「あれ、ガオ帰ってたの」
と、僕は華厳寮203号室に入るなり、ガオにそう言った。
今日は8月初旬の水曜日。普段なら、誰もまだ、帰ってきていない時間だ。
「パパも、6時にこの部屋に戻るなんて、どうしたんだ?」
と、ガオは本を読みながら、涼しい顔をしている。
「いやあ、出張が直行直帰でいいことになってね・・・それでたまには、部屋でのんびりしようかと思ってさ」
と、僕は言う。
「俺も、直行直帰だったんだ。最近、出張が続いていたから、上司が気を利かせてくれてね」
と、ガオは笑う。
「どうだ、久しぶりに、行くか!」
と、ガオは指でおちょこを飲む仕草・・・。
「そうだね。飲もうか!」
ということで、僕らは二人して近所のコンビニに出かけ・・・早速、お酒と酒の肴を調達する。
「乾杯」「乾杯」
僕らは缶ビールで乾杯する。ガオと飲むのも、久しぶりだ。
「しかし、ガオ、最近、ほんとに出張が多いな」
と、僕がイカのくんせいを食べながら言うと、
「ああ。まあ、今はもちろん、仕事を覚えなきゃいけない時期なんだが・・・上司が俺を連れて歩きたがってなー・・・。ま、こっちは勉強になるから、好都合だがね」
と、ガオはコンビーフをかじりながら、ビールを飲んでいる。
「そういうパパは、仕事の方は、どう?関空の仕事、そろそろ盛り上がってきてんじゃないの?」
と、ガオは僕の仕事を知っている。
「ああ。開港まで、3年を切ったからね。システム開発側としては、忙しい時期さ」
と、僕もこのところ、忙しくしている。
「今、島を造成しているところだから・・・島に上陸出来るようになって、空港施設が出来始めたら、僕らも現地入りってことになりそうだ」
と、僕も現状を説明する。
「パパは基本的には、どんな部署を担当しているの?」
と、ガオは興味深そうに聞く。
「システムのメインコンピューターの技術サポート部隊のメンバーだよ。システム開発者向けに環境を整えたり、通信プロトコルの試験をやったり・・・まあ、全般だね」
と、僕は話す。
「具体的に言うと・・・プログラマー達の為に、いろいろな技術を教えたり、仕組みを考えたりとか、そういう感じか?」
と、ガオは言う。
「そう・・・だから、知らないことがあっちゃまずいし・・・日々勉強だよ」
と、僕も真面目に話す。
「そこは、大変な部署だな・・・まあ、空港システムが実際に稼働したら、そのシステムのおもりもするんだろ?俺は、そういう部署はちょっとな・・・」
と、ガオは話している。
「まあ、ガオは研究所の人間なんだから、新しい特許をガンガン考える部署だろ?そっちの方が大変そうだけどね」
と、僕が言うと、
「あれは、ひとつ知恵があれば・・・そこから派生して作れるからね。実際やってみると、それほど大変でもないよ・・・現地部隊程は、ね」
と、ガオは言う。
「それより・・・お互い、忙しくなったな・・・週末も会社なんてことは、ざらになったし・・・イズミと3人で金曜日、よく飲んでたもんだけど・・・」
と、ガオは言う。
「そうだな・・・最近、3人飲みはやっていないな・・・そういえば、イズミ・・・母親が中学一年のイズミを捨てたおかげで・・・女性を未だに恨んでいるんだと・・・」
と、僕は言う。
「へー、それは初耳だな・・・どんな話?」
と、ガオが言うので、僕はイズミの過去の話をかいつまんで話した。
「なるほど・・・だから、イズミは、女性を取っ替え引っ替え・・・女性を恨んでいるなら、わかる話だなあ」
と、ガオも納得する。
「ガオはさ、今の自分につながる、そういう過去話って、ある?」
と、僕が質問すると、
「俺の話ねえ・・・そうだなあ・・・俺、小学生の低学年の頃、いじめられた経験があるんだよ・・・確か2年生の頃だったと思うけど・・・」
と、ガオは話す。
「俺、小さい頃から、納得がいかないと、納得が行くまで、徹底的に繰り返すタイプだったんだよ。だから、例えば小さなことでも、納得がいかなかったら、次に進まなかったんだ」
と、ガオは話す。
「普通の子は、そんなことしない。適当に流すだろ?それが俺は出来ない人間だったから、周りからいじめられた・・・まあ、俺はいじめられても、てこでも動じないタイプだった」
と、ガオは話す。
