永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(806)

2010年08月17日 | Weblog
2010.8/17  806

四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(25)

 大君は、先ほどより心が静まってくるに従って、薫と亡き父君との親交からも、また、このように遥かな野辺を分け入っておいでになったお心を理解なさったからでしょうか、少し近くにいざり寄って来られました。

「おぼすらむさま、また宣ひ契りし事など、いとこまやかになつかしう言ひて、うたて男々しきけはひなどは見え給はぬ人なれば、気疎くすずろはしくなどはあらねど、知らぬ人にかく声を聞かせ奉り、すずろに頼み顔なることなどもありつる日頃を思ひつづくるも、さすがに苦しうて」
――(薫は)姫君達の悲しみのご様子や、また八の宮がご自分に約束なさった事などを、たいそう細々と懐かしそうにおっしゃって、押しつけがましく荒っぽい様子などお見せにならないので、姫君達は応対いたしますにも厭な気味悪さはありませんが、よその人にこうして声をお聞かせし、何となく頼りにする風などもあった日々のことを思い続けるにつけても、心ぐるしく恥ずかしくてならないのでした――

「つつましけれど、ほのかに一言など答へきこえ給ふさまの、げによろづ思ひほれ給へるけはひなれば、いとあはれと聞き奉り給ふ」
――(薫中納言は)姫君達の慎み深く、ほんの一言だけお答えになりますのが、いかにも萎れきっていらっしゃるご様子なので、この上なくあわれにお思いになります――

 鈍色の几帳の隙間から見える姫君達の影が、ひどくお気の毒な様子なのに、まして日頃はどうしてお過ごしかと、以前ちらっと拝見した暁の事などが思い出されて、

(歌)「色かはるあさぢを見ても墨染にやつるる袖をおもひこそやれ」
――枯れ果てた浅茅を見るにつけても、墨染の喪服をまとって、侘びしく暮らされる貴女方のことを思いやっております――

 と、ひとり言のようにおっしゃいます。大君は返歌に、

「(歌)『色かはる袖をばつゆのやどりにてわが身ぞさらにおきどころなき』はつるる糸は、と末は言ひ消ちて、いとみじかく忍び難きけはひにて、入り給ひぬなり」
――「涙の露は常とは違う喪服の袖に宿りますが、私の身は全くどうしてよいか分からない有様です」ほつれる糸は…、と、古今集の歌を半ば言いさして、末の方は消えるように、涙が止まらないほど泣き濡れて、そのまま奥に入っておしまいになりました――

◆はつるる糸=ほつれる糸
 古今集の「藤衣はつるる糸はわび人の涙の玉の緒とぞなりける」

では8/19に。

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