6/4
【賢木】の巻 (15)
左大臣邸の三位中将(以前頭の中将・故葵の上の兄)の正妻は、右大臣の四の君ですが、絶え間がちに通っては冷淡にあしらっておられたので、右大臣は婿君にはお数えにならず、
「思ひ知れとにや、この度の司召しにも漏れぬれど、いとしも思ひ入れず」
――思い知れというつもりか、この度の昇進にも漏れてしまいましたが、たいして気にもなさいません――
三位中将は、源氏でさえもこうなっておいでなら、自分などは当然と諦められて、源氏邸に行かれては、昔のように競い合って学問、音楽をご一緒にされます。
春秋の御読経、学者を集めての詩作などに夢中になって、内裏へも出仕されず遊びほうけていらっしゃるのを、
「世の中には、わづらはしき事どもやうやう言ひ出づる人々あるべし」
――世間では、うるさい批評など、だんだんと言い出す人があるでしょう――
このようなお遊びと、饗宴を何日も続けておられましたのは、夏の雨がのどかに降り続くころでした。
その頃、朧月夜の君は里下がりをなさっておいででした。熱病が長引いておりましたが、どうにか病が癒えて、右大臣邸の人々はみなうれしく安心されました。
源氏とこの姫君は、
「聞え交し給ひて、理なきさまにて夜な夜な対面し給ふ……」
――めったにない機会なので、二人しめし合わされて、分別もなく夜ごとお逢いになります――
源氏は女盛りの朧月夜の君が、病の後の少し痩せられたのも魅力的だとお思いになります。
姉君の弘徴殿大后も同じ所にお住いなので、本来恐ろしいことですが、
「かかる事しもまさる御癖なれば、いと忍びて度重なりゆけば……」
――源氏はこういう無理な逢瀬をこそ、余計に好まれる御癖でいらっしゃるので、忍び逢いを重ねておいでです。(気づいて居る女房たちも事が面倒になりそうなので、大后には告げる人がいません)――
ある暁に、にわかに雷雨となって、お屋敷中大騒ぎに女房たちも怖じ気づいておいでのところに父右大臣が渡ってこられて、姫君の様子をご心配なのでしょうか、いきなり朧月夜の君の寝所の御簾を上げてお入りになります。源氏はお忍びのどさくさの中でも、婿として大事にしてくれた左大臣の振る舞いと比較されて、この右大臣の軽率さに思わず苦笑なさって。
右大臣は、尚侍(朧月夜の君)が、顔を赤らめていざり出られるその様子が、妙で、またお熱が上がったのかとか、修法を延そうかなどと仰って、ふと目をやると
「薄二藍なる帯の、御衣(おんぞ)にまつはれて引き出でられたるを見つけ給ひて、あやしと思すに、また畳紙の手習ひなどしたる、御几帳の下に落ちたりけり。」
――紅花と藍で染めた帯が、尚侍のお衣裳にまつわりついて引かれてきたのを見つけられて、怪しまれますになお、ふところ紙にうたなど書いたものが、几帳の下に落ちていたのでした――
ではまた。
【賢木】の巻 (15)
左大臣邸の三位中将(以前頭の中将・故葵の上の兄)の正妻は、右大臣の四の君ですが、絶え間がちに通っては冷淡にあしらっておられたので、右大臣は婿君にはお数えにならず、
「思ひ知れとにや、この度の司召しにも漏れぬれど、いとしも思ひ入れず」
――思い知れというつもりか、この度の昇進にも漏れてしまいましたが、たいして気にもなさいません――
三位中将は、源氏でさえもこうなっておいでなら、自分などは当然と諦められて、源氏邸に行かれては、昔のように競い合って学問、音楽をご一緒にされます。
春秋の御読経、学者を集めての詩作などに夢中になって、内裏へも出仕されず遊びほうけていらっしゃるのを、
「世の中には、わづらはしき事どもやうやう言ひ出づる人々あるべし」
――世間では、うるさい批評など、だんだんと言い出す人があるでしょう――
このようなお遊びと、饗宴を何日も続けておられましたのは、夏の雨がのどかに降り続くころでした。
その頃、朧月夜の君は里下がりをなさっておいででした。熱病が長引いておりましたが、どうにか病が癒えて、右大臣邸の人々はみなうれしく安心されました。
源氏とこの姫君は、
「聞え交し給ひて、理なきさまにて夜な夜な対面し給ふ……」
――めったにない機会なので、二人しめし合わされて、分別もなく夜ごとお逢いになります――
源氏は女盛りの朧月夜の君が、病の後の少し痩せられたのも魅力的だとお思いになります。
姉君の弘徴殿大后も同じ所にお住いなので、本来恐ろしいことですが、
「かかる事しもまさる御癖なれば、いと忍びて度重なりゆけば……」
――源氏はこういう無理な逢瀬をこそ、余計に好まれる御癖でいらっしゃるので、忍び逢いを重ねておいでです。(気づいて居る女房たちも事が面倒になりそうなので、大后には告げる人がいません)――
ある暁に、にわかに雷雨となって、お屋敷中大騒ぎに女房たちも怖じ気づいておいでのところに父右大臣が渡ってこられて、姫君の様子をご心配なのでしょうか、いきなり朧月夜の君の寝所の御簾を上げてお入りになります。源氏はお忍びのどさくさの中でも、婿として大事にしてくれた左大臣の振る舞いと比較されて、この右大臣の軽率さに思わず苦笑なさって。
右大臣は、尚侍(朧月夜の君)が、顔を赤らめていざり出られるその様子が、妙で、またお熱が上がったのかとか、修法を延そうかなどと仰って、ふと目をやると
「薄二藍なる帯の、御衣(おんぞ)にまつはれて引き出でられたるを見つけ給ひて、あやしと思すに、また畳紙の手習ひなどしたる、御几帳の下に落ちたりけり。」
――紅花と藍で染めた帯が、尚侍のお衣裳にまつわりついて引かれてきたのを見つけられて、怪しまれますになお、ふところ紙にうたなど書いたものが、几帳の下に落ちていたのでした――
ではまた。