「じゃ!」
彼女は、向こう向きのまま、手を振ると、横浜のとある駅に消えていった。
そして、その声は振るえていた・・・。
彼女は最後に泣き顔を、僕に見せたくなかったのだろう・・・。
「クリスマスの朝だってのに・・・サンタさんは、ひどい贈り物を僕にしてくれた・・・」
僕はそうひとりごちると、大きくため息をついた。
「クリスマスだろうが、おんなと別れた朝だろうが・・・会社に行かないといけないのが、社会人の掟か・・・」
クリスマスの月曜日の朝の9時半過ぎ・・・26歳の僕は、スーツ姿で、ただただ立ち尽くしていた。
「もしもし、あの、鈴木です。執務の増田さんか・・・いやあ、朝起きたら、体調を崩しててさ」
僕は横浜のとあるホテルの一室から、会社に電話をかけていた。
「うん。だから、朝一で医者に行って・・・注射でも打ってもらって、それから、会社に出るよ。うん。午前半休にしておいて」
と、僕は予定した言葉を予定通りに吐く。
「うん。11時頃には、行けると思うけど・・・うん。課長によろしく言っておいて。うん。いつも悪いね」
と、僕は仲のいい執務の女性に話すと、
「じゃ、失礼します」
と、電話を切る。
「鈴木さん・・・なんだか、だんだん嘘がうまくなっていくみたい・・・」
同じベッドに裸で寝ている、5歳年下の多部エイコが、僕の様子を見て笑う。
僕は鈴木タケル26歳・・・八津菱電機に入って、まだ、1年めのペーペーだった。
本来なら、今日、朝8時45分には、自分の席に出社していなければ、いけなかった。けだるい月曜日の朝・・・僕は彼女と、横浜の由緒正しい、とあるホテルの一室にいた。
いや、厳密に言えば、さっきまで、彼女だった女性・・・僕は彼女に別れを告げられたばかりだった。
「社会に出れば、嘘もうまくなるさ・・・嘘も方便・・・というか、皆でしあわせに生きていくための、手続きなんだよ、嘘も」
と、僕は真面目に話す。
「ま、エイコから見れば・・・汚れているって、思うだろ。社会に出て、純粋さを無くしたって・・・だから、僕を振ったの?」
と、僕は少し真面目な表情で、横に寝ているエイコを見やる。
「ううん・・・さっきも言った通り、他に、好きな男性が出来ただけ・・・」
と、エイコは、あまりその話には触れたくない様子。
「そうだったな・・・別れる理由をいくら知っても・・・哀しみは、少なくは、ならないな・・・」
と、僕は言うと、気持ちを振り払うように、身体を起こす。
「さ、俺も会社に行かなきゃ・・・別れたカップルが、裸で同じベッドにいるのは、やっぱり、まずいだろ」
と、僕が言うと、
「うん・・・」
と、彼女は少しだけ笑う。
「下のレストランで、朝食食べて行こう。ビュッフェ・バイキングらしいし、ここのレストラン、けっこう美味しいみたいだしさ」
と、僕は続ける。
「まず、シャワー浴びちゃうか。俺、やることがあるから、エイコ、先に入れよ。俺は後でいい」
と、僕が言うと、
「うん」
と、彼女は言って、ベッドを出ると、
「やることなんて、ないんでしょ?・・・嘘のへたな、やさしい鈴木さんが、わたしは、好きだったな・・・」
そう言いながら、彼女は、シャワーへ消える。
僕は、そんな彼女の後ろ姿をなんとなく見ている。
彼女の身長は170センチ近く・・・色白で、すらりと伸びた肢体は、相変わらず、美しい。
僕らはシャワーを浴び終わると、お互い下着をつけていた。
そんな風景を僕はなんとなく見ている。
「相変わらず美しいな、エイコは・・・」
と、僕が思わず、言うと、
「ありがと・・・」
と、言いながら、少し涙ぐむ彼女。
「わたし・・・鈴木さんにとって、悪いおんなだったね・・・」
と、伏し目がちにつぶやく。
「いや、そんなことは、ないよ・・・」
と、僕は、見え透いた、下手な嘘をつく。
「そういう・・・嘘のへただった、鈴木さんが、大好きだったな・・・」
と、彼女は、泣きながら笑顔を見せる。顔がくちゃくちゃだ。
