おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

しとやかな獣

2021-03-23 10:47:14 | 映画
「しとやかな獣」 1962年 日本


監督 川島雄三
出演 若尾文子 川畑愛光 伊藤雄之助
   山岡久乃 浜田ゆう子 山茶花究
   小沢昭一 高松英郎 船越英二
   ミヤコ蝶々

ストーリー
アパートが立ち並ぶ郊外の団地、前田家はその四階の一角を占めている。
前田時造は元海軍中佐、戦後どん底の生活を経験した彼は自分の殻にとじこもり、子供たちを踊らせるあやつり師になった。
息子の実には芸能プロの使い込みをやらせ、娘の友子は小説家吉沢の二号である。
友子が別れ話をもって帰って来たが、吉沢には極力恐縮したふりをする時造夫婦だった。
実の方は会社の会計係三谷幸枝と関係があった。
その幸枝が、念願の旅館が開業の運びになったからこの辺で別れたいと言うのである。
子供を抱え夫に死なれた彼女にとって唯一の道は思いきり体を使って生きるほかなかった。
男の誘惑に巧みに乗り、大いに貢がせる役目は既に終っていると幸枝は言い放つのであった。
幸枝が辞表を出すと、社長の香取は恩を仇で返したと怒ったが、幸枝は香取の尻っぽを握っている。
彼は幸枝のために使い込んだ金のことで税務署の神谷を抱き込んでいるのだ。
神谷に払われた金がそっくり幸枝に戻ってくるのは、ホテルへ行って愛情の代償として貰うものであるから関係ないとうそぶく幸枝の見事さに、さすがの時造一家も感嘆するばかりだった。
しかし幸枝にはまり込んでいた実は嫉妬に歯をくいしばるのだ。
税金未納の責任で神谷がクビになったと聞いて、幸枝は一瞬驚いたが私は傷つくことはない…と思う。
幸枝はキッパリと実たちに絶縁の言葉を残して去って行った。
前田家の団らんの中に神谷が幸枝を探しに来て空しく帰った。
友子と実がステレオで踊り時造とよしのがビールを飲んでいる頃、アパートの屋上から神谷の体が落下して行った。


寸評
出てくる人間は悪人ばかりで、それも小悪人といった部類の人種である。
彼等の自分本位な理屈のやり取りが何ともおかしい。
目に付くのは独特ともいえるカメラアングルだ。
舞台は一家が住むアパートの一室のみで、そこで繰り広げられる滑稽なやり取りを狭い部屋のあちこちから描き続けていて、姑息な人間たちが狭い空間でうごめいているという状況を切り取っている。
家具越しであったり、天井からの俯瞰であったり、床下や階段下からの見上げたようなアングルであったりする。
狭いアパートのセットで撮影されているから、そのカメラポジションは苦労を重ねたに違いないと想像される。
おそらくセットのあちこちをくり抜いてカメラを据えて撮影が行われただろうことは間違いない。
この異様なカメラワークが異様な人物を浮かび上がらせていく。
そのアングルは川島雄三の指示なのだろうが、撮影の宗川信夫の努力も見逃せない。

主演は若尾文子となっていて、実際彼女はその色香と体でもって男を翻弄し金を召し上げている女性だ。
「お前の為、お前の為とおっしゃるけれど、実際はご自分の為だったのでしょ・・・」と開き直る姿は、まさに”しとやかな獣”にふさわしい。
しかし一番したたかなのは伊藤雄之助と山岡久乃の夫婦で、とくに山岡久乃のしたたかさが際立っている。
作品自体は伊藤雄之助と若尾文子の存在感が引っ張ているが、ラストシーンにみられるように一番”しとやかな獣”だったのは山岡久乃だったと思う。
なにせ彼女はどうやら警察をも丸め込んでいて、警察なんか怖くもなんともないと思っているようなのである。

高度成長期の団地の雰囲気をだすリアルな部屋の様子だが、抽象的なシーンとして団地の階段シーンがある。
3度描かれるが、おそらくこのシーンは若尾文子の人生そのものの象徴と感じ取れる。
最初は一人で登っていくから、旅館を開業するという目標に向かってわき目もふらず歩んでいる象徴だ。
高松英郎とすれ違う二度目のシーンは、主客が入れ替わった象徴だったと思う。
社長の高松英郎は金を横領され、脱税のしっぽも握られ転落の一途なのに、彼を出し抜いた若尾文子は意気揚々で、まもなく自分の夢が叶いそうな立場となっている。
最後は気弱な税務署員の船越英二が自殺して、それに驚いて団地の住人が階段を駆け下りるシーンだ。
その中にどうしたわけか若尾文子がいるので、彼の自殺によって彼女の目論見が外れて、彼女に法の網がかけられることを暗示していたと思う。
この集団に前田夫婦はいない。
前田夫婦は、特に母親の山岡久乃は警察の力が自分たちに及ばないことを知っているのだ。

銀座を飲み歩く売れっ子作家、いかがわしいミュージシャンなどは高度経済成長期に大勢いた人種の象徴で、中身が軽薄な人間の代表として描かれている。
伊藤雄之助、船越英二、若尾文子などは金、金、金だけの人間で、まさに人よりも少しでも裕福になろうとした当時の人間たちの姿でもある。
真面目なサラリーマンである船越英二は自殺するしかないという悲劇性に川島雄三の皮肉が込められていた。


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