おはようございます。
天気予報を見ていたら、明日から、空気がすっかり冬の空気と入れ替わって、
本格的な冬将軍到来とか・・・寒いの嫌いな僕には、厳しいシーズンが始まるって事っすかねー。
いやあ・・・がんばろう。
さて、それは夏の終わりの頃。
小さくても、うちの事務所にとっては、とても大切な仕事が取れた事を祝って、
古いお庭のある、シックなフレンチで、御島さん(31)が僕とユキちゃん(28)に、ご馳走してくれた時の事でした。
「雰囲気のあるお店ですね、ここ。アール・ヌーヴォーな装飾なんかも、あったりして・・・」
と、ユキちゃん。
「もう、古い店なのよ。うちの父がデートに使っていたくらいだから・・・。わたしも高校生の頃にこの店デビューして」
「それ以来、大事な時には、この店に来るようにしているの」
と、シャンパンを飲みながら、嬉しそうな顔で、御島さんが話してくれる。
「女性はそういう過去を持てるから、素晴らしいですよ。僕なんか、片田舎の出身ですから、そんな話なんて、あるわけもなく」
と、言いながら、僕は、前菜のパテ・ド・カンパーニュを美味しく食べている。
「いいのよ。女性は、そういう財産が必要だけど、男性は、女性にそういう財産を教えてもらえばいいんだから」
「男性は、女性に磨かれて、作りあげられるモノなんだから・・・」
と、御島さんは嬉しそうに、赤ピーマンのファルシーを食べている。
「あの・・・御島さん、恥ずかしい話なんですけど、僕はどうもフランス料理は苦手で・・・」
「ところで、ファルシーって、何ですか?」
と、僕。
「肉詰め料理って事よ。この赤ピーマンのファルシーだって、何の事も無い・・・ピーマンの肉詰め料理って事」
「こういうのって、まるで、人ね・・・」
と、御島さん。
「どういう事です?ファルシーが、人って・・・」
と、辛辣姫。
「人って・・・結局、何者でも無いのよね。特に10代や20代の男女って、そのままでは、何の価値も無いでしょう?」
「10代や20代の男女の価値って、要は、のびしろに期待されているって事よ。もちろん、一部の能力のある人間達は別よ」
「特にそれはスポーツ分野で発揮されたり、アイドルや俳優、女優と言う分野で発揮されると思うけど、でも、結局、それもすべて」
「社会で磨かれてから、本当の価値を発揮すると言う事じゃない?」
と、御島さん。
「だから、10代や20代前半の人間は・・・ううん、社会に出る前の人間は、ファルシーと言いながら、中身はただのピーマンの肉詰め」
「のびしろに価値のあるだけの人間なのよ・・・」
と、御島さん。
「よく言いますね。「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」。結局、日本人は、社会に出る前の人間の「のびしろ」にのみ」
「期待している・・・そういう話ですね」
と、辛辣姫。
「その子の可能性と言う言い方の方がいいかもしれないけどね。だから、大事なのは、社会に出てから・・・」
「社会に出てから、そういう周囲から期待された「のびしろ」以上に成長する事・・・それが大事・・・そういう話だと思うわ」
と、御島さん。
「わたし、この夏にある人に言われたの。過去、少し好きだった男性。「御島は、そういう所、少し優しくないんだよな」ってね」
と、御島さん。
「それって・・・」
と、辛辣姫。
「違うわ。わたしをバツイチにしたオトコじゃないわよ。会社員時代、少しあこがれていた男性の先輩と言った所かしら」
「その男性と久しぶりに二人で、お酒を飲んで・・・珍しく誘われたの、そのオトコに、ね・・・」
と、御島さん。
「気に入ったオトコには、やさしく誘いをかける・・・それで相手の男性に誘わせる・・・そういう大人の女性である御島さんにしては」
「なんとなく、珍しい感じですね」
と、僕。
「昔を思い出したのかもしれないわ。まだ、会社に入って、のびしろバリバリの一年目、二年目にあこがれた先輩に」
「ひさしぶりに誘われて・・・その時代に気持ちが戻っていたのかもね」
と、御島さんはシャンパン。
「女性って、そういう所があるのよ。懐かしい恋の季節を思い出して・・・そのストーリーに身を焦がしたいっていうか」
「その時、少し事務所的にも、いろいろあって・・・ゆるちょくんに別の仕事を専任で引き受けて貰っていた時期があったでしょ」
「あの頃よ」