「そのうち、俺は思ったんだ・・・「人に合わせる必要などない。自分で納得するまで、絶対にやるんだ」ってね・・・だから、今みたいな性格になっちゃったんだろうな」
と、ガオは話す。
「大学は絶対に東大じゃないと行かない・・・自分はひとに奉仕するタイプの人間じゃないから、医学部でなく、工学部に行き、知恵を作り上げる仕事につこう」
と、ガオは話す。
「そして、体育会系でない、潤いのある人間関係を持てる企業に行こう・・・そう考えていたら、八津菱電機に入っていた・・・そういうことだな」
と、ガオは話す。
「人間大事なのは、流されてはいけない、ということだ。自分で自分のことは全部決める・・・そして、自分で流れを作っていく・・・究極的にはこれだな」
と、ガオは言う。
「だから、俺はここにいる。全部、自分で流れを作ってきた・・・これからも作っていく・・・自分の人生の流れを・・・」
と、ガオは言う。
「なるほど・・・イズミがさ、「ガオは何でも自分でやるタイプだ。女性を愛する側の人間だ」と言ってたけど・・・その通りだな」
と、僕が言うと、
「ああ。その通りさ。あいつも、しっかりひとを見抜くな・・・で、パパはどう言われたんだい?」
と、ガオが振る。
「僕は、女性に愛される側の人間だそうだ。ま、エイコの話や、アイリさんの話から、そうなるんだろうな」
と、僕が言うと、
「俺もそう思うぜ・・・パパは人に愛される人間だよ。なにより素直だし正直だ。思ったことが顔に出ちまうし・・・まだ、少年のようなところがあるよ、パパは」
と、ガオは笑う。
「ガオに比べれば、僕なんか、まだまだ、子供だよ・・・アイリにも、子供扱いされてるし・・・早く大人にならなきゃって、実際、思うぜ」
と、僕が言うと、
「いや、パパは焦る必要ないよ。周りの人間が、パパを鍛えてくれるさ・・・その波に乗ればいいんじゃないか、パパは」
と、ガオは言う。
「さすが、サーファーらしい、物言いだな。ガオ」
と、僕が言うと、
「ははははは。そういうところ、敏感に察してくれるから、パパはいいんだよなあ」
と、ガオは笑う。
「さ、白ワインでも、開けるか」
と、ガオはドイツワインのハイゼンシュタイナーを開けて、二人のマグカップに注いでくれる。
「おりょ」「ども」
と、二人はマグカップで乾杯して、ワインを飲む。
というところにイズミが帰ってくる。
「お、飲んでるのか・・・俺ももらっていい?」
と、イズミはスーツ姿から部屋着に着替えるとマグカップを出してくる。
「ほい」
と、ガオがワインを注ぐと、
「うぃー・・・やっぱり、仕事終りは酒だなあ」
と、イズミは喜ぶ。
「パパにいろいろ聞いたよ。イズミ、女を恨んでるんだってなー」
と、ガオはうれしそうに話す。
「ああ・・・まあ、そういうことだから、今のおんなともうまくいってないってわけよ」
と、イズミは気にするそぶりもなく、しれっと話す。
「愛ちゃんと、どんな感じ?」
と、僕が聞くと、
「まあ、たまに電話するくらいで・・・あんまり会いたがらないなー」
と、イズミは、しれっと言う。
「ふーん、かなり、危ない感じだな」
と、ガオは言う。
「まーね、末期もいいところ・・・また、新しいおんな探そうかな」
と、イズミはワインをたてつづけに飲んでいる。
「で、かあさん探す話はどうなったんだよ」
と、ガオ。直接攻撃が身上だ。
「ああ、それね・・・親父にいろいろ聞いてさ・・・情報探っているところ・・・熱海あたりにいるんじゃないかって・・・昨日電話したら、そんな話だったなあ」
と、イズミは真面目に話を進めているようだ。
「そのあと、どうすんの?興信所使うとか?」
と、僕が聞くと、
「ああ・・・知り合いのおじさんにそういうの詳しいひとがいてね・・・そのひととも相談してる・・・熱海の興信所の電話番号を教えてもらったところ」
と、イズミは言う。
「ほう。さすがに手が早い・・・イズミはそういう仕事はプロだからな」
と、ガオは言う。
「ま、システムエンジニアですから、処理は早いよ」
と、イズミは笑う。
「それより、かあさん見つけたら・・・どうする、イズミ・・・」
と、僕が言う。
「そうなんだよね・・・そこが問題なんだ」
と、イズミは言う。
