おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

無法松の一生 1943年版

2020-05-09 09:07:41 | 映画
「無法松の一生」 1943年 日本


演出 稲垣浩
出演 阪東妻三郎 月形龍之介 永田靖
   園井恵子 川村禾門 沢村晃夫
   杉狂児 山口勇 葛木香一

ストーリー
福岡県小倉(現在の北九州市)を舞台に、荒くれ者で評判だった人力車夫・富島松五郎(通称無法松)と、急病死した陸軍大尉・吉岡の遺族(未亡人・良子と幼い息子・敏雄)との交流を描く。
1943年10月28日公開。製作は大映。
全長は99分あったが、内務省による検閲で松五郎が未亡人に想いを打ち明けるシーンが、時局柄軍人の未亡人の恋愛は戦地の将兵の士気をくじくと考えられ10分カットされた。
しかしながら、却って映像化された生々しい場面を排除することが出来、松五郎の心情表現に含みを持たせることが可能となり、観客の共感を招くことになった。
この時検閲官は「本当はこれをカットするのは惜しい。あと何年かすれば戦争も終わるだろうからそれまで保留という扱いにしたらどうだろう」と言ったが会社側はカットしてでも公開しろという意向だったため、稲垣は泣く泣くフィルムをカットした(このシーンのフィルムは失われており、スチール写真のみが現存する)。
さらに戦後占領軍による検閲で封建的だとされ、吉岡敏雄が学芸会で唱歌「青葉の笛」を歌うシーンが8分カットされた。
なお、後者のカットされたシーンが宮川一夫の遺品の中から発見され、2007年9月28日にカットされたシーンが特典映像として収録されたDVDが角川エンタテインメントから発売された。
か弱い吉岡母子の将来を思い、(身分差による己の分をわきまえながらも)無私の献身を行う無法松と、幼少時は無法松を慕うも長じて齟齬が生じ無法松と距離を置いてしまう敏雄と、それでも無法松を見守り感謝の意を表し続けてきた良子との交流と運命的別離・悲しい大団円などが描かれている。
伊丹万作のキャリアの中でも屈指の名脚本を得て稲垣浩は叙情あふれる名編に仕上げている。
松五郎を演じた阪東妻三郎は初の現代劇であったが見事な名演。

松五郎こと無法松(阪東妻三郎)はトラブルを引き起こす暴れ者だが、どこか憎めない人力車夫。
ある日竹馬から落ちた少年・敏雄(沢村アキオ)を助けたことがきっかけで陸軍大尉の吉岡家へ出入りするようになるが……。


寸評
僕は後年に稲垣自身がリメイクした「無法松の一生」を先に見ている。
元版であるこちらは、無法松の吉岡夫人に対する松五郎の秘めた愛がカットされているのだが、それを想像させるような演出はなされているものの、やはり説明不足感からは逃れられない。
三船敏郎の松五郎が高峰秀子の吉岡夫人に寄せる慕情を見ていただけに、リメイク作品と比較してしまう無いものねだりで、身分の違いを感じながらも秘めた気持ちを抱く松五郎の姿に少し物足りなさを感じてしまう。
松五郎の思いを感じさせるシーンがあったりするし、預金通帳を見せる最後のシーンで松五郎の気持ちをそれとなく感じさせるのだが、やはりカットされてしまったシーンの比重は重かったのだと思ってしまうのだ。
確かに、自分が死ぬと、残された妻は別の男と恋愛沙汰に走るのだと言われれば、戦地に向かう兵士にとっては居たたまれないものがあるだろう。
太平洋戦争の真っただ中の時代で、明日の命が分からないような状況下では、内務省の検閲も理解できないわけではない。
それでも、カットされた尺があるために、松五郎がたった一度だけ泣いたことがあると敏雄に語る場面の回想シーンが相対的に長く感じてしまうので、カットはやはりマイナス面が大きい。
検閲でカットするような行為が行われるような時代は良くないのだ。

始まってすぐに人力車が画面の中央を走っていく。
その後ろ姿のショットは美しい。
その後にも何度か人力車の車輪が舞うシーンが登場するが、モノトーン画面の中にあって美しいシーンを映し出していて、宮川一夫の技量がいかんなく発揮されていた。
阪妻の松五郎は車夫の雰囲気がプンプンする男くささを出していて、リアルな阪妻は知らないが、なかなかいい役者だったのだなあと思わせるに十分な存在感だ。

見せ場はやはり松五郎が祇園太鼓を打ち鳴らす場面だ。
太鼓を打ち鳴らす短いカットが、流れるように画面に挿入され続け気分を高揚させる。
松の引く人力車の車輪がオーバーラップされ、その高揚感はさらに増していく。
この映画を格調高いものとしているいいシーンだ。
そんなシーンがあるかと思えば、敏雄が凧揚げの糸を絡ませて困っているのを見つけた松五郎が、人力車に乗せた客を待たせておいて敏雄の世話をやく時、後方で怒った客が飛び跳ねているという滑稽なシーンもあって、ドタバタ喜劇のような演出も見受けられるのである。
暗い時代だったと思うのだが、客席からは笑い声が沸き起こっただろうと想像させられる。
戦時中と言えば戦意高揚映画が多かったと思うのだが、このような作品も撮られていたのだと思うと感激ものだ。

カットを強要された稲垣浩が、怒りを込めて撮ったのが三船敏郎主演によるリメイク版「無法松の一生」なのだが、本作は稲垣浩の無念の思いが伝わってくる作品として見ると、映画の出来栄えとは別に、映画史の一面としての興味が湧いてくる作品でもある。