と、御島さん。
「え?それって、6月の終わりとか・・・そんな頃ですよ。そんなに遠い過去じゃない。むしろ・・・」
と、僕。
「正直言うと、今年の夏は、それ絡みで、いろいろあったの。でも、それもやっと終わって・・・」
と、御島さん。
「それで、今日、その終わりを祝うために?」
と、辛辣姫。さすが女性・・・何も言わなくても、御島さんの気持ちがよくわかるようだ。
「正直言うと、自分の馬鹿さ加減に飽き飽きしたって感じ。随分、自分は大人の女性になっていたと思ったけど」
「プリミティブな所では、まだ、少女のような所があって・・・ばっかみたい。そんな風に思ってる」
と、御島さん。
「御島さんは、非情なようでいて・・・一方で、情に脆いところがありますからね・・・」
と、辛辣姫。
「若い頃の夢に期待をかけ過ぎたわ。でも、冷静になって考えてみたら、相手はただのオトコに過ぎなかった」
「むしろ、自分の色香に迷う女性を食い物にしてきたような・・・ある意味、最低のオトコだった・・・そんな事に気づかない」
「自分じゃ、無いのに・・・ってね」
と、御島さん。
「そのオトコ、未だに独身でね。仕事も出来るし、周囲の信頼も厚いし、将来的にも、あの会社を担っていくような人材だわ」
「そんなファルシーな外見に、わたし騙されていたのよ。若い頃の思いなんかも、あってね・・・」
と、御島さん。
「ほう。大人な御島さんが、ね・・・」
と、僕。
「自分で差配した事だけど・・・あなたも、あの頃、少し遠くに離れていた・・・わたしはあの時、誰かが欲しかったのかもしれない」
「親身になって、話を聞いてくれる誰かが」
と、御島さん。
「それは多分、彼もそう。たまたま、シンクロしちゃったのね。人生にはよくある事じゃない?そういう気分がシンクロしちゃう事」
と、御島さん。
「それはあると思いますよ。わたしの場合、ぜひシンクロして欲しいって願う立場ですけどね」
と、ユキちゃん。
「女性って堅固なようでいて・・・情に流されてしまうのも、また、女性だわ。そんな季節だったのかもしれない」
と、御島さん。遠い目をしている。
「お前って、優しくないんだな。少しはオトコに優しくしろよ。少しはオトコを尊敬しろよ。そんなだから、いつまで経っても」
「新しいオトコを見つけられないんだよ」
と、そのオトコは吠えた。
御島は、哀しくそのオトコを見た。
ホテルの一室。彼女も、彼女なりに精一杯のおしゃれをしてきていた。
部屋に用意されたシャンパン。グラスには、まだ、生ぬるいシャンパンが残っている。
オトコは独身。彼女も独身だった。
だから、始まるべきストーリーは、お互いわかっていたはずだった。
なのに・・・。
「オトコってのは、女性に受け入れられるから、相手を愛せるんだ」
「それが何だ。いちいち、理屈を並べやがって。質問する側がいつも上だと思ったら、大間違いだ」
「女性はただ、男性にやさしくして、上機嫌な男性にぶちこまれて、気持ちのいい表情をしていればいいんだよ」
「そんな当然の事。大人になってもわからないのかよ。少女の潔癖さ、なんて、もういい加減卒業しろよ」
と、そのオトコは言った。そして、そのオトコは部屋から出て行った。
そのオトコと二度と出会う事は無かった。
「ひどい女性蔑視。極限状態だと言っても、その言葉はちょっとひど過ぎません?」
と、辛辣姫。
「そうね。でも、ズルいのは、わたしなのかもしれないって・・・最近は、そう思っているの」
と、御島さん。
「わたし、相手ののびしろに恋をしていたかもしれないって、途中で気づいたの。確かにあの頃、彼は素敵だった」
「ううん。見た目は、今の方がもっと素敵かもしれない。わたしは、その相手に新たに見初められて、有頂天になっていたのかもしれない」
「でも、その毒牙に柔らかく騙されているようなフリをして、そのファルシーの本質を黙って静に見ていたの」
「「このオトコ、わたしをどうやって騙すのかしら?あるいは、期待してもいいのかしら?」ってね」
と、御島さん。
「御島さんって、もしかして、最後の最後まで、彼を騙していた?」
と、辛辣姫。
「ある意味、そういう事よね。でも、それを言い切るのは、女性として、少し違うかなって思う」
「だって、ある意味、恋って・・・まやかしでしょう?真夏の夜の夢でしょう?自分すら騙しているでしょう?」
と、御島さん。
