波かな

2016-06-28 19:17:10 | 古典

               



                             帯とけの「伊勢物語」



 紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で、在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を読み直しています。やがて、清少納言や紫式部の「伊勢物語」読後感と一致する、正当な読みを見いだすことが出来るでしょう。



 伊勢物語
(七十二)うらみてのみも返る波かな

 むかし、おとこ(昔、男…武樫おとこ)、伊勢のくになりける女(伊勢の国に居た女…井背のくに・おんなとおとこのくに、に成った女)に、又えあはで(再びは逢えなくて…二たび合えなくて)、となりのくにへいくとて(隣の国へ行くということで…終りのくにへ逝くと言って)、いみじうゝらみければ(ひどく悔しがったので…ひどく、遊び女に・うらみ言をいったので)、女(大淀の遊びめ)、

 大淀の松はつらくもあらなくに 浦みてのみも返る浪かな

 (大淀の松は辛くあたっていないのに、浦見て・恨んで、それだけで返る波だこと……大よどの女は、辛くも何んともないのに、裏見て・恨んで、それだけで帰る、汝身だ・並みだ、ことよ)

 

 貫之のいう「言の心」を心得て、俊成のいう言の戯れを知る

 「伊勢…地名、名は戯れる。いせ、井背、おんな、おとこ、尾張の隣」「くに…国…土地…人の世…ふるさと…おんな」「又…再び」「えあはで…逢えないで…合えないで…和合できずに」「おほよど…大淀、所の名、名は戯れる。おおいによどんでいる女、遊女自身」「大…褒め言葉では無い」「淀…川のよどんだところ…よどんんだ女…川の言の心は女」「松…待つ…言の心は女」「つらし…思いやりがなく苦痛に感じる…うらめしい」「うらみて…浦見て…恨みて…憎らしがって…裏見て・二見して」「うら…浦…言の心は女…裏…心」「見…媾…媾…まぐあい」「なみ…波…白波…汝身…並…大よどからみれば、武樫おとこも、大身や人も並である」「並…褒め言葉では無い」。

 

 歌は、遊女の心の内なる思いが顕れている。おとこなど、女のうつわから見れば、皆、並みの物に過ぎないというのである。ごもっともな、お返しである。

 

 「言の心」を心得ずに字義だけで、この歌物語を味わえば、砂をかむように味気ないだろうが、平安時代の人々は、言の心を心得て、歌の「心におかしきところ」を享受していたのである。

紀貫之は古今和歌集仮名序の結びで、「歌のさまを知り、言の心を得たらむ人は、大空の月を見るが如くに、いにしへを仰ぎて、今を恋ひざらめかも」と述べた。

「言の心」とは、「松…女」「鳥…女」「川…女」「月…男」「舟…男」などなどで、繰り返しこの「帯とけの古典文芸」でも紐解いてきたこと。「まつ…松…待つ…女」などという言の戯れに理屈はない、なぜそうなのかは説明不能。ただその様な意味で万葉集以前から用いられてきて、この時代の歌の文脈では通用していた意味と心得るしかない。

 

 紀貫之は、仮名序より三十数年後、「土佐日記」の中で、歌のさまや言の心について、易しく語っている。たとえば、土佐日記正月九日、

 宇多の松原をゆきすぐ、その松の数いくそばく、幾千歳へたりとも知らず。もとごとに浪うちよせ、枝ごとに鶴ぞ飛びかう、おもしろしと見るにたへずして、船人のよめる歌、みわたせば松のうれごとにすむつるは 千代のどちとぞ思ふべらなる  とや、この歌は所を見るにえ優らず。

  歌は次のように聞こえる

(見渡せば松の枝ごとに棲む鶴は、千代の友だちと思っているようだ・言の心は同じ女……見わたせば、待つの枝事に、済む女は、千夜のつれあいよ、と思うようだなあ)


「見…見物…覯…媾」「松…待つ…女」「うれ…こずえ…木の枝…おとこ」「すむ…棲む…済む」「鶴…たづ…鳥…女」「よ…世…夜」「どち…友…伴…つれあい」。

松と鶴の言の心は、千世も前から同じで、女であることを、言外に教示してある。言葉の意味にいちいち論理的理由などはない。貫之は、ただ「心得る人は歌が恋しくなるぞ」と言ったのである。


 (2016・6月、旧稿を全面改定しました)


新・帯とけの「伊勢物語」(七十一)大宮人の見まくほしさに

2016-06-27 19:01:04 | 古典

               



                              帯とけの「伊勢物語」



 紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で、在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を読み直しています。やがて、清少納言や紫式部の「伊勢物語」読後感と一致する、正当な読みを見いだすことが出来るでしょう。



 伊勢物語
(七十一)大宮人の見まくほしさに


 むかし、おとこ(昔、男…武樫おとこ)、伊勢の斎宮に、内の御使として参上したところ、その宮に、すきごと(好きなこと…好色なこと)を言っていた女(斎宮女房)が居て、私ごとして、

 ちはやぶる神のいがきも越えぬべし 大宮人の見まくほしさに

 (千早やぶる神の斎垣も越えてしまいそう、大宮人が見たさ逢いたさに……血早ぶる女が、斎宮の・斎垣も越えてしまいそうよ、大身や人が見たく、貴身・欲しさに)

