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【須磨】の巻 その(10)
花散里からは、源氏を偲んで涙にくれています、というお文がありました。源氏は後見のない御邸を思い、急いで京の家司に命じて花散里邸の修理に当たらせます。
さて、
「尚侍(朧月夜の君)は、人わらへにいみじう思しくづほるるを、大臣いとどかなしうし給ふ君にて……」
――朧月夜の君は、人の笑い物になるとひどくしょげておられるのを、右大臣の大層大事に可愛がっておいでの姫君なので、(大后や帝に熱心にお願いなさって、格式ある女御や御息所ではなく、公務の宮人としてならと、ゆるされました。)――
七月になって参内なさいます。
朱雀帝は
「いみじかりし御思ひの名残なれば、人の謗りもしろしめされず、例の上につと侍はせ給ひて、よろづにうらみ、かつはあはれに契らせ給ふ」
――帝は、もともと熱愛されていましたので、人の謗りもお聞きにならず、元どおりご自分のお側にぴたりと引きつけられて、何事につけてもお恨みになったり、いろいろなことをお約束をおさせになったりされます――
朧月夜の君は帝のお気持ちがもったいないとは思うものの、源氏について思い出すことばかりが多いのでした。
帝は、
源氏の居ないのは大層寂しい。光が消えた心地がします。故桐壺院のご遺言にも背いてしまって罪を得ることでしょう。世の中は、生きていてもつまらぬものと思い知りました。
いつまでも生きていようとは思いません。もし私がそうして世を去りでもしましたら、あなたはどうお思いでしょうか。先頃の源氏とのお別れほどには悲しんでもらえまいと思いますと、ねたましいです。
それそれ、その涙はだれのために落とすのでしょう。
あなたに御子がないのが(帝との間に)寂しいことでしたが、春宮をお立てしますにも、面倒なことになりますし……と、
お若い上に、強いところのない方なので、お困りになることが多いのでした。
須磨では、ただでさえわびしい心にしみじみと沁みる風が吹いて、海は少し遠いのですが、夜は大層近くに波の音がして、いっそうあわれ深いのがここの秋でございます。
ではまた。
【須磨】の巻 その(10)
花散里からは、源氏を偲んで涙にくれています、というお文がありました。源氏は後見のない御邸を思い、急いで京の家司に命じて花散里邸の修理に当たらせます。
さて、
「尚侍(朧月夜の君)は、人わらへにいみじう思しくづほるるを、大臣いとどかなしうし給ふ君にて……」
――朧月夜の君は、人の笑い物になるとひどくしょげておられるのを、右大臣の大層大事に可愛がっておいでの姫君なので、(大后や帝に熱心にお願いなさって、格式ある女御や御息所ではなく、公務の宮人としてならと、ゆるされました。)――
七月になって参内なさいます。
朱雀帝は
「いみじかりし御思ひの名残なれば、人の謗りもしろしめされず、例の上につと侍はせ給ひて、よろづにうらみ、かつはあはれに契らせ給ふ」
――帝は、もともと熱愛されていましたので、人の謗りもお聞きにならず、元どおりご自分のお側にぴたりと引きつけられて、何事につけてもお恨みになったり、いろいろなことをお約束をおさせになったりされます――
朧月夜の君は帝のお気持ちがもったいないとは思うものの、源氏について思い出すことばかりが多いのでした。
帝は、
源氏の居ないのは大層寂しい。光が消えた心地がします。故桐壺院のご遺言にも背いてしまって罪を得ることでしょう。世の中は、生きていてもつまらぬものと思い知りました。
いつまでも生きていようとは思いません。もし私がそうして世を去りでもしましたら、あなたはどうお思いでしょうか。先頃の源氏とのお別れほどには悲しんでもらえまいと思いますと、ねたましいです。
それそれ、その涙はだれのために落とすのでしょう。
あなたに御子がないのが(帝との間に)寂しいことでしたが、春宮をお立てしますにも、面倒なことになりますし……と、
お若い上に、強いところのない方なので、お困りになることが多いのでした。
須磨では、ただでさえわびしい心にしみじみと沁みる風が吹いて、海は少し遠いのですが、夜は大層近くに波の音がして、いっそうあわれ深いのがここの秋でございます。
ではまた。