「彼は、わたしを毒牙にかけようとした。そのストーリーは完璧だった。会社に入った頃、あこがれた先輩にひさしぶりに会って」
「気分の高まっているオンナ。そのオンナはバツイチで、バツイチ以来、未だに彼氏のいない30オンナ」
「「よしイケる」と、そのオトコが思ったとしても、当然の事よね」
と、御島さん。
「御島さんは、その時、どこまで・・・うーん、なんと言うのかな、恋に酔っていなかったんですか?」
「どこまで、恋にシラフだったんですか?」
と、僕。
「ふ。そうね。200%恋にシラフだったわ。だけど、同時に200%恋に酔っていた。ううん、それも違うわね」
「恋に酔ったフリをしようとしていた。わたしもバツイチを超えてきた30オンナよ。その彼と話をすればするほど」
「恋の炎がどんどん下火になっていった・・・相手の下卑た気持ちがどんどん手に取るようにわかっていったの」
「当たり前の話だけど・・・」
と、御島さん。
「でも、一方で、わたしは、そんな彼を最後まで諦めきれなかった。彼の少年のようなやさしさと、性格の良さを信用していたかったの」
「彼はいつも女性と対する時、それを全面に押し出して・・・女性を蕩かすのが常だった」
「それは彼の会社の女性達なら、皆知ってる事だった。ただ、悲しい事に、女性の中で、その情報が共有されている事に」
「彼は、一切気づいていなかった。つまり、それは・・・彼は会社の女性に一切、磨かれる対象として、評価されていなかった」
「・・・と言う事なの」
と、御島さん。
「それって、つまり、その男性の世界では・・・女性とは、自分がおのが手で征服するモノだし、自分にはそのチカラがあると」
「確信していたけど・・・実は女性の世界では、その男性のすべての情報が女性同士で共有され、女性として、磨くべき対象ですら」
「無いと言う結論まで、出ていた・・・そういう話ですか?」
と、辛辣姫。
「ふ。そういう事。彼はわかりやすい「井の中の蛙」だったの。古い男性的価値観・・・女性は男性がリードして初めて輝くモノ」
「みたいな世界に未だに留まっていて、世の中が未来に向けて、光速で突っ走っている事など、知らなかったのよ」
「そんな古い価値観など、遠い昔に、汚いゴミ箱に捨てられていたのに・・・それにすら、気づけなかったの」
と、御島さん。
「そこまで、彼の駄目さ加減を理解した時、わたしは彼を切る事にしたわ。これ以上彼に関わっていても、上がってくる情報は」
「古臭くて、もうアクセスする理由すら無い情報だと理解したから。恋と言うのは情報戦だわ」
「わたしは、その時、わかったの。何故、わたしが彼を慕ったか」
「遠い昔、まだ、わたしが10歳にもならない頃、親戚のお兄さんがものすごく好きで・・・そのお兄さんは」
「少年のままのやさしさと、性格の良さで、わたしを包んでくれた・・・彼はそのお兄さんを思い出させてくれる男性だったのよ」
と、御島さん。
「少年のままの無垢なやさしさと、性格の良さが・・・女性に与える効果にその男性は気づいていたから・・・それを装って」
「いたんでしょうね。その・・・御島さんに見切られた男性は・・・」
と、辛辣姫。
「そういう事なの。つまり、そのオトコは単なる作り物のハリボテだったのよ。ファルシーそのものだったの」
「中身が何も無い癖に、呼び方その他で、着飾っていた存在に過ぎないと・・・その時点までにわかっていたの」
「そこまで、わかれば・・・本能より、理性が動き出す・・・それが大人の恋よ・・・」
と、御島さん。
「あなた、わたしの事、本当は好きじゃないでしょ?ただ、単にわたしを抱いてみたい。それはあなたの中では」
「ゲームにしか、過ぎないでしょ?バツイチで、未だに恋人のいない30オンナを落とす事にあなたは、情熱を抱いているに過ぎないわ」
と、御島は、彼のグラスにシャンパンを注ぎながら、言った。
「違う?元の会社の女性の友人達に聞いたけど・・・あなた、出世コースから外れたみたいね。会社のお偉いさんの娘と」
「つきあっていたはずなのに、別の場所でしていた火遊びが見つかって・・・退っ引きならない場所にいるって有名よ」
「もちろん、今までの事はすべてご破算・・・だから、今のあなたは、昔のあなたとは違う」
「あなたの会社では、もう、誰もあなたに振り返る人間はいない・・・そんな話を聞いたわ」
と、御島。