「どうするか、決めてないってことか?」
と、ガオが聞くと、
「そ。見つけ出して、会いに行って、直接「なんであの時、俺を捨てた!大変だったんだぞ!」と言っても・・・あっちだって「今更言われても」・・・ってことになるだろ?」
と、イズミは言う。
「まあ、そうだろうな」
と、ガオ。
「でも、それを言うのが大切なんじゃない?相手の気持ちより、自分の気持ちの方が大事なんじゃない?」
と、僕が言うと、
「うーん、それもそうだな」
と、ガオ。
「そうだな・・・母親の気持ちより、俺の気持ちか・・・確かにそうだ・・・俺はどうも母親に対して遠慮があるのかもしれない・・・」
と、イズミは言う。
「そりゃあ、当たり前だ・・・男子は、母親にどうしても遠慮する生き物だよ。そりゃあ、産んでもらったんだし・・・それを感じて当然なんじゃないの?」
と、ガオ。
「そうか・・・当然の感情か・・・だったら、それを気にせず、やるべきことをやれ・・・そういうことかな、パパ」
と、イズミは僕に聞く。
「うん・・・だって、圧倒的にあっちの方が大人なんだし・・・子供として、普通にぶつかっていけばいいじゃん・・・その後のことなんて、なるようになれ、じゃない?」
と、僕が言うと、
「そうだな・・・あっちは親だし、子供がわざわざ、探しだして、ぶつかってくるんだったら、逆にありがたいはずだもんな。母親としては・・・」
と、イズミは言う。
「うん。俺もそう思うな・・・ぶつかって行けよ・・・そして、自分の中にある、モロモロをぶつけてこい・・・そしたら、おんなへの恨みつらみも消えるかもしれん」
と、ガオは言う。
「ああ、わかったよ、ガオ、パパ・・・俺はぶつかってくる・・・そして、新しい自分になるんだ・・・女を愛おしく愛せる・・・おまえたち、みたいにな」
と、イズミは感激したように、言う。
「よし」「そうだ」
ガオと僕は顔を見合わせると、思わず声を出すのだった。
鎌倉の夜は、熱く更けていくのだった。
(つづく)
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と、僕は華厳寮203号室に入るなり、ガオにそう言った。
今日は8月初旬の水曜日。普段なら、誰もまだ、帰ってきていない時間だ。
「パパも、6時にこの部屋に戻るなんて、どうしたんだ?」
と、ガオは本を読みながら、涼しい顔をしている。
「いやあ、出張が直行直帰でいいことになってね・・・それでたまには、部屋でのんびりしようかと思ってさ」
と、僕は言う。
「俺も、直行直帰だったんだ。最近、出張が続いていたから、上司が気を利かせてくれてね」
と、ガオは笑う。
「どうだ、久しぶりに、行くか!」
と、ガオは指でおちょこを飲む仕草・・・。
「そうだね。飲もうか!」
ということで、僕らは二人して近所のコンビニに出かけ・・・早速、お酒と酒の肴を調達する。
「乾杯」「乾杯」
僕らは缶ビールで乾杯する。ガオと飲むのも、久しぶりだ。
「しかし、ガオ、最近、ほんとに出張が多いな」
と、僕がイカのくんせいを食べながら言うと、
「ああ。まあ、今はもちろん、仕事を覚えなきゃいけない時期なんだが・・・上司が俺を連れて歩きたがってなー・・・。ま、こっちは勉強になるから、好都合だがね」
と、ガオはコンビーフをかじりながら、ビールを飲んでいる。
「そういうパパは、仕事の方は、どう?関空の仕事、そろそろ盛り上がってきてんじゃないの?」
と、ガオは僕の仕事を知っている。
「ああ。開港まで、3年を切ったからね。システム開発側としては、忙しい時期さ」
と、僕もこのところ、忙しくしている。
「今、島を造成しているところだから・・・島に上陸出来るようになって、空港施設が出来始めたら、僕らも現地入りってことになりそうだ」
と、僕も現状を説明する。
「パパは基本的には、どんな部署を担当しているの?」
と、ガオは興味深そうに聞く。
「システムのメインコンピューターの技術サポート部隊のメンバーだよ。システム開発者向けに環境を整えたり、通信プロトコルの試験をやったり・・・まあ、全般だね」
と、僕は話す。
「具体的に言うと・・・プログラマー達の為に、いろいろな技術を教えたり、仕組みを考えたりとか、そういう感じか?」