「涙ふけ・・・いくら美貌のエイコだって・・・これから電車に乗って帰るんだから」
と、僕はハンカチを取り出し、彼女に渡す。
「うん・・・わたし、そういうやさしい鈴木さんが、好きだった・・・」
多部エイコは、新入生の時に、大学の美術部に入ってきた女の子だった。
僕はその時、マスター1年で、彼女は、大学1年生だった。
僕は大学3年を終えた時点で、美術部を引退し、何かのイベントがある時にだけ、それも時間がある時にだけ、顔を出していた。
理系の大学だった僕の東京農工科大学は、研究室に所属する大学4年から劇的に忙しくなった。
それまでも、死ぬほど、忙しかったけれど、自分の研究テーマが決まると、それこそ、朝から夜遅くまで研究室で研究を進めなければ、追いつかない、そんな地獄のような時間を、
過ごすことになった。もちろん、部活動などに割ける時間があるはずもなく・・・部室に顔を出すことなど、ほぼ皆無だった。
そんなマスター1年の夏、たまたま出来た、たった一日の夏休みに、渋谷で行われていた、東京学芸課大学との合同展に、僕が顔を出したことがきっかけになって、
僕らは付き合いだした・・・。
それから、3年の月日が流れていた。
彼女は、ある劇団の舞台女優になっていた。
その美貌が認められ、ヒロイン役に抜擢されたのだ。
そして、よくある恋愛劇のように、その劇団のエース男優と恋に落ちた・・・美男美女のカップルとして、彼らは祝福され・・・僕は捨てられたのだった。
「あーあー・・・この失恋・・・俺全否定くらったんだもんな・・・今日、仕事が手につくかな・・・」
大船駅に向かう、京浜東北線の中で、僕は、そうため息をついていた。
「それでも、仕事をしなきゃ・・・社会人って、大変だな・・・」
そうつぶやく僕を乗せた電車は、クリスマスの湘南の風景の中、走っていくのだった。
(つづく)
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彼女は、向こう向きのまま、手を振ると、横浜のとある駅に消えていった。
そして、その声は振るえていた・・・。
彼女は最後に泣き顔を、僕に見せたくなかったのだろう・・・。
「クリスマスの朝だってのに・・・サンタさんは、ひどい贈り物を僕にしてくれた・・・」
僕はそうひとりごちると、大きくため息をついた。
「クリスマスだろうが、おんなと別れた朝だろうが・・・会社に行かないといけないのが、社会人の掟か・・・」
クリスマスの月曜日の朝の9時半過ぎ・・・26歳の僕は、スーツ姿で、ただただ立ち尽くしていた。
「もしもし、あの、鈴木です。執務の増田さんか・・・いやあ、朝起きたら、体調を崩しててさ」
僕は横浜のとあるホテルの一室から、会社に電話をかけていた。
「うん。だから、朝一で医者に行って・・・注射でも打ってもらって、それから、会社に出るよ。うん。午前半休にしておいて」
と、僕は予定した言葉を予定通りに吐く。
「うん。11時頃には、行けると思うけど・・・うん。課長によろしく言っておいて。うん。いつも悪いね」
と、僕は仲のいい執務の女性に話すと、
「じゃ、失礼します」
と、電話を切る。
「鈴木さん・・・なんだか、だんだん嘘がうまくなっていくみたい・・・」
同じベッドに裸で寝ている、5歳年下の多部エイコが、僕の様子を見て笑う。
僕は鈴木タケル26歳・・・八津菱電機に入って、まだ、1年めのペーペーだった。
本来なら、今日、朝8時45分には、自分の席に出社していなければ、いけなかった。けだるい月曜日の朝・・・僕は彼女と、横浜の由緒正しい、とあるホテルの一室にいた。
いや、厳密に言えば、さっきまで、彼女だった女性・・・僕は彼女に別れを告げられたばかりだった。
「社会に出れば、嘘もうまくなるさ・・・嘘も方便・・・というか、皆でしあわせに生きていくための、手続きなんだよ、嘘も」
と、僕は真面目に話す。