「だから、バツイチで、恋人のいない30オンナに手を出す気になったのね。でも、ひとつ言っておいてあげるわ」
「ただ遊んでばかりいたキリギリスにはわからないかもしれいなけれど、女性はただ失敗しただけで、負けるような人間じゃないの」
「バツイチと言うネガティブを受けただけじゃない。わたしは、それを超えてきたの。だから、人を見る目も厳しくなったし」
「相手に甘い気持ちなんて、一切持たずにシビアに情報を取るオンナに成長出来たの」
と、御島さん。
「あなたは、成功だけが、この世の価値と思う、古い男性的価値観の中に取り残された人間だけど」
「多くの女性達は違うわ。失敗を糧にして、自分と愛する男性のしあわせをシビアに取りに行ける人間に成長出来るのよ」
「それが今の時代の女性的価値観。人は失敗すれば、するほど、強くなれるし、最終的に圧倒的な成功を獲得出来るのが」
「失敗に負けないオンナ達なの」
と、御島さん。
「だから、今のあなたをわたしは、受け入れる事が出来ない。それこそが・・・もうとうに忘れていた・・・わたしの少女時代の潔癖さ・・・ううん、あなたはそれ以下」
「女性は相手の男性を尊敬出来るから、恋する事が出来るの。恋する事が出来るから、相手を受け入れる事が出来るの」
「相手を受け入れる事が出来るから、相手にやさしく出来るの。すべてのやさしさは、そこにつながっているのよ・・・」
と、御島さん。
「そんな簡単な事も、今のあなたは、理解出来ていないようね。うちの会社の女性たちが見放した理由がこれでわかったわ・・・」
と、御島さんは、結論的に相手に叩きつけた。
「なるほど・・・それでわかりましたよ。そのオトコがまるで、ガキのような女性蔑視の言葉を御島さん相手に、並べたわけが・・・」
「御島さんは、一番大事な時間が来るのを待って・・・相手の思いをすべて見ぬている事を説明し」
「相手の思いを丸裸にしたんだ。だから、そのオトコは、ガキになるしかなかった。いや、そのオトコの正体がガキだったから」
「そのまんまの我が出た・・・そういう事ですね」
と、僕。
「でも、御島さん、やさしいですよ。相手の男性に、手の内を全部さらけ出したんだから」
「・・・わたしだったら、何も言わず、そんなオトコ切っています。そこが御島さんの奥深いやさしさなんですね」
「もっとも、その最低オトコ・・・御島さんのやさしさの1%も、気づけないでしょうけど・・・」
と、辛辣姫。
「オトコの価値観って、何で未だに「失敗しないで、エリートの道を歩む事」に価値が置かれているのかしら」
「ひとは失敗するからこそ、賢くなると言うのに・・・それこそが、この世で最も大事な価値観「毎秒の成長」だと言うのに・・・」
「それにすら気づけ無いから、今の男性達は、光速で置いてきぼりになっているのよ」
「もう、そんな古い価値観の男性に夢見る女性は、もう、この世に、いないわ」
と、御島さん。
「女性は、女性を本能的に笑顔に出来る男性だからこそ、その男性を尊敬し、その男性に恋をし、だからこそ、やさしく出来る」
「なのに、男性の論理は「男性なんだから、自分を尊敬しろ、自分にやさしくしろ、それが女性の務めだ」みたいな」
「昭和の価値観のまんま。そんなの笑っちゃうわ」
と、御島さん。
「それって、能力のない男性が泣き言を言ってるに過ぎませんよ。そんなの軽く無視していればいいんです」
「女性達は、自分たちに必要な男性を自分たちのチカラで見つける事が出来ます」
「女性を目の笑う笑顔に出来るオトコ達・・・そういうオトコ達と一緒にわたし達はしあわせになっていけばいいんです」
「ファルシーではなく、美味しい肉詰め料理なオトコ達と、笑顔一杯な時間を作っていけばいいんです」
と、ユキちゃんは、結論のように言葉にした。
「少女のような潔癖さ、をやさしく溶かしてくれるのは、少年のままの無垢なやさしさと、性格の良さなのかもしれないわね」
と、御島さんは言いながら、フォンダンショコラを食べている。
「このフォンダンショコラ、うめー」
と、その横で僕。
「ゆるちょくんって、食べる事に関しては、少年のままって、感じね」
と、御島さんは、笑う。
「そっか。わたしが欲していたのは、少年のままの無垢なやさしさと、性格の良さ・・・そうか、そういう事だったんだ」
と、御島さんは軽く頷くと・・・目の笑う笑顔で、二人と談笑するのだった。
空には美しい月が見えていた。