と、ガオは言う。
「そう・・・だから、知らないことがあっちゃまずいし・・・日々勉強だよ」
と、僕も真面目に話す。
「そこは、大変な部署だな・・・まあ、空港システムが実際に稼働したら、そのシステムのおもりもするんだろ?俺は、そういう部署はちょっとな・・・」
と、ガオは話している。
「まあ、ガオは研究所の人間なんだから、新しい特許をガンガン考える部署だろ?そっちの方が大変そうだけどね」
と、僕が言うと、
「あれは、ひとつ知恵があれば・・・そこから派生して作れるからね。実際やってみると、それほど大変でもないよ・・・現地部隊程は、ね」
と、ガオは言う。
「それより・・・お互い、忙しくなったな・・・週末も会社なんてことは、ざらになったし・・・イズミと3人で金曜日、よく飲んでたもんだけど・・・」
と、ガオは言う。
「そうだな・・・最近、3人飲みはやっていないな・・・そういえば、イズミ・・・母親が中学一年のイズミを捨てたおかげで・・・女性を未だに恨んでいるんだと・・・」
と、僕は言う。
「へー、それは初耳だな・・・どんな話?」
と、ガオが言うので、僕はイズミの過去の話をかいつまんで話した。
「なるほど・・・だから、イズミは、女性を取っ替え引っ替え・・・女性を恨んでいるなら、わかる話だなあ」
と、ガオも納得する。
「ガオはさ、今の自分につながる、そういう過去話って、ある?」
と、僕が質問すると、
「俺の話ねえ・・・そうだなあ・・・俺、小学生の低学年の頃、いじめられた経験があるんだよ・・・確か2年生の頃だったと思うけど・・・」
と、ガオは話す。
「俺、小さい頃から、納得がいかないと、納得が行くまで、徹底的に繰り返すタイプだったんだよ。だから、例えば小さなことでも、納得がいかなかったら、次に進まなかったんだ」
と、ガオは話す。
「普通の子は、そんなことしない。適当に流すだろ?それが俺は出来ない人間だったから、周りからいじめられた・・・まあ、俺はいじめられても、てこでも動じないタイプだった」
と、ガオは話す。
「そのうち、俺は思ったんだ・・・「人に合わせる必要などない。自分で納得するまで、絶対にやるんだ」ってね・・・だから、今みたいな性格になっちゃったんだろうな」
と、ガオは話す。
「大学は絶対に東大じゃないと行かない・・・自分はひとに奉仕するタイプの人間じゃないから、医学部でなく、工学部に行き、知恵を作り上げる仕事につこう」
と、ガオは話す。
「そして、体育会系でない、潤いのある人間関係を持てる企業に行こう・・・そう考えていたら、八津菱電機に入っていた・・・そういうことだな」
と、ガオは話す。
「人間大事なのは、流されてはいけない、ということだ。自分で自分のことは全部決める・・・そして、自分で流れを作っていく・・・究極的にはこれだな」
と、ガオは言う。
「だから、俺はここにいる。全部、自分で流れを作ってきた・・・これからも作っていく・・・自分の人生の流れを・・・」
と、ガオは言う。
「なるほど・・・イズミがさ、「ガオは何でも自分でやるタイプだ。女性を愛する側の人間だ」と言ってたけど・・・その通りだな」
と、僕が言うと、
「ああ。その通りさ。あいつも、しっかりひとを見抜くな・・・で、パパはどう言われたんだい?」
と、ガオが振る。
「僕は、女性に愛される側の人間だそうだ。ま、エイコの話や、アイリさんの話から、そうなるんだろうな」
と、僕が言うと、
「俺もそう思うぜ・・・パパは人に愛される人間だよ。なにより素直だし正直だ。思ったことが顔に出ちまうし・・・まだ、少年のようなところがあるよ、パパは」
と、ガオは笑う。
「ガオに比べれば、僕なんか、まだまだ、子供だよ・・・アイリにも、子供扱いされてるし・・・早く大人にならなきゃって、実際、思うぜ」
と、僕が言うと、
「いや、パパは焦る必要ないよ。周りの人間が、パパを鍛えてくれるさ・・・その波に乗ればいいんじゃないか、パパは」
と、ガオは言う。
「さすが、サーファーらしい、物言いだな。ガオ」
と、僕が言うと、
「ははははは。そういうところ、敏感に察してくれるから、パパはいいんだよなあ」
と、ガオは笑う。
「さ、白ワインでも、開けるか」
と、ガオはドイツワインのハイゼンシュタイナーを開けて、二人のマグカップに注いでくれる。
「おりょ」「ども」
と、二人はマグカップで乾杯して、ワインを飲む。
というところにイズミが帰ってくる。
「お、飲んでるのか・・・俺ももらっていい?」
と、イズミはスーツ姿から部屋着に着替えるとマグカップを出してくる。
「ほい」
と、ガオがワインを注ぐと、
「うぃー・・・やっぱり、仕事終りは酒だなあ」
と、イズミは喜ぶ。
「パパにいろいろ聞いたよ。イズミ、女を恨んでるんだってなー」
と、ガオはうれしそうに話す。
「ああ・・・まあ、そういうことだから、今のおんなともうまくいってないってわけよ」
と、イズミは気にするそぶりもなく、しれっと話す。
「愛ちゃんと、どんな感じ?」
と、僕が聞くと、
「まあ、たまに電話するくらいで・・・あんまり会いたがらないなー」
と、イズミは、しれっと言う。
「ふーん、かなり、危ない感じだな」
と、ガオは言う。
「まーね、末期もいいところ・・・また、新しいおんな探そうかな」
と、イズミはワインをたてつづけに飲んでいる。
「で、かあさん探す話はどうなったんだよ」
と、ガオ。直接攻撃が身上だ。
「ああ、それね・・・親父にいろいろ聞いてさ・・・情報探っているところ・・・熱海あたりにいるんじゃないかって・・・昨日電話したら、そんな話だったなあ」
と、イズミは真面目に話を進めているようだ。
「そのあと、どうすんの?興信所使うとか?」
と、僕が聞くと、
「ああ・・・知り合いのおじさんにそういうの詳しいひとがいてね・・・そのひととも相談してる・・・熱海の興信所の電話番号を教えてもらったところ」
と、イズミは言う。
「ほう。さすがに手が早い・・・イズミはそういう仕事はプロだからな」
と、ガオは言う。
「ま、システムエンジニアですから、処理は早いよ」
と、イズミは笑う。
「それより、かあさん見つけたら・・・どうする、イズミ・・・」
と、僕が言う。
「そうなんだよね・・・そこが問題なんだ」
と、イズミは言う。
「どうするか、決めてないってことか?」
と、ガオが聞くと、
「そ。見つけ出して、会いに行って、直接「なんであの時、俺を捨てた!大変だったんだぞ!」と言っても・・・あっちだって「今更言われても」・・・ってことになるだろ?」
と、イズミは言う。
「まあ、そうだろうな」
と、ガオ。
「でも、それを言うのが大切なんじゃない?相手の気持ちより、自分の気持ちの方が大事なんじゃない?」
と、僕が言うと、
「うーん、それもそうだな」
と、ガオ。
「そうだな・・・母親の気持ちより、俺の気持ちか・・・確かにそうだ・・・俺はどうも母親に対して遠慮があるのかもしれない・・・」
と、イズミは言う。
「そりゃあ、当たり前だ・・・男子は、母親にどうしても遠慮する生き物だよ。そりゃあ、産んでもらったんだし・・・それを感じて当然なんじゃないの?」
と、ガオ。
「そうか・・・当然の感情か・・・だったら、それを気にせず、やるべきことをやれ・・・そういうことかな、パパ」
と、イズミは僕に聞く。
「うん・・・だって、圧倒的にあっちの方が大人なんだし・・・子供として、普通にぶつかっていけばいいじゃん・・・その後のことなんて、なるようになれ、じゃない?」
と、僕が言うと、
「そうだな・・・あっちは親だし、子供がわざわざ、探しだして、ぶつかってくるんだったら、逆にありがたいはずだもんな。母親としては・・・」
と、イズミは言う。
「うん。俺もそう思うな・・・ぶつかって行けよ・・・そして、自分の中にある、モロモロをぶつけてこい・・・そしたら、おんなへの恨みつらみも消えるかもしれん」
と、ガオは言う。
「ああ、わかったよ、ガオ、パパ・・・俺はぶつかってくる・・・そして、新しい自分になるんだ・・・女を愛おしく愛せる・・・おまえたち、みたいにな」
と、イズミは感激したように、言う。
「よし」「そうだ」
ガオと僕は顔を見合わせると、思わず声を出すのだった。
鎌倉の夜は、熱く更けていくのだった。
(つづく)
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