当初3月1日に上海を発ち、襄樊に1泊して2日に上海に戻るつもりでした。日産が東風汽車に出資してから、往来の需要がでたのか、上海から毎日フライトが1便あります。他は、北京と深センから毎週数便出ているようです。上海からのフライトは、上海航空のCRJ(ボンバルディア)の小さな飛行機です。日本で、車輪がでないとかいろいろ話題になった飛行機ですが、中国でもローカルラインでよく使われています。
上海から襄樊へは全く問題なかったのですが、2日上海に戻るときにトラブルが起きました。この便は上海→襄樊→上海と動くのですが、襄樊に飛行機が到着たところで、油漏れが見つかったということで、動かなくなりました。空港で待たされたあげく、市内の安ホテルに連れて行かれ、夕食を提供され、夕食が終わったところで、当日のフライトはキャンセルとなり、明日のフライトに乗って貰いますとあっさり宣言され、もう1泊襄樊に泊まることになりました。お陰で3日は上海で出勤できなくなりました。3日の夕刻、上海から来たフライトに乗って18:00に上海浦東に戻ってきました。
写真は、上海から来たボンバルディアです。右が2日に上海から来て、上海に戻れなくなった飛行機です。左が3日に上海から来た飛行機です、これに乗って上海に戻ることが出来ました。襄樊は、1日に2~3便程度しか発着がない飛行場なので、複数の飛行機を同時に写真が撮れるのは珍しい筈です。
今日4日から華南へ出張が入っています。また飛行機です。従って、上海生活のレポートはまたお休みをいただくことになりそうです。
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上海から襄樊へは全く問題なかったのですが、2日上海に戻るときにトラブルが起きました。この便は上海→襄樊→上海と動くのですが、襄樊に飛行機が到着たところで、油漏れが見つかったということで、動かなくなりました。空港で待たされたあげく、市内の安ホテルに連れて行かれ、夕食を提供され、夕食が終わったところで、当日のフライトはキャンセルとなり、明日のフライトに乗って貰いますとあっさり宣言され、もう1泊襄樊に泊まることになりました。お陰で3日は上海で出勤できなくなりました。3日の夕刻、上海から来たフライトに乗って18:00に上海浦東に戻ってきました。
写真は、上海から来たボンバルディアです。右が2日に上海から来て、上海に戻れなくなった飛行機です。左が3日に上海から来た飛行機です、これに乗って上海に戻ることが出来ました。襄樊は、1日に2~3便程度しか発着がない飛行場なので、複数の飛行機を同時に写真が撮れるのは珍しい筈です。
今日4日から華南へ出張が入っています。また飛行機です。従って、上海生活のレポートはまたお休みをいただくことになりそうです。
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上海虹口区シリーズは終わっていませんが、ちょっと中断して湖北省(hu bei sheng)の襄樊(xiang fan=じょうはん)へ行って来ましたので、その報告を入れます。
襄樊は、湖北省省都である武漢(wu han)から北西の方向にある都市で、湖北省の最北部にあたり、その更に北は河南省です。襄樊は、襄城区、樊城区等からなり、それで襄樊と言われているようです。武漢も武昌、漢口、漢陽の三地区名から合成で武漢と呼ばれるのと同じです。日本でも大森と蒲田を合成して大田区が造られています。
襄樊の襄城区には城郭と濠で囲まれた古い地区があり、以前から見て見たいと思っていました。また、襄樊は第二汽車(現在は改名して東風汽車)という、中国の大手自動車メーカーがあり、現在は日産自動車が出資しています。ここの工場を見て見たいという気持ちもありました。勿論プライベートなので、工場に入ることは出来ませんが。
写真は襄樊空港のターミナルです。滑走路1本、誘導路無しの最低限の小さな飛行場です。
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襄樊は、湖北省省都である武漢(wu han)から北西の方向にある都市で、湖北省の最北部にあたり、その更に北は河南省です。襄樊は、襄城区、樊城区等からなり、それで襄樊と言われているようです。武漢も武昌、漢口、漢陽の三地区名から合成で武漢と呼ばれるのと同じです。日本でも大森と蒲田を合成して大田区が造られています。
襄樊の襄城区には城郭と濠で囲まれた古い地区があり、以前から見て見たいと思っていました。また、襄樊は第二汽車(現在は改名して東風汽車)という、中国の大手自動車メーカーがあり、現在は日産自動車が出資しています。ここの工場を見て見たいという気持ちもありました。勿論プライベートなので、工場に入ることは出来ませんが。
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