男、

 恋ひしくは来ても見よかしちはやぶる 神のいさむる道ならなくに

 (恋しかったら、斎垣を越えて・来てみて見ろよ、千早ぶる神の禁じる恋の道ではないのだから……乞いしかったら、きてみて見ろよ、血早ぶる女が、自ら制止する道ではないのだから)

 


 貫之のいう「言の心」を心得て、俊成のいう言の戯れを知る

 「すきごと…好き勝手な言…好色な言」「ちはやふる…神の枕詞…千早ぶる…霊力ある…威力ある…血早ぶる…氏や人の枕詞…血気盛んな」「神…かみ…上…女」「おほみや人…大宮人…宮中に仕える人…大身や男…大いなるおとこ」「大…ほめ言葉」「みまく…見まく…見たく…あいたく」「見…覯…媾…まぐあい」。

「見ろ…見よ…見の命令形・勧誘の意を表す」「見…まぐあい」「いさむる…禁じる…諫める…制止する」「みち…人の道…恋の道」。

  斎宮女房と「好き言」を言い交わした。女の歌は、女の心に思うことの本音である。斎宮女房として溜まった欲求不満を歌にした。

 言の戯れを知らず、なかでも「見る」には、結婚する、異性と関係を持つ、などという意味の有ることを知りながら、ここでは削除してしまう。たぶん、近代人の理性的判断なのだろう。そのため、歌の真髄は永遠に顕れない。

 歌とは何か、原点に帰れば、古今集仮名序の冒頭に書いてある。「世の中に在る人、こと(事)、わざ(業・ごう)、繁きものなれば、心に思ふことを、見る物、聞くものに付けて、言いだせるなり」。


 (2016・6月、旧稿を全面改定しました)


新・帯とけの「伊勢物語」(七十)狩の使より帰り来けるに

2016-06-26 18:46:19 | 古典

               



                             帯とけの「伊勢物語」



 紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で、在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を読み直しています。やがて、清少納言や紫式部の「伊勢物語」読後感と一致する、正当な読みを見いだすことが出来るでしょう。



 伊勢物語
(七十)狩の使より帰り来けるに


 むかし、おとこ(昔、男…武樫おとこ)、狩りの使より帰って来たときに、おほよどのわたりにやどりて(大淀の渡し場に宿をとって…大いに淀んだ辺りに宿って)、いつきの宮のわらはべ(斎宮に仕える童子…井付きの身やのおとこの子)に言いかけたのだった。

 みるめかる方やいづこぞさをさして 我に教へよあまの釣舟

 (海藻刈る潟は、何処かな、竿を指して我に教えよ、海人の釣り舟よ……見るめ狩る方は・かりの感どころは、どこなのだ、さお指して・小さなお指して、我に教えよ、あ間の吊りふ根よ)

 

貫之のいう「言の心」を心得て、俊成のいう言の戯れを知る

「狩の使…諸国につかわされて野鳥を狩する役人…前章の男」「おほよどのわたり…大淀の渡し場…宿場…褒められぬ女たちがたむろする所」「おほ…大…ほめ言葉ではない」「よど…淀…女…よどんでいる…ほめ言葉ではない」「いつきの宮やのわらはべ…斎宮に仕える童子…井付きの身やのわらわ…おんなの吊りふ根…あ間に付いているの小さなおとこ」。

「みるめ…海藻…見るめ」「見…覯…媾…まぐあい」「め…女…おんな」「かた…潟…方…方向…方法」「さほ…棹…小お…小おとこ」「さ…美称」。

 

船着き場には、春のもの売る遊び女が居た。世の中に「必ずしもあるまじき業なり」と(土佐日記二月十六日)記されてある。ここでは、その遊び女を「大淀」と言った。男の歌は、欲求不満を吐きだしたのである。

 

  在原業平よりほぼ三十年前の人の小野篁の歌に、「あまのつりふね…女の吊りふ根…あまに居つく小さなおとこのこ」と戯れる例がある。流罪となって、船に乗って流される時に詠んだ歌(古今和歌集 巻第九)。

 わたのはらやそしまかけてこぎでぬと 人には告げよあまのつりふね

 (海原、八十島めがけて漕ぎ出たと、都の人には告げよ、海人の釣り舟よ……腸の腹、八十肢間かけてこぎだしたと、人には告げよ、あ間の吊りふ根よ)

 

 「わた…わたつみ…海…はらわた…腸」「はら…原…腹」「しま…島…肢間…女」「こぐ…漕ぐ…ふねをすすめる」「人…人々…女」。

 
 海人の釣船に語りかけているのは清げな姿。言の戯れに「心にをかしきところ」が顕われる。小野篁の歌は、このをかしさを含む歌全体から、流罪となった憤懣を都の人に投げつけたように聞える。

 

伊勢物語の歌も古今和歌集の歌も、肝心な「心のおかしきところ」は秘伝となって、江戸時代には埋もれてしまった。今では、この両歌の「清げな姿」しか見えなくなった。誇るべき高度な文芸の氷山の一角しか見えていないのである


 (2016・6月、旧稿を全面改定しました)