(おしまい)
天気予報を見ていたら、明日から、空気がすっかり冬の空気と入れ替わって、
本格的な冬将軍到来とか・・・寒いの嫌いな僕には、厳しいシーズンが始まるって事っすかねー。
いやあ・・・がんばろう。
さて、それは夏の終わりの頃。
小さくても、うちの事務所にとっては、とても大切な仕事が取れた事を祝って、
古いお庭のある、シックなフレンチで、御島さん(31)が僕とユキちゃん(28)に、ご馳走してくれた時の事でした。
「雰囲気のあるお店ですね、ここ。アール・ヌーヴォーな装飾なんかも、あったりして・・・」
と、ユキちゃん。
「もう、古い店なのよ。うちの父がデートに使っていたくらいだから・・・。わたしも高校生の頃にこの店デビューして」
「それ以来、大事な時には、この店に来るようにしているの」
と、シャンパンを飲みながら、嬉しそうな顔で、御島さんが話してくれる。
「女性はそういう過去を持てるから、素晴らしいですよ。僕なんか、片田舎の出身ですから、そんな話なんて、あるわけもなく」
と、言いながら、僕は、前菜のパテ・ド・カンパーニュを美味しく食べている。
「いいのよ。女性は、そういう財産が必要だけど、男性は、女性にそういう財産を教えてもらえばいいんだから」
「男性は、女性に磨かれて、作りあげられるモノなんだから・・・」
と、御島さんは嬉しそうに、赤ピーマンのファルシーを食べている。
「あの・・・御島さん、恥ずかしい話なんですけど、僕はどうもフランス料理は苦手で・・・」
「ところで、ファルシーって、何ですか?」
と、僕。
「肉詰め料理って事よ。この赤ピーマンのファルシーだって、何の事も無い・・・ピーマンの肉詰め料理って事」
「こういうのって、まるで、人ね・・・」
と、御島さん。
「どういう事です?ファルシーが、人って・・・」
と、辛辣姫。
「人って・・・結局、何者でも無いのよね。特に10代や20代の男女って、そのままでは、何の価値も無いでしょう?」
「10代や20代の男女の価値って、要は、のびしろに期待されているって事よ。もちろん、一部の能力のある人間達は別よ」
「特にそれはスポーツ分野で発揮されたり、アイドルや俳優、女優と言う分野で発揮されると思うけど、でも、結局、それもすべて」
「社会で磨かれてから、本当の価値を発揮すると言う事じゃない?」
と、御島さん。
「だから、10代や20代前半の人間は・・・ううん、社会に出る前の人間は、ファルシーと言いながら、中身はただのピーマンの肉詰め」
「のびしろに価値のあるだけの人間なのよ・・・」
と、御島さん。
「よく言いますね。「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」。結局、日本人は、社会に出る前の人間の「のびしろ」にのみ」
「期待している・・・そういう話ですね」
と、辛辣姫。
「その子の可能性と言う言い方の方がいいかもしれないけどね。だから、大事なのは、社会に出てから・・・」
「社会に出てから、そういう周囲から期待された「のびしろ」以上に成長する事・・・それが大事・・・そういう話だと思うわ」
と、御島さん。
「わたし、この夏にある人に言われたの。過去、少し好きだった男性。「御島は、そういう所、少し優しくないんだよな」ってね」
と、御島さん。
「それって・・・」
と、辛辣姫。
「違うわ。わたしをバツイチにしたオトコじゃないわよ。会社員時代、少しあこがれていた男性の先輩と言った所かしら」
「その男性と久しぶりに二人で、お酒を飲んで・・・珍しく誘われたの、そのオトコに、ね・・・」
と、御島さん。
「気に入ったオトコには、やさしく誘いをかける・・・それで相手の男性に誘わせる・・・そういう大人の女性である御島さんにしては」
「なんとなく、珍しい感じですね」
と、僕。
「昔を思い出したのかもしれないわ。まだ、会社に入って、のびしろバリバリの一年目、二年目にあこがれた先輩に」
「ひさしぶりに誘われて・・・その時代に気持ちが戻っていたのかもね」
と、御島さんはシャンパン。
「女性って、そういう所があるのよ。懐かしい恋の季節を思い出して・・・そのストーリーに身を焦がしたいっていうか」
「その時、少し事務所的にも、いろいろあって・・・ゆるちょくんに別の仕事を専任で引き受けて貰っていた時期があったでしょ」
「あの頃よ」
