帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第九 雑上 (四百六十五)(四百六十六)

2015-10-24 00:09:59 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任撰『拾遺抄』の歌を、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観に従って読んでいる。

公任の捉えた和歌の表現様式は「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを優れたりといふべし」という、優れた歌の定義に表れている。


 

拾遺抄 巻第九 雑上 百二首

 

一条摂政の下に侍りける時、承香殿の女御の御方に侍りける女にしのびて

ものいひ侍りけるに、さらになとひそといひ侍りければ、ほどへてちぎりし

ことありしかばなんどいひにつかはしたりければ        本院侍従

四百六十五 それならぬことも有りしをわすれねと いひしばかりをみみにとめけむ

一条摂政(藤原伊尹)が若く下っ端だった時、承香殿の女御の御方にお仕えしていた女に、忍んで情けを交わしていたが、「さらになとひそ・更には来ないで・人目が有るから」と言ったが、時が経って、ちぎり交わしたこともあったねえなどと、言って寄こしたので、(本院侍従・女房名・詳細不明)

(それではないことはあったけれど、私など・忘れて欲しいと、言っただけなのに、君は忘れないぞと・耳に留めたのでしょう……あれ、成らないことが有ったのを、「さらになとひそ・更におとづれても無駄よ止めて」と言ったけれど・それだけを忘れないと、君は耳に留めたのでしょう・身身に沁みたでしょうに)

 

言の戯れと言の心

「それ…代名詞…はっきり言えなこと…はっきり言いたくないこと…あのこと」「ならぬ…ならず…ではなく(打消し・婉曲に肯定)…成らず…感の極みに成らず…小物で絶頂に送り届けられないわ」「わすれね…忘れて欲しい…忘れてしまえ…忘れはしないぞ」「ね…て欲しい(話者の願いを表す)…ぬ(完了・命令形)…ず(打消し)」「ばかり…限定…これだけは」「みみ…耳…身身…身の身の端…おとこ」「けむ…過去のことを推量する意を表す…推量の形で婉曲に表現する(内容が厳しいので)」

 

歌の清げな姿は、私のことは・忘れてと言ったのは、お耳留めたでしょうに。

心におかしきところは、成らぬこと有ったのを、忘れないぞと言わんばかりにまた来たの、身に沁みたでしょうに

 

この歌、拾遺集巻第十九「雑恋」にある。

 

 

ものへまかりけるに、はまづらにかひの侍りけるをみ侍りて  坂上郎女

四百六十六 わがせこをこふるもくるしいとまあらば ひろひてゆかむこひわすれがひ

或る所へ出かけた時に、浜辺に貝が有ったのを見て、(坂上郎女・大伴坂上郎女・大伴家持の叔母)

(わたしの愛しい人を、いつまでも・恋しているのも苦しい、いとまあれば、拾って行こう、恋忘れ貝……わが、背・こ・お、乞うるもくるしい井門間があれば、拾ってゆこう、乞い忘れ貝)

 

言の戯れと言の心

「わがせこ…わが憧れの男性…わが恋人…わが背子」「を…対象を示す…お…おとこ」「こふる…恋うる…恋する…乞いする…求める」「いとま…暇…ひま…井と間…井・門・間…いずれも言の心はおんな」「こひわすれがひ…恋忘れ貝…浜辺で此れを拾えば苦しい恋しさが忘れられるという貝…貝の言の心は女…おんな…土佐日記には、亡くなった女児を忘れられるなら、住の江に船さし寄せよ忘れ草しるしありやと摘みてゆくべく、という母の歌が有る…草…言の心は女」

 

歌の清げな姿は、憧れの人(たとえば人麻呂か赤人)が亡くなったか。又は、夫か愛しい子を、亡くした女の傷心の歌。拾遺集は「雑恋」にある。

心におかしきところは、煩わしくも湧き立つ女の情欲、乞いが忘れられるならば拾って逝きましょう、その貝。

 

本歌を聞きましょう。万葉集 巻第六 雑歌、坂上郎女(筑前国より)都に向かう海路で浜の貝を見て作る歌一首

吾背子尓 恋者苦 暇有者  拾而将去 恋忘貝

 
 平安時代の人々は、上のように訓読し、歌の「深い心」と「心におかしきところ」を享受していたのである。

 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。