「はー、はー、はー、はー」
7月のとある金曜日の朝、6:20頃、僕は自転車で、鎌倉は、建長寺の坂をひとりで登っていた。
「はー・・・よし、ここからUターンだ・・・華厳寮に帰ろう・・・」
と、僕は建長寺の坂を登り切ると、今度は逆戻りで、寮に戻っていく・・・。
「はー・・・走った走った・・・」
僕は寮に戻ると、シャワーを浴び、汗をかいたトレーニングウェアを洗濯機にぶち込み、部屋着に着替えて、203号室へ戻った。
ガオは出張に出ていて、イズミは朝からタバコを吸っていた。
「おはよう・・・朝の自転車は、気持ちいいかい?」
と、イズミが聞く。
「ああ、建長寺の坂はけっこうキツイけど・・・帰り道を走る頃には、ランナーズハイのような感じになっていて・・・身体全体が、気持ちいいよ」
と、僕は言う。
「りっちゃん・・・どんどんパパに置いてきぼりにされるな・・・それ」
と、イズミは苦笑している。
「まあ、でも、朝の自転車が、こんなに気持ちのいいモノとは・・・正直知らなかった・・・りっちゃんにお礼を言わないと」
と、僕が言うと、
「それは違うよ。パパがアイリさんを思う気持ちが・・・朝の自転車につながっているんだろ・・・だったら、お礼はアイリさんに言わないと」
と、イズミは的確に指摘する。
「あー、そうだったね。確かに、それはそうだ・・・」
と、僕は素直に頷く。
「パパはそういうところ、素直だよなー・・・昨日は俺が俺である理由を話したんだから、今日はパパ、話してくれよ。なんで、そんな少年のように、素直なんだ?パパは」
と、イズミが聞く。
「そうだな・・・俺が少年のように、素直なところか・・・まあ、多分だけれど・・・」
と、僕は少し考える。
「俺さ、生まれてから、6歳になるまで、母方の祖父母の家に同居してたんだ。簡単に言うと、サザエさん家みたいだったの」
と、僕は説明する。
「サザエさん家?」
と、イズミは聞く。
「母方の祖父母は、下宿屋さんをやっていてさ。それで収入を得ていたんだけど、うちの母は同居しながら、その仕事を手伝ってたんだ。朝食と夕食を出してたから」
と、僕は話す。
「大きな家でさ。二階に、3畳とか4畳半の部屋が、7個くらいあって・・・そこに若い男性がたくさん住んでいて・・・広い台所で皆、朝夕、食事をとるんだ・・・」
と、僕は話す。
「祖母と母と母の妹が食事の用意を手伝って・・・俺はそこのアイドルだったらしい・・・下宿の皆にかわいがられていたんだそうだ・・・」
と、僕は話す。
「祖父は頑固で怖いひとだったらしいけど、僕にはメロメロにやさしくて・・・まあ、カツオくん抜きのサザエさん家のタラちゃん役だったんだよ。僕は・・・」
と、僕は話す。
「だから、ただでさえ、タラちゃん、素直だろ?それがさらに、下宿の若者達のアイドルをやっていたんだから、カツオくんが6人も7人もいるようなもんだから・・・」
と、僕は話す。
「タラちゃん以上に素直になった・・・そういうことさ。それに祖母、母、母の妹と女性3人にかわいがられたから・・・女性にやさしくされるの、慣れているんだ」
と、僕は話す。
「7歳直前まで、そういう生活だったからね・・・だから、未だに少年のように素直だし、年上の女性にやさしくされるのが普通になっちゃったんだろうな」
と、僕は話す。
「なるほど・・・「三つ子の魂百まで」とは言うけど・・・俺の人生とは、正反対だな・・・パパはたくさんのひとに愛されて育ったんだね・・・」
と、イズミは話す。
「だから、少年のようなところがあるし・・・年上の女性が、やさしくしたくなるのか・・・よーくわかったよ、パパ」
と、イズミは話す。
「子供の頃の環境って、ほんと、性格や、その後の人生に大きな影響を与えるんだな・・・俺、それが今日、よーくわかった。実感した」
と、イズミは話す。
「そうか。俺も自分の過去を話してみて、はじめて今とつながっているってことを理解したよ・・・そうか・・・俺、タラちゃん以上にタラちゃんなんだな。今現在も」
と、僕は素直に話す。
「パパのダイヤモンドは、その少年のような素直さ、だな。俺のように、歪んだところがひとつもない・・・そこは素直にうらやましいよ」
と、イズミが話す。