と、御島さん。
「え?それって、6月の終わりとか・・・そんな頃ですよ。そんなに遠い過去じゃない。むしろ・・・」
と、僕。
「正直言うと、今年の夏は、それ絡みで、いろいろあったの。でも、それもやっと終わって・・・」
と、御島さん。
「それで、今日、その終わりを祝うために?」
と、辛辣姫。さすが女性・・・何も言わなくても、御島さんの気持ちがよくわかるようだ。
「正直言うと、自分の馬鹿さ加減に飽き飽きしたって感じ。随分、自分は大人の女性になっていたと思ったけど」
「プリミティブな所では、まだ、少女のような所があって・・・ばっかみたい。そんな風に思ってる」
と、御島さん。
「御島さんは、非情なようでいて・・・一方で、情に脆いところがありますからね・・・」
と、辛辣姫。
「若い頃の夢に期待をかけ過ぎたわ。でも、冷静になって考えてみたら、相手はただのオトコに過ぎなかった」
「むしろ、自分の色香に迷う女性を食い物にしてきたような・・・ある意味、最低のオトコだった・・・そんな事に気づかない」
「自分じゃ、無いのに・・・ってね」
と、御島さん。
「そのオトコ、未だに独身でね。仕事も出来るし、周囲の信頼も厚いし、将来的にも、あの会社を担っていくような人材だわ」
「そんなファルシーな外見に、わたし騙されていたのよ。若い頃の思いなんかも、あってね・・・」
と、御島さん。
「ほう。大人な御島さんが、ね・・・」
と、僕。
「自分で差配した事だけど・・・あなたも、あの頃、少し遠くに離れていた・・・わたしはあの時、誰かが欲しかったのかもしれない」
「親身になって、話を聞いてくれる誰かが」
と、御島さん。
「それは多分、彼もそう。たまたま、シンクロしちゃったのね。人生にはよくある事じゃない?そういう気分がシンクロしちゃう事」
と、御島さん。
「それはあると思いますよ。わたしの場合、ぜひシンクロして欲しいって願う立場ですけどね」
と、ユキちゃん。
「女性って堅固なようでいて・・・情に流されてしまうのも、また、女性だわ。そんな季節だったのかもしれない」
と、御島さん。遠い目をしている。
「お前って、優しくないんだな。少しはオトコに優しくしろよ。少しはオトコを尊敬しろよ。そんなだから、いつまで経っても」
「新しいオトコを見つけられないんだよ」
と、そのオトコは吠えた。
御島は、哀しくそのオトコを見た。
ホテルの一室。彼女も、彼女なりに精一杯のおしゃれをしてきていた。
部屋に用意されたシャンパン。グラスには、まだ、生ぬるいシャンパンが残っている。
オトコは独身。彼女も独身だった。
だから、始まるべきストーリーは、お互いわかっていたはずだった。
なのに・・・。
「オトコってのは、女性に受け入れられるから、相手を愛せるんだ」
「それが何だ。いちいち、理屈を並べやがって。質問する側がいつも上だと思ったら、大間違いだ」
「女性はただ、男性にやさしくして、上機嫌な男性にぶちこまれて、気持ちのいい表情をしていればいいんだよ」
「そんな当然の事。大人になってもわからないのかよ。少女の潔癖さ、なんて、もういい加減卒業しろよ」
と、そのオトコは言った。そして、そのオトコは部屋から出て行った。
そのオトコと二度と出会う事は無かった。
「ひどい女性蔑視。極限状態だと言っても、その言葉はちょっとひど過ぎません?」
と、辛辣姫。
「そうね。でも、ズルいのは、わたしなのかもしれないって・・・最近は、そう思っているの」
と、御島さん。
「わたし、相手ののびしろに恋をしていたかもしれないって、途中で気づいたの。確かにあの頃、彼は素敵だった」
「ううん。見た目は、今の方がもっと素敵かもしれない。わたしは、その相手に新たに見初められて、有頂天になっていたのかもしれない」
「でも、その毒牙に柔らかく騙されているようなフリをして、そのファルシーの本質を黙って静に見ていたの」
「「このオトコ、わたしをどうやって騙すのかしら?あるいは、期待してもいいのかしら?」ってね」
と、御島さん。
「御島さんって、もしかして、最後の最後まで、彼を騙していた?」
と、辛辣姫。
「ある意味、そういう事よね。でも、それを言い切るのは、女性として、少し違うかなって思う」
「だって、ある意味、恋って・・・まやかしでしょう?真夏の夜の夢でしょう?自分すら騙しているでしょう?」
と、御島さん。
