永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1071)

2012年02月17日 | Weblog
2012. 2/17     1071

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(42)

「われにもあらず、人の思ふらむこともはづかしけれど、いとやはらかにおほどき過ぎ給へる君にて、押し出でられて居給へり。額髪などの、いたう濡れたるをもて隠して、灯の方に背き給へるさま、上をたぐひなく見たてまつるに、け劣るとも見えず、あてにをかし」
――浮舟は正気もない風で、人の思惑も恥かしくてなりませんが、もともと優れて素直でおっとりした御気質の方ですので、押し出されるまま、中の君の御前にお座りになります。額髪などが涙でひどく濡れていらっしゃるのを、そっと隠して、灯火にお顔を背けていらっしゃるご様子を、侍女たちの、上(中の君)を比べる者もなく美しい御方とお見上げしている目にも、それに劣るとも見えず、上品であでやかな方だと思うのでした――

 そして、

「これにおぼしつきなば、めざましげなることはありなむかし、いとかからぬをだに、めづらしき人、をかしうし給ふ御心を、と二人ばかりぞ、御前にてえはぢあへ給はねば、見居たりける」
――(匂宮が)こんな美しい人に執心されたならば、きっと心外なことが起こるであろう。これほどのご器量でなくても、目新しい人を可愛がるお心癖なのですから、と、(心に思いながら)右近と少将の二人だけがお側に控えていて、中の君の御前に恥じ隠れもおできにならない浮舟を見ているのでした――

 中の君は、浮舟にやさしく話しかけられて、

「例ならずつつましき所など、な思ひなし給ひそ。故姫君のおはせずなりにし後、忘るる世なくいみじく、身もうらめしく、類なき心地してすぐすに、いとよく思ひよそへられ給ふ御さまを見れば、なぐさむ心地してあはれになむ。思ふ人もなき身に、昔の御志のやうに思ほさば、いとうれしくなむ」
――ここを普通と違う気詰まりな所だなどとお思いなさいますな。姉君が亡くなられてから後は、心の紛れることなく悲しく、残されたわが身も恨めしく、自分のような不幸な者は二人といない気がして歎き暮らしていましたのに、あなたが大そう姉君に似ていらっしゃるご様子を見ていますと、悲しさも慰められるような気がして嬉しゅうございます。私は頼る人とてない身ですから、あなたが亡き姉君のような優しいお気持で私を思ってくださるなら、どんなに嬉しいでしょう――

 などと、お話になりますが、浮舟は何とも極まり悪く、また田舎びた心ではお返事を上手にする術もなくて、

「年ごろいとはるかにのみ思ひきこえさせしに、かう見たてまつり侍るは、何ごともなぐさむ心地し侍りてなむ」
――長い年月、遠く離れて暮らしていまして、よそながらお慕い申しておりましたが、こうして親しくお目にかかれましたので、何もかも慰められる心地がいたしております――

 とだけ、まだ幼さの抜けきれない声で言うのでした。

「絵など取り出でさせて、右近に詞読ませて見給ふに、向かひて物はぢもえしあへ給はず、心に入れて見給へる火影、さらにここと見ゆる所なく、こまかにをかしげなり」
――(中の君の侍女に)物語絵など取り出させて、右近にことば書きを読ませられますと、さすがにさし向いでは、そうそうはにかんでも居られず、熱心に絵を御覧になっていらっしゃるお姿は、灯影に、まったくどこにも難点があるとも思われず、繊細でお美しい――

◆詞(ことば)読ませ=物語絵の文章の部分

◆源氏物語絵巻 東屋 1
匂宮に言い寄られて傷ついた浮舟に、中君は絵物語などを読ませて慰める。

では2/19に。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。