おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

浮草

2023-08-20 07:34:11 | 映画
「浮草」 1959年 日本


監督 小津安二郎
出演 中村鴈治郎 京マチ子 若尾文子 川口浩 杉村春子 野添ひとみ
   笠智衆 三井弘次 田中春男 入江洋吉 星ひかる 潮万太郎
   浦辺粂子 高橋とよ 桜むつ子

ストーリー
志摩半島の西南端にある小さな港町の相生座に何年ぶりかで嵐駒十郎一座がかかった。
座長の駒十郎(    中村鴈治郎)を筆頭に、すみ子(京マチ子)、加代(若尾文子)、吉之助(三井弘次)など総勢十五人、知多半島一帯を廻って来た一座だ。
駒十郎とすみ子の仲は一座の誰もが知っていた。
だがこの土地には、駒十郎が三十代の頃に子供まで生ませたお芳(杉村春子)が移り住んで、駒十郎を待っていて、その子・清(川口浩)は郵便局に勤めていたが、お芳は清に駒十郎は伯父だと言い聞かせていた。
駒十郎は、清を相手に釣に出たり将棋をさしたりしていたが、すみ子が感づいた。
妹分の加代をそそのかして清を誘惑させ、せめてもの腹いせにしようとした。
清はまんまとその手にのった。
やがて、加代と清の仲は、加代としても抜きさしならぬものになっていた。
客の不入りや、吉之助が一座の有金を持ってドロンしたりして、駒十郎は一座を解散するハメになった。
衣裳を売り小道具を手放して僅かな金を手に入れると、駒十郎はそれを皆の足代に渡して一座と別れ、お芳の店へ足を運んだ。
永年の役者稼業に見切りをつけ、お芳や清と地道に暮そうという気持があったのだが、事情は変った。
清が加代に誘われて家を出たまま、夜になりても帰って来ないというのだ。
駅前の安宿で、加代と清は一夜を明かし、仲を認めてもらおうとお芳の店へ帰って来た。
駒十郎は加代を殴り、清は加代をかばって駒十郎を突きとばした。
お芳はたまりかねて駒十郎との関係を清に告げたので、清は二階へ駆け上った。
駒十郎はこれを見、もう一度旅へ出る決心がついた。
夜もふけた駅の待合室、そこにはあてもなく取残されたすみ子がいた。


寸評
大衆演劇の小屋は大阪界隈でもあちこちに出来たが、当時は一座が地方の場末劇場を回っていて、チンドン屋よろしく演目ビラを配っていた。(チンドン屋=鐘と太鼓や三味線などでお囃子を入れて宣伝ビラをまく商売)
子供の頃に、その後ろをついて回りビラをもらった記憶がかすかに残っている。
駒十郎一座はそんな劇団で、郷愁をそそるような漁村の様子と、団員達の生活ぶりに昭和の中頃を思い出す。
小津のカメラはいつも通りのローアングルで人々を映し出し、ドサ回りの世界を丁寧に活写する。
部屋から見た庭の様子や、お芳がやっている一杯飲み屋の入口、劇場の入り口などの同じショットが、これまたローアングルで挿入されて作品に落ち着きを醸し出す。
全体的に落ち着いた雰囲気の映画なのだが、駒十郎が子供を産ませたお芳のもとを訪れた時の、お芳とその息子・清と交わす会話シーンにおけるカット割りはものすごく速い。
言葉を発する人の顔をアップで捉えて画面が次々と切り替わる。
このカット割りは、実は息子である清への照れ隠しの様なものを表していたのだろうか?
僕には小津安二郎はそんなカット割りをする人だというイメージは全然なかったので、始まってすぐのこのカット割りに面喰った。
小津の撮る構図はガチっと固まっていて小道具一つの配置場所まで計算されているような感じを受ける。
駒十郎とすみ子が激しい雨の中で言い争いを繰り広げる場面の赤い傘が画面を引き締めてしびれるショットだ。
使用したアグファカラーというフィルムは赤色の再現度が高いので、小津はこの赤を意識したと思う。

話はユーモアを交えながら進んでいくが、中村鴈治郎はこんな役をやらせると上手い。
上手いというか他の映画でも見せるハマリ役である。
劇団員のすみ子と出来ているが、それはお芳と別れた後のことだったようだ。
当然、すみ子はお芳と清の事を知らない。
駒十郎と夫婦同然のすみ子は漁村なんかにやってきた駒十郎の目的を知って怒る。
駒十郎はそのことを責められて「実の息子に会いに行って何が悪い」と開き直る。
ドサ回り役者の身勝手な振る舞いなのだが、中村鴈治郎の駒十郎は憎めない。
実に調子よく楽天的で、その笑顔でもって人々を魅了してしまうような所がある男だ。
実の父であることを隠した駒十郎と清の会話などは実に微笑ましいものがある。

駒十郎は劇団員の加代と出来てしまった清のことを、自分もお芳とそうなったことを指して「蛙の子は蛙や」と自嘲気味につぶやく。
役者稼業は女に目のないことを団員の男たちが幕間から観客の女性を物色するシーンで僕達に知らしている。
駒十郎がお芳にすみ子のことを「ちょっと出来てしもてん」と照れ笑いしながら告白する軽さなのだ。
それなのに駒十郎とすみ子は切っても切れない仲になっている。
すみ子はヤキモチから大喧嘩をしてしまったが、それも駒十郎に惚れこんでいたからで、この腐れ縁的な関係は「夫婦善哉」における柳吉と蝶子のようで、すみ子の京マチ子はいいわあ…。
鴈治郎 も京マチ子も役にはまった煙草の吸い方が上手い。
タバコが嫌われてきて、こんな吸い方が出来る人が少なくなってくるかもしれない。