「彼は、わたしを毒牙にかけようとした。そのストーリーは完璧だった。会社に入った頃、あこがれた先輩にひさしぶりに会って」
「気分の高まっているオンナ。そのオンナはバツイチで、バツイチ以来、未だに彼氏のいない30オンナ」
「「よしイケる」と、そのオトコが思ったとしても、当然の事よね」
と、御島さん。
「御島さんは、その時、どこまで・・・うーん、なんと言うのかな、恋に酔っていなかったんですか?」
「どこまで、恋にシラフだったんですか?」
と、僕。
「ふ。そうね。200%恋にシラフだったわ。だけど、同時に200%恋に酔っていた。ううん、それも違うわね」
「恋に酔ったフリをしようとしていた。わたしもバツイチを超えてきた30オンナよ。その彼と話をすればするほど」
「恋の炎がどんどん下火になっていった・・・相手の下卑た気持ちがどんどん手に取るようにわかっていったの」
「当たり前の話だけど・・・」
と、御島さん。
「でも、一方で、わたしは、そんな彼を最後まで諦めきれなかった。彼の少年のようなやさしさと、性格の良さを信用していたかったの」
「彼はいつも女性と対する時、それを全面に押し出して・・・女性を蕩かすのが常だった」
「それは彼の会社の女性達なら、皆知ってる事だった。ただ、悲しい事に、女性の中で、その情報が共有されている事に」
「彼は、一切気づいていなかった。つまり、それは・・・彼は会社の女性に一切、磨かれる対象として、評価されていなかった」
「・・・と言う事なの」
と、御島さん。
「それって、つまり、その男性の世界では・・・女性とは、自分がおのが手で征服するモノだし、自分にはそのチカラがあると」
「確信していたけど・・・実は女性の世界では、その男性のすべての情報が女性同士で共有され、女性として、磨くべき対象ですら」
「無いと言う結論まで、出ていた・・・そういう話ですか?」
と、辛辣姫。
「ふ。そういう事。彼はわかりやすい「井の中の蛙」だったの。古い男性的価値観・・・女性は男性がリードして初めて輝くモノ」
「みたいな世界に未だに留まっていて、世の中が未来に向けて、光速で突っ走っている事など、知らなかったのよ」
「そんな古い価値観など、遠い昔に、汚いゴミ箱に捨てられていたのに・・・それにすら、気づけなかったの」
と、御島さん。
「そこまで、彼の駄目さ加減を理解した時、わたしは彼を切る事にしたわ。これ以上彼に関わっていても、上がってくる情報は」
「古臭くて、もうアクセスする理由すら無い情報だと理解したから。恋と言うのは情報戦だわ」
「わたしは、その時、わかったの。何故、わたしが彼を慕ったか」
「遠い昔、まだ、わたしが10歳にもならない頃、親戚のお兄さんがものすごく好きで・・・そのお兄さんは」
「少年のままのやさしさと、性格の良さで、わたしを包んでくれた・・・彼はそのお兄さんを思い出させてくれる男性だったのよ」
と、御島さん。
「少年のままの無垢なやさしさと、性格の良さが・・・女性に与える効果にその男性は気づいていたから・・・それを装って」
「いたんでしょうね。その・・・御島さんに見切られた男性は・・・」
と、辛辣姫。
「そういう事なの。つまり、そのオトコは単なる作り物のハリボテだったのよ。ファルシーそのものだったの」
「中身が何も無い癖に、呼び方その他で、着飾っていた存在に過ぎないと・・・その時点までにわかっていたの」
「そこまで、わかれば・・・本能より、理性が動き出す・・・それが大人の恋よ・・・」
と、御島さん。
「あなた、わたしの事、本当は好きじゃないでしょ?ただ、単にわたしを抱いてみたい。それはあなたの中では」
「ゲームにしか、過ぎないでしょ?バツイチで、未だに恋人のいない30オンナを落とす事にあなたは、情熱を抱いているに過ぎないわ」
と、御島は、彼のグラスにシャンパンを注ぎながら、言った。
「違う?元の会社の女性の友人達に聞いたけど・・・あなた、出世コースから外れたみたいね。会社のお偉いさんの娘と」
「つきあっていたはずなのに、別の場所でしていた火遊びが見つかって・・・退っ引きならない場所にいるって有名よ」
「もちろん、今までの事はすべてご破算・・・だから、今のあなたは、昔のあなたとは違う」
「あなたの会社では、もう、誰もあなたに振り返る人間はいない・・・そんな話を聞いたわ」
と、御島。
