おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

バンコクナイツ

2021-09-20 10:01:28 | 映画
「バンコクナイツ」 2017年 日本 / フランス / タイ / ラオス


監督 富田克也
出演 スベンジャ・ポンコン
   スナン・プーウィセット
   チュティパー・ポンピアン
   タンヤラット・コンプー
   サリンヤー・ヨンサワット
   伊藤仁 川瀬陽太 村田進二
   田我流 富田克也

ストーリー
タイの首都バンコク。日本人専門の歓楽街のタニヤ通りの人気店「人魚」で働くナンバーワン娼婦のラックは5年前に故郷のタイ東北部・イサーンからこの街に出稼ぎのためにやってきた。
今ではラックは、日本人のヒモ、ビンを連れ回して高級マンションで暮らす一方、バンコクから遥か遠く離れたラオスとの国境付近、メコン川のほとりにあるノンカーイ県に住む家族に仕送りをしていた。
そんなある夜、ビンが何でも屋の金城とつるんで企画した裏パーティーで、ラックはかつての恋人だった日本人男性、オザワと5年ぶりに再会を果たした。
自衛隊を辞め、日本を捨ててタイに流れ着いたオザワはネットゲームで小銭を稼ぐその日暮らしの貧しい日々を送っており、見かねた兄弟分のしんちゃんに誘われて裏パーティーに参加していた。
ラックに会うための金がいるオザワは、自衛隊時代の上官で今ではバンコクで店を営む富岡に会い、ラオスで日本人向けの現地妻付き介護老人ホーム事業を展開するために現地での不動産調査を依頼された。
オザワは依頼を引き受け、ラックはオザワがラオスに行くついでにノンカーイの家族に紹介しようと決意した。
ラックの実家には、金の無心ばかりしては何かと確執の絶えない母ボーンと父違いの弟ジミーがいた。
ラックとオザワは、ラックが支えている大家族からの出迎えを受けたが、そこにはボーンの姿はなかった。
オザワはラックにバンコクを捨ててここで一緒に暮らそうと持ちかけたが、ラックは家族を支え続けるためにも稼ぎ続けねばならず、ドラッグに溺れるボーンから虐待を受ける妹インも助けねばならなかった。
オザワは仕事のため単身ラオスに向かい、そのまま消息を絶った。
残されたラックは、自分は所詮母や家族の金づるでしかないことを思い知らされてバンコクに戻り、今まで以上に仕事に精を出すが、店では新人のリンが台頭しており、ビンとつるんでドラッグに明け暮れていた。


寸評
僕はタイに行ったことはないのだが、仕事半分、遊び半分の内容でタイに行った人の話を聞いたことがある。
ゲスな僕の興味を引いた話はやはりここで描かれた歓楽街の話であった。
彼が言うには、タイの娼婦は若い美人が多くて優しいとのことである。
そして観光案内もしてくれるし、一日中付き合ってくれてそのままお泊りもOKなのだと言っていた。
前半で描かれたのは売春目的でやって来る日本人を相手にする娼婦たちの姿である。
タニヤ通りは日本人相手の店が多いらしく日本語の看板が目立つし、彼女たちは日本語に通じている。
しかし日本人は「タイ語なんて片言くらいがちょうどいいんですよ。タイ語なんて邪魔なくらいです」と言っている。
何がちょうどいいのか?
それはセックスするのにはそれぐらいの方が都合がいいのだという事だろう。
きわどい会話は盛んにおこなわれるが、きわどいシーンは登場しない。
そのあたりはタイの国情を思わせるし、かつての日本映画はそうだった。
僕はタニヤ通りの娼館に巣くう日本人に対して嫌悪感を抱くし、そこに出入りする日本人にも嫌悪感を抱く。
どこか日本人の恥部を突きつけられているような気がするのだ。
バンコクの街には高層ビルも目立つ。
そこでは多くの日本人ビジネスマンがうごめいていると思うが、映画が描いているのは夜の世界だ。
しかし映像は夜にもかかわらず極めて明るいし、バンコクを捉えた映像は青味がかった乾いた映像で、描かれている世界とは全く違った印象をもたらす。
タニヤ通りでうごめいている日本人たちは、日本での居場所を失くした者たちだ。
発展途上国ではいかがわしい商売を通じてのし上がれると思っている連中である。

タニヤ通りでの群像劇から状況が一変するのがオザワのラオス行きである。
オザワには田舎のノンカーイが近いこともあってラックが同行している。
ラックのノンカーイへの帰郷はバンコク生活からの逃避行でもある。
オザワはここで数度にわたって幽霊と出会う。
殺された反体制派詩人チット・プーミサックの幽霊や、夜のジャングルに現れるベトコンたちの幽霊である。
忘れかけているベトナム戦争の影が刷り込まれてくる。
オザワ達が訪れた場所にはベトナム戦争時にアメリカ空軍が落としていった爆撃跡が巨大な穴となって残っていて、まるで火山の噴火の後に出来たカルデラが連なっているようである。
不平ばかりのラックだが、ノンカーイに返った彼女はやはり大地との結びつき、家との結びつきから逃れることはできない事を悟ったのだろう。
一方のオザワはタニヤ通りでしみついた事から逃れられず、地に足がついた生活が送れない男なのだ。
ラックはオザワに少なからず恋愛感情を持っていたと思うが、決定的な価値観の違いが彼女のビンタによって描かれていたと思う。
映画は特に大きな事件が起きるわけでもないのに3時間を引っ張る。
音楽を初めとするリズミカルな描き方と、タイの女たちの強い生き方を感じ取れたからだろう。
タイ人たちとの撮影は楽しかったのだろうと思わせるエンド・ロールだ。


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