おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

騙し絵の牙

2023-12-31 12:05:47 | 映画
「騙し絵の牙」 2020年 日本


監督 吉田大八
出演 大泉洋 松岡茉優 宮沢氷魚 池田エライザ
   斎藤工 中村倫也 坪倉由幸 和田聰宏 山本學
   佐野史郎 リリー・フランキー 塚本晋也
   國村隼 木村佳乃 小林聡美 佐藤浩市

ストーリー
出版不況の煽りを受ける大手出版社「薫風社」では、創業一族の社長・伊庭喜之助(山本學)が犬の散歩中に倒れ急逝したことにより、次期社長の座を巡る権力争いが勃発。
文芸評論家の久谷ありさ(小林聡美)は、次期社長候補は伊庭の息子・惟高(中村倫也)でも、後妻・綾子(赤間麻里子)でもなく、専務の東松龍司(佐藤浩市)が最有力だとの見方を示した。
専務の東松が進める大改革で、変わり者の速水(大泉洋)が編集長を務めるカルチャー誌「トリニティ」は、廃刊のピンチに陥ってしまう。
嘘、裏切り、リークなどクセモノぞろいの上層部、作家、同僚たちの陰謀が入り乱れるなか、雑誌存続のために奔走する速水は、「トリニティ」編集部会議を召集した。
副編集長の柴崎真二(坪倉由幸)、ベテラン編集者の中西清美(石橋けい)、若手編集者の安生充(森勇作)などが次々と特集のアイデアを提示するも、それらは「旅行」「グルメ」「エンタメ」などいずれも使い古されたネタばかりだった。
薫風社では役員会議が開かれ、東松が新社長に就任し、改革の一手として不採算部門の整理と独自の物流ルート構築を目的とする「プロジェクトKIBA」の立ち上げを提案した。
「プロジェクトKIBA」には伊庭の後妻である綾子や、東松の腹心である経営企画部長の相沢徳朗(中野英樹)、そして大手外資系ファンドの日本支社代表・郡司一(斎藤工)らが参画していた。
新人編集者の高野(松岡茉優)は人員削減の一環として販売管理部への異動を命じられていた。
途方に暮れる高野が父・民生(塚本晋也)が営む小さな本屋・高野書店を手伝っていると、そこに速水が現れて人手不足だから「トリニティ」編集部に来ないかと誘ってきた。
高野を「トリニティ」に引き入れた速水は、現在「小説薫風」が独占契約を組んでいる二階堂(國村隼)の新連載を「トリニティ」でも始めると提案した。


寸評
会社における部門間の主導権争いであり、出版社をめぐる内幕物でもある。
宣伝文句として「騙し合いバトル、開幕!」と謳われているので、権力争いの中で敵陣営を欺く騙しの手口が描かれ、裏切り行為が繰り広げられるのかと思っていたが、意表を突く展開があるものの案外と静かな語り口である。
薫風社では佐藤浩市の専務派と佐野史郎の常務派の対立があるが、社長の死による次期社長争いはアッサリと専務の東松に決まってしまう。
次期社長をめぐる熾烈な争いがあるものと思っていたら肩透かしを喰ってしまった。
そこからは出版社における小説部門と雑誌部門の対立が描かれる。
新聞社に於ける政治部と社会部の関係の様なものだろう。
権力争いによる失脚者は大泉洋の速水が主人公であることに加えて、一方が佐野史郎と木村佳乃となれば勝敗は最初から見えている。
権力争いは描かれてはいるが、それがメインでないことはそのキャスティングからしても明白だ。
常務派だった男が東松に灰皿を差しだすシーンは派閥争いの決着を示しているが、世渡りの悲哀でもある。
メインはやはり観客を驚かせる意外な展開にある。
それを担うのが松岡茉優の新人編集者高野が見出した矢代聖と、大泉洋の速水が見つけ出した城島咲だ。
矢代聖を演じた宮沢水魚と城島咲の池田エライザはミステリアスで中々のキャスティングである。
超メジャーな俳優でないところがいい。
もちろん彼らをめぐる結末も意表をついていて期待に応えている。

塩田武士が大泉洋を主人公にあてがきした小説が原作だけに、主人公は速水の大泉洋なのだが、僕には真の主人公は松岡茉優の高野恵であったように思えた。
高野の父親は小さな書店を営んでいる。
子供たちの立ち読みも許す本を愛する優しい店主だ。
子供の誕生日祝いの本が売り切れていたので、店主が大手書店の紀伊国屋に買いに行く所などは笑わせるが、どこかホッコリさせるエピソードでなぜか嬉しくなった。
作家に対する編集者の関わり方も僕には新鮮だった。
騙し続けた速水に最後で一矢を報いるのも高野である。
彼女は、消息不明だった謎の作家に22年ぶりの新作を書かせて、自分の本屋でしか買えない本として、三万円の値付けで売り出す。
そこに予期せぬ店員を登場させ、さらに以前に「映画にもドラマにもなってないから、読むしかないじゃん」と言ってその作家の本を買いに来た女子高高校生を登場させている。
Amazonは便利だが、本には作家は勿論のこと、出版社も書店も一丸となってこその世界は残っていると思う。
本を愛する人の代表者として高野が存在していたように思える。

速水が最後に「メチャメチャ面白いです」と言って映画は終わる。
何が面白い本なのかは読む人によって違ってくるが、本も映画もその人にとって面白くなくてはならない。
映画「騙し絵の牙」はメチャメチャ面白いとは言えないが、面白い映画にはなっている。