「だから、バツイチで、恋人のいない30オンナに手を出す気になったのね。でも、ひとつ言っておいてあげるわ」
「ただ遊んでばかりいたキリギリスにはわからないかもしれいなけれど、女性はただ失敗しただけで、負けるような人間じゃないの」
「バツイチと言うネガティブを受けただけじゃない。わたしは、それを超えてきたの。だから、人を見る目も厳しくなったし」
「相手に甘い気持ちなんて、一切持たずにシビアに情報を取るオンナに成長出来たの」
と、御島さん。
「あなたは、成功だけが、この世の価値と思う、古い男性的価値観の中に取り残された人間だけど」
「多くの女性達は違うわ。失敗を糧にして、自分と愛する男性のしあわせをシビアに取りに行ける人間に成長出来るのよ」
「それが今の時代の女性的価値観。人は失敗すれば、するほど、強くなれるし、最終的に圧倒的な成功を獲得出来るのが」
「失敗に負けないオンナ達なの」
と、御島さん。
「だから、今のあなたをわたしは、受け入れる事が出来ない。それこそが・・・もうとうに忘れていた・・・わたしの少女時代の潔癖さ・・・ううん、あなたはそれ以下」
「女性は相手の男性を尊敬出来るから、恋する事が出来るの。恋する事が出来るから、相手を受け入れる事が出来るの」
「相手を受け入れる事が出来るから、相手にやさしく出来るの。すべてのやさしさは、そこにつながっているのよ・・・」
と、御島さん。
「そんな簡単な事も、今のあなたは、理解出来ていないようね。うちの会社の女性たちが見放した理由がこれでわかったわ・・・」
と、御島さんは、結論的に相手に叩きつけた。
「なるほど・・・それでわかりましたよ。そのオトコがまるで、ガキのような女性蔑視の言葉を御島さん相手に、並べたわけが・・・」
「御島さんは、一番大事な時間が来るのを待って・・・相手の思いをすべて見ぬている事を説明し」
「相手の思いを丸裸にしたんだ。だから、そのオトコは、ガキになるしかなかった。いや、そのオトコの正体がガキだったから」
「そのまんまの我が出た・・・そういう事ですね」
と、僕。
「でも、御島さん、やさしいですよ。相手の男性に、手の内を全部さらけ出したんだから」
「・・・わたしだったら、何も言わず、そんなオトコ切っています。そこが御島さんの奥深いやさしさなんですね」
「もっとも、その最低オトコ・・・御島さんのやさしさの1%も、気づけないでしょうけど・・・」
と、辛辣姫。
「オトコの価値観って、何で未だに「失敗しないで、エリートの道を歩む事」に価値が置かれているのかしら」
「ひとは失敗するからこそ、賢くなると言うのに・・・それこそが、この世で最も大事な価値観「毎秒の成長」だと言うのに・・・」
「それにすら気づけ無いから、今の男性達は、光速で置いてきぼりになっているのよ」
「もう、そんな古い価値観の男性に夢見る女性は、もう、この世に、いないわ」
と、御島さん。
「女性は、女性を本能的に笑顔に出来る男性だからこそ、その男性を尊敬し、その男性に恋をし、だからこそ、やさしく出来る」
「なのに、男性の論理は「男性なんだから、自分を尊敬しろ、自分にやさしくしろ、それが女性の務めだ」みたいな」
「昭和の価値観のまんま。そんなの笑っちゃうわ」
と、御島さん。
「それって、能力のない男性が泣き言を言ってるに過ぎませんよ。そんなの軽く無視していればいいんです」
「女性達は、自分たちに必要な男性を自分たちのチカラで見つける事が出来ます」
「女性を目の笑う笑顔に出来るオトコ達・・・そういうオトコ達と一緒にわたし達はしあわせになっていけばいいんです」
「ファルシーではなく、美味しい肉詰め料理なオトコ達と、笑顔一杯な時間を作っていけばいいんです」
と、ユキちゃんは、結論のように言葉にした。
「少女のような潔癖さ、をやさしく溶かしてくれるのは、少年のままの無垢なやさしさと、性格の良さなのかもしれないわね」
と、御島さんは言いながら、フォンダンショコラを食べている。
「このフォンダンショコラ、うめー」
と、その横で僕。
「ゆるちょくんって、食べる事に関しては、少年のままって、感じね」
と、御島さんは、笑う。
「そっか。わたしが欲していたのは、少年のままの無垢なやさしさと、性格の良さ・・・そうか、そういう事だったんだ」
と、御島さんは軽く頷くと・・・目の笑う笑顔で、二人と談笑するのだった。
空には美しい月が見えていた。
(おしまい)