「ま、エイコから見れば・・・汚れているって、思うだろ。社会に出て、純粋さを無くしたって・・・だから、僕を振ったの?」
と、僕は少し真面目な表情で、横に寝ているエイコを見やる。
「ううん・・・さっきも言った通り、他に、好きな男性が出来ただけ・・・」
と、エイコは、あまりその話には触れたくない様子。
「そうだったな・・・別れる理由をいくら知っても・・・哀しみは、少なくは、ならないな・・・」
と、僕は言うと、気持ちを振り払うように、身体を起こす。
「さ、俺も会社に行かなきゃ・・・別れたカップルが、裸で同じベッドにいるのは、やっぱり、まずいだろ」
と、僕が言うと、
「うん・・・」
と、彼女は少しだけ笑う。
「下のレストランで、朝食食べて行こう。ビュッフェ・バイキングらしいし、ここのレストラン、けっこう美味しいみたいだしさ」
と、僕は続ける。
「まず、シャワー浴びちゃうか。俺、やることがあるから、エイコ、先に入れよ。俺は後でいい」
と、僕が言うと、
「うん」
と、彼女は言って、ベッドを出ると、
「やることなんて、ないんでしょ?・・・嘘のへたな、やさしい鈴木さんが、わたしは、好きだったな・・・」
そう言いながら、彼女は、シャワーへ消える。
僕は、そんな彼女の後ろ姿をなんとなく見ている。
彼女の身長は170センチ近く・・・色白で、すらりと伸びた肢体は、相変わらず、美しい。
僕らはシャワーを浴び終わると、お互い下着をつけていた。
そんな風景を僕はなんとなく見ている。
「相変わらず美しいな、エイコは・・・」
と、僕が思わず、言うと、
「ありがと・・・」
と、言いながら、少し涙ぐむ彼女。
「わたし・・・鈴木さんにとって、悪いおんなだったね・・・」
と、伏し目がちにつぶやく。
「いや、そんなことは、ないよ・・・」
と、僕は、見え透いた、下手な嘘をつく。
「そういう・・・嘘のへただった、鈴木さんが、大好きだったな・・・」
と、彼女は、泣きながら笑顔を見せる。顔がくちゃくちゃだ。
「涙ふけ・・・いくら美貌のエイコだって・・・これから電車に乗って帰るんだから」
と、僕はハンカチを取り出し、彼女に渡す。
「うん・・・わたし、そういうやさしい鈴木さんが、好きだった・・・」
多部エイコは、新入生の時に、大学の美術部に入ってきた女の子だった。
僕はその時、マスター1年で、彼女は、大学1年生だった。
僕は大学3年を終えた時点で、美術部を引退し、何かのイベントがある時にだけ、それも時間がある時にだけ、顔を出していた。
理系の大学だった僕の東京農工科大学は、研究室に所属する大学4年から劇的に忙しくなった。
それまでも、死ぬほど、忙しかったけれど、自分の研究テーマが決まると、それこそ、朝から夜遅くまで研究室で研究を進めなければ、追いつかない、そんな地獄のような時間を、
過ごすことになった。もちろん、部活動などに割ける時間があるはずもなく・・・部室に顔を出すことなど、ほぼ皆無だった。
そんなマスター1年の夏、たまたま出来た、たった一日の夏休みに、渋谷で行われていた、東京学芸課大学との合同展に、僕が顔を出したことがきっかけになって、
僕らは付き合いだした・・・。
それから、3年の月日が流れていた。
彼女は、ある劇団の舞台女優になっていた。
その美貌が認められ、ヒロイン役に抜擢されたのだ。
そして、よくある恋愛劇のように、その劇団のエース男優と恋に落ちた・・・美男美女のカップルとして、彼らは祝福され・・・僕は捨てられたのだった。
「あーあー・・・この失恋・・・俺全否定くらったんだもんな・・・今日、仕事が手につくかな・・・」
大船駅に向かう、京浜東北線の中で、僕は、そうため息をついていた。
「それでも、仕事をしなきゃ・・・社会人って、大変だな・・・」
そうつぶやく僕を乗せた電車は、クリスマスの湘南の風景の中、走っていくのだった。
(つづく)
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