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時代祭の先頭はピーヒョロ・ドンドンドンの山国隊 京都現地事情 その78

2023年11月07日 | 京都現地事情

朝の雷

 

早朝は強風が吹いて雨が降っていたが、通勤時間帯になると強風は弱まり雨もあがっていた。ところが、この文を書いていたら、雨が降り出したと思ったら、いきなり停電。その後に雷の音がした。瞬断したのは久しぶりです。今はまた陽が照っています。

 

時代祭

 

京都の三大祭りは、祇園祭、葵祭、そして時代祭です。祇園祭、葵祭は古くから続いている祭ですが、時代祭は明治以降に出来た祭りです。明治維新から始まり平安時代に遡って京都ゆかりの有名人が当時の衣装でぞろぞろ出て来て、メインの行列は京都御所から平安神宮までの5キロメートル弱ほどを歩く。

 

先頭の山国隊

 

この時代祭の先頭は、維新勤王隊の幟を立てた鼓笛隊です。大太鼓が一人、小太鼓が10人ほど、横笛も10人ほどでしょうか。太鼓は良いけど、笛を吹きながら5キロほどを行進するのはかなりしんどいのではと心配になる。この鼓笛隊の独特の音楽が聞こえてくると、時代祭の行列が近づいて来たとわかる。

(鼓笛隊の音楽は、ネットで検索すると出てきます)

この写真は、時代祭の行進が始まる前に、京都御苑の建礼門前で行われる行在所(あんざいしょ)祭での鼓笛の奉納演奏が終わって大宮御所方向へ進んで行く時の写真です。

 

この維新勤王隊は京都市のずうっと北にある「山国(やまぐに)」という地域から官軍に参加した農民隊です。(現在の鼓笛隊は、「山国」ではない市内の人たちが担っています)

 

山国は、元は北桑田郡(きたくわだぐん)京北町(けいほくちょう)の一部でした。平成の大合併で京北町は京都市に編入されたので、山国も今は京都市です。鞍馬よりもずうっと北で、名前の通り本当に「山国」です。

 

ネットによると、数十人の「山国」の維新勤王隊は鳥取藩に従って各地を転戦し、死者も出ているようです。

 

明治維新での民衆は?

 

「山国」の維新勤王隊は農民で構成されているように、日本各地で民衆がこういう形で官軍に志願したのかな?と思いました。それで時代祭の後に、幕末関係の本を見ると、そう簡単な話ではなく、各地でいろいろな例があったようです。官軍に参加する藩兵が出発した後、志願者がその藩の治安維持にあたった例とか、藩に志願する人たちはいたが官軍に加わるのを拒否したとか、志願者はいたが藩の外に出て戦うのを拒否したとか。

 

藩兵は元の足軽らしいので、それなりの訓練は受けている。しかし、山国隊のような民間からの志願者は十分な訓練をしていないので、足手まといだったのかなとも思います。

 

明治維新と言えば高杉晋作や、坂本龍馬などが有名人ですが、一般の民衆が明治維新をどれほど支持していたのか、どれほど参加していたのか、時代祭の鼓笛隊の音楽を聴きながら考えていました。

 

2023年11月7日

(補足)

2016年09月28日 の「京都事情その40 退位したら京都よりも那須で」に書いたように、小学生の頃に野球をした場所が丁度上の写真を撮った辺りだったのを思い出しました。

 


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