おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

息子

2020-05-08 10:31:25 | 映画
「息子」 1991年 日本


監督 山田洋次
出演 三國連太郎 永瀬正敏 和久井映見
   田中隆三 原田美枝子 浅田美代子
   佐藤B作 いかりや長介 中村メイコ
   音無美紀子 奈良岡朋子 田中邦衛

ストーリー
東京・新宿の居酒屋でアルバイト生活を送る哲夫のもとへ、ある日、父・昭男から電話がかかってきた。
「母親の一周忌だから帰って来い」という昭男の言葉に重たげに受話器を置く哲夫。
数日後、浅野家の法事が行われている岩手の田舎にアロハシャツにジーンズ姿で駆け込む哲夫は、親族が集まる中で居心地悪そうに席につく。
その夜、久びさににぎわう浅野家では、東京でサラリーマン生活を送る長男・忠司夫婦が、昭男の今後の生活について心配し、そして翌日、それぞれに自分たちの生活に帰っていく子供たち。
そんな中でひとり居残る哲夫だったが、東京でのフラフラした生活を父にたしなめられ、お互いの心の溝を深めるばかりであった。
東京に戻った哲夫は、仕事を変えて下町の鉄工場で働くことになる。
肉体労働のきつい仕事に半ば諦めかけていた哲夫の前に、取引先の倉庫で働く征子という女性が現れ、それによって哲夫の仕事は意外に長続きするようになる。
しかし、哲夫と征子の間柄はいっこうに進展を見せず、毎日会っても微笑むばかりの征子にもどかしさを感じた哲夫は、その想いを手紙に書いて征子に渡す。
そんなある日、征子の先輩の女工から、彼女がろうあ者だと聞かされ衝撃を受けるのだった。
戦友会に出席する為に昭男は上京して、忠司が東京近郊に買ったばかりのマンションを訪れる。
忠司夫妻は昭男に、「このマンションで一緒に暮らそう」と言う。
そんな忠司の誘いをかたくなに断った昭男は、岩手への帰り際に哲夫のアパートを訪ねた。
そして哲夫は、「結婚したい女性がいる」と昭男に征子を紹介するのだった・・・。


寸評
母の一周忌で家族が集まる。どこにでもあるような風景で、一人きりになった父の今後が話題に上がるのも自然な流れだ。新築マンションを買った長男が引き取るような話が出るが、長男の嫁はそれとなくマンションの欠点を言って拒絶していて、帰りの車で長男と結婚するんじゃなかったと嫌味を言っている。
山田洋次らしく登場する人物に根っからの悪人はいない。それでも波風が立ってしまうのが浮世の常と言うもので、ここでは家族を中心とした諸問題が描かれる。
 法事に遅れてきた哲夫の格好を見て、長男の忠司は兄の立場として顔をしかめるが、長女のとし子や義姉の玲子はそんな哲夫をかばう。忠司は哲夫の就職先の面倒も見てやったが、哲夫は兄に無断でその会社を辞めてフリーターの様な生活だ。とし子とは気が合ったようだが、大学出の兄とは違って、出来の悪い自分に対する父の扱いに反撥する。哲夫が全くのダメ人間でないことを、姪達がなついていることでさりげなく描きながら、父親には長男夫婦に対する堅苦しさとは違った気安い言葉で哲夫を叱責させて、家族間の複雑な感情表現を試みていた。
さりげないやり取りの中にそんな家族関係を映し出した演出は流石と思わせる。
よくある家庭ドラマの導入部だが、ここでは老人問題、農村問題、農家の後継者問題などの社会問題にも触れられている。
 登場人物の紹介と、この一家の置かれた状況と問題を説明するような「その一、母の一周忌」から転じて「その二、息子の恋」では哲夫の征子に対する純愛が描かれる。
僕はここでは哲夫と征子の恋の行方より、私の学生時代のアルバイトを思い出していた。学生時代に行った初めてのアルバイトが運送会社の助手の仕事だったのだ。ペンキの一斗缶やセメント袋の荷下ろし作業で、哲夫同様に汗びっしょりになって、乾いたシャツから塩が吹いていた。それより辛かったのが運転席というあの狭い空間に一日中二人きりでいることで、映画で描かれたようなグチを一日中聞かされたこともあったし、とんでもない大暴れ者の運ちゃんに辟易したこともあった。残業時間は長く、時給も良かったので稼ぐことだけはできた。今となっては懐かしい思い出だ。
 「その一」と「その二」は一見独立した話のように思えたが、「その三、父の上京」が描かれることで、それらが見事につながりを見せてくる。
忠司は「父さんには狭い部屋でガマンしてもらうが、自分達もガマンするのだ」と言う。長男としての責任と妻や子との間に立つ辛さによるジレンマがにじみ出ていた。父親は忠司が公私共に辛い立場にいることも、玲子が良くはしてくれるが、受け入れがたい気持ちを持っていることも察している。
何かよそよそしかった長男宅から、寝る場所もないような哲夫の家に行くと、父親の生気は蘇る。出来の悪い息子を心配する父親の姿だ。父は征子を紹介され、彼女がろうあ者であることに驚くが心の底から祝福する。手話とファックスでやり取りする二人を見て心配するが、自分の生きがいも見出し喜ぶ。哲夫は父が決して上手くはない歌を唄うのをはじめて見る。それは父が不器用だが心底二人を祝福している姿だった。
 父は誰もいない家に帰ると、そこに出稼ぎ時代の帰宅時の幻想を見る。お土産を手に帰ると待ちわびていた家族がいた。今は迎える人はいない。お土産に持ち帰ったのは土間の片隅に置かれた自分自身のためのファクシミリだ。しかしそれは征子とのやり取りをする為のものであることは明らかで、父が新たな生きがいを見出したかのようでもあった。長女のとし子が状況前に言っていたように本当に寒い家だ。その寒い家を岩手の雪が覆い尽くし、それでも明日への生きる希望を見出したように家に灯りがともる。しかし、それでもこの老父の行く末が解決したわけでもなく、その後の空家問題が解決したわけでもない。日本は問題を抱えたままなのだ。