私の映画玉手箱(番外編)なんということは無い日常日記

なんということは無い日常の備忘録とあわせ、好きな映画、韓国ドラマ、そして
ソン・スンホンの事等を暢気に書いていく予定。

三陸海岸大津波

2011-06-03 22:29:16 | たまに読んだ本

三陸海岸大津波 (中公文庫)
クリエーター情報なし
中央公論新社



9時のNHKニュースで、津波で大きな被害を受けた大川小学校の生徒二人が、津波当時の様子と今の気持ちを語っていた。
事実と自分の気持ちをキチンと語るその様子に、なんという言葉をかけていいのかと非常に戸惑う。
遠く離れ、何も経験していない私でも、小学校がどのように津波に襲われたのか当時の様子が報道されるたびにやるせない気持ちになるのに、二人の生徒は「私が話さなければ、だれかが覚えていなければ」と言いながら、友達の様子、当時の様子をキチンと語っているのだ。
事実を受け入れるだけでも大変なはずなのに、テレビカメラの前でキチンと話す姿を見て、「頑張って話してくれてありがとう。」と思うと同時に、でもあんまり頑張りすぎないで欲しいとも思う。

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まえがきに「私は津波の研究家でなく単なる一旅行者にすぎない」と書いてあるが、研究でない記録の数々は、研究というフィルターがないために、逆に私のような何も知らないものにも、津波の恐ろしさがストレートに伝わってくるものになっている。

今日のニュースを見ながら、本の中の「昭和八年の津波 子供の眼」という箇所を思い出した。
小学校の子供たちが津波の時のことを作文に書いているのだが、事実と気持ちがストレートに書いてあり、どんな風に子供たちが涙を流したのかが伝わってくる。

一番最後に明治29年の大津波、昭和8年の大津波、昭和35年のチリ地震津波、昭和43年の十勝沖地震津波などを経験した87歳の男性の方の言葉が紹介されている。
「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今度も襲ってくる。しかし、今の人たちはいろいろな方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う。」
今、どんな思いでこの言葉を聞けばいいのだろう。
新聞やテレビで報道されている政治のニュースを見聞きしながら、この言葉を思い、なんとなく情けない気持ちになってくる。