おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ヴェラ・ドレイク

2023-08-18 06:33:08 | 映画
「ヴェラ・ドレイク」 2004年 イギリス / フランス / ニュージーランド


監督 マイク・リー           
出演 イメルダ・スタウントン フィル・デイヴィス ピーター・ワイト
   エイドリアン・スカーボロー ヘザー・クラニー ダニエル・メイズ
   アレックス・ケリー サリー・ホーキンス エディー・マーサン
   ルース・シーン ヘレン・コーカー レスリー・シャープ 

ストーリー
1950年、冬。凍てついたロンドンの朝の空気を暖めるかのようなヴェラ・ドレイク(イメルダ・スタウントン)の明るい笑顔が、今日も人々の心を和ませていた。
労働者階級の人たちが住むこの界隈に暮らすヴェラは、体の具合が悪い隣人たちを訪ねては、身の回りの世話をしているのだ。
裕福な家の家政婦の仕事を終え、一人暮らしの母親(サンドラ・ヴォー)の面倒を見ると、ヴェラが一日の中で一番大切にしている時間がおとずれる。
小さなテーブルを家族で囲む夕食のひと時だ。
夫のスタン(フィル・デイヴィス)は、弟のフランク(エイドリアン・スカーボロ)が経営する自動車修理工場で働いている。
フランクの妻、ジョイス(ヘザー・クラニー)は豊かな生活を望み、貧しい義兄一家との付き合いを避けていた。
しかしフランクは、早くに亡くなった両親の代わりに自分を育ててくれた兄夫婦を心から慕っていた。
活発で朗らかな息子のシド(ダニエル・メイズ)は、洋品屋に勤めている。
娘のエセル(アレックス・ケリー)は無口でおとなしく、職場の工場と家を往復するだけの毎日だったが、近所に住む一人暮らしの青年レジー(エディ・マーサン)がヴェラに誘われて夕食にくるようになってから、年頃の娘らしい愛らしさを見せるようになっていた。
レジーは、第二次大戦中に母親を空襲で亡くしていた。
スタンが出征した時に辛い思いを経験したドレイク一家は、そんなレジーに心から同情し、温かくもてなすのだった。
まっすぐ前を向いて、毎日を精一杯生きているヴェラだが、誰にも言えない秘密を抱えていた。
望まない妊娠をして困っている女たちに、堕胎の手助けをしていたのだ。
中絶手術は法律で禁じられていて、たとえ許可されても手術費は高額で、庶民にはとても支払えなかった。
非合法な堕胎を選ぶしかない女たちとヴェラを仲介するのは、ヴェラの子供の頃からの友人、リリー(ルース・シーン)だった。
実はリリーは、女たちから報酬をもらっていたが、ヴェラにはひた隠しにしていた。
二人で映画や散策に出かけるようになっていたレジーとエセルが婚約した。
スタンとヴェラは弟夫婦を自宅によんで、ささやかなお祝いの席を設ける。
招かれざる客が現れたのは、フランクがジョイスの妊娠を報告し、皆で倍になった喜びを分かち合っていた時だった。
ドアの前に立っていたのは、ウェブスター警部(ピーター・ワイト)。
ヴェラが“助けた”娘の体調が急変し、病院に運ばれた。
娘は命をとりとめたが、医師からの通報で駆けつけた警部に問い詰められた娘の母親が、渋々ながら事の次第を打ち明けたのだ。
自分だけ別室に呼ばれたヴェラは素直に事実を認め、ベスト婦警(ヘレン・コーカー)に支えられながら、何も知らない家族が見守る中、署に連行されていく。
すぐに保釈が認められたが、ヴェラは法律と闘うつもりなど毛頭なかった。
全面的に罪を認めたために、シドは怒ってヴェラを責め、エセルは悲しみに打ちひしがれ、家族の絆は初めての危機を迎える。
その試練を、家族の誰一人の手も決して離すことなく、力強く乗り越えたのは、夫のスタンだった。
戦争を命からがら生きのびたスタンは、家族さえいれば幸せをつかめるのだと信じていて、ヴェラへの愛が変わることはなかった。
「人を助けようとした。ママの心が優しいからこそだ」「確かに悪いことをした。だがもう十分に罰を受けた」スタンの揺るぎない愛に導かれ、シドも少しずつ母への愛を取り戻すのだった。
年が明けた1月10日、ヴェラの裁判が行われた。
弁護士はヴェラの動機が金銭ではなく、困っている人を助けたいという善意だと強調したが、裁判長(ジム・ブロードベント)は2年6ヶ月の禁固刑という厳しい判決を下した。
ドレイク家のテーブルに座って、スタンとシドとエセルと、そしてレジーが、いつまでもいつまでもヴェラの帰りを待っている。
厳しい冬の後の春は、きっと格別だと信じて……。


寸評
なんとも切ない物語だ。
登場人物はごく普通の人々である。特別の美男美女が出てくるわけではない。
おおよそ映画スターとは思えない、正直な感想を言えば、見栄えのしない容姿の役者を集めている。
だが、その役者の一人一人が中々の存在感で、さしたる盛り上がりのないストーリーにもかかわらず目を離させない。
それどころか2時間を画面に引き込んで一気に見せつける。

主人公のヴェラは、貧しい中でも笑顔を絶やさない親切な普通のおばさんである。
夫のスタンも優しい男で、弟の工場で働かせて貰っている事で卑屈にもなっていない良心的な人間である。
弟は、兄夫婦に育てて貰った事を感謝していて、彼らと仲良く付き合っている。
弟・フランクの妻であるジョイスが肉親の中では唯一、距離をおいた存在として描かれているが、全く彼らを拒否しているわけではなく、よくある親戚付き合いの関係として描かれている。
弟のフランクは兄に感謝し慕っているが、同時に妻と自分の気持ちの板ばさみになっている。
何とか妻の機嫌を取りながら、自分には捨て去る事が出来ない兄一家と付き合っている。そして時にはそんな妻を交えてちょっとした喜びごとを皆で祝う普通の関係を維持している。
僕の周りでも存在している、そんな現実を感じさせる光景が映画をリアリズムのあるものにしている。
詰まるところ、普通の人たちの普通の生活が、普通に描かれていくのだ。
その中でヴェラの行う堕胎処置も普通の出来事のごとく描かれていく。
だから、なおさら事件の切なさが胸に響いてくるのだ。

何よりも一家を支えている家族愛があって、その中心に夫のスタンがいる。すべてを許し、信頼し、愛を注ぐ彼の姿に心打たれる。
そして、娘の婚約者であるレジーの存在がこの映画を救っていると思う。
彼もまた新しい家族を見捨てたりしないのだ。彼らと共にヴェラの帰りを待つ事にした事を無口な彼の姿を通して語りかける。
すべてが言葉少なく、地味に、しかし力強く描かれていく。その演出力と、役者さんたちの演技力に感嘆した。

見終わったときに僕は信じていた。
ヴェラが2年半の刑期を短縮されて出所してくる事を、その時エセルとレジーの間には子供が誕生している事を・・・。