帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの後十五番歌合 六番

2014-12-27 00:25:35 | 古典

       



                   帯とけの後
十五番歌合



 「後十五番歌合」は藤原公任が近き世の三十人の歌詠みの優れた歌を各々一首撰んで、組み合わせるのに相応しい歌を、十五番の歌合の形式にした私撰和歌集である。

公任の歌論によれば、優れた歌は、深い心と清げな姿と心におかしきところの三つの意味がある。歌の言葉は複数の意味を孕んでいるので、一つの言葉で歌に複数の意味を表現する事ができる。

平安時代の言語観は、紀貫之、清少納言、藤原俊成の言語観に学んだ。歌言葉の複数の意味は「言の心」又は「言の戯れ」という。この多様な意味さえ紐解けば、歌の清げな衣の帯とけて、内なる生々しい性情が、時には深い心が、直接、今の人々の心にも伝わるだろう。


 

後十五番番歌合 (公任撰 一説 定頼


 六番


                           斎院宰相

引きわかれ袂にかゝる菖蒲草 おなじよど野におひにしものを

(引きぬき分かれ、袂に掛かっている菖蒲草、同じ淀野に生えていたのにねえ……娶り別れ、他許にかかわっている、綾め女、同じ淀んだ野に生まれたのになあ)(大斎院女房、宰相の君)


 言の戯れと言の心

「引き…接頭語…引き抜き…娶り」「わかれ…分かれ…別れ」「たもと…女の衣の袂…手許…他許…他の男の許」「かゝる…掛かる…節句には邪気を祓うため菖蒲根などを腰などに掛ける…目にとまる…かかわる」「菖蒲草…草の名…草の言の心は女…彩め女…美しい女…綾目女…端整な女」「よど野…淀野…野の名…よどんだ野」「野…山ばではない…高貴ではない」「おひにし…生えた…生まれた」「ものを…のになあ…のだがなあ…片や我が身は神の忌垣に囲われている」


 清げな姿は、端午の節句のころ斎院に持ち込まれた菖蒲草。

心におかしきところは、引かれ分かれて他の許にいる見目麗しい女と我が身のこと。


 

                          赤染衛門

我が宿の松はしるしもなかりけり 杉むらならば尋ねきなまし

(我が宿の松は、目じるしは無いことよ、杉群ならば尋ねて来たでしょうに……わが家の待つ女は、特徴もないことよ、君が・好き好きしければ、訪ねて来たでしょうに)(道長家女房)


 言の戯れと言の心

「宿…家…言の心は女…屋門」「松…言の心は女…待つ」「しるし…標…徴…特徴」「杉むら…すき群…すき叢…好き好き」「まし…何々ならば何々だったでしょうに」

 

清げな姿は、松のある里の家の風景。

心におかしきところは、目だって見目麗しくはない女のつぶやき。

 


 女は、目だって見目麗しいかそうでないかで、その命運が決まることを、それぞれの言い回しで詠んだ歌。

両人とほぼ同時代を生きた、定子中宮女房清少納言も、別の形で、女について述べている。下に記す。


 

後十五番歌合(公任撰 一説 定頼原文は、群書類従本による


 

以下は、国文学的な解釈と大きな違いに疑問を感じる人々に、和歌を解くときに基本とした事柄を列挙する。


 ①藤原公任の歌論「新撰髄脳」に、「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを優れたりというべし」とある。優れた歌には三つの意味があることになる。

 

②歌を紐解くために公任の歌論の他に参考としたのは、古今集仮名序の結びにある、紀貫之の言葉「歌のさま(様)を知り、こと(言)の心を得たらむ人は、大空の月を見るがごとくに、古を仰ぎて今を恋ひざらめかも」と、古来風躰抄に藤原俊成のいう「(歌の言葉は)浮言綺語の戯れには似たれども、(そこに)ことの深き旨も顕はれる」である。歌の言葉には、それぞれ複数の意味を孕んでいるので、歌に公任の言う複数の意味を詠むことは可能である。「言の心と言の戯れ」を紐解けば帯が解け、歌の複数の意味が顕れる。

 

③言葉の意味は論理的に説明できない。既成事実としてある意味を、ただそうと「心得る」だけである。例えば「はる」は「季節の春・立春・春情・張る」などという心を、歌に用いられる前から孕んでいる。「季節の春」と一義に決めつけ、他の意味を削除してしまうのは不心得者である。和歌は複数の意味を孕むやっかいな言葉を、逆手にとって、歌に複数の意味を持たせてある高度な文芸である。

 

④広く定着してしまった国文学的な和歌の解き方は、ほぼ字義どおりに一義に聞き、序詞や掛詞や縁語であることを指摘して、歌言葉の戯れを把握できたと錯覚させる。そして、見え難い歌の心について、解釈者の憶見を加えるという方法である。歌の「心におかしきところ」は伝わらない。国文学的方法は、平安時代の文脈から遠いところへ行ってしまっている。あえて棚上げして一切触れない。貫之、公任、俊成の歌論を無視して、平安時代の和歌を解くのは無謀である。

 

⑤清少納言は、枕草子の第三章に、言葉について次のように述べている。「同じ言なれども聞き耳異なるもの、法師の言葉、男の言葉、女の言葉。げすの言葉にはかならず文字あまりたり」。言いかえれば、「聞く耳によって意味が異なるもの、それが我々の用いる言葉である。浮言綺語のように戯れて有り余るほど多様な意味を孕んでいる。この言語圏外の衆の言葉は(言い尽くそうとして)文字が余っている」となる。これは清少納言の言語観である。

 

枕草子 第五九章(原文は、新 日本古典文学大系本より)を、和歌と同じように読みましょう。

河は、あすか川、ふちせも定めなく、いかならんとあはれ也、大井河、音なし川、みなせかは。

(河は、飛鳥川、淵瀬も定め無く、どうなるのだろうと興味深い。大井河、音無川、水無瀬川……女は、飛ぶ鳥のようにとりとめもない女、深い仲の背の君も定まって無く、どうなるのでしょうと哀れである。大井女、声無し女、美無女・皆無背かは)


 言の戯れと言の心

「河…川…言の心は女」「鳥…言の心は女」「せ…瀬…背…男…夫」「井…言の心は女…おんな」「音…声…その時の声」「水…言の心は女…み…美…見」「かは…反語を表す…だろうかではないか…疑問を表す…だろうか」

 川や鳥の「言の心」を女と心得ると、貫之の歌の言葉「川風の涼しくもあるか」や「川風寒し千鳥鳴くなり」なども、気象状況を詠んでいるのではなく、それを清げな姿にして、女の心の情況を詠んでいるとわかる。