「うらやましい・・・なんて、イズミが珍しいな」
と、僕が言うと、
「いや、マジさ・・・今日のパパの話で、いかに子育ての環境が大事か、切実に感じたからね・・・俺、子育ては失敗しないように、したいんだ」
と、イズミは真面目に話す。
「俺みたいな子供を育てたくないから・・・母親に裏切られて、女性を恨むようになるなんて・・・自分の子供を、そういう状況にはしたくない・・・」
と、イズミは言う。
「実際、俺だって、こんな人間になりたくて、なったんじゃない・・・だからさ・・・子供は、パパみたいに、素直な、誰にでも愛されるような人間になってほしい」
と、イズミは言う。
「その点だけは、素直に認めたいんだ。俺は」
と、イズミはタバコの煙を吐き出しながら、言う。
「そこは、素直なんだな、イズミ」
と、僕が言うと、
「ああ・・・俺も、パパやガオと同居して、この頃、よく自分を見つめ直すんだ・・・ガオはデカいし、なんでも、突破出来る強い奴さ。パパは素直。女性に愛されるくらい素直」
と、イズミは言う。
「ガオは女性を愛する側だし、パパは女性に愛される側だ。それに対して、俺は、女性を恨んでいる・・・このまんまで、いいのかって、俺は思っているんだ。俺なりに」
と、イズミは言う。
「女性を好きにはなる・・・横にいて欲しいと思うし、美人なら、なおさらだ・・・でも、どの女性もつきあっているうちに、なんだろうな、嫌悪感が湧いてくるんだ」
と、イズミはタバコを吸いながら話す。
「飽きちゃうんだな、多分・・・だって、女性は数学のように、法則さえ守れば・・・皆同じように反応するし、同じように落ちる・・・」
と、イズミは中王大学数学科卒らしく分析する。
「つまらなくなるのさ・・・美人であれば、美人なほど、「こんな簡単に落ちちゃうんだ・・・」って思ってさ。美人は3日で飽きる・・・その繰り返しだよ」
と、イズミは、イズミなりに悩んでいる。
「つまりは、俺はまだまだ、女を恨んでいる・・・母親を恨み続けているって、そういうことなんだろうな・・・」
と、イズミは答えを出す。
「なんか、終りのない袋小路に迷い込んでる感じだな、イズミの話は・・・」
と、僕が言うと、
「そう。そうなんだ。ほんと、パパの言うとおりなんだ・・・どうしたら、いいと思う?パパだったら」
と、イズミは珍しく聞いてくる。
「今のイズミに、どんな女が惚れても結果は同じだろう・・・なら、根本的治療を施すしか、ないんじゃないの?」
と、僕は言う。
「根本的治療?」
と、イズミはポカンとした表情をする。
「いやかもしれないけれど・・・逃げた母親を見つけ出すとかさ・・・その母親に直接面と向かって、面罵したら、イズミの気持ちも収まるんじゃないの?」
と、僕は言う。
「収まる・・・」
と、イズミ。
「つまりさ、イズミは母親に甘えたかったのに裏切られたから、そのお返しをしたいんだろ?それをつきあってる女性に代償行為をしているに過ぎない」
と、僕は言う。
イズミは僕を黙って見つめながら静かに聞いている。
「だから、母親に直接、お返しをすることが出来たら・・・その時、イズミの心は解き放たれるんじゃないのかな」
と、僕は言う。
「子供っぽいかな、その発想・・・」
と、僕が言うと、
「いや、パパの言うとおりだと、思う・・・確かに、俺は母の裏切り行為が許せないだけなのかもしれない・・・それで女性を愛せないんだよ、きっと・・・」
と、イズミは言う。
「探すのいやだな・・・正直、顔も見たくないからな・・・だけど、そんな母親の呪縛にかかっているってのは、もっといやだ・・・」
と、イズミは言う。
「パパ、ありがとう・・・なんとなく、絡まっていた糸がほどけるチャンスを見つけたみたいだ」
と、イズミは笑顔になる。
「パパと友人になれて、よかったよ・・・また、相談に乗ってくれ」
と、イズミはいい笑顔になる。
「いやあ、こんな俺でよかったら・・・いつでも、ね」
と、僕も笑顔になる。
「さ、朝飯食いに行こうぜ」
と、僕が誘うと、
「了解!」
と、笑顔で立ち上がるイズミ・・・。
鎌倉の朝は、気持ちのいい時間が流れるのだった。
(つづく)
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7月のとある金曜日の朝、6:20頃、僕は自転車で、鎌倉は、建長寺の坂をひとりで登っていた。
「はー・・・よし、ここからUターンだ・・・華厳寮に帰ろう・・・」
と、僕は建長寺の坂を登り切ると、今度は逆戻りで、寮に戻っていく・・・。
「はー・・・走った走った・・・」
僕は寮に戻ると、シャワーを浴び、汗をかいたトレーニングウェアを洗濯機にぶち込み、部屋着に着替えて、203号室へ戻った。
ガオは出張に出ていて、イズミは朝からタバコを吸っていた。
「おはよう・・・朝の自転車は、気持ちいいかい?」
と、イズミが聞く。
「ああ、建長寺の坂はけっこうキツイけど・・・帰り道を走る頃には、ランナーズハイのような感じになっていて・・・身体全体が、気持ちいいよ」
と、僕は言う。
「りっちゃん・・・どんどんパパに置いてきぼりにされるな・・・それ」
と、イズミは苦笑している。
「まあ、でも、朝の自転車が、こんなに気持ちのいいモノとは・・・正直知らなかった・・・りっちゃんにお礼を言わないと」
と、僕が言うと、
「それは違うよ。パパがアイリさんを思う気持ちが・・・朝の自転車につながっているんだろ・・・だったら、お礼はアイリさんに言わないと」
と、イズミは的確に指摘する。
「あー、そうだったね。確かに、それはそうだ・・・」
と、僕は素直に頷く。
「パパはそういうところ、素直だよなー・・・昨日は俺が俺である理由を話したんだから、今日はパパ、話してくれよ。なんで、そんな少年のように、素直なんだ?パパは」
と、イズミが聞く。
「そうだな・・・俺が少年のように、素直なところか・・・まあ、多分だけれど・・・」
と、僕は少し考える。
「俺さ、生まれてから、6歳になるまで、母方の祖父母の家に同居してたんだ。簡単に言うと、サザエさん家みたいだったの」
と、僕は説明する。
「サザエさん家?」
と、イズミは聞く。
「母方の祖父母は、下宿屋さんをやっていてさ。それで収入を得ていたんだけど、うちの母は同居しながら、その仕事を手伝ってたんだ。朝食と夕食を出してたから」
と、僕は話す。
「大きな家でさ。二階に、3畳とか4畳半の部屋が、7個くらいあって・・・そこに若い男性がたくさん住んでいて・・・広い台所で皆、朝夕、食事をとるんだ・・・」
と、僕は話す。
「祖母と母と母の妹が食事の用意を手伝って・・・俺はそこのアイドルだったらしい・・・下宿の皆にかわいがられていたんだそうだ・・・」
と、僕は話す。
「祖父は頑固で怖いひとだったらしいけど、僕にはメロメロにやさしくて・・・まあ、カツオくん抜きのサザエさん家のタラちゃん役だったんだよ。僕は・・・」
と、僕は話す。
「だから、ただでさえ、タラちゃん、素直だろ?それがさらに、下宿の若者達のアイドルをやっていたんだから、カツオくんが6人も7人もいるようなもんだから・・・」
と、僕は話す。
「タラちゃん以上に素直になった・・・そういうことさ。それに祖母、母、母の妹と女性3人にかわいがられたから・・・女性にやさしくされるの、慣れているんだ」
と、僕は話す。
「7歳直前まで、そういう生活だったからね・・・だから、未だに少年のように素直だし、年上の女性にやさしくされるのが普通になっちゃったんだろうな」
と、僕は話す。
「なるほど・・・「三つ子の魂百まで」とは言うけど・・・俺の人生とは、正反対だな・・・パパはたくさんのひとに愛されて育ったんだね・・・」
と、イズミは話す。
「だから、少年のようなところがあるし・・・年上の女性が、やさしくしたくなるのか・・・よーくわかったよ、パパ」
と、イズミは話す。
「子供の頃の環境って、ほんと、性格や、その後の人生に大きな影響を与えるんだな・・・俺、それが今日、よーくわかった。実感した」
と、イズミは話す。
「そうか。俺も自分の過去を話してみて、はじめて今とつながっているってことを理解したよ・・・そうか・・・俺、タラちゃん以上にタラちゃんなんだな。今現在も」
と、僕は素直に話す。
「パパのダイヤモンドは、その少年のような素直さ、だな。俺のように、歪んだところがひとつもない・・・そこは素直にうらやましいよ」
と、イズミが話す。
「うらやましい・・・なんて、イズミが珍しいな」
と、僕が言うと、
「いや、マジさ・・・今日のパパの話で、いかに子育ての環境が大事か、切実に感じたからね・・・俺、子育ては失敗しないように、したいんだ」
と、イズミは真面目に話す。
「俺みたいな子供を育てたくないから・・・母親に裏切られて、女性を恨むようになるなんて・・・自分の子供を、そういう状況にはしたくない・・・」
と、イズミは言う。
「実際、俺だって、こんな人間になりたくて、なったんじゃない・・・だからさ・・・子供は、パパみたいに、素直な、誰にでも愛されるような人間になってほしい」
と、イズミは言う。
「その点だけは、素直に認めたいんだ。俺は」
と、イズミはタバコの煙を吐き出しながら、言う。
「そこは、素直なんだな、イズミ」
と、僕が言うと、
「ああ・・・俺も、パパやガオと同居して、この頃、よく自分を見つめ直すんだ・・・ガオはデカいし、なんでも、突破出来る強い奴さ。パパは素直。女性に愛されるくらい素直」
と、イズミは言う。
「ガオは女性を愛する側だし、パパは女性に愛される側だ。それに対して、俺は、女性を恨んでいる・・・このまんまで、いいのかって、俺は思っているんだ。俺なりに」
と、イズミは言う。
「女性を好きにはなる・・・横にいて欲しいと思うし、美人なら、なおさらだ・・・でも、どの女性もつきあっているうちに、なんだろうな、嫌悪感が湧いてくるんだ」
と、イズミはタバコを吸いながら話す。
「飽きちゃうんだな、多分・・・だって、女性は数学のように、法則さえ守れば・・・皆同じように反応するし、同じように落ちる・・・」
と、イズミは中王大学数学科卒らしく分析する。
「つまらなくなるのさ・・・美人であれば、美人なほど、「こんな簡単に落ちちゃうんだ・・・」って思ってさ。美人は3日で飽きる・・・その繰り返しだよ」
と、イズミは、イズミなりに悩んでいる。
「つまりは、俺はまだまだ、女を恨んでいる・・・母親を恨み続けているって、そういうことなんだろうな・・・」
と、イズミは答えを出す。
「なんか、終りのない袋小路に迷い込んでる感じだな、イズミの話は・・・」
と、僕が言うと、
「そう。そうなんだ。ほんと、パパの言うとおりなんだ・・・どうしたら、いいと思う?パパだったら」
と、イズミは珍しく聞いてくる。
「今のイズミに、どんな女が惚れても結果は同じだろう・・・なら、根本的治療を施すしか、ないんじゃないの?」
と、僕は言う。
「根本的治療?」
と、イズミはポカンとした表情をする。
「いやかもしれないけれど・・・逃げた母親を見つけ出すとかさ・・・その母親に直接面と向かって、面罵したら、イズミの気持ちも収まるんじゃないの?」
と、僕は言う。
「収まる・・・」
と、イズミ。
「つまりさ、イズミは母親に甘えたかったのに裏切られたから、そのお返しをしたいんだろ?それをつきあってる女性に代償行為をしているに過ぎない」
と、僕は言う。
イズミは僕を黙って見つめながら静かに聞いている。
「だから、母親に直接、お返しをすることが出来たら・・・その時、イズミの心は解き放たれるんじゃないのかな」
と、僕は言う。
「子供っぽいかな、その発想・・・」
と、僕が言うと、
「いや、パパの言うとおりだと、思う・・・確かに、俺は母の裏切り行為が許せないだけなのかもしれない・・・それで女性を愛せないんだよ、きっと・・・」
と、イズミは言う。
「探すのいやだな・・・正直、顔も見たくないからな・・・だけど、そんな母親の呪縛にかかっているってのは、もっといやだ・・・」
と、イズミは言う。
「パパ、ありがとう・・・なんとなく、絡まっていた糸がほどけるチャンスを見つけたみたいだ」
と、イズミは笑顔になる。
「パパと友人になれて、よかったよ・・・また、相談に乗ってくれ」
と、イズミはいい笑顔になる。
「いやあ、こんな俺でよかったら・・・いつでも、ね」
と、僕も笑顔になる。
「さ、朝飯食いに行こうぜ」
と、僕が誘うと、
「了解!」
と、笑顔で立ち上がるイズミ・・・。
鎌倉の朝は、気持ちのいい時間が流れるのだった。